炎の魔神みぎてくんハイビジョンデジタル 5.「その…映像はよかったようなんじゃが…」②
「バビロン・スカイガーデン」というのは、この地方では最も歴史のある遊園地で、いわば遊園地の走りとも言うべきものである。最近でこそラムガの「エルマダァルランド」とかメンフォロスの「ピラミッドミュージアム」などの大型テーマパークが登場しているが、バビロン市内という立地条件と手軽さでいまだに結構人気がある。敷地のほうは残念ながら今風のテーマパークに比べるとやはりずっと狭いのだが、ちょっとノスタルジックな建物や花いっぱいの美しい庭園、それから夜のライトアップの美しさは一見の価値がある。
ところがこんな近場の遊園地でありながら、実はコージもみぎても一度もまだ行ったことはない。まあ大学に通う毎日が(どたばたで)忙しいというのもあるのだが、こういうデートスポットはカップルが行くところであって、男二人のむさくるしいコンビで行くところではないという気がしていたからである。それに遊園地の中で飯を食うとなるとちょっと高いというのもある。
「シンさんはスカイガーデン行ったことあるんですか?」
「あ、あるよ。ロケじゃなくても何度かある。花のシーズンは一見の価値あるよ」
「ええっ!じゃあ彼女とか?」
「まさかまさか、一人でだよ。女の子一緒だとかえって行きにくいんだよね。人目につくし、ちょっとデートコースとしては地味だし…」
どうやら芸能人のシンの場合は、かえって(ちょっと昔風の)遊園地などを女性連れで行くのは難しいものらしい。衆目監視の下ということもあるし、あとセレブな女優などはあんな大衆的なところには行きたがらないのかもしれない。まあそれ以前にシンの場合、種族が種族なだけになかなか彼女を作るというわけにも行かないのだろうが…
さて、ユーグリファ大橋を渡った彼らは、いよいよ目的の「バビロン・スカイガーデン」の入場口へと到着である。入場口の前はすこし広場になっていて、バス停になっている。広場の中にはたくさんの花壇があって、秋らしくコスモスの花が咲き乱れているのが大変美しい。
「へぇ~っ、来たことなかったけど結構きれいだな」
「だろ?たまにくるといいよ。気分転換になるし」
「…でも花って見てると、お団子くいたくならねぇ?色似てるし…」
「…みぎて、ポリーニたちが笑ってる…」
何でも食に結び付けてしまうところはこの魔神らしいのだが、すべての音声はバビロン大学に丸聞こえである。六〇インチテレビの前でポリーニたちが爆笑しているのは間違いない。
コージたちは入場券を買って、レトロな鉄柵でできた入場口からいよいよ場内へと突入した。入場口もそうなのだが、見れば見るほど建物も壁も昔風のつくりである。最近のビルは直線的でシンプルな…悪く言えば無機質的なデザインが主流なのだが、バビロン・スカイガーデンの場合はやたら曲線的である。柵にはすべて唐草模様のような文様が施されているし、建物の壁もレンガ造りだったり小さな彫刻があったりと、ちょっと古風だが豪華な雰囲気でいっぱいだった。当然だが場内にもさっきの広場と同様、コスモスやパンジーのような花がいっぱい咲いている。
「結構お客さんいっぱいいるな」
「土日は人気あるんだよ。近いからね。それに敷地は狭いけどアトラクションは多いんだよね」
都会の真ん中の小さなテーマパークということで、アトラクションはかなり高密度で配置されているようである。メリーゴーランドやバイキング、向こうにあるのは定番の観覧車である。建築物のほうもことごとくショップや室内型アトラクションのようで、これは歩かなくていい分大型パークよりいいかもしれない。
「あ、ポップコーン売り場だ。コージ、買おうぜ」
「たまにはいいか…じゃなくて、みぎて、任務任務」
思わず目的を忘れてポップコーン売り場に並びそうになる魔神をコージはあわててとめる。ポップコーンのアップ映像など送ってもポリーニに文句言われるだけである。とりあえずまず携帯でミッションの確認をしなければならない。
「もしもし、ポリーニ?」
「あ、コージ?えっとね、メリーゴーランドまず乗って、シンさんの写真を撮ってね」
「…まあ定番だな。はいはい…」
遊園地といえばまずはメリーゴーランドである…が、これは実際にはたしかに象徴的なものではあるが、コージの言う定番コースというではない。なにせ動きはちっとも激しくないし、スリルがあるわけでもない。ただきらびやかな照明と音楽がちょっとロマンチックなだけである。まあしかしおふくろさんとしてみれば、「息子と遊園地に行った気分」写真を撮影するには最適な場所だろう。
