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炎の魔神みぎてくんアルバイト 3.「俺が教える。大丈夫」

3.「俺が教える。大丈夫」

 さて、ドタバタしているうちにあっという間に金曜日である。大学の講座というものは毎日いろいろあるわけで、残念ながらほとんど準備らしい準備はできていない。といっても実際何をしたらいいのか、詳しい状況がさっぱりわからないのだから準備のしようもない。ただ最低限度一泊二日の旅行装備と、それから雑用のための軍手や動きやすい服や、長靴くらいは必要かもしれないのだが。

「コージ、みぎてくん、講座倉庫見てきたんですけど、全員分の長靴は無いですよ。困りましたねぇ」
「あ、俺さまの分はいいよ。どーせサイズ合わないし」
「まあそうなんですけどねぇ。軍手はありましたよ、一〇枚パックが」
「俺さまそれも入んない。耐熱手袋持ってく」

 夕方になってコージたちは大慌てで出発準備をする。夜行バスの時刻は二十三時なので、今から準備をすれば間に合わないことはない。とはいえ規格外サイズのみぎて用の長靴とか、軍手となるととっさに手に入るものではない。講座の倉庫をひっくり返しての騒ぎである。

「あれっ?これなんだよ?段ボール箱」
「あ、これですか?雑巾とか、タオルとか、それからごみ袋ですよ。どうせ掃除とかあると思いますし」
「うーん、それはあり得るなぁ。蒼雷神社、掃除とかあんまりしてないだろうし」

 ディレルはこういう時に得意の幹事能力を発揮して、みんなが忘れやすい様々な小物を段ボール箱に収めて準備している。雑巾やごみ袋だけではない…ボールペンとか、油性ペンとか、それからはさみとかセロテープまで、こういうこまごまとした事務用品もしっかりと用意されているところがすごい。まあこれだけあれば、普通のイベントの手伝いなら何とかなりそうな気がしてくる。

「ポリーニの準備はどうなんだ?」
「うーん、さっきちょっと覗いてきたけど、結構大荷物ですよ。やっぱり巫女さん服作っちゃったみたい」
「ええっ?やっぱり俺さま巫女さんするのか?」
「…ギャグのためにやる羽目になるのは確実って気がしてきた…」

 いくらなんでも男性陣が巫女さん姿というのも、ぜったい気持ち悪いとは思うのだが、笑いの種のためならとポリーニが作った可能性は高い。下手をすると突発イベントで「巫女さんコンテスト男性部門」とかわけのわからないことを開催するだの言い出しかねないような気がしてくる。
 ところがディレルの見解はちょっと違うようであった。

「うーん…どうでしょうね。正直な話、そんな暇ないと思いますよ。蒼雷そうれい君が村祭りの件で僕たちに応援を求めるってこと自体、ちょっと普通の状況じゃないと思うんですよ」
「まあそうなんだよなぁ…」

 実際先日の電話の時のことを考えると、本当に人数が不足しているということ自体、ちょっと疑わしい気がしてくる。受話器の向こうから伝わってくる打ち合わせ風景は、結構人がいるという感じであった。それにさっきも問題になった「みぎてに助けてほしい」という一言である。普通のお祭りの人手不足ではなく、やっぱりなにか…魔神のパワーを必要とする大問題という気がしてくる。

 こんな感じでドタバタしているコージたちのところに、セルティ先生が現れた。どうやら教授室まで彼らの騒ぎが聞こえたのは間違いない。

「あら、旅行の準備ね?いいわねぇ…地獄谷温泉でしょ?」
「あ、せんせ」

 セルティ先生というのはコージたちの講座の教授で、この大学では珍しい女性である。種族的に長命のエルフ族ということで、年齢はもう五十を回っているのだが、外見はまだ三十代である。というか、スタイルとか美容にも気を使っているのか、結構グラマーな胸にウエストはキュッと締まっているという、大学でもあこがれの的の美人先生である。もっとも毒舌とか男勝りの性格は美貌とは一切関係ない事象なので、騙されて彼女の講座に来た学生はちょっと大変である。
 どうやらセルティ先生はコージたちの大騒ぎに初めから少なからず興味があったらしい。

