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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー⑥「俺さま腹減った。もうだめ」

6 「俺さま腹減った。もうだめ」

 ポリーニが玄関口へと姿を消すと、ほぼ同時に初老の男性の声がリビングにまで聞こえてきた。

「ただいま。お客さんがきてるのかね?」

 どうやらあれがポリーニのお父さんらしい。声だけ聞いている限りはよくいる普通のお父さんという感じである。大病院の理事長先生というえらそうな肩書きとセットで考えると、「貫禄のあるお父さん」というのが想像図になる。
 ところが、ポリーニが早口で何かを言うと、お父さんらしき声の主は大慌てでこんなことをいったのである。

「ほんとかねっ!それはいかん!すぐ着替える!ジョバンニ、ちょっと来てくれ」
「はいはい、旦那様。あれでございますな」

 ジョバンニというのはどうもあの執事の名前らしい。どたばたと台所(だとおもう)から飛び出して、玄関口のほうへと走ってゆくのだから間違いはない。「あれ」というのが何なのかとても気になるところだが…
 ディレルは首をかしげてこっそりとコージたちに言った。

「着替えるって…僕達そこまで気を使ってもらわなくてもいいんじゃ…」
「だよなぁ…この病院の先生なんだから白衣着てたんだろうけど…」
「俺さま、白衣ってお医者さんらしくてかっこいいとおもうし…」

 別に白衣姿で現れてもお医者さんらしくて格好いいんじゃないかという気もするのはコージも同じである。が、さすがに病院の白衣は家に持ち込むのは危険(病気の患者さんと接触するのだから、病原菌が付着する可能性もある)というのもわからないこともない。しかしわざわざ着替えるのに執事を呼んで、というのがなんだか妙である。「あれですな」というのが余計に気になる。
 お父さんが着替えている間に玄関から戻ってきたポリーニだが、なんだかうきうきしているようである。

「みんなちょっと待っててね。パパ今着替えてるのよ」
「聞こえてたって。部屋着か何かに着替えるんだろ?」
「うーん、今日はなにかわかんないわ。」
「…今日は?…」

 ポリーニの答えはなんだか今ひとつコージの頭の中の図と一致していない。「今日は何かわからない」っていう言葉の意味がぴんと来ないのである。部屋着以外にこの段階で何を着るのかと思うので、そこから解釈すると「部屋着が何種類もあって、どれを選ぶのかは予想つかない」という意味になる。が、わざわざ部屋着の種類を予想しても仕方がないような気もする。いや、まさかと思うがお客がいるということで、きちんとよそ行きの服をわざわざ着ているのかもしれない。もしそうだとすればちょっと恐縮してしまう。
 まあしかしそんなことをいまさら気にしても仕方がないという気もするので、コージはポリーニのお父さんについての予習をすることにする。

「ポリーニのお父さんっていくつぐらいなんだ?」
「五十五歳よ。人間族だから普通じゃないかしら…」
「まあそうだな。ポリーニってお父さんが三十歳の時の子供ってことになるし」

 結婚した年齢によっては、子供が二十歳で両親が四十歳とか、逆に定年だとかいろいろなパターンがありえる。が、ポリーニの場合はその点で言っても一番普通ということになる。

「…ひょっとして意外と普通かも…」
「…だといいけど…」

 この時点では「とても普通のお父さん」という形跡しか見えていないのであるが、どうしてもコージにはそう信じることはできそうにない。まあいままで散々ポリーニに困らせられてきたのであるから、ここで普通のお父さんでは納得がいかないというのが大きいのだが…
 と、その時だった。突然壁のところに置かれているオーディオ設備にスイッチが入った。オーディオといってもコージの家にあるようなミニコンポではない。スピーカーだけで高さ一メートルくらいあるような立派なものである。よほどのオーディオマニアか大金持ちの家(つまりポリーニの家は大金持ち)でなければ絶対買おうと思わないような高級品である。