「ってことでシンさん、メリーゴーランドね」
「うーん、それかぁ。かあさん、俺のことまだ子供みたいにおもってるんだろうなぁ…」
ということでシンはチケット売り場で三人分のチケットを買う。大の男が三人でメリーゴーランドというのは、これもまた最低な光景かもしれないが…ロケだとおもってあきらめるしかない。
「メリーゴーランドは空いているからまだましだね…」
「これで観客多数なら最悪…みぎて、大丈夫か?」
「…この子馬、俺さま小さすぎて足がつくんだけど…」
「撮影担当なんだからその辺、気にしない」
さすがに動きがゆっくりということで、メリーゴーランドは遊園地の中では意外と空いているものである。いまどきのお客はもっとスピードやスリルのあるもの、たとえばジェットコースターのようなものが好きなので、こんなのんびりしたアトラクションは幼児かラブラブのアベックくらいしか寄り付かない。
しかしメリーゴーランドのポニー像は子供向けにできているせいで、みぎてのような人外レベルの大男の場合、またいでも床に足が着くようである。まあ撮影担当なので、ぐるぐる回る床の上でこけなければどうでもいいといえないこともないのだが、なんだかちょっと悲惨な構図である。
「それではメリーゴーランド、動きます。」
係員のアナウンスがあって、いよいよメリーゴーランドはゆっくりと回り始めた。当然ながらポニー像はそれにあわせて上下運動を始める。が…
「うげっ!」
「あ、股間打ったな…」
床に足がついているという状態のみぎては、ポニー像が上に上がるとかわいそうに股間を馬の背にぶつけてしまうことになる。まあ勢いはたいしたことないのだが、それでもちょっと予想外のトラブルだろう。
「みぎて、我慢してシンさんを映す。ふらふらしないように」
「わかってるって!結構こいつ大変…」
ポニーが下がると今度は足が床につきすぎで、なんだかしゃがんでいるような状態になる。幸い床はポニーと同期して回転しているので、普通ならさほどの問題はないはずなのだが、みぎての場合肩に重い念写カメラ本体を抱えているせいでバランスがわるいのである。それに(これはコージも驚いたのだが)意外とメリーゴーランドは回転速度が速い。特に外側の馬に乗っていると結構な遠心力がかかってしまう。こんな状態で撮影といわれても、なかなかつらいのは当たり前だろう。というよりきらきらと輝く光と音楽の中で、情けないほどじたばたしている魔神の姿のほうが、シンを撮影するよりずっと面白い被写体という気もするのだが…
五分程度の回転運動でようやくメリーゴーランドから開放された三人だが、いきなりの激闘にみぎては一気に疲れた表情である。
「メリーゴーランド、ぜんぜんロマンチックじゃねぇじゃん…」
「いや…普通はこんなことないんだけどね…普通は…」
「メンバーが悪すぎ」
まあ大の男が三人でメリーゴーランドに乗るということ自体、かなりまれなシチュエーションである。はじめからロマンスのかけらもないというのは仕方がないとおもうのだが…
「あ、携帯なってるぜコージ」
「ポリーニかな?…はいもしもし…えーっ!」
「え?コージくん、どうしたの?」
「…ポリーニかんかん。どたばたしているばかりでぜんぜん夢がないって…」
やはり観客…というかポリーニは、メリーゴーランドで微笑むシンという感じの幻想的なショットを期待していたのである。そもそも設定も条件も悪すぎるとおもうのだが、現場の苦労などは観客はまったく関係ないのは番組撮影のお約束である。
ポリーニはふがいないコージたちにわめき散らす。
「次の指令よ次の。今度はロマンチックじゃなくていいから」
「っていうかこのメンバーにロマンス求めるなよな。で、なんだよ…」
「スーパーきりもみコースター。これなら迫力あればいいわ。簡単でしょ?」
「ええっ!…そ、それは…」
簡単も何もあったものではない。いくらなんでもジェットコースターの類の撮影は危険すぎる…それに普通はジェットコースターの場合、手荷物は持ち込み禁止になっているはずである。めがねだってはずせといわれるほどなのだから、こんな念写装置など持ち込めるはずがない。
ところがポリーニはそんなことにひるむわけはなかった。