「わたしも来週は行こうかしら。お祭りの手伝いでしょ?面白そうねぇ」
「詳しいことがまだよくわからないんですよ。なんだかみぎての手が借りたいみたいだし…」

 太平楽にそんなことを言うセルティ先生に、コージは思わずくぎを刺す。手伝いをしてくれるというのは大変ありがたいのだが(やはり学生だけで行くのと、教授先生が一緒に行くのとは安心感が違う)、そこまでコージたちは気楽な気分で行くわけではない。ところがセルティ先生はますます乗り気になったようである。

「それなら余計わたしがゆかないとまずいじゃないの。学生に危ない目には合わせられないわ」
「そこまでの話じゃないと思うんですけどねぇ…お手伝いってことですし」

 先生の発言に、コージもディレルもちょっとあわてる。一緒に行くというならともかく、危ないから云々という方向は予定外である。一歩間違えると「危ないからやめときなさい」と言い出しかねないからである。この場は話題を変えたほうがよさそうな感じである。

「でも、蒼雷君の神社、どうして急に人手不足なんて話になったんでしょうねぇ」
「そうそう、それなんだよな。この間からみんなで話してるんだけど、全然理由がわかんねぇんだ。せんせは何か思い当たることあるのか?」

 みぎては(知ってか知らずか)ディレルの発言に歩調を合わせて先生に質問する。たしかに「村祭りのお手伝い」は興味深いイベントではあるが、大学教授がノリノリで参加するようなものかといわれると、ちょっと悩むところがある。もしかすると先生は何か別の情報を持っているのかもしれない。
 すると先生はくすくす笑い始めた。どうやら彼女はコージたちの気が付いていない、しかし明白な理由を知っているに違いない。

「何言ってるのよ。今、地獄谷温泉郷は大ブームよ。ほら、『雪の誓い』の…」
「えっ?大ブーム?俺さま知らない…」
「あ…そういえばそうですね!あのドラマですよ!」
「ああ、あのイケメンドラマね…それかよ…」

 興奮して語るセルティ先生に思わずコージは苦笑を隠せない。『雪の誓い』というのは、今流行のイケメン若手俳優が多数出演しているドラマである。なんでも雪が降りしきる神社の境内で誓いの指輪を渡すシーンが有名で、ここバビロンでもおばさま方を中心にすごい人気がある。というか毎日講座暮らしで流行に疎いコージやみぎてでも、主役のヤン様(といってもフルネームは知らない)とかは名前だけは知っているほどである。

「ってことはあの神社、蒼雷のとこだったんだ…」
「そうよ。コージ君たち全然気が付いていなかったのね」

 セルティ先生は得意げに言う。どうもロケをしたのは去年の年末近くだったらしい。ひなびた温泉宿の神社ということで、白羽の矢が刺さったのだろう。まあコージの記憶でも、蒼雷の神社はこじんまりとして雰囲気は悪くない。
 しかしそれだけの有名ドラマのロケ地になってしまうと、たしかに観光客が殺到するのも当然だろう。おそらく温泉街の宿屋などはほぼ連日満室だろうし、お土産屋さんだって大忙しである。当然秋の紅葉シーズンでお祭りともなれば、例年の数倍もの観光客が押し寄せてくる可能性も高い。これは蒼雷が名前通り蒼白になるほど人手不足になるのも無理はない。

「もしかして…先生も『雪の誓い』、ファンだとか…」
「あたりまえじゃないの!女としてあんなひたむきで熱い恋、あこがれて当たり前よ。ヤン様なんて画面で見ているだけでうっとりだわ…」
「…やばいコージ…刺激したみたいだぜ」
「ううっ、それ手遅れ…」

 熱く『雪の誓い』やらイケメンスターたちの話題を語り始めたセルティ先生のご高説を、コージたちは(出発準備をしながらだが)おとなしく拝聴する羽目になったのは仕方ないことだろう。

 というわけでコージたちは二十三時発の夜行急行バスで、地獄谷温泉に出発した。残念ながらセルティ先生は今日はパスである(もちろん来週同行すると宣言してるのは当然なのだが…)。結局準備に手間取って、乗り遅れそうになったのは予定通りだった。一番の原因はポリーニなのだが(彼女は大量のコスプレ衣装をかばんに詰めていたので、輸送に大変な騒ぎになったのである。結局すぐに使わないものは宅急便で蒼雷神社へと送ることにした)、コージたちだってそんなに少なくはない。とにかく段ボール箱が二つと彼らの着替えである。たった一泊二日の旅行とは絶対に思えない荷物の量だろう。

