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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー④「やだみんな!こんなところで何」

4 「やだみんな!こんなところで何」

 『セント・レジオネラ記念病院』というのは、このバビロンではかなり昔からある私立の大病院で、特に胃腸関係ではバビロン医科大付属病院よりも有名である。名前が「聖レジオネラ」とついていることからもわかるように、伝説上の医者で聖職者でもある聖レジオネラを記念して作られた施薬所が元となっているということである。まあこの辺はバビロンの歴史のお話になるので、コージやディレルもあまり詳しく知っているわけではない。
 病院の周りはちょっとした緑地となっており、市民にも開放されている。美しい庭園は患者の精神衛生にもよいという考え方なのである。実際バラ園はとても有名で、季節になるとわざわざ(病気でもないのに)おとづれる人もいるほどである。が、あいにく今回はもう夜なのでそんな素敵な庭園もほとんど見えない。

 病院の正面玄関で三人はちょっと立ち止まって中をのぞいてみる。一般外来は午後七時までということなので、もちろん玄関は開いている。大病院らしく中には診察を待つ患者さんとか、その付き添いの人とか、はたまた看護婦さんとかがいるのが見える。が、しかし問題は今回彼らは決して患者さんではないし、お見舞いといっても当のポリーニは入院ではなく単なる風邪で、自宅で寝ているだけのことである。自宅=病院というのはかなり特殊なケースなので、どこに行けば居場所がわかるのかちょっと迷うところがある。

「コージ、前にポリーニの家に行ったときってどうしたんですか?」
「あの時はポリーニが迎えに来てくれたんだよなぁ…病院の西館の一角が区切られてて、あいつの自宅になってるんだよ」
「うーん、それじゃちょっとわかんねぇな。とりあえず中で人に聞いてみたらどうだ?」
「そうするか」

 三人はおそるおそる病院の正面玄関に突入する。大病院なので空調の都合上、当然二重の自動ドアである。当然玄関からの人の出入りはしょっちゅうあるはずなので、彼らが突入したからといって別に誰も気にするはずは無い…はずなのだが…
 みぎてが一歩建物の中に入ったとたん、突然ピコピコと妙なブザーがなり始めたのである。

「ええっ?」
「どうしたんだみぎて?」
「わかんねぇっ!俺さまが入ったとたんに鳴り出した」

絵 武器鍛冶帽子

 火災報知器のベルほどすごい音ではないが、それでも待合室のお客さんや看護婦さんはびっくりである。当然どたどたとお医者さんと看護婦さんが駆けつけてきて、みぎて達を取り囲む。お医者さんはみぎてを見るなり困ったように言った。

「あー、君達?…あ、君だねぇ…」
「?やっぱ俺さま?」
「うん、君、すごい精霊力なんだねぇ。精霊族?医療用結界に引っかかっちゃったんだよ。しょうがないねぇ…」
「医療用結界?」

 お医者さんはうなずく。実は病気には普通に細菌とかで発生するものと、怨霊のようなものが悪さをしておきる病気の両方がある。当然こういう大病院ではどちらの病気にもちゃんと対処できないと困るので、「医療用の結界」が張ってあるのである。(ちなみに怨霊の病気が専門のお医者さんもいて、呪術科という。どうやらこの先生はそれらしい。)
 もちろん人間界には一部の精霊種族も住んでいるので、彼らが病院に来たときにこんな警報がなるようなことはない。怨霊をちゃんと判定する繊細な結界なのである。が、みぎてのように桁違いの巨大精霊となると、こういう繊細な医療用の結界は誤作動してしまうらしい。いわばせっかくの結界を堂々踏み越えてしまったというわけである。この魔神のよくやるいつもの失敗だった。

「まあいいから。たまにある話だし。ほんとにたまだけどね。あ、受付はあそこだよ。」
「すいませーん…」

 呪術科のお医者さんはコージたち(特にみぎて)をめんどくさそうに手で追い払うと、故障(?ある意味正常動作)した結界を調整するためにごちゃごちゃと作業を始める。コージたちはいきなりの失敗(といってもみぎてが巨大精霊なのが悪いというのもひどい話である)でちょっとがっくりしながら受付に向かう。

 大病院の受付というものは、なんだかホテルのフロントみたいなカウンターになっていて、その前はたいてい待合所になっているものである。もちろんこのレジオネラ病院も例に漏れず、どうみてもホテルそっくりの受付カウンターだった。というよりこれはわざとそういう感じにしているのかもしれない。

「…クロークありますよ、ほら、そこ…」
「…絶対ホテルだよなこれ…」

 クロークにはホテルマンとしか思えない制服のお兄さんが、お客のコートや荷物を預かってくれるようだし、隣にはおしゃれなカフェレストランまで併設されている。いまどきの病院はこれくらいサービスがよくないとダメなのかもしれない。(人間ドックはホテルっぽい病院でないと人気が出ないものである。)