「何言ってるのよ!スーパーきりもみコースターは座席の下に手荷物置けるのよ!それぐらいちゃんとチェックしてあるに決まってるじゃないの!」
「カメラとかはだめなんじゃ…」
「カメラはみぎてくん自身じゃないの!念写装置だけを座席の下に置けば十分よ。それくらいのGで壊れるようなもの作ってないわ!」
「…うーん」
どうやらこの遊園地のコースターは座席の下に小さいながらも手荷物スペースがあって、壊れ物でない限りは入れてもかまわないようになっているらしい。人が座るシートが蓋代わりになっているので飛び出さないのである。まあよく手荷物置き場で置き引きなどの犯罪があるということを考えると、たしかにいい考えかもしれない。さらに今回の場合、カメラのたぐいを手に持って撮影する必要はないのだから(みぎての視界が映像になるのだから)、何の問題もなくハイビジョン念写が撮影できてしまうということになる。
完全にあきらめたという表情で、みぎてはシンに聞いた。
「…シンさん、おふくろさんってジェットコースターとか好きなのか?…」
「うーん、かあさん結構そういうの好きかも。ホラー映画とかも大好きだし…」
「ホラー映画とジェットコースターは怖さが違うんじゃ…」
同じ迫力といっても、怖さの質がまったく違うもののような気もするのだが、もはやこの程度のこまかいことには突っ込む気力もなくなっているコージだった。
* * *
「スーパーきりもみコースター」というのは、このスカイガーデンの目玉となるアトラクションで、実は昨年登場したばかりの最新設備である。普通のジェットコースターが列車にのって高速で走り回るだけというのに対して、このスーパーきりもみコースターはそれにくわえて列車がスピンするのである。迫力は段違いなのは間違いないが、乗り物酔いする人にはあまり勧められない。が、そもそも酔いやすい人はジェットコースターなど乗らないので問題はないだろうが…
さすがに目玉アトラクションということもあって、この小さな遊園地でも結構な行列ができている。といっても最近の大型テーマパークの行列に比べればたいしたことないのだろうが、三十分は待つ羽目になるのはいたしかたない。
三人は行列に並びながら、さっきからみぎてが食べたいといっていたポップコーンをぼりぼりほおばる。別にたいしたものではないのだが、映画館や遊園地で食べるポップコーンは不思議とうまい。出来たてということもあるだろうが、雰囲気の分も大きそうである。ともかくたった三十分の待ち時間だというのに、ポップコーンLサイズをあっという間に平らげてしまうのは、さすがに魔神×2である。
さて、いよいよ男三人組の順番がやってきて、早速彼らは列車に乗り込む。前から二番目の席にコージとシンが並んで、そしてカメラマンのみぎてはその後ろである。実はみぎては大柄すぎて、本来は二人がけの座席を一人で占領するという状態になってしまう。これにはコージもシンも大笑いである。
「みぎて、太りすぎが幸いしたよな」
「うーん、なんだかラッキーなのかそうじゃないのかわかんねぇよ。まあいいか」
「二人がけの座席を一人で占拠しているんだからラッキーなんだよね、きっと」
要するにみぎてがデブであるということなのだが、まあ実際には撮影もあるのでこの方が都合がよいのは間違いない。例の念写装置は予定通り座席の下の小物入れに収めて準備完了である。
「ところで、二人ともジェットコースターって経験あるよね?」
「あ、一応子供のころは何度か…」
「…俺さま初体験。遊園地も来たことねぇし」
「…ってことは、みぎてうるさそうだな」
どうやらこの炎の魔神はジェットコースターのたぐいは生まれてはじめてらしい。まあ人間界で暮らし始めてからずっとコージと一緒にいるのだから、コージがつれてゆかない限り遊園地など行かないのは当たり前である。ということは、これはもう間違いなくぎゃあぎゃあ悲鳴を上げることは確実であろう。コージたちの真後ろにいるのだから、相当うるさいことは覚悟しなければならない。
さて、ジェットコースターはベルの音と同時にカタカタと動き始めた。そしてそのまま急な坂をゆっくりと上ってゆく。高速で動いている間は当然迫力はあるのだが、実はこの坂を上る時間も結構どきどきするものである。これからくるぞ、という緊張感がたまらない。
ジェットコースターは坂を上りきり、そのままいったん停車する。これはあきらかに緊張を盛り上げるためのものだろう。そして…一気に加速を始めた。
