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炎の魔神みぎてくんハイビジョンデジタル 4.「みぎて、突っ込むな。無駄だ…」②

 ゆっくりと波止場に上陸した恐竜(というのが正しい形容)の姿は、これはやはりコージの度肝を抜くのに十分な巨体だった。よく物語に出てくるドラゴンのように角やとげ、こうもりのような翼はないが、逆に首と尻尾はずっと長い。やはりこれは図鑑で見たことのある首長竜というやつである。そして青みがかった銀色のうろこが薄明の空の下に映えてなんとも美しい…といえないこともない。ただ、さすがに距離五m以内にこんなでっかい生き物がいるというのはちょっとどきどきものである。これがシンのおふくろさんで、実はシンの原身もドラゴンだということも、知識ではわかっていても感覚ではいまひとつ違和感がある。もちろんそれを言い出すとみぎての原身がフェニックスだということも(違和感という点では)同じなので、この辺はすぐになれることなのだろう。
 おふくろさんドラゴンは、シンの姿を見てうれしそうに(これは目でわかる)首を伸ばし、彼らの目の前に接近した。

「△○□△…」
「みぎてくん、意味わかります?」
「水の精霊の言葉だぜ。精霊語…」
「あ、そうか、それならわかる」

 ドラゴンは何かしゃべったのだが、とっさにはコージにもディレルにも意味がわからなかった。が、さすがに魔神族のみぎては(母国語なので)すぐにそれが精霊語であることがわかったようである。もっとも炎の精霊界と水の精霊界は結構言葉も違うので(方言レベルでだが)、ぺらぺらというわけにはいかないようである。(むしろきれいな精霊語はディレルのほうが得意である。さすがは優等生というところだろう。)
 ちょっとどきどきしながら、コージは挨拶の言葉を述べることにした。

「あ、えっと、ようこそバビロンにお越しくださいました。今回は僕達バビロン大学の魔法工学部セルティ研究室が、おかあさんの観光案内をすることになりました。」
(…あらかわいい人間の子やね。おともだち?)

 当然ながらこれはコージの意訳…というより超訳である。どうやらドラゴンの精霊語は、音声というよりも精神波という感じのものらしい。頭に直接精霊語が響いてくるのである。まあこの辺は実はコージはみぎてとの間でも時々経験があることなので、精霊種族共通の意思伝達方法なのだろう。
 しかし「かわいい人間の子」っていわれると、なんだか十歳未満の子供をイメージしてしまうのでちょっとなんだか首を傾げてしまう。もしかするとドラゴンから見たら人間なんてなんでも子供に見えるものかもしれない。もっともこの場には人間ではなく魔神もいるので、全員が「かわいい」に含まれるかどうかはかなり疑問がある。

「かあさん。さすがにちょっとそのままで街を歩くのは難しいから、いろいろみんなに工夫してもらったんだよ。」
(□○×%&=、$△#○□◎)

 超訳すれば「あらほんに、おおきに」という感じである。標準(古典的)の精霊語からみると、なんだかものすごく方言が入っている。みぎてのべらんめぇ調精霊語とはまた違った感じなのだが…精霊界の精霊語はこういうものなのかもしれない。

「…コージ、あれってドラゴン方言なの?」
「そんなの俺が知るかよ…」

 どこかへんな方言が入っているようなドラゴンの言葉に、コージもディレルも困惑しきりである。なんだかとんでもない田舎から出てきたおばさんを相手にしているような気分である。というよりシンから今まであんな方言を聞いたことがなかったので、ますます謎は深まってくる。

「コージ、とにかくそろそろ移動しようぜ。車が増えてくるとまずいしさ」
「あ、そうだな。じゃあとりあえず…おかあさん、僕達の車でエスコートしますのでついてきてください」

 前後をブロックする、ではなくエスコートするという表現はなかなかコージもずるがしこい。なんだかVIPみたいな雰囲気がある。この辺はさすがに魔神やなにやらと付き合いの多いだけのことはある。
 というわけで、いよいよ一行はドラゴンを前後にはさむ形でゆっくりとバビロン大学へ向かって出発したのである。当然ながら黄色の回転灯装備の工事用車両モードなのは、これだけの巨体を護衛する以上はいたしかたないことだろう。ところが…
 やっぱりこの時点で大問題が発生したのである。

「コージ!ちょっとストップ!」

 港から出発しようとした先導車のコージの携帯に、いきなり後続車のディレルから電話がかかってきた。

「どうしたんだ?ディレル」
「尻尾が振れるんですよ。歩くごとに左右に…」
「ええっ!あっ、そうか…」

 四足の巨大生物が前に進むと、当然ながら胴体は上下にゆれる。犬程度の短い尻尾ならそれで何も問題はないが、これほどまでの大型の…それも長い尻尾を持った恐竜となると、それだけで尻尾が左右に振れてしまうのである。どうやら第一歩を踏み出した時点で路上にあるゴミ箱に尻尾があたって吹き飛ばしてしまったらしい。このまま一般公道に出ようものなら、街路樹や信号をことごとく粉砕してしまう可能性もある。これはなにか早急に対策をださないと、バビロン大学まで移動することも不可能になってしまう。