「コージ、スイッチ入れました?」
「まさか。勝手に触るわけないよ。壊したら怖いし…」
「あたしも知らないわよ。パパかしら…」

 ポリーニを含めた四人はぎょっとしてオーディオのほうを振り向く。誰もスイッチを入れないのに勝手に電源が入るというのは、実はホラー映画によくあるパターンなのである。たしかにかなり不気味なのである。もっともこっちには本物の魔神がいるので、幽霊だろうがポルターガイストだろうがまったく問題はないはずなのだが、不気味というのは別問題である。
 と、案の定お約束どおり、オーディオプレーヤーは(これまた勝手に)音楽を流し始める。それもなぜかクリスマスソングである。もちろんまだ十一月終わりなので、いささか気が早いような気もする。とはいえ街中ではクリスマスセールが始まっている店もたくさんあるので、選曲は正しいといえないこともない。
 しかし誰も触らないのに流れる音楽というのは、いくらクリスマスソングといっても不気味なものである。クリスマスというよりますます悪魔系ホラー映画のような気がしてくる。が…そのときだった。

 BGMにのって軽やかに、おっさんがコージたちの前に入場してきた。背の高い、意外と格好のいいおっさんである。最近流行の「セレブなちょっとワル系おっさん」そのものといった、かなりいけてるおっさんである。少し白髪の混じった髪の毛を短く刈り込み、精悍さと男の魅力を演出しているとか、そんなキャッチコピーがつきそうななかなかの男ぶりである。
 が、問題は服装だった。なんと驚いたことにサンタクロースの服だったのである。それも微妙に変…本来真っ赤な生地であるところが、やたら派手な花柄になっている。ダリアとかカンナとかハイビスカスとか、どうしようもない極彩色の花が一面にプリントされたすさまじいサンタクロースの服だったのである。

 あまりに意表をつかれたコージたちはあんぐりと口をあけて呆然となった。考えたくないような話だが…やはりコージの予想は的中していたのである。

絵 武器鍛冶帽子

「パパ!すごいわその服!」
「…ポリーニのお父さん!?」
「…コスプレ系だ…」
「コージ、俺さま頭痛くなってきた…」

 衝撃で時が止まったコージたちの前で、ポリーニのお父さんはくるりと回る。そして得意満々でポリーニに言った。

「どうだ、今年のサンタクロースコートは。ジョルジュ・アスピディスカの最新デザインだよ」
「…高級ブランド系コスプレってあったんですね…」
「俺もはじめてみた。これ先端すぎるファッションショーの世界…」

 どうやらこれは高級ブランドのファッションショー(イックス・コレクションとか)であるような、とても街を歩けないような最新ファッションらしい。いくらかなり格好いいおっさんだといっても、こういう凶悪な服を着ると言うのはさすがにためらうものだとおもうのだが…世の中にはいろいろな人がいるものである。
 あまりに奇妙奇天烈な服の「パパ」に、ディレルは卒倒しそうな声でつぶやいた。

「お金持ちって…いろいろ面白いことができるんですね…」

 「面白い」という表現できわどく逃げているが、ディレルの本音はそこを「変な」とか「異常な」に置き換えたものであるのは明白である。そして…それはコージの本音とまったく一緒だったのはいうまでもない。

*       *       *

「いやぁ、ウケると思ったんだがなぁ。いまどきの若い子に…」
「あ、いや…なんていうか…」
「…そうです。えっと…すごいですね…」

 ポリーニのお父さん…ドクター・ファレンスは首をかしげなら、やたら残念そうに高級ブランドのサンタクロース服を脱いでいた。どうやら結構複雑な構造をしている服らしく、一人で脱ぐのはかなり苦労している。無意味にボタンとかチャックとかがあるので、それをはずすのが大変なのである。先ほど執事のジョバンニさんが呼ばれたのもどうやらこれが原因らしい。もちろん脱ぐほうはポリーニが手伝っている。
 コージもディレルも本音では「これやめとけ」といいたいのだが、さすがにそれを言うのははばかられる。「いまどきの若い子にウケる」と思ってのこの衣装なのであるから、もしかすると礼儀上はウケてあげないといけないのかもしれない。もっともウケるといっても感動でむせび泣くから爆笑するまでいろいろあるのだが、今回はどれをやっても失敗という気もする。それになにより、反応をしようとしても、あまりの衝撃に頭の中がいまだに白っぽいのである。

