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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー①「……まあそうだな。お好み焼きなら」

1「……まあそうだな。お好み焼きなら」

 バビロンも十一月になると、秋の終わりにふさわしく肌寒くなってくる。たとえ日中はぽかぽかと汗ばむような陽気でも、日が沈むと同時にたちまちセーターがほしくなってくる。ましてや曇りや雨の日には、昼間から外出したくなくなるほどの寒さとなることもある。街路樹が冷たい雨にぬれて、街の景色までが寒々しいのだから気分的にもめいってくる。
 さらにこんな寒い時期になると、当然のことながら街中に厄介なものが流行し始める。風邪である。
 バビロンに限らず人間界の各地で、毎年鼻かぜからのど、咳のかぜ、ひどいときにはインフルエンザまでいたるところに病人が出没するのは、明らかにこの時期のお約束である。困ったことに風邪なんてものは病気のうちにはなかなか入れてもらえないので(実際はなめてかかると大変なことになるのだが)、無理をして仕事や学校に行く人が多い。…となると必然的に右を見ても左を見てもマスクをした人だらけということになってしまうのである。

 当然のことながら、コージの通うバビロン大学でも最近めっきりマスク姿が目立つようになってきた。学園祭が終わったころからなんだか人口の三割くらいはマスクをしているような気がするほどである。幸いコージはここ数年風邪を引いていないし、同居人の相棒にいたっては風邪や病気にはまったく無縁という気もするので問題はないのだが、どうもうわさでは先生から学生まで全員がダウンしたという講座もあるらしい。さすがのコージも気になってはいる。
 傍らを歩く相棒のほうは、これは今いったとおりまったく病気知らずなので、周囲にマスク姿が多いなどということはまったく気に留めていないようである。いや、ひょっとすると気はついているのかもしれないが、興味があるのかどうかはかなりあやしい話だろう。

「…みぎて、魔神って風邪ひかないんだよな?」

 コージは疑問を素直に口にしてみる。みぎて、というのは隣にいる大柄の相棒のことである。それもただの大男ではない。赤銅色の肌に真っ赤な炎の髪の毛、頭からは小さい角まで生えている正真正銘の炎の魔神族である。「みぎて大魔神さま」というのが、このでっかい相棒の名前だった。
 もちろんコージはこんな炎の魔神を呼び出すことができるような大魔道師ではない。バビロン大学の魔法工学部の院生…一応駆け出しの魔法使いではあるのだが、せいぜい普通の精霊を短時間呼び出すことができる程度の実力である。つまり二人の関係は「魔道士と同盟精霊」とかそういうものではなく、本当に相棒で、親友で、同居人という間柄なのである。「魔神と同居」というのはとても珍しいケースなのだが、かれこれもうこの関係は五年目である。
 しかしこれだけ長い間同居生活を続けていれば、魔神族がどんな生活をして、人間族とどこが同じでどこが違うということも大体はわかる。たとえば(こいつの場合炎の魔神族なので)水泳はできないとか、風呂は熱ければ喜んで入るとか、コージの三、四倍は飯を食うとかである。
 ところがこんな同居生活で、この魔神が病気になったというのをコージは見たことが無い。四年も同居していれば、普通なら一度や二度は、風邪を引いたり下痢をしたり…つまり体調が悪いという姿を見ているのが当たり前という気がする。ということは魔神族は人間と違って「病気」というものがそもそも無いのかもしれない。少なくともみぎての「いつも元気な健康優良児丸出し」の姿を見ていると、そんな気がしてくる。
 しかしみぎては意外なことに首を横に振る。

「んなことねぇよ。魔神族だって風邪引くぜ。人間界の風邪と同じかどうかはわかんねぇけどさ」
「ええっ!じゃあ魔神が熱出して寝込んだり、咳とか鼻水とかでこまったりすることあるのか?」