「うわああああっ!」
「きゃああああっ!」
絶叫系マシンのお約束だが、すごい叫び声が車内全部から一気に噴き出す。がたがたと疾走するコースターの激しい音に負けないくらいの叫び声である。真後ろから聞こえる野太い声は、これは間違いなくみぎてだろう。
しかしたしかにこの「スーパーきりもみコースター」は、普通のジェットコースターに比べてずいぶん迫力がある。まず普通のジェットコースターは左右、上下方向にしか動かないのだが、このきりもみコースターはそれに加えてスピンまでする。さらになにしろカーブが多い。敷地が狭いこの遊園地なので、どうしてもカーブの数が多くなってしまうのだろうが、そのおかげでめちゃくちゃ激しいコースとなっている。これは人気が出るのも無理はない。
(あ、しまった。みぎて目をつぶってないだろうな…)
叫び声をあげながらも、意外と冷静にコージはそんなことを考えた。せっかくの絶叫マシン体験だが、これはあくまでロケである。カメラ役のみぎてが目をつぶってしまっては何の意味もない。とはいえ…いまさらどうしようもないことも事実である。あとはみぎての度胸に賭けるしかない。まああの魔神の場合、どう考えても度胸だけは満点なので、おそらく大丈夫だとはおもうが…
さて、激しい絶叫体験はあっという間に終わって、「スーパーきりもみコースター」は無事に出発地点へと戻ってきた。コージはいまさらながら両手が汗でぐしょぐしょになっていることに気がつく。手すりを力いっぱい握っていたということだろう。
「あー、おもしろかった!ジェットコースターって迫力あるな!」
「みぎて、めちゃくちゃ絶叫してたじゃん。」
「えー、こういうのって絶叫するのが楽しいって、俺さまおもうぜ」
「まあそれはあるね。絶叫マシンでやせ我慢してもねぇ」
という具合で三人は大満足である。あとはこのすごい迫力が本部…つまり首長竜かあさんに伝わっていれば完璧なのだが…
荷物を持って列車を降りた三人は、ベンチに座ってほっとしたように一休みである。結構長い間行列に並んで、それから絶叫マシン体験であるからさすがに多少疲れたのである。次の指示はすぐ来るとおもうが、とにかくしばらくここで雑談がいいだろう…
ところがそのとき、予定通り携帯が鳴った。
「あ、はい。ポリーニ?…じゃない」
「あー、もしもし、わしじゃよ。ロスマルクじゃ…」
驚いたことに今回電話をしてきたのはポリーニでもセルティ先生でもなく、ロスマルク先生だったのである。
「あれ?先生どうしたんですか?」
「いやその…絶叫マシンなんじゃがな。その…映像はよかったようなんじゃが…」
「?」
「あんまり動きが激しすぎて、みんな気持ち悪くなってしまったようなんじゃよ。そろそろ戻ってきてくれんかのぉ…」
「ええっ!?」
どうやらハイビジョン大画面であれだけの激しい動きを見せられて、ポリーニやセルティ先生はすっかり酔ってしまったらしい。画面がぐるぐる動くのに視聴者の体は動かないのだから、三半規管が狂ってしまったのである。よくあるバーチャル体感ゲーム酔いというやつだろう。いや、うるさいポリーニがへたれるくらいなら問題はない。ロスマルク先生が彼らを呼び戻すということは…
「もしかして、ドラゴンおかあさんも?」
「うむー、そうなんじゃよ。わし一人ではどうにもならんので、早いこと頼む」
主賓の首長竜までへたれてしまったのだから、これはもうあわてて戻るしかない。とりあえずバーチャル遊園地観光はここでおしまいにするしかないだろう。
みぎては半分残念そうに言った。
「うーん、俺さま目をつぶってたほうがよかったかなぁ…」
「だめだめ。そんなことしたらポリーニぶち切れてたって。もうこれ企画そのものが悪い。疲れた」
「そうだねぇ…とにかくかあさんが気になるから帰ろう。バビロン観光はもう十分だろうし…」
ということで、三人は半分がっかりしながらも半分ほっとして、しかし大慌てで大学へと戻ることとなったのだった。
* * *
幸い「バーチャル市内観光酔い」はたいしたことなく、午後になればすっかり全員回復していた。しかしさすがにその後は市内観光ではなく、親子水入らずでゆっくりと団欒をして時間をすごすこととなった。まあもちろん三時のおやつにはコージたちが(これまたガイドブックで調べた)おいしい和菓子を買いに走る羽目になったのだが、さっきのどたばたに比べればたいした話ではない。