「大丈夫よパパ。だってコージたちあんまりファッションとか知らないのよ。縁がないし…」
「…うーん…」

 ポリーニは父親を元気付けるようにそういう。というかさっきから彼女は父親の素敵(?)なサンタクロース姿を絶賛しっぱなしである。彼女自身が発明品でコスプレ衣装を作るというのが大好きなので、もちろんこんな謎の衣装は大好きなのである。明日になればこの花柄デザインが彼女の発明品にプリントされていてもおかしくない。
 変なサンタ服を脱いで、普通の(しかし高級)ポロシャツに着替えたお父さんは、改めて見るとやはりなかなか格好いい。とにかくお医者さんということで健康管理にも気をつけているのだろうか、よくある中年太りとか、ビール腹とかそういう傾向は微塵もないのが偉い。これはポリーニがわざわざコージたちを引き止めて自慢したがったのも無理もない。小学校なら父兄参観日で話題をさらったことは間違いないだろう。

「改めまして。いつも娘がお世話になっています。私がポリーニの父です」
「ディレルです。いつもお世話になってます」
「あ、コージです。あと彼はみぎて」
「お、おうっ!俺さま、みぎてだいまじん…よろしく!」
「お話は娘から毎日良く聞いてますよ。炎の魔神族だとか…留学ですか」

 ようやく衝撃から脱した三人は、改めてポリーニの父に挨拶である。珍しいことにみぎては自己紹介で自分のことを「みぎてだいまじんさま」と言っていない。これはかなり珍しいことである。テレビにでようが王様に会おうが「だいまじんさま」と自称しているのだから、よほどポリーニの父親に(もちろんその変な仮装に)度肝を抜かれているのである。
 毎度毎度こういった珍事の相手(というか後始末であるが)をして、そろそろ耐性がついてきているディレルは、みぎてよりもやや立ち直りが早いようである。礼儀正しく「ポリーニパパ」の謎のコスプレに穏当なコメントをつける。

「でも本当に斬新なサンタクロース衣装ですね。これ、病院のイベントか何かで?」

 「奇抜な」とか「変な」といいたいのをぐっと我慢して「斬新な」という表現にしているところが、ディレルの大人らしいたしなみである。劇派手花柄模様のサンタクロースなんていう発想自体がなんだか頭が痛くなるのだが、これがまたデザイナーブランドだというところが恐ろしい。
 ところが、ポリーニのパパはディレルのコメントにいきなりがっかりした表情を見せる。

「…これ一応真冬用コートなんですが…」
「ええっ!さっきご自身でサンタ服って紹介したじゃないですか!」
「一応サンタクロースの服はたしかにコートだよな…」

 たしかに言われて見ればサンタクロースの服はコートである。純白でふわふわの襟やすそがついていたり、とんがり帽子をかぶったりするものの真冬用のコートだという点は間違いない。そう、あくまでこれはジョルジュ・アスピディスカの新作「サンタクロースタイプ・厳冬コート」なのである。ただ…これは誰が着ても文句なく「変なサンタクロース」にしかならない。少なくともコージやディレルの視点ではそうである。もしこれが本当に今年の流行ならば、やはりファッションの最前線というものは、コージたちの感覚のはるかかなたにあるのかもしれない。
 またしても見事に地雷を踏んだディレルに代わって、今度はコージが(これまた非常に穏当な)会話を続ける。

「えっと、ドクターはこういう服はたくさんお持ちなんですか?」

 これはあざとい作戦である。ここでポリーニのお父さんのことを「ドクター」という敬称で呼ぶというのは、医者というものの虚栄心を見事にくすぐっている。お医者さんというのはどうやらとてもプライドが高いらしく、他の学問の学者を(たとえ相手が立派な博士であっても)学者と認めていないところがある。特に内科医のプライドは有名で、同じ医者でも他の専門医のことを「ドクター」ではなく「ミスター」と呼ぶほどである。ちなみに(胃腸科で有名なこのレジオネラ病院の理事長なので)当然ながらポリーニのお父さんは内科である。
 タイミングよく「ドクター」と呼ばれたポリーニのお父さんは一気に機嫌を直したらしい。ニコニコ笑って答える。