「コージ、ほらあそこ…地下にお店あるぜ。コンビニ」
「…ぎりぎり病院らしさを保ってますね…ほんとにぎりぎりですけど」
「ブライダルサロンや大宴会場がなくてよかった…」
「もしかしてここ結婚式できるんじゃねぇか?」

 病院結婚式というのは、個人的には絶対にあげたくない気もするのだが、ここまでホテルそっくりだと、ひそかな人気だとかいう話がありそうな気がしてくる。が、ケーキカットをメスでやりますとか、披露宴の料理が異常に健康的で薄味だとか、救急車で空港まで送ってくれるサービスとか、そういう最悪の展開になりそうなので、それ以上想像するのはやめにしたほうがいいだろう。

 さて、三人はなんとなく緊張しながら受付(フロントと書いてある)にやってくると、おっかなびっくり看護婦さんに声をかけようとした。

「あ、ちょっと…」
「初診ですか?健康保険証をお持ちでしたら出してください。あとこちらの問診表に記入してください。体温は測ってこられましたか?もし紹介状とかありましたらそれもお願いします。」
「えっ、あの…」
「コージ、けんこうほけんしょって?」

 あまりの速さでまくし立てる看護婦さんに圧倒され、コージもみぎても思わず呆然としてしまう。相手にしてみればルーチンワークなので、決まりきった言葉を並べているだけなのだろうが、こっちはそんな心の準備もしていないので(病気で来たわけではないのだから当然である)、何を言われたのかわからなくなってしまう。

「健康保険証ってみぎてくん持ってるの?」
「うちに住むようになってから、一応健康保険入ったはずだけど…」
「えっと、どんなやつなんだ?俺さまぜんぜん覚えてない…」

 魔界に健康保険制度があるのかどうかは知らないが(多分ない)、バビロンにはかなり昔から健康保険制度がある。みぎてだって五年もこの町に住んでいるので、健康保険には(強制)加入しているのだが…一度も病気になったことのないこの魔神はすっかりその存在すら忘れていたようである。いや、それ以前にコージたちは医者にかかりにきたわけではないので、保険証は必要ない。

「えっと…僕達、面会なんですけど…」
「あ、それでしたらあちらの面会者名簿に名前と病室を記入してください。面会時間は八時までです。」
「…微妙に面会とも違うんじゃ…」

 どんどんわけがわからなくなってくる状況に、もはやコージは逃亡寸前の気分である。面会といえば面会なのだが、相手は決して入院患者ではないし職員でもない。受付の看護婦さんだってあきらかに忙しそうなので、複雑な状況を説明するのは難しい。もうみんなで降参してさっさとラーメン屋あたりでも行きたいのが本音であるが、さすがにそうするわけにもいかない。
 と、そのときである。

「やだみんな!こんなところで何やってるのよ!」
「え?」
「…」

 やたら聞きなれた女性の声が彼らの耳に飛び込んできたのである。明らかに毎日講座で聞いている、人間界最大の恐怖、発明女王の声…
 そこにいたのはポリーニ本人だった。彼女がコンビニのビニール袋を持ってあきれ返った表情で彼らを出迎えていたのである。

*       *       *

 ポリーニは普段着のTシャツとジーンズ、それから上にカーディガンを羽織ったという、なんだか講座で見る姿とまったく変わらない格好である。まあ彼女にとってみれば、この病院は自宅なのだから、別によそ行きのいい服とか、変わった服とかを着る必要性などまったく無い。というかそもそも病院に行くのにいい服を着るというのもナンセンスなので、この格好自体にはなんら問題は無いはずなのだが…この病院のフロントそのものが豪華すぎて、なんだかちょっと「高級ホテルに泊まりに来たヒッチハイカー」という感じに見えてしまう。もっともコージやロビーにいる診療待ちの外来患者だって同様なので、やはりこのフロントのデザイン自体に問題があるのかもしれない。
 一昨日の夜はあれだけ調子が悪そうだった彼女だが、今日はもうかなり良くなっているようである。すくなくともコンビニへ(当然この病院の併設コンビニである)買い物にこれる状態なのだから、一昨日のように発熱しているわけではなさそうだった。

「なにしてるって、お前の見舞いに来たんだって。ほら、お土産」
「えーっ!信じられないっ!あんたたちずいぶんやさしいじゃないの!」
「まあロスマルク先生に頼まれた書類とかもあるんだけどね」
「なーんだ、やっぱりそんなもんだと思ったわ。」

 コージたちが差し出したお土産を受け取った彼女は、驚き半分うれしさ半分丸出しといった表情である。まだ声はちょっと風邪気味のかすれ声だが、いつものポリーニ節が復活しているところを見ても、明日には学校にこれるのは間違いない。やはり風邪程度でそこまで心配することは無かったようである(まあ二日も休むというのはそれでも結構ひどい風邪なのだが)。みぎては元気そうなポリーニの顔を見て、うれしそうに笑った。

