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炎の魔神みぎてくんハイビジョンデジタル4.「みぎて、突っ込むな。無駄だ…」①

4.「みぎて、突っ込むな。無駄だ…」

 十一月に入った最初の休日は、幸いなことにとてもよく晴れて絶好の行楽日和となった。十月の半ばまで続いた曇りがちの天気がうそのようなすばらしい秋晴れである。「天高く」とはよく言ったもので、澄み渡った空がどこまでも高く広がっている。この調子なら今日は一日ぽかぽかの陽気に包まれて、最高のバビロン観光ができそうである。
 とはいえコージたちが校庭に集合した時刻はまだ明け方の三時…「澄み渡った空」というのは満天の星空のことである。さすがにこの時期になると、夜明け前のこんな時刻は肌寒い。朝釣りでもないがぎり、こんな時刻に起きだして大集合なんてありえない話である。

「あ、おはよ、コージ」
「ふあぁぁぁっ、さすがにねむい」
「よぉっ、ディレル早いな。俺さまもまだ眠いや…」

 校庭に到着したコージを出迎えたのは、やはりいつもどおりのディレルである。いつも講座に早く出てくるこのトリトンだから、今日のような早出でも、きっとかなり早く出てきているに違いない。平日八時半のところで一時間前であるから、今日は三時集合で二時頃にきただろうか…
 するとディレルは笑って否定した

「まさかまさか、僕は三十分前ですよ…でもポリーニは結局泊まっちゃったみたいですけどね」
「…やっぱり」

 一番の主役であるポリーニは、結局いろいろ準備をしているうちに研究室にお泊りをしてしまったらしい。まあ彼女の場合これはあまり珍しいことではないので驚くにはあたらない。研究に熱中してしまうと寝食を忘れるのはマニアのお約束だし、今回の場合は憧れのシンにいいところを見せれるというのもある。力が入るのも当たり前だろう。

「みぎてくん、コージ、遅いわよ!」
「遅いって、時間通りじゃん…」
「こっちはもう準備ばっちりなんだから。早く来てよ!」
「…コージ、ポリーニ興奮してるから、逆らわないほうがいいって」

 みぎてはコージにこっそり耳打ちをする。この魔神が不安になるほど今日のポリーニはハイになっているのがよくわかる。集合時刻ちょうどにきて「遅い」呼ばわりであるからいささか暴虐なのは事実だが、今は逆らわないほうがよさそうである。
 この字型になった魔法工学部研究室棟の中庭には、前回の試作品より一回り大きいいくつかの機械と、それから六〇インチワイドの液晶テレビが堂々すえられている。今流行のホームシアター用のでっかいやつである。実験の時にはたったの一四インチだったので、その差は歴然である。

「でかいよなこれ。電気屋さんで見たことあるけどさ」
「でしょ?持ってくるの大変だったんだから」
「さすがお医者さん…」

 ポリーニの自宅は大病院の院長先生なので、これくらいの豪華電化製品もちゃんと持っているのである。普通の家だと置くところに困るだろう。ましてやコージたちの狭い下宿では、壁一面埋め尽くしてしまうことになる。

「で、ポリーニ。送受信のほうは大丈夫なのか?」
「あ、ばっちりよ。今度は感度も大幅アップしてるし」

 前回最大の課題となった「通信距離」のほうも、今回は相当改善したようだった。たしかに受信側のテレビの横にはなんと直径一m近いパラボラアンテナが置かれている。これなら感度は確かによさそうである。ただしパラボラアンテナの場合、志向性が強いので正しい向きにあわせてやらないとまったく意味がなくなってしまうが…

「もちろんその点もばっちりよ。みぎてくんの動きを携帯で連絡してもらって、逐次調整するわ」
「…そこは手動なんだ…」
「…やっぱ俺さま?」

 よく見るとアンテナの下には、ギアと、それからハンドルのようなものが設置されている。どうやらハンドルをぐるぐる回すとパラボラアンテナがゆっくり回転するような仕組みになっているらしい。なんだか微妙にここだけアナログな気もするが、まあわずかな期間で準備をしなければならなかったのだから仕方がないだろう。ちなみにこっそり爆弾発言(結局カメラマンは魔力がたっぷりあるみぎて)が紛れ込んでいるが、これは当人以外は異論がないのでやむをえない。