「ああ、実は結構好きでしてね。まあ年に数回はイックスコレクションとか行くのですよ。そこでいくつか入手するんです。あとオークションも最近はいいですよ」
「パパのコレクションは結構すごいわよ!そうだ、見せてあげたら?」
「そうだね、ポリーニ。せっかくだからこちらにどうぞ。私のコレクションをお見せしましょう」
「…あ、えっ…はい…」
「…コージ…泥沼化してますよ」

 あれよあれよという間に話は進んで、コージたちはポリーニのお父さんの「変わった衣装コレクション」を拝見することになってしまう。有名なファッションショーであるイックスコレクションで買い付けてくるというすばらしい(?)服やアクセサリーの数々を目にすることができるというのは、ある意味貴重な体験なのだが、コージたちはさっきから腹が減っている。というか、最も墓穴を掘りやすいみぎてが、今日はおとなしく何も言わずに黙っているのは、もう腹が減って目が回っているからなのである。

 十畳くらいの広い部屋にたっぷりと並べられた、貴重な…良くわからない先端ファッションのコレクションとか、オークションで落札した(珍しい)着ぐるみとしか思えない謎の服とかの説明を聞きながらも、コージもディレルも「果たして今日はどこまで泥沼に突っ込むのか」、そして「いつになったら晩飯を食って帰れるのか」という問題に頭を悩ませていた。とにかくコージやディレルが礼儀正しく何を言っても、墓穴か地雷なのだからどうしようもない。ポリーニのお父さん、ドクター・ファレンスは乗り乗りでコレクションの数々を語るし、娘はもちろんさらにそれをあおるのだから、もう最悪である。この調子で行けば、最終バスに乗れるかどうかだって危ない状況である。
 が、ついに我慢の限界に来たのは、みぎてだった。

「だーっ!コージ、俺さま腹減った。もうだめ」
「あ…とうとうみぎて切れた」
「でも九時ですからねぇ…」

 さっきから墓穴を掘らないようにじっとじっと我慢していたみぎてだったが、いくらなんでももう限界なのである。ポリーニのお父さんの説明をばっさりと断ち切って、空腹宣言を発表する。普通だったらちょっと躊躇してしまうようなこういう宣言が許されてしまうのは、みぎてが魔神だという存在感のなせるわざである。
 ポリーニ親子は一瞬「えっ!残念」という顔になるが、壁にかかった時計はたしかにもう九時を回っている。紅茶一杯でこんな時刻まで引き止めるというのは、いくらすばらしいコレクションを見せるといっても、さすがに失礼だというのはポリーニ親子だってわかる。そして止めを刺すように、鋭い女性の声が部屋に飛び込んできたのである。

「あなた!ちょっといい加減になさってください!ポリーニのお友達の方々に無理ばっかり言って…」
「あっ!お前…」
「ママ!帰ってたの?」
「さっきから帰っていましたよ。二人とも熱中してぜんぜん気がつかないんだから…」

 コレクション部屋の入り口のところには、ベージュのツーピースの上から割烹着を羽織ったおばさんが立っていた。きれいに染めた髪の毛を上に結って、まるで父兄参観に来たタレントのお母さんのように見える。いや、割烹着を上に羽織っているので、むしろどこかで見たような料理番組の先生という感じもある。どうやらこのおばさんがポリーニのお母さんらしい。本当にどこかで見たような…

「…あ、コージ…僕、テレビで見たことありますよ…」
「俺さまも…土曜日夕方の食い物番組!えっと…」
「…『マダム・ファレンスのおうちでグルメ!旅してグルメ!』…」

 たしかに…言われて見れば姓も同じである。テレビで顔だって何度も見たことがある。それにもかかわらず何年もコージたちはまったく気がついていなかった。
 しかし彼らの目の前にいたのは、料理番組でも活躍している料理研究家のマダム・ファレンスその人だった。ポリーニのおふくろさんは、有名料理研究家だったのである。

(⑦へつづく)


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