「俺さま、夜行バスって生まれて初めてなんだ!シート広いな!」
「みぎて、みんな寝てるんだから静かに!」
「あ、そっか。ちぇ~」

 初めて夜行バスに乗るみぎては、子供みたいにワイワイと喜んでいる。たしかにこの魔神の言うとおり、夜行バスのシートは普通の路線バスと違ってかなり大きくて寝心地もよさそうである。よくある観光バスが左右二列づつのシートであるのに対し、今日乗るこのバスは左右一列、そして中央にもう一列あるだけのワイドシートである。これなら体の特別に大きいみぎてだって、楽々で眠ることができるだろう。というか、深夜のバスなのだから、遠足気分で車内で騒いでは迷惑になる。おとなしく寝るのが一番なのである。
 みぎてはコージに注意されて、ちょっと残念そうな表情になるが、もともと早寝早起きの健康優良児である。あっという間にすうすうと寝息をたてて、気持ちよさそうに眠ってしまった。あんまりあっさり眠ってしまったので、コージのほうが驚いてしまうほどである。

「みぎてくん、さすがですね。僕はやっぱり寝づらいですよ」
「うーん、ディレルの場合は仕方ないよなぁ…」

 トリトン族は普段眠るときは水の中である。ディレルの場合、自宅がお風呂屋さんということもあって、お風呂に水を張って寝ているらしい。高速バスの座席で寝ることは、揺れるとかやっぱり体が水平にならないとか、そういうレベルの問題ではないのだろう。とはいえ水槽つきの夜行バスなど聞いたことがない…というか、もしそんなものがあるとすれば、鮮魚を運ぶトラックみたいなものになってしまうのは明らかである。こればかりは我慢してもらうしかない。明日のことを考えれば可能な限り眠ったほうがいいだろう。
 バスはバビロン市街地を抜け、いよいよバビロニア縦貫高速道路のバビロン北インターへと向かっていた。コージはさすがに今日のドタバタの疲れが出てきたのか、インターチェンジにつく前に、何とか眠りにつくことができたのである。

*     *     *

 高速バスが地獄谷温泉郷に到着したのは、まだ朝日が昇る前…五時頃だった。実は前回コージたちが来た時には、昼間の便だったので四時間弱で到着している。それを考えると六時間近くかかっている夜行バスは決して速いというわけではない。もっとももしこれで昼間の便と同じ時間で移動したら、到着時刻は明け方の三時ということになる。そんな時刻に到着しても、観光はおろかお店だってコンビニくらいしか開いていない。もちろん道路は深夜のほうが空いていることを考えると、おそらくどこかのサービスエリアで休憩して時間調整をしているのだろう。
 昨夜の時点ではよくわからなかったのだが、乗客は予想通りおばさんがやたら多いようである。夫婦で来ている人もいないわけではないが、ほとんどはおばさんばかりのグループである。前に来た時には「定年後の老夫婦・OL・おばさん」という三大グループが大体同数という感じだったのだが、今回はおばさんが圧倒的多数である。やはりイケメンドラマの効果は絶大なのだろう。
 起きだしたみぎては、周囲の座席にいるおばさん軍団が、早朝にもかかわらず元気におしゃべりなどを始めているのを見て、ちょっとびっくりしたようだった。

「コージ、コージ、みんな朝元気だな。俺さまちょっとびっくりしてる」
「それわかる…」

 実はみぎての場合、朝はいつも日課の朝練…人間界に来る前からやっている格闘技みたいなものを練習しているので、だいたい起床は今頃である。が、その彼から見ても(魔神の水準で考えて)おばさん軍団の元気さは目を見張るほどなのだろう。すでに車内はわいわいとイケメンドラマの話やらの雑談で喧騒に包まれ、とても眠れる状態ではない。かわいそうにバスの中でよく眠れなかったディレルは、悲惨な顔をして(目が落ち窪んで)この騒ぎに起きだす羽目になった。

「…もう着くんですね…」
「ディレル、悲惨な顔になってるぞ…」
「仕方ないですよ…一時間くらいしか眠れなかったんですし…ポリーニはまだ寝てますね…」
「よく眠れるよなぁ…」