絵 竜門寺ユカラ

「これ参ったな。なにかいい手ないかな」
「尻尾を上に上げてくださいっていっても、ずっとそうしているのは無理でしょうしねぇ…」
「うーん、こればっかりは気をつけてゆっくり歩くしかないぜ。シンさん、おふくろさんに説明してくれよ」
「わかった…話してみる」

 シンはあわてて車を止めて、車の窓から顔を出すと首長竜に向かって何かしゃべる。が…ドラゴンの返事は予想とはまったく違っていた。

「…母さんが記念写真撮りたいって言ってる…」
「ええっ?記念写真??」
「いきなり観光モードだ…」

 どうやらこの巨大な首長竜は、本気でバビロン観光を楽しむつもりでいるようである。もちろんドラゴンがカメラを使うなんてことはできないはずなのだが、なぜか簡単カメラだけは持ってきているらしい。はじめからコージたちのことを(ガイドさんとして)あてにして持ってきたとしか思えない。

「…もしかして、シンさんのおふくろさんって典型的おばちゃんじゃねぇの?」
「ドラゴンじゃなかったら本当にどこにでもいるおばさんかも…」

道路をどうやって無事に通行させるかだけで大問題なのに、ここで記念撮影といわれると、もうコージもみぎても頭を抱えてうめくしかない。
 というわけで、最初の予定よりも大幅にスローなペースで、一行は早朝のバビロン市街地をうろうろ練り歩くことになってしまったのである。もちろん後ろには何台ものトラックや自家用車が列になって、ものの見事に渋滞となってしまったのは当然であろう。

*     *     *

 バビロン大学に一同がついたのは、既に太陽が東の空に顔を出す時刻になっていた。当然ながらこれでも市内観光を多少はしょったのである。とにかくこれ以上の観光は、周囲に渋滞や仰天する街の人たちが増えるばかりなので、こればかりはあきらめてもらうしかない。
 というわけで一行が何とか大学構内に到着したときには、彼らはもうへとへとになっていた。別に車で市内をゆっくり練り歩くだけなので一歩も歩いてはいないのだが、精神的に思いっきり参ってしまったのである。もちろん渋滞発生源はでかい恐竜なのは一目瞭然なので、周囲の車から(刺激して踏み潰されるのが怖いので)クラクションが飛んでくるわけはなかったが、それでもやはり気になるものである。特に心配性なディレルなどは、もうげっそりしてしまっているのが一目でわかる。これでオートマチック車じゃなかったら発狂ものだったというのは間違いない。(ミッション車はのろのろ運転をすると大変ストレスがたまるものである。)
 ところが当の恐竜おばさんのほうは、コージたちのハラハラなどどこ吹く風で、市庁舎の手前で立ち止まってきれいな建築を眺めたり、明け方のバビロン中央公園や展望台で親子記念撮影をしてもらったりと相当観光を楽しんだようすである。巨大な恐竜とシンのツーショットというのは、それはそれでかなり興味深い構図ではあるのだが、当然コージたちにはそんなことを面白がる余裕はなかった。

「な、なんとかついたね、コージ…」
「ぜんぜん無事じゃないけど…この時点でもう疲れた」

 車を降りたコージとディレルは、げっそりした表情でぼそぼそ会話である。朝のたった数時間でこの状況では、あと半日どうにかなるのかかなり不安である。もちろん一行の悲惨な状況を見てセルティ先生とポリーニが大慌てで飛んでくる。

「遅いじゃないの!心配しちゃったわよ」
「ごめんごめん…もうへとへと」

 げんなりした表情丸出しのコージたちに、セルティ先生は苦笑する。しかしポリーニにいたってはコージたちのふがいない姿にぶりぶりである。

「もう!まだ実験は始まってないのよ!なに情けないこと言ってんのよ」
「…実験って…実験なのかよっ!」
「みぎて、突っ込むな。無駄だ…」

 コージたちにとっては人助け…シンと母親の再会イベントであっても、ポリーニにとってはどうやらあくまで発明品の実証実験らしい。道義的見地から見てもどうかとは思うが、この発明娘にそんなことを説いても無駄なのは誰も(含むシン)がよく知っている。しかしコージたちの真後ろに「にゅっ」と首を出す、でっかい首長竜を目の前にしても、堂々実験と言い放つ度胸はたいしたものである。

