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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー⑦「辛っ!これたしかに魔界の味…」

7 「辛っ!これたしかに魔界の味…」

「ほんとにすいませんねぇ。こんなに遅くまでうちの人の道楽につき合わせて…」

 ポリーニのお母さんはあきれたような顔でだんな…つまりドクター・ファレンスをにらみながら、コージたちに謝る。テレビに出ている時と違って、家なのでメイクはしていないのだが、声はやはりあの料理・グルメ番組のマダム・ファレンスそのものである。なんだか土曜夜八時にテレビを見ているような気分になるほどである。

「あなた。とりあえずさっさと片付けてくださいな。」
「さ、残念…」

 マダム・ファレンスはだんなのレイアウトした「謎の衣装」の数々を指差す。どうやらこの家ではだんなよりも奥様のほうが優位らしい。ポリーニが講座で圧倒的な優位を保っているのと同じ状況である。

「あ、いや。とてもすごいコレクションで驚きました…」
「…コージ、腹減った」

 奥様に片づけを命じられてちょっとがっかりのドクター・ファレンスに、コージは一応フォローする。しかしみぎてのほうはもうそんな社交辞令をする元気もないようである。もともとポリーニの発明品や奇天烈なファッションに参っている上に、腹が減ってどうしようもないのだから、無愛想になるのも無理もない。とにかくお菓子でも飴玉でもいいから、こいつの口に突っ込まないと、我慢できずに暴れだしかねないような気がする。
 するとマダム・ファレンスはくすくすと笑った。あんまり情けないみぎての顔を見ておかしかったらしい。その笑い方はやはり講座で良く見るポリーニの笑い方とそっくりである。さすがは親子ということだろう。

「まあまあ魔神さん、今、夕食を作っているから。もうすぐできますわよ」
「えっ!ほんとかっ!俺さま感激!俄然元気出てきた!」
「みぎてくん現金すぎ…でもちょっと僕も感動ですよ」
「だなぁ。マダム・ファレンスの晩御飯だし…」

 もうすぐご飯というのが確定したのがよほどうれしいのか、みぎては一気に元気を取り戻す。いや、この点に関してはコージやディレルも同感だった。単に夕食に呼ばれるというだけの話ではない。料理研究家のマダム・ファレンスの夕ご飯なのである。メニューのほうは普通の家庭料理かもしれないが(コージたちは突然お邪魔したのであるから当然である)、なんとなく一味違うんじゃないかという期待をしてしまう。謎過ぎる高級ファッションなんかよりずっとありがたみがある。
 素直に大喜びする三人に、マダム・ファレンスはにっこり微笑んで言った。

「じゃあ皆さんはリビングでちょっとお待ちになってくださいね。ポリーニ、キッチンでちょっと手伝って。」
「いいわよ、ママ。ふふふ…」
「…ふふふ?」

 ポリーニ恒例の「不気味な笑い」にコージはぎょっとする。が、彼女はそんなコージの様子など意にも介さずキッチンへと向かう。実は彼女が「ふふふ」と笑うときにはたいてい発明品とかその辺が一枚絡んでいるのである。まさか晩御飯までポリーニの発明品が炸裂するとは思いたくないのだが…一抹の不安が残る。不気味な笑い一つで一気に不安を掻き立てるところは、彼女にしかできない芸当かもしれない。
 さっきまでうれしそうな表情を浮かべていたディレルも、ポリーニの笑いには不安を感じたらしい。コージたちにこっそりと言った。

「コージ、みぎてくん…今の笑い、見ました?」
「…見た…まさか発明品じゃないだろうな…」
「…お皿が空を飛んだりしたら、俺さま絶対泣けてくる…」
「いくらなんでもそれは無い…無いと信じたいんですけど…」

 そういうディレルだが、まったく自信がないのは声でもわかる。しかしこれだけ我慢に我慢を重ねてやっとありつけるご飯なのである。これでポリーニの発明品でめちゃめちゃになったら、みぎてだけでなくコージだって病院を焼き討ちにしたくなるに違いない。発明品は明日まで…いや、せめてみんなが満腹になるまで絶対禁止である。
 が、そんなことを相談している間に、いよいよ素敵な晩御飯が出来上がったようである。向こうのダイニングキッチンのほうから、素敵な料理の香りが届いてくる。ハーブやスパイス、ソースの焼けるにおい…魅惑としかいいようのないうまそうな香りである。空腹のなせる技かもしれないが、ここまでおいしそうな香りというのは生まれて初めてのような気がする。