 これにはさすがにコージもびっくりである。今まで思っていたイメージ(精霊には病気は無さそう)を真っ向否定するとんでもない大発見といってもいい。が、よく考えてみると魔神族やその他の精霊種族だって、生き物ではあるのだから多少なりと病気や怪我のようなものがあってもおかしな話ではない。単に人間の病気とは違うだけのことなのだろう。とはいえ、目の前の元気一杯(としか思えない)の炎の魔神が寝込むという姿だけは、どうしてもコージには想像つかないのだが…
 するとみぎては笑いながら答える。

「でも俺さまは病気したことないや。お医者さんって毎年の健康診断の時しか会った事ないし…」

 大学で実施する恒例の定期健康診断には、一応この魔神も受診する。が、もともとこういう健康診断は人間族とか、エルフ族とか…そういった「普通の生物」種族向けの検診なので、魔神族のみぎての場合だとせいぜい身長と体重と視力検査くらいしか意味が無いと思っていたのだが、「魔神でも病気になる」という話を聞くと、どうやらそうとばかりは言い切れないようである。
 とはいえみぎてに限って言えば、病気の経験が無いほどの健康魔神なので、やっぱり意味が無いのは同じという気がする。いや、一応毎年ひとつだけ医者に注意されることがあった…

「で、お医者さんに『食いすぎです』って怒られるんだよな」
「うーん、それ言われるときついんだよなぁ…」

 三度の飯がなにより大好きなみぎてにとって、「食いすぎ」という医者の注意は結構ショックなのである。魔神の成人病というのも想像はつかないが、やはり食事はほどほどがいいのは間違いない。頭をかきながら困ったようにうなずく魔神の姿を見て、コージは思わず笑ってしまったのは当然だろう。

*       *       *

 先ほどからごく普通に「魔神の相棒」と説明していたが、バビロン大学六千人の学生の中でも、そんなとんでもない相棒を持っている学生はコージだけである。普通、魔神は精霊界に住んでいるものだし、たまに人間界に現れるとしても、大魔道士や英雄の同盟精霊だとか、神社や神殿の祭神だとか、その程度のはずである。
 ところがこの魔神…みぎて大魔神の場合は、本当に人間界でコージと一緒に暮らし、人間のように生活をしている。それというのも彼はそもそも「学校に通って勉強したい」という、ある意味とても立派な目的で人間界に現れたからである。まあどういういきさつでコージと出会い、同居をはじめたのかという話については、既に別のところでお話したので、ここでは繰り返さない…が、ともかく二人はそれ以来この変わった同居生活を続けている。

 実際のところ、この魔神との生活はコージにとってもスリリングで、とても楽しいものだった。毎日が新鮮な驚きと興奮の連続で、飽きる暇が無い。もちろん人間族と魔神族の違いでいろいろちょっとしたトラブルなどもある(食費が人の三倍以上かかるとか、魔神は体が大きいので部屋が狭いとか)のだが、それはそれで同居生活の醍醐味である。
 まずなにしろまずこの魔神は人がいい。外見こそ大柄で筋肉質で、髪の毛は炎で角まで生えてて…要するに魔神に見えるが、少し話してみると本当に人懐っこく陽気な青年であることがよくわかる。嫌いになるほうが難しいといってもいい。事実、最初はびっくりしていた近所の人も、いつのまにやら仲良くなって、気がつけば街の人気者になってしまったのだから大したものである。もちろん大学でもそれは同じで、講座の友達や先生方だけでなく、いろいろな人が二人の周りに集まってくる。今では「コージさんところの魔神、みぎてくん」といえば、ちょっとした街の有名人といった感じである。(前に一度テレビの取材まであったのだから、有名人であることは間違いない。)さすがにいろいろな人が二人の周りに集まる分だけ、いろいろ騒動もおきるのはお約束なのだが、そんな騒ぎだって二人ならなんだか楽しいという気がする。
 いや、なによりもこの魔神は…これはコージの勝手な確信かも知れないが、コージのことを気に入ってくれているのである。そしてそれと同じくらいコージもみぎてのことを大切な家族で、兄弟みたいで、かけがえの無い相棒だと感じている。今となってはみぎて抜きの生活なんて考えられない。
 つまり…普通の人とはちょっと違う、とてもにぎやかな日常、それが二人の学園生活なのである。

