見出し画像

炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 3.「…あ、この表情は絶対まずいって顔…」①

3.「…あ、この表情は絶対まずいって顔…」

 というわけで、コージたちの困惑をよそにポリーニのとんでもない企画、「バビロン大学大学祭(秋霊祭)オープンキャンパス・ファッションショー」の開催は決まってしまったのである。といっても現実的には「ファッションショー」そのものをそのまま開催するというのは不可能である。大学の研究が全部ファッション・被服に使える関係のもののわけはないし(というか、そういう技術はほんの一部である)、基礎研究などの大事な研究だって紹介する必要がある。そう考えるとせいぜい「各講座の研究を紹介するパレード」みたいなものが現実的な像だろう(それだって結構難しい研究室もあるのだが…)
 ただ、今回の形式でひとつ面白いことは、ファッションショーにつきものの音楽とかそういうものが一緒についてくるということである。「バンド演奏に乗せて、魔法機械工学の紹介をする」とか「イメージムービーと一緒に魔法環境科学の紹介をする」というのは、これはちょっと興味深い企画である。たしかにそういう意味ではポリーニのアイデアは斬新と言えないこともない。もっともそういう音楽に合わせた紹介がうまく形になるかどうかという問題はあるのだが…
 まあしかしその辺は、ポリーニが言う「プロデュースをお願いするファッションブランドの関係者」さんが責任を持ってくれるのだろうし、大学からもそれなりに予算がつくのだろう。コージたちはこのセルティ研究室の出し物を考えることに専念すればいいのである。まあその点も半分以上は決まっている(ポリーニの出し物でほとんど埋まっている)ので、あんまり考える余地はなさそうである。

「うーん、あんまり僕達の出る幕はなさそうじゃないですか?ポリーニの独り舞台でも十分時間を使っちゃうような気がするんですよ…」

 ディレルは夕方のお茶を飲みながらコージたちにそう言った。実は今日に限ってはお茶タイム八回目である。朝にポリーニとセルティ先生の爆弾企画宣言があってから、コージとみぎて、ディレルの三人は顔を合わせるたびにお茶タイムである。とにかく多少なりとも対応を決めないことにはとても研究などできる気分にはなれないからである。ちなみに八回のお茶のうち五回はロスマルク先生も一緒という点を見ても、この老先生が今回の企画に頭を抱えているというのがよくわかる。
 しかし八回目の相談会で、ようやくなんとなく対応策が見えてきたような気がしてきたのも事実だった。

「講座ひとつに割り当て時間が八分じゃ、本当にそうかもしれないな。代表的な目立つものを一つ二つランウェイをパレードさせて、司会者に説明を読み上げてもらうっていう形式しかないだろうし…」

 コージとみぎて、ディレルの出した結論はそういうものである。いくらポリーニがいっぱい発明品を出したくても、割り当て時間の少なさからいくとたいしたことはできそうにない。実際のファッションショーみたいに一ブランド二十分とか、そんなたっぷりのショータイムを取れるわけではないからである。

「ってことは、俺さまがポリーニの服着て、ゆっくりステージ歩いて、発明品見せびらかして、それでいいって感じか?それならたいしたことないよな」
「まあみぎてくんだけってわけにはいかないでしょうけれど…それが妥当なラインでしょうねぇ…」

 みぎてはほっとしたような表情になって安堵の息を吐く。いくらポリーニの発明品が大失敗作の可能性があるといっても、さすがにこういうショーの場合は予行練習をするだろうし、それにたったの八分では例の「変な機能」を見せびらかすことだってあまりできないだろう。せいぜい一つ二つで済むと思われる。もっともみぎて一人だけが恥をかくというのも何なので、コージもディレルも舞台に立つのは覚悟を決めざるを得ないだろう。

「でもロスマルク先生…本当に反対したのか…」
「どうでしょうねぇ…あの様子では積極的に賛成はしなかったとは思いますが、だめとも言わなかったんじゃないですか?」
「うーん、あのじいさんこういう時もうちょっと粘ってほしいよなぁ」

 さっきも指摘したが、助教授のロスマルク先生がお茶会出席率八分の五、ということから考えるて、この老先生は今回相当不安に思っているのは間違いないようである。しかしノリノリのセルティ先生とポリーニを留めるほどの猛反対もした様子も感じられない。この辺はおそらく代案がないからというか、半分あきらめているというか…その辺ということである。みぎてがぶうぶう文句を言いたくなるのも当たり前である。