「コージ、シンさんが来ましたよ。」
「あ、きたきた…」
「やあ、お待たせ。今回はほんとにありがとう!」

 これまた定刻ぴったりに颯爽と主賓のシンが登場する。晩秋の早朝にふさわしく、少し厚めのジャケットとおしゃれな綿のパンツ、それからオフ用の恒例となった格好いいサングラス姿…それも前回と違って広い卵形のレイパンタイプである。

「サングラス、今日は前回と違うんですね」
「あ、そうだね。結構好きだからいくつも持ってるんだよ。三十個くらいあるかも…」
「それってすげぇ…」

 どうやらシンはサングラス集めが趣味らしい。まあ彼の場合サングラスは必需品であるということを考えると、このコレクションは趣味と実用をかねているとも言える。が、それ以前に何を着ても似合うというところがやはりうらやましい。

「えっと、ところでシンさん、車ですよね」
「うん、連絡もらったから車だけど…」
「じゃあこれ…車につけてください」
「…回転灯…」

 コージが渡した紙袋の中身を見たシンはさすがにびっくり仰天した。袋の中には黄色の回転灯が入っていたからである。工事用車両とかによくつけるやつで、マグネット式である。

「一応道路を歩くとき、前後に先導車がいるみたいなんですよ…大きいから」
「あ、それね…だから車が要ったのか」
「後ろはディレルの家の車を貸してもらいましたんで、シンさんは前お願いします」

 おふくろさんドラゴンがバビロン市街地を歩くとき、念のため前後に先導車をつけるというのは、交通ルール上やはり不可欠なようである。なによりドラゴンは車のようにヘッドライトはついていないので、単独で夜間歩くのは危険である。

「じゃあみんなそろったところで、最終打ち合わせするわ。」
「シンさんもお願いします。あ、これ缶コーヒー」
「あ、ありがとう。」

 ということで一同は例の大型液晶テレビの前に集まって、最終打ち合わせと決起集会である。セルティ先生の差し入れ(ホットの缶コーヒー)で必勝(?)を祈願して、この前代未聞の観光案内の幕は切って落とされたのである。

*     *     *

 コージ達が知恵を絞って考え出した、「シンのおふくろさんドラゴン・バビロン観光スケジュール」というのはだいたい次の通りである。まず朝四時にバビロン中心を流れるユーグリファ河の船着場にドラゴンを迎えに行って、それから市内をすこし散策しながらバビロン大学へ行く。バビロン大学の校庭で朝食と歓談、そして九時ごろからいよいよバーチャル市内観光の開始である。
 バーチャル市内観光はシンとカメラマンみぎて、連絡担当にコージの三人が市内めぐり、ポリーニとディレルが受信側の調整とおふくろさんドラゴンの相手という形だった。セルティ先生とロスマルク先生は万一のトラブルに備えて、ポリーニの補助である。そして日暮れと同時に再び全員で再び船着場に移動、おふくろさんドラゴンを送り出すという段取りだった。

「シンさん…食事のほうは大丈夫ですか?」
「うん、時間指定で届くはずだから。量が量だけにね」

 朝食・昼食はドラゴンが食べる食事ということで、さすがにシンを通じてあらかじめ手配してある。人間サイズの料理では一口でおしまいになってしまうので、当然超絶ビッグサイズである。まあシンの説明ではドラゴンは食べるときはたくさん食べるが、その頻度はずっと少ないらしいので、今回は味見程度の量で十分ということらしいのだが…さすがにこればかりは実際に会ってみないと何がおきるかわからない。(そもそも人間が食べるような料理が口に合うのか、コージはとても不安である。)