 さて、二人はポプラ並木の間を抜けて、大学生協の購買部へと向かう道に入った。既にポプラの並木は黄金色を通り越して褐色の枯葉を散らし始めている。やはり秋ももう終わりなのである。もちろん生協の周りには、授業の空き時間に文房具を買いに来た学部生がたむろしている。(なぜか近所のおばさんもいるのだが、これは生協購買部が生鮮食料品も扱っているからである。)が、たしかに結構な割合でみんな風邪を引いているらしく、マスク姿の確率が妙に高い気がする。
 さっきまではまったく周囲のこんな状況に気がついていなかったみぎてだが、さすがに今度は学生達のマスク姿に驚いたように言った。

「言われてみればほんとにみんなマスクしてるなぁ…風邪流行ってるんだな」
「今までぜんぜん気がついていなかったのがわかるぞ、みぎて」

 思わずコージは笑いながらみぎてに突っ込む。もしかしてだが、この魔神は、マスクというものがいかに面倒なものか理解していない可能性がある。風邪を引いたことが無いのだから、マスクなどしたことがあるわけもない…当然マスクで息苦しいとか、めがねが曇るとか(これはメガネをかけている人だけの話だが)そういう体験もしたことがないわけである。これは後で使い捨てマスクでも買って、「マスクの苦しみ体験会」でも開催しようか…などといういたずら心がわいてくるネタともいえる。まあそうでなくてもこれだけ風邪が流行しているのを見ると、予防のためにマスクを買っておくのも悪くは無いかもしれない。
 もちろんコージたちの目的は生協でマスクを買うことではない。購買部の本屋で注文しておいた専門書を受け取りに行くことである。専門書というのはとかく高いので、個人では絶対買いたくないしろものなのだが、幸い今回は講座の予算での購入である。気にする必要はまったくない。
 が、店内に入ってみると…これまたコージはぎょっとしてしまった。なんと生協の店員までそろいもそろってみんなマスク姿だったのである。本当に風邪を引いているのか、それとも予防のためなのかわからないが、全員がマスク姿というのはさすがに不気味である。

「…コージ、もしかしてさ…風邪じゃなくてマスクが流行なんじゃねぇの?」
「…それは誤解だと信じたい…」

 みぎてがそんな(ボケともまじめともつかない)微妙な意見を言いたくなるほど、世間はマスクだらけの様子である。これはさすがにコージもマスクを買わないと、なんだか流行に乗り遅れてしまうような気がする…
 結局コージは購買部の薬局で、ついつい使い捨てマスクや風邪薬(万一に備えて)まで買い込んでしまったのは当然の結末であろう。もちろんマスクはコージ専用ではなく、みぎてにマスクの初体験をさせるという企画も含めてである。
 ということで、予定外の買い物に盛り上がった二人だが、いつまでも購買部で油を売っているわけにはいかない。あんまりのんびりしているとサボっているというのがばれてしまうし(コージはサボるのは大好きである)、なによりこんなマスクだらけの場所にいると風邪がうつりそうな気もしてくる。
 というわけで二人はそそくさとまたポプラ並木を通って、講座へと戻ることにしたのである。

*       *       *

 研究室に戻ると、講座仲間であるディレルがちょうど熱々の紅茶を入れて二人を出迎えてくれた。十一月終わりの寒風に吹かれて戻ってきた二人には、熱々の紅茶はありがたいのだが、あんまりタイミングよく出てくるものでさすがに驚きである。

「絶妙なタイミングだな、ディレル」
「でしょ?まっすぐ帰ってくる二人じゃないし、ちょっと油を売ってくるからこんなものかなって…」
「…完全に行動読まれてるな…」
「あはは、まあ付き合いも長いですからねぇ」