 さて、さすがに八度目のお茶タイムが終わるころには、時刻も夕方六時を回ってしまう。今日はほとんど対策会議ばかりでたいした研究もしていないのだが、なんだかもう閉店して帰りたいという気分になってしまう。せめて晩御飯でも食べて、気分をリフレッシュしないといいアイデアも浮かばないに違いない。

「とにかく…戸締りは先生方に任せて、僕達は今日は引けますか?」
「そうだな、俺さま腹減った。何か食おうぜ、ラーメンとか…」

 魔神はそういうと席を立ち、帰り支度をしようとみんなを促す…が、そのときだった。

「みぎてく~ん、あ、コージたちもいるわね?ちょっとこれ見てよ」

 突然隣の部屋からポリーニがやってくる。さっきからコージたちがどれほど頭を抱えていたかなんてまったく気にもしていないのが丸わかりな表情である。みぎては「また実験台?」と思ったのだろう、とっさに身構えてしまうのが好対照である。

「ま、またスパッツはけっていうんじゃねぇよな…」
「違うわよ!試作品の試着は今日はもうないわ。これよ、これ…」

 さすがに朝の見事すぎる失敗で、彼女も今日は実験をあきらめたらしい。(いくらなんでもあの補正下着はもう少し改良しないとファッションショーに出せないだろう。)その代わり彼女は片手にCDのような円盤を持っていた。パソコンで使うクリスタルDVDであろう。

「これ、先日あったバビコレの様子なのよ。パパが録画しておいてくれたの」
「バビコレ?」
「なんだかお菓子みたいな名前だよな、それって…」
「ファッションショーの名前ですよ。『バビロン・コレクション』のことですって」

絵 武器鍛冶帽子

 魔界生まれの魔界育ちであるみぎてがボケるのは当然として(といってもすぐ食べ物のことに直結してしまうのは、食いしん坊魔神らしいのだが)、実はコージも「バビコレ」という略称では何のことか解らなかったのは、やはりファッションに疎いといわれてもしかたがない。もっとも一応すぐに理解したディレルだって、実際には見たことなどないのだが…
 「バビロン・コレクション」というのは年に二回、二月と九月ごろに開催される一連のファッションショーのことである。いろんなブランドが集まって、いくつかの会場(だいたい見本市会場とか、会議場とかそういう場所)で数日間にわたってショーが繰り広げられる。もちろんそういう高級なブランド品ばかりなので、モデルのほうは憧れの的のスーパーモデルだし、観客はといえばセレブなタレントとか大金持ちとか、そういう人ばかりだが…一応テレビで中継とか解説番組もあるらしい。

「パパはママと一緒に見に行ったのよ。すごかったって!あたしも行ってみたかったわぁ」
「…ポリーニの家はセレブだからなぁ…」

 実は(普段の彼女の服装からはまったく想像つかないが)ポリーニの両親はかなりのお金持ち…父親は大病院の理事長だし、母親はといえば結構有名な料理研究家である。一般人には入手困難なチケットも手に入るのかもしれない。もっともポリーニの父親はポリーニに匹敵する変わった人(特にファッションセンスが)なので、ちょっと一緒にどこかにゆくのは勇気がいるような気もするのだが…
 さて、わざわざポリーニがこういう資料を持ってきてくれたのであるから、多少の空腹は我慢してビデオ鑑賞会を開くことになる。DVDをパソコンの口に突っ込むと、早速音楽と一緒に映像が飛び出してくる。「’09秋冬バビロンコレクション」というおしゃれな文字がポップアップしてくるのが、さすがはテレビ局編集の番組である。司会のアナウンサーと、なんだかけばけばしい服を着た解説のおばさん(?)がおしゃべりを始める。

「このおばさんすげぇ服だな…」
「知らないの?有名なファッション雑誌の編集者よ。服、ちょっと派手なのはあたしも同意するけど…」
「服と化粧でぜんぜん年齢わからなくなってますねぇ…」

 こういう業界の人は基本的におしゃれというか派手な服装が多いし、それからエステだのコスメティックだのにすごくお金と力をかけているので、見た目と実年齢がぜんぜんわからないことが多い。今回のこの解説のおばさんも、もしかするとおばあさん級かもしれないし、逆に意外と若くて二十代後半かもしれないところが、考えてみればかなり恐ろしいことである。
 さて、番組が始まって、いろんなブランドのファッションを着たモデル達がランウェイを歩き始める。当然バックにはバンドががんがん演奏し、さらにスクリーンにはイメージ映像がくるくるめまぐるしく流れてくる。たしかにこれだけ豪華できらびやかなショーだと、一度くらいは見てみたいような気がしてくる。