 繊細なところがあるディレルにはこういうバスツアーは明らかに不向きかもしれない。いや、おばさん軍団の騒ぎに巻き込まれるようなツアーでは、コージだってちょっときつい気がしてくる。こんな状況にもかかわらず、一つ後ろの席でくーくーといまだに寝ているポリーニは、やっぱりすごい肝っ玉なのかもしれない。まあともかくさっさとバスを降りて、蒼雷と合流したほうがよさそうである。
 しかしその時、みぎてが恐ろしい事実を指摘した。

「コージ…このおばさんたちが、蒼雷の神社に押し寄せるんだよな…」
「…そう…おそらく確実にそう…」
「俺さま急に怖くなってきた…」

 これだけ元気なおばさんたちが大挙して蒼雷の神社に現れて、ぎゃあぎゃあと騒ぐと想像するだけで、みぎてだけでなくコージまでそら恐ろしくなってくる。おとなしく参拝するとか、記念写真を撮るとかだけならいいのだが、たとえば記念に植えてある木の枝を折って持って帰るとか、お弁当のごみを捨てて帰るとか、そういうマナーの悪い参拝者だっているだろう。そういうのを相手にするだけで大変なのは間違いない。ましてや来週のお祭りには、この数倍の参拝客を相手にしなければならないのである。蒼雷がSOSを出してくるのも無理もない話だろう。
 コージとみぎて、ディレルの三人は、まだ堂々と眠っているポリーニと、それからおばさん軍団の元気っぷりを交互に見ながら、バスを降りる前からぐったりと来てしまったのは言うまでもない。

 さて、地獄谷温泉バスターミナルについたコージたちは、おばさん軍団が全員降りた後にようやく降りることができた。一つにはディレルがまだ寝ぼけ眼だったということもあるが、なによりも荷物が多すぎるのである。個人の荷物以外に講座から持ってきた荷物やら、それからポリーニの作ったコスプレ衣装…ではなく巫女さんの服やらを合わせると、段ボール4箱になる。そんな荷物を降ろすのだから、後ろにおばさん軍団を待たせようものなら蹴飛ばされかねない。そういう理由で彼らは最後に降りることにしたのである。
 時刻はまだ日の出前ということで、朝霧がバスターミナル一帯を埋めている。さすがに秋ということで、こんな時刻だとかなり肌寒い。当然ながら近くにある土産物屋とか喫茶店はまだ開店していない。ただ興味深いことに定食屋だけは(おそらくコージたちのような高速バスの乗客目当てなのだろうが)すでに店を開けているようだった。おいしそうな味噌汁の香りが漂ってくる。

「コージ、腹減ったし朝飯食おうぜ」
「あ、あたしも賛成!朝定食って旅行らしくでいいじゃない!」
「まあそうだな。あんまり早く行っても蒼雷も困ると思うし…あれ?ディレル?」
「…僕はちょっと…食欲ないです…」

 バスの中でろくに眠れなかったディレルは、さすがに今から定食を食べるということはできそうにないようである。まあとはいえ、こんな五時過ぎに蒼雷のところに押しかけても迷惑になる可能性も高いので、定食屋で時間をつぶすというのは非常に妥当なアイデアだろう。食欲のないディレルには紅茶でも飲んでもらうしかない。
 ところが、一同が定食屋の間口へとたどり着いて、中をのぞいてみると…すでに座席はおばさん軍団で完全に埋め尽くされていた。それほど広くない店であるから、とてもじゃないが彼らが入る座席などない。

「げげげっ、コージ…」
「うーん、困ったな…」

 並み居るおばさん軍団を相手に、座席の争奪戦をする元気などコージたちにあろうはずはない。コージたちは暖簾の直前でUターンをして、もう一つの選択肢…コンビニでパンやおにぎりを買って、蒼雷神社の境内で食べるという旅行風情もそっけもない悲しいコースを選ばざるを得なかったのである。

*     *     *

 さて、コージたちは朝の温泉街を見物しながら、蒼雷神社の通りへとやってきた。石畳で舗装された道路は、この地獄谷温泉郷が歴史のある温泉街だということをよく物語っている。重い荷物を抱えていなければ、なんだかいい感じの物見遊山という気分になれそうな光景である。
 もっとも数年前に来た時と比べて、確かに街の雰囲気は多少変わっている。何しろ前にはなかった新しいお店が結構あるのである。クレープ屋とか、フォーチュンクッキー屋とか、エスニックなグッズ屋とか…要するにどこの観光地にでも出店しているチェーン店のようなお店である。代わりにいくつか小さな土産物屋あたりが店を閉めてしまったようで、町の移り変わりがちょっとさびしい気もする。