「じゃあ、セルティ先生、ロスマルク先生、お願いします」
「わかったわ。料理が届けば受け取ればいいのね」
「まあなにかあったらすぐ電話じゃぞ」

 明らかに心配で仕方がないという表情丸出しのロスマルク先生に、コージは思わず笑いそうになる。まあこうなってしまうといまさら心配しても始まらないのだし、コージたちがドラゴンを怒らせて丸呑みにされるという可能性はまずありえないのだが…
 さて、コージとみぎて、ディレル、シンの四名はシンの車とディレルの軽トラック(銭湯潮の湯号。ディレルの自宅は銭湯である。)に分乗して、いよいよユーグリファ河の波止場へと向かう。距離的にはたいしたことないし、早朝なので交通量もほとんどない。せいぜい明け方に出発する貨物船の荷物運搬トラック程度である。

「すっげぇなぁ、この車!ちょっと俺さまにはきついけど」
「あはは、まあみぎてくんにはワゴン車がいいとおもうね。やっぱりスポーツ車は実質二人乗りだから」
「っていうか、みぎて痩せろって。こっちはもっと狭いんだから…」

 シンの車に乗ったコージとみぎては、初めて乗る高級スポーツ車に大喜びである。さすがに高級車ということで、エンジンの音も加速感もすばらしい。一応これでも中古車ということらしいのだが、そんなことなどまったく感じさせない素敵な乗り心地である。ただ唯一の問題は後続の潮の湯号がぜんぜんついてこれないので、かなりスピードを落として運転しないといけないことなのだが…
 さて、早朝の素敵なミニドライブ(わずか五分)はあっという間に終わって、一行は波止場に到着する。時刻はちょうど四時ということでほとんど人もいない。これはかなり安心しておふくろさんドラゴンを迎えることができそうである。

「そういえばシンさんのおかあさん、どうやってここまで来るんですか?」
「あ、うん。たぶん海から河をさかのぼって、波止場に上陸するとおもう。一応船にぶつからないようにランプは持っているはずだし、わかると思うよ」
「…上陸って言い回しが怪獣映画ですよねぇ…」

 どうやらドラゴンといっても人間界を通行する場合は、船舶との衝突を避けるためにランプを持っているものらしい。こういう海上交通のルールは巨大生物も守っているようである。まあしかし「バビロン港に上陸」というせりふを聞くと、やはりどう考えても台風情報か怪獣映画である。
 さて、しばらくするとだんだん空がうっすらと明るくなってくる。日の出の時刻はまだまだ先なのだが、薄明の時刻というやつである。と…そのときだった。

「コージ、あれ見ろよ!」
「あ、あれは…」

 みぎての指差す先には、たしかに黒いなにか…ユーグリファ河の水面にうっすらと映った薄明の空に浮かび上がるように…鎌首のようなものが見える。みぎてほど視力のいいわけではないコージなので、この距離では流木か何かのように見えないこともないが、それにしてはゆらゆらと妙な動きである。それと同期して光の点が一緒に動くことを見ても、これは間違いなさそうである。
 ゆっくりと近づいてくるにつれ、だんだんその姿は大きくなってくる。水面から首を伸ばした竜が口になにかランプをくわえている姿…なのだが…

「…あれですよね…シンさん…」
「うん、あれだよ。元気そうでよかった。かあさーん!」
「…予想外にでかいぜ、コージ…」
「道路通れるかなぁ…」

絵 武器鍛冶帽子

 水面から姿を見せた「シンのおふくろさんドラゴン」は、最初の写真からコージが想像していたサイズ(ダンプトラック程度)ではなく、もう一回り大きな観光バスかトレーラー並みのサイズだったのである。胴体のほうはさほどではないのだが、首が予想外に長い。そしてこれまた長い尻尾…

「これ、僕達の知っているドラゴンじゃないですね…首長竜ですよ…」
「恐竜の世界だよなぁ…」

 出だしから予想とずれ始めた展開に、コージもディレルも一気に頭が痛くなってしまったのは当然だろう。みぎてはといえば、何の表情も浮かべずさっきの缶コーヒーをおいしそうに飲み始めたのだから、もう完全にあきらめの境地なのはいうまでもない。

(4.「みぎて、突っ込むな。無駄だ…」②へつづく)

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