「ね、あれすごいでしょ?あたしも着てみたいわぁ」
「うーん、なんだかみぎてくんの魔界ファッションを思い出すんですけど…」
「あ、あの首飾りとかは似てるのあるぜ。あと冠なんかは魔界の昔の貴族とかがつけてるやつだ」
「ええっ!そんなはずないでしょ?…えっ?今年のテーマは『古代への回帰』?」
『ファッションはやはりサイクルがありますから、かならず昔のファッションが新しい姿になって回帰してきてますね…』

 解説者の説明にポリーニだけでなくコージやディレルも感心することしきりである。たしかになんだか今年の流行は、エスニックな柄とか、ゴシックなモチーフなどがふんだんに取り入れられたデザインが多い。特に今映像にある金属メダルだらけのアクセサリーなどは、大昔の王様とかがつけていた王冠や腕輪を思い出させるデザインである。実際あのデザインならみぎてがつけてもなんだか似合う…というか、似合いすぎる気がしてくる。
 しかしこうしてみると、ファッションモデルという種族はどうもコージたちのイメージよりさらにスリムなのでは、という気がしてくる。足だって腰周りだってすごく細い。女性のモデルはもちろんのこと、男性モデルもたしかに筋肉はあるようなのだが、それ以上に細い腕や脚が目立つ。思わずコージは隣で画面を見ている魔神の…ごっつい体格と比較してしまう。いや、みぎてだけの問題ではない…コージやディレルだって、相当体脂肪を落とさないとあんな体型にはなれそうにない。

「コージ、これ本当に難問ですよ…今から十一月末までにあんなにやせるなんて不可能ですよ…」
「…みぎてだけの問題じゃないな…俺達もやばいって…」

 顔を引きつらせてコージがそういうと、みぎてもディレルも蒼白な表情でうなずくしかない。というかどう考えてもあんなにやせているなんて不健康のきわみ、倒れてしまうような気がする。
 ところがそんなコージたちに対して、ポリーニは残酷に反論を始めた。

「何言ってるのよ!今、時代は細マッチョよ!」
「…細マッチョって…俺さま絶対無理だって…」
「確かに最近よく聞きますけど…細マッチョになるって簡単にはできない話ですよ」

 たしかに最近の流行スタイルは「筋肉もある、腹筋は割れている、でもすごくスリム」という、いわゆる細マッチョらしい。確かに不健康ながりがりタイプに比べてずっと健康的だし、ファッションモデルみたいなスリムな服も着れるだろう…が、どうすればそんな細くてマッチョな体になれるのかは、誰も知らないのは当然である。(というか、そういう流行スリムボディーに興味があるなら、とっくの昔にジムに通っているはずである。)
 ディレルはあわててそばのパソコンで「細マッチョになるダイエット法」などを検索するが、出てきた答えは絶望的なものである。

「えっと…ネットで見てみましょうよ…体脂肪率十五%以下って…」
「…無理。この生活じゃ絶対無理だって…」
「っていうか俺さま干からびて死ぬような気がする…」

 それほど太いというわけでもないコージやディレルだって体脂肪率十五%以下はかなり遠い。ましてやプロレス体型であるみぎてにいたっては、「細マッチョ」なんてもう絶対無理としかいいようがない。というか既にこの魔神の引きつった表情は「敗北宣言」そのものである。
 するとポリーニはげらげら笑いながら言った。

「もう~、みぎてくん魔神のくせになさけないんだから!でもまあここまでは求めないわよ。本番の前に倒れちゃったら意味ないし…」
「あーよかった。俺さま、もうコージと一緒に夜逃げしようかと思ったぜ」
「まあみぎてくんの場合はちょっとはダイエットしたほうがいいとは思いますけどね」

 ほっとしたようにみぎては笑う。いや、正直な話みぎてだけではなく、コージやディレルだって過激なダイエットはいやである。魔神だって人間だって、三度の飯がとても大切なのは同じだろう。
 ところが…そのときポリーニの目がきらりと光った。そして彼女は突然恐ろしいことを言い出したのである。

「ふふふ、そんな根性のないあんたたちに、いいものをもってきたわ」
「…ええっ!まさか…」
「まさか…ダイエット用発明品…」
「…俺さま今日二度目…」

まさかの一日二度の発明品登場に、コージもディレルも卒倒寸前だった。ましてやさっきひどい目にあったみぎてにいたっては、それだけで一気にやせてしまいそうな悲壮な表情になったのは言うまでもない。

(3.「…あ、この表情は絶対まずいって顔…」②へつづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?