「やっぱりブームなんですねぇ…こんな朝早くなのに、結構客が歩いてますよ」
「宿もほとんど満員って感じだよな。こりゃ大変だ…」

 予想していたとはいえ、早朝のこんな時間帯から観光客がうろうろという状況では、昼間になれば結構な混雑になるだろう。まあそういっても宿屋の数に限りがあるので、バビロンの通勤ラッシュみたいな状況になるとは思えないのだが…いずれにせよよ町の側から見ればうれしい悲鳴状態なのは間違いない。

 さて、コージたちが蒼雷神社に近づくと、鳥居のところから一人のたくましい青年が飛び出してきた。腰まで伸びるほどの濃いブルーの長い髪と、ほとんど半裸といっていいほどのエスニックなコスチューム、風神らしい羽衣を背負った姿…見間違うわけもない。蒼雷神社の祭神、蒼雷本人(人じゃなくて鬼神だから本神?)である。どうやら彼らがやってきたことを敏感に察知(自分のテリトリーの町に、同等の巨大精霊がやってきたのだから、わからないほうがおかしい)したらしい。わざわざ迎えに来てくれたのである。祭神が神社から飛び出して出迎えるというシチュエーションは冷静に考えると結構すごいことなのだが、なんだか彼らの場合違和感がないのが面白い。

「よぉっ!蒼雷っ!」
「あー、みぎて、それからコージ達まで!助かったぜっ!」
「もうっ、あたしのことは?」
「発明女は絶対来るのわかってたから心配してなかったし。って、ほんとはすげぇ感謝してるぜ」

 本当に助かったといった表情で、蒼雷は彼らのことを見回した。この喜びようを見ても、やはり相当大変な状況だったのはよくわかる。ともかくこの場は神社に荷物を置いて朝ご飯を食べたら、状況確認と手伝う内容を決めたほうがいいようである。
 一同は再会のあいさつもそこそこに、蒼雷神社の境内に戻った。が、そこには既に二・三組の参拝客がいた。みんな神社の前で記念写真を撮ったり、由来を書いた掲示板を見たりと、早朝とは思えないような光景である。そんな中をでっかい段ボール箱を抱えたコージやみぎてと、あからさまに祭神本人ですよとわかるコスチュームの蒼雷が通るのである。なんだか気恥ずかしいというか、ありがたみのかけらもないというか、ともかく変な状態である。決して普通の神社の光景ではない。(というか、普通の神社は祭神が原身をそうそう見せたりしないものだと思う。)思わずディレルは気になって蒼雷に聞いてみる。

「蒼雷君、これって…」
「あ、平気平気。うちはオープンだから氏子と飲みに行ったりするし」
「…うーん、なんだか普通の神社ってそんなのじゃないような…」

 どう考えてもこれは普通の神社での、祭神と氏子の関係ではない。まあ氏神様の仕事というのは、町や氏子を霊的なものから守るというものなのだから、別にありがたみがあろうがなかろうが関係ないのかもしれない。むしろ町の人から親しまれ、信頼されているほうがよいという考え方もあるのだろう。
 ともかく本殿へ荷物を運んで、ようやく彼らは一息ついた。最初予定していた「境内でおにぎり」プランだが、こうも次々と参拝客…というより観光客がやってくるようでは、本殿の隅に隠れて食べたほうがいいだろう。コージたちがコンビニおにぎりやらちょっとしたお惣菜を取り出すと、蒼雷はお茶などを持ってくる。神前で朝ご飯という妙にありがたいシチュエーションである。

「…もぐもぐ、でもさ、蒼雷。手伝いっていったいどんなことしたらいいんだ?来週の準備っていうのは予想してたけどさ」
「そうですね、境内の掃除とかそのあたりですか?観光客がいっぱい来てますから、ちょっと掃除大変でしょうし…」