ということで夜も遅くなったころに、首長竜…シンのおかあさんは港へと移動し、いよいよバビロン観光の一日もおしまいとなった。
(□%&○☆ミ)
首長竜は河に半分身を沈めると、コージたちに向かって深々と頭を下げる。首のところにはバビロンのお土産…化粧品とかバッグとかが入った大きな袋がくくりつけられている。海の向こうの水の精霊界で、化粧品をどういう風に使うのか、コージにはさっぱりわからないのだが(炎の魔界へいった経験では、別にすべてが水に包まれた世界とは限らないのだが…)この辺はまあ当人がわかっていればよい話なのだろう。
「かあさん!元気でね!」
(△◎#@☆¥~)
シンが大きく手を振ると、首長竜は名残惜しそうにうなづき、ゆっくりと河の中央へと進んでゆく。竜の姿は夜の闇に次第に溶けてゆき、今では口にくわえた安全灯だけが星のように光っているだけである。そしてその輝きもやがて水面に飲み込まれ、あたりはまた今までどおりの静かな夜の港の風景へと戻った。
しばらくの間無言でドラゴンの出発を見送っていたコージたちだったが、一番最初に話し始めたのはシンだった。
「…みんな、今日はありがとう。かあさん本当に喜んでいたよ。」
あれだけどたばた、トラブル多発の市内観光だったにもかかわらず、シンは本当にうれしそうに彼らに頭を下げた。本音を言うとなんだか「またポリーニの大実験に巻き込んでしまった」ような気がするのだが、この辺は何も言わないほうがいいのかもしれない。
「うふふふふ、あたしの発明品すごかったでしょ?」
「…うーん…」
ポリーニは「新型念写装置」の実験がそれなりに大成功だったということで、すこぶる気分上々のようである。確かにさすがハイビジョンというだけのことはあって、画質も上々(上々すぎて船酔いを起こすほど)だし、サイズも何とか持ち運べるレベルである。もっともみぎてのようにとんでもなく強力な魔力の供給源があってようやく市内をカバーできる程度という点はまだまだ大きな問題だとはおもうのだが、たしかに今回は彼女の発明品のお手柄ではある。
「でも今回はちょっといろいろ驚きましたよ。ドラゴンが化粧をするとか、なんだかおばさんだとか、遊園地が好きだとか…」
「俺さま、化粧品コーナーとメリーゴーランドはもう勘弁な。行くだけでどっと疲れちまうぜ」
「ほんとにみぎてくん、災難ねぇ…いつもおもうけど」
「いつもなのかよっ!」
たしかに今回一番苦労をしたのはやはりみぎてだろう。散々魔力を使った挙句、赤っ恥をかきまくったのだからこれはもう災難としかいいようがない。というかそもそもポリーニという凶悪な相手に出会ってしまったのが、彼の大学生活最大の災難なのかもしれないが…炎の魔神の悲鳴にみんなは大爆笑である。
ところがそのときだった。なぜかみぎては不思議な表情を浮かべ、ふと独り言のようにつぶやいたのである。
「でもおもうんだけどさ、コージ…」
「?」
「おふくろさんって、ちょっといいよな。」
「…そうだな。」
みぎてのつぶやきにコージは少しどきりとした。コージだけが知っていることなのだが、実はこの魔神は母親の顔を知らないらしい。小さいときから男手ひとつで育てられたという話を(みぎてのおやじさんから)聞いたことがあるのである。たしかにコージだってごくたまに実家に帰ったときに、面倒だとおもってもおふくろにはサービスしてしまう。やはりいくつになっても母親というものは、とても大切なものなのである。もしかすると今回みぎてがポリーニの発明品をそれほど渋らずに使った理由は、そういうところもあるのかもしれない…
コージはしかしみぎてのでっかい背中をたたくとこういった。
「おまえには、俺たちがいるじゃん。」
みぎてはちょっと恥ずかしそうに笑って答えた。
「そっか…そうだな。それよりコージ、腹減ったぜ。何か食いたくねぇか?」
「…結局最後はそれかよ…」
「みぎてくんらしいですねぇ…」
結局最後には食べ物の話になってしまうところが、やはりこの魔神らしいところだろう。コージたちは腹を抱えて大笑いである。そして…こんな時刻にあいている店といえば、やはりドルチェタウンの「焼肉ジュー」である。
一同は陽気に笑いながら、おいしい焼肉を食べに行くことにしたのである。
(炎の魔神みぎてくんハイビジョンデジタル 了)
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