「お、できたようですよ。皆さんそれではダイニングへ行きましょう」

 (変な衣装の片づけがようやく終わった)ドクター・ファレンスがコージたちを食堂へといざなう。すぐ隣のダイニングキッチンなのだが、広さはどうやら優に二十畳はあるようだった。真ん中に広々としたオープンキッチンがあって、その手前がダイニングスペースなのである。料理をしている様子が丸わかりなので、なんだか料理番組のキッチンという雰囲気である。しかしこれだけ広々としたキッチンだと、料理をするのも楽しいだろう。
 ダイニングスペースの長テーブルには、きれいなレースのテーブルクロスが敷いてあり、その上に純白の食器がきちんと配置されている。といってもフランス料理のディナーといった整然とした配置ではなく、気楽なホームパーティー風である。つまり料理の乗った大皿と、取り皿や飲み物のコップがいっぱいというスタイルである。堅苦しい雰囲気が苦手なコージたちにはとてもありがたい。

「あれ?ひょっとして…」
「ディレル、どうしたんだ?」
「あの料理、『深海魚と海草のカルパッチョ』じゃないですか?僕達トリトン族の王宮料理なんですよ」
「ええっ!それ珍しい!」

 既にテーブルの上に並んでいるオードブル類の中には、どうやらコージがはじめて見るような、かなり珍しい料理があるようである。『深海魚と海草のカルパッチョ』だけではない。奇妙な芋のようなものの煮物とか、甲殻類らしきから揚げとか、どれも一風変わった料理ばかりである。ただ、ディレルが言うとおりあのカルパッチョが「王宮料理」だとしたら、これはどれもかなりグレードの高い料理ということになる。

「さあさあみんな座っていいわよ。ママがもうすぐメインディッシュもって来るわ」

 ポリーニはニコニコ笑いながら、全員に着席を促した。言われるままに一同は椅子に腰掛ける。ドクター・ファレンスは隣の部屋から持ってきたワインを手早くあけて、全員のグラスに注ぐ。

「先週解禁になったばかりの、今年のボルティセラ・ノイエワインですよ。若いワインは荒いといいますが、今年は出来がいい」
「あー、テレビでもニュースになってましたね」
「みぎてくん、がぶ飲みしちゃだめよ。悪酔いしたら大変だし」

 毎年解禁日にお祭り騒ぎの試飲会をする、ボルティセラ・ノイエワインが今日は登場である。若いワインということで、お値段のほうは意外と手ごろでなので、あんまりけちけちして飲まなくてもよいのがうれしい。さっきから高級品ばかり登場していたので、これでもなんだかほっとする値段である。もちろん今まで見た限りでは、この家のことだから、明らかにかなりのグレード品だとは思うのだが…

 さて、マダム・ファレンスが大皿に盛った鶏の足のローストを持って着席した時点で、ようやく今夜の念願の晩御飯…ちょっとしたホームパーティーの開始である。軽く乾杯してから、三人の飢えた若者達は一気に料理を攻略し始めた。みぎてはもともと大食いなので当然だが、コージやディレルだって今回は負けていない。既に時刻は十時前なので、急いで食べないと帰りのバスがなくなるという問題もあるが、それ以上に本当に腹が減っていたのである。
 それにしても今回の料理は、どう考えてもバビロンではあまり食べることのできない変わった料理が多い。まるで世界の珍品料理特集をしているような状況である。まあ最近は流通が良くなって、世界の変わった食材をバビロンでも買うことができるようになったとはいえ、ここまで一同にそろうと壮観である。

「あー、これホントに食用巨大ミジンコのから揚げだ。ディレル食ってみろよ」
「前、みぎてくん言ってましたね。…あ、本当にぱりぱりしていておいしいですよ」
「甲殻類だからカニのから揚げとかと同じだな。あ、こっちは塩漬け豚とインゲンのスープだ」
「ボヘミアンの伝統料理ですね。シンプルだけど不思議なくらいおいしいんですよねぇ」
「この芋みたいな奴、もしかして砂ヒルか?」
「あら魔神さん良くご存知ね。サンドマン族の名物料理よ」
「ええっ!ぜんぜん気がつかなかった!じゃりじゃりしないんですね」
「ちゃんと砂を吐かせればおいしいのよ」
「でもママ、この間はもろに大失敗してたじゃない…」

絵 武器鍛冶帽子

 料理研究家という仕事は、料理をいろいろ調査研究して、それをテレビ番組などで紹介するのが仕事なので、当然そのための研究調査を日ごろやっているわけである。おそらく砂ヒルについても、おいしい料理に仕上げるために試行錯誤をしたのだろう。ということは試作段階の失敗作がかなりの数できることになる。もちろん食べれないものではないので(黒焦げになったとかでないかぎり)、捨てるのももったいない。そんなこんなで毎日の食卓には数々の失敗作が並ぶことになるのだろう。

「いいなぁ、こんなうまいもの食ってるんだポリーニ」
「えっ?いつもはさすがに違うわよ。ママの実験、結構失敗するし…」
「ははは、あと番組で紹介するとかだと、成功するまで同じ料理になるんですよ」
「そ、それは結構きついかも…」