「あー、よかった。俺さまホントに心配したぜ。」
「だからみぎて、そんなに心配すること無いって言っただろ?人間族って風邪けっこうひくんだから」
「何言ってるのよコージ、風邪をなめたら大変よ。でもうれしいじゃない、みぎてくんがそんなに心配してくれるなんて思って無かったわよ」
「俺さま病気って経験ないしさぁ。病院来るのも初めてなんだよな」

 そういってニコニコ笑う魔神をみると、やはり本当にポリーニの風邪が心配だったというのが良くわかる。まあたしかに一昨日のあの様子では、今日ここまで回復しているほうが不思議なので、みぎての心配ぶりもわからないことは無いのだが、同居人のコージとしてはちょっと悔しいような妬けるような気分である。
 ともかくわざわざコージたちがお見舞いに来てくれた、ということで彼女も本当にうれしいようだった。ポリーニはにこやかに、受付の看護婦にコージたちの紹介を始める。

「ちょっと病院のみんなに紹介しないとね。あたしの講座の友達なの。彼がうわさの炎の魔神の人」
「えっ、ちょっとポリーニ…」
「うわさのって、なんだそれ…」

 看護婦のおねえさま方は興味津々と言った感じでいっせいに集まってくる。事務室の奥にいた連中まで集まってくるのだから、やはり最初からみぎて達は注目を集めていたということだろう。まあ炎の魔神が病院に来るということ自体が、歴史上一度も無かったことは間違いないだろうし、これからだってそんなにあるとは思えないので、話題をさらうのはしかたがない。が、どうやら「理事長先生の娘」ポリーニは、病院(つまり自宅)で日ごろからみぎて達の話題をぺらぺらしゃべっているのは間違いなさそうである。「うわさの魔神」という表現がその事実を明確に物語っている。

「へぇ~っ!ほんとに大きいわぁ」
「街で見たことあるわよ。たしかバビロン大そばのスーパーで買い物してたでしょ?焼酎とか…」
「げげっ、見られてる!」
「悪いことはほんとにできないですねぇ、みぎてくんは…」

 どうやら看護婦の中には、バビロン大学のそばに住んでいる人もいるらしく、コージとみぎてがスーパーで晩飯の材料やお酒を買っている姿をしっかり目撃されていたようである。まあみぎてほど目立つ市民はなかなかいないので、ある程度有名になるのは仕方がないのだが、スーパーで何を買っていたというところまでチェックされるのはかなり恥ずかしい話である。
 しかしどうやらこの様子を見ると、ポリーニはここレジオネラ病院では、理事長の娘という扱いよりも看護婦さんたちの友達か妹分といった感じである。彼女の圧倒的な押しの強さも、おそらく看護婦達の影響が大きいのかもしれない。(看護婦さんといえば、いろんなとんでもない患者も相手にしなければならないので、少々のことでは動じないようになるものなのである。)まあ子供のころからこんな看護婦さんたちに囲まれて育ったのだから、その影響を受けるのは当然だろう。

 さて、みぎてをおもちゃにする看護婦達には申し訳ないが、病院の受付前でわいわいといつまでも立ち話というのもさすがに問題である。ポリーニだってまだ本調子というわけではないだろうし、何より病院の患者さんに迷惑になる。ということでポリーニはニコニコ笑って言った。

「ね、時間あるんだったらせっかくだからお茶くらい出すわよ。わざわざ『夢魔』のケーキ買ってきてくれたんだし」

 今回は本当に彼女の好意一〇〇パーセントのすばらしい(ある意味珍しい)申し出である。しかしその言葉を聴いた瞬間、コージもディレルも完全に凍結した。

「えっ?でもポリーニ大丈夫なのか?病み上がりなんだろ?」
「大丈夫に決まってるでしょ?それにみぎてくん、相当おなかが減ってるんじゃないの?顔見ればわかるわよ」
「…みぎてぇ…」
「えっ?俺さま…ばれてる?」
「みぎてくん、本当に隠し事できないんですねぇ…」

 本当ならば(ポリーニにお土産を渡してしまったのだから)早々に引き上げるのが正しい大人のお見舞いだろう。彼女だってまだ本調子ではないだろうし、突然自宅に押しかけて、お茶菓子を振舞ってもらうというのはいくらコージでも気が引ける。
 それになにより…ポリーニの招待を受けるということは、また恒例のどたばたの危険を冒すということでもある。当然三人ともそのリスクがわかっているので、「バスを降りてからコンビニでおにぎりでも食べる」という話までしていたはずなのだが…
 それを実行する前にポリーニに出会ってしまった上に、「腹減った状態」までがばれてしまうと、もはや完全に脱出不可能のがけっぷちである。この状態で彼女の招待を無理やり断ると、せっかくのお見舞いの好意が完全に無になってしまう。それに困ったことに、この場にはポリーニの応援団である看護婦さんたちがうじゃっといるのである。
 コージだけでなくみぎてとディレルにも、見る見るうちにどたばたの雷雲が彼らの前で巨大化してゆくのはわかったのだが、回避する道は既に(恐怖の看護婦軍団に)完全にふさがれていたのである。

(⑤へつづく)

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