 さて、首長竜おかあさんを誘導してコージたちはゆるゆると中庭へと向かう。先頭のポリーニはもうやる気満々で、コージたち…というか恐竜の安全速度が遅く感じられて仕方ないらしい。何度も途中で足踏みをして早く来いとせかす。しかしここは校庭のポプラ並木の保全のためには、意地でもゆっくり歩かなければならない。この辺は港でゴミ箱が多数破壊される姿を見ていない彼女の無知のなせる業である。
 ということで、校門から十五分かけてようやくコージたちは魔法工学部の中庭に設けられた特設会場…ポリーニに言わせると実験場に到着した。当然ながら奥まったところに六〇インチ液晶画面とスピーカー、右側には通信機器やアンプなどが並んでいる。が、さっき見たときには「でかい」と思った液晶大画面テレビも、首長竜おかあさんと比較するとやっぱり小さくみえるものである。竜の頭と画面サイズがあまりサイズが変わらないのだから、人間のサイズに直せば一六インチかそのくらいにしかならないかもしれない。
 しかしコージが驚いたのは、むしろテレビの前に広がっているたくさんの食品の山だった。レタス、きゅうり、ハム、アスパラガス、りんご、かき…なんだかサラダの材料に似ている気もするが、それにしては多い。ほとんど小山のような量である。それに食パンがざっと五斤、マーガリンらしいビンがまる二本…これだけの食材となると明らかに軽トラックで運ばないとだめである。

「ポリーニ…これって…」
「届いたのよ、これ。ついさっき…」
「…ってことは朝飯?これ…」

 コージは目を丸くしてあわててシンのほうを見る。シンはちょっと困ったような表情をしながらも、軽くうなずいた。やはりこれは彼が注文したという「朝ごはん」なのである。いや…この量でも、このサイズの首長竜からみればお菓子程度のものかもしれないが…
 大喰らいでは人に絶対負けないはずのみぎてすら、この食べ物の山を見て呆然とつぶやく。

「…こんなに食ったら味わかんねぇや」
「っていうかそれ以前にこれだけ食おうって考えるなって、みぎて…」
「変なところに対抗意識燃やしてませんか?それって…」

 どうやらみぎてはバビロン大学大食王の栄冠(栄冠なのか不名誉なのかは意見は分かれるが)を失うことが、ちょっと悔しいのかもしれない…しかしこういうところでドラゴンに勝ってもまったく名誉にならないような気がするのは、コージだけではないだろう。

 さて、シンと首長竜がにこやかに会食を始めたのを見て(お相伴は講座を代表してセルティ先生である)、その間にコージたちは次の作戦の準備である。(ちなみにコージたちの朝食はロスマルク先生が買ってきてくれたコンビにおにぎりである。)

「いい?みんな。次の段取りはわかっているわね」
「結局俺さまとコージがシンさんといっしょに街歩きするんだよな。携帯電話はコージのところ」
「僕はアンテナ係ですね。あと伝令担当。」
「わしとセルティ先生は画面の解説をしながらおかあさんの相手をすればいいんじゃな。間違えて食べられたりせんじゃろうな」
「それは絶対ないと思いますけど、別の点で疲れるかも…」
「…けっこう気ままな行動するしなぁ…」

 まだドラゴンと話していないロスマルク先生はまったく気がついていないのだが、実はシンのおふくろさんが厄介なのは、ドラゴンだということもあるが、時々予想のつかない行動をとることなのである。コージたちが市内の案内をしているときも、突然(後ろの大渋滞をまったく気にせず)立ち止まって面白そうな建物の説明を求めたり、そこかしこで記念写真を撮ってもらったり(当然撮影はコージである)、かなり気ままな動きをするもので相当困ったのである。もっともこういうところは同じくおばさんであるセルティ先生なら、意外と波長があうのではないかという気もするので、これはもうお任せするしかなさそうである。
 と、そうこうしているうちに、朝食タイムが終わったらしくセルティ先生の呼び声が聞こえてきた。

「コージくん、そろそろいいわよ!」
「あ、じゃあポリーニ、おふくろさんに説明」
「おっけーよ。じゃあみぎてくんも来て」
「あ、おうっ…」

 おそらく多少休憩してからということになるだろうが、ここからいよいよ計画では「バーチャル市内観光」である。もちろん首長竜おかあさんはそういう計画は何も知らないので、今からシステムを説明しなければならない。当然説明担当は開発者であるポリーニだが、本番でカメラマン担当のみぎても動員である。
 いよいよ発明品登場ということで、かなり興奮気味のポリーニはうれしそうに言う。

「いよいよね、ふっふっふ…みぎてくん覚悟してね」
「ふっふっふって何だよ~。またやばいんじゃないだろうな」
「…さてはなにか変な機能つけたんじゃ…」

 ポリーニの不気味な笑いはいつものことなのだが、これはもうやばい発明の証拠である。先日の試作品は出力不足のほかには特段問題点はなかったが、どうもこの笑い方は改良というより改悪…厄介な新機能が搭載されたというサインなのである。
 しかしポリーニはそんなみぎての不安げな顔を見てげらげら笑う。

「あたしの発明を信じなさいって!いつも完璧じゃないのよ!」
「…完璧って…そんなのありましたっけ…」
「うっさいわね!そこの金髪!」

 ぼそりと突っ込みを入れるディレルを、ポリーニは夜叉のように恐い表情になってにらみつけた。しかし完璧と豪語する彼女の言葉を、額面どおりに受けといっている者はその場には…人間と魔神を含めて誰一人としていなかったのも、これまたいつものことだった。

(5.「その…映像はよかったようなんじゃが…」①へつづく)


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