 おにぎりをほおばりながら、彼らはさっそく今日明日の予定の打ち合わせを始めた。休日しか応援に来れないコージ達であるから、あんまり時間に余裕はない。できるだけ効率よく作業を進める必要がある。
 ところが蒼雷は首を横に振った。

「違う違う。境内の掃除とか設営くらいで、お前らをバビロンから呼ぶわけないだろ?氏子だっているし…」
「あ、まあそうだよな。といっても人手不足みたいだけど…」
「あんまり難しいことだと、とっさに頼まれても困っちゃいますよ?」

 どうやら蒼雷の依頼は掃除や会場設営のような作業ではないようである。まあ言われてみれば、町の氏子連はいるのだし、それに最悪の場合イベント会社に依頼すればその手の設営は(金はかかるが)なんとかなる話だろう。それをわざわざバビロンのコージたち…特にみぎてを呼んだということは、もっとほかの仕事があるということなのだろう。というかみぎてが要るということは、魔神らしい馬鹿力が必要な作業の可能性が一番高い気がする。ところがそんなコージの予想は、今回に関しては全く大外れだったのである。
 蒼雷は困り果てた表情のまま、祭壇の後ろにある段ボールのミカン箱を持ってきた。

「これは?」
「…お札」

 そういいながら蒼雷はミカン箱を開ける。と、中から大量の紙の束が姿を現す。「正一位蒼雷大明神」と印刷された和紙である。ざっと見た限り一〇〇〇枚以上はあるだろう。

「…お札って…お守りのお札ですよね。」
「そう。参拝客に売るやつ。これがあと四箱あるんだけど…」

 そういって蒼雷は頭をかく。たしかに目の前にある大量の和紙の束は、まだこのままではお札の状態ではない。折りたたんで、中にお札の本体を入れて、赤い帯をつけてようやく完成品である。というか、中のお札本体もどうやらまだできていないようである。

絵 武器鍛冶帽子

「お札ってその…ただ折りたたんで帯をつけるだけの単純作業ってわけじゃないですよね…多分」
「もちろん。『破魔の結界』の呪付をした紙を入れる。」
「つまり蒼雷、お札を俺たちに作れ…だよな」
「…そう」

 だんだんコージにも話が見えてくる。要するに彼らの手を借りたいのはほかでもない、この大量のお札を作る作業なのである。それも単なる紙折りとかではなく、呪符を作る魔法儀式の部分である。例年の数なら蒼雷ひとりで内職をすればなんとかなるのだろうが、この参拝客の数である…とてもじゃないが彼一人では間に合わないのだろう。というか、魔力が尽きてお祭り当日前にぶっ倒れてしまう可能性すらある。お祭り当日に祭神が入院ではシャレにならない。
 しかしお札を作れといわれれても、コージ達にはそんな経験はない。たしかに彼らはバビロン大学魔法工学部の院生…つまり一応魔道士の免許は持っている。しかし蒼雷神社のお札作成は魔道士の呪文ではない。あくまで蒼雷という神性(?)が力の源になる神性呪文である。

「『破魔の結界』って僕たち魔道士が使う精霊呪文じゃないですよ。神官とか僧侶の人の呪文じゃないですか」
「俺が教える。大丈夫」
「…ええっ?そんなので本当に大丈夫なんですか?」

 あまりのいい加減さにディレルは目を回してしまいそうな表情になっている。コージやディレルのような、一応魔法を専門に研究している魔道士の常識から考えると、なんだかありえないほどラフな話な気がする。いや、たしかに「神社の祭神蒼雷さまが」「にわかかもしれないがとりあえず信者(多分司祭相当?)のコージ達に」「お札作成の神性呪文を授ける」というのだから、魔法学の教科書に載っている神性呪文の形態そのものである。ただこの場合ありがたみも何もないどころか、この後全員総がかりで五〇〇〇枚以上のお札を作らなければならないというノルマが待っているという点が、明らかに修行としか言いようがないのだが…実は神主さんや巫女さんというのは人目につかないところでこういう地味な苦行をしているものかもしれない。

「うーん、こんな感じでお札を作っているって知っちゃうと、なんだか初詣とかする気が一気に失せちゃうんですけど…」
「企業秘密ってそんなものだよなぁ…」

 見てはいけない女優の素顔を見てしまったような気分になって、ディレルとコージは顔を見合わせながらため息をついたのは言うまでもない。

(4.「あ、それダメ」へつづく)

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