 新しい料理を作るということは、発明をするのとまったく同じということである。途中の試作品・失敗作を食べて悲鳴を上げる実験台が必要なのである。もちろん料理人本人も食べるのだが、家族だって実験台になるのだろう。ましてやテレビで紹介する料理を試作するとなると、うまくできるまで毎日のように同じ料理を作って食べることになるらしい。料理研究家も(そして家族も)ある意味過酷な商売なのである。

「…それってなんだか発明と似てないか?コージ…」
「…似てる。さすが親子…」
「でも安全な分だけいいんじゃないですか?」
「ヤダっ、あたしの発明はいつも安全第一じゃないの」
「はいはい、一応ね、一応」
「…実験はいつもはらはらしますけどね」

 ポリーニの発明品が安全かどうかはかなり異論がある(発明品は安全でも、実験が安全とは限らない)のだが、さすがに両親の前でそんなことをすっぱ抜くのも何である。まあここ二日ポリーニが休んだだけで、講座が静まり返ってしまったということを思えば、ポリーニの発明品も悪いものでもないのかもしれない。といってもやはり「安全第一」であってほしいものなのだが…

 さて、猛烈なスピードで前菜とかスープとかを平らげたころになって、マダム・ファレンスはおもむろに席を立ってキッチンへと戻った。どうやら本日のメインディッシュの登場らしい。こういうホームパーティーでのメインディッシュというものは、大体鶏の丸焼きとかローストビーフとか、とにかくオーブンで焼く大皿料理に相場が決まっているものだが、今回もご多分に漏れずオーブン料理のようである。マダム・ファレンスがオーブンの扉を開けたのとほとんど同時に、香ばしく焼けた肉と、スパイシーな香辛料やハーブの入り混じったすばらしい香りが部屋中に広がる。

「うわぁっ!すげぇっ!うまそうな香り!」
「オーブン料理っていいですよねぇ。なんだろう」
「…やたらスパイシーって感じだよな、この香り…」

 オーブン皿のまま登場したのは、かなり大きな鶏の丸焼きらしいものだった。周囲には一緒に焼いたらしいハーブや野菜がちりばめられている。が、普通の鶏のローストと違うところは、その香りと色だった。色は良くある黄褐色ではなく、なんだかかなり赤みである。ちょっと独特でエキゾチックな香りも普段食べる料理とはかなり違う。さっきから次々と登場している世界の変わった料理…「巨大ミジンコ」や「深海魚のカルパッチョ」や「砂ヒルの煮物」などから考えると、おそらくこれもどこかの郷土料理なのだろう。

「あー、これ、もしかして『魔界七面鳥』か?」
「えっ?」
「ほんとなの?」

 先頭を切って料理を口にしたみぎては、驚いたようにそういった。当然コージもディレルも、そして一緒に料理をしていたはずのポリーニまでびっくり仰天である。どうやらこれはみぎてのふるさとである魔界で取れる七面鳥らしいのである。人間界では飼育されていないので、おそらくは魔界から取り寄せられた品なのだろう。

「冷凍ものなのよ。どうかしら?ちゃんと本場の魔界風?」
「すげぇっ!俺さま感動!」

 魔神はちょっと目をうるうるさせながら、一口一口かみしめるように七面鳥を味わっている。さすがの魔神も懐かしい味を口にして感動と郷愁がこみ上げてきているようである。早速コージも一口食べてみる。

「辛っ!これたしかに魔界の味…」
「だろ?コージ。これ本物だぜ」
「うわっ!これすごい。普通の辛さと違いますね」

 独特のスパイシーでさわやかな辛さは、まさしく魔界ならではの味付けである。一度みぎてと一緒に魔界へ出かけたことのあるコージは、この強烈で爽快な辛さは経験がある。こんな本物の魔界料理を人間界で味わうことができるというのは驚きとしか言いようがない。
 本物の魔神に太鼓判を押されて、マダム・ファレンスは相当うれしそうである。

「良かったわ。今日はちょっとみんなにお国料理を食べてもらって意見を聞きたかったのよ。実験ね実験」
「ああ、どおりで。ほんとに高級トリトン料理ですよこれ」
「こんな実験なら俺さま毎日だってOK!」
「えーっ!何よ普段は逃げ回っているくせに!」
「だってポリーニの実験、食い物関係ねえじゃねぇか。」

 口を尖らせて抗議するポリーニにみぎても元気に反論である。懐かしい郷土料理の数々に、全員とても幸せな気分で一杯になる。時刻はちょうど十時半なので、このまま解散すれば満点のホームパーティーである。いや、デザートが出ていないので、それが登場すれば無事終了である。
 ところが…あのポリーニとその家族が絡んだパーティーが、このまま平穏無事に終わることなどありえないことは当然だった。もちろんここまでうまいものを食ってしまったせいで、コージもみぎてもまったく警戒していなかったのだが、最後の最後にちょっとしたイベントが待ち受けていたのである。

(⑧へつづく)

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