 ディレルは驚くコージたちにくすくす笑う。実はこの金髪のトリトン族とコージたちの付き合いも結構長い。コージとは大学入学以来であるから、もう七年である。当然みぎてにとっても人間界にやってきた当初からの知り合いなので、コージの次に仲がいい相手といってもいい。もともとディレルは面倒見がよくて…悪く言えばかなり重症の「お人よし」なので、みぎてもコージもずいぶん世話になっている。(その分彼らがお返しをしているかどうかについては微妙なところであるが、ディレル本人が気にしていないようなのでよいのだろう。)なにしろ彼のあだ名は『万年幹事』…お人よしで世話好きなので、いつも宴会や旅行の幹事をする羽目になってしまうのである。
 熱い紅茶をすすりながら、三人は休憩タイムに入る。といっても買い物だって休憩タイムだったのだから、ようするに単なるサボりである。実は今日は教授のセルティ先生は出張でいないので、少々のサボりは許されるのである。当然話題は先ほど見かけた「地獄のマスクだらけ購買部」と、「みぎてにマスクをさせてみよう」計画である。

「やっぱり風邪はやってるんですねぇ。今年はちょっと早いですけど…」
「たしかに十一月で風邪が流行って早いかも…」

 ディレルは半分笑いながらもちょっと不安そうにそう言った。実は風邪というものは人間族に限った病気ではなく、海に住んでいるトリトン族だって風邪を引く。病気には種族固有のものとそうでないものがあるのだが、風邪はどうやらかなりの種族に共通の病気なのである。みぎての説明では魔神族だって風邪を引くのだから、ほとんど全ての種族がかかる病気なのかもしれない。

「でも、魔神の風邪って初めて聞きましたよ。みぎてくんの場合熱が出てもあまり意味がなさそうですけど…」
「熱が出るんじゃなくてさ、逆に熱が出なくなるんだよ風邪引くと」
「さむけがするみたいな感じなのか?」
「うーん、俺さま経験ないからそこんとこはわかんないんだよな」

 残念ながら病気しらずのみぎては、魔神族の風邪に関しての情報を聞き出すにはもっとも不適格な人物のようである。しかしもしこの元気がとりえの魔神が風邪を引いて寝込んだら、それはそれでなんだか大変そうな気もしてしまうので、これはこれでいいのだろう。
 さて、いい香りの紅茶を飲んで一息ついた三人は、今度は予定通り「マスク体験会」を始めることにする。

「あ、使い捨てマスクですね。」
「みぎてつけてみろよ。」
「あっ、そうだな。俺さまマスク初めてなんだよな」

 パッケージの袋を開けると、小さなポリ袋に小分けされた白い不織布のマスクが七つ入ってる。ちょうど一週間分ということなのだろう。これで二百円程度なのだから、高いような安いような微妙な値段である。が、基本的にはまったくマスクを使う必要の無いみぎての初体験には都合がいい。
 封を破いてマスクを取り出したみぎては、早速ゴム紐を耳に引っ掛けてつけてみる。ところが…

「あれっ?」
「どうしたみぎて?…ぷっ!」
「みぎてくん…思ったより頭大きいんですね…」

 右耳にゴムひもを引っ掛けて、ぐっと伸ばして反対側のひもを左耳に引っ掛けようとするのだが、どうも長さが足りないようである。無理やり引っ張れば届かないわけではないのだが、そうするとマスク本体が思い切り横に引き伸ばされ、鼻の下から唇くらいまでしかカバーできなくなる上に、耳のほうも引っ掛けるのがやっとというありさまである。どうやら体が大きい分だけ頭のほうもバランスよく大きいようである。さらにこの魔神の場合、小さいながらも牙が生えている。この牙がマスクに引っかかるわはみ出すわで、どうしようもない。あまりに情けない姿にコージは笑いながら突っ込みを入れる。

「みぎて、帽子とかかぶったこと無いだろ?」
「だって俺さま角があるから、帽子とか無理。バンダナとかだといけるけどさ」
「そういえば前、工事用ヘルメットかぶったときも困ってましたよねぇ」

 ヘルメットとか帽子とかそういう代物は、角がある種族(魔神族もそうだが、他にも鬼族とか獣人族にも角がある)にとってはいささか不便なことが多い。まあ帽子なら単にファッションなので仕方がないで済む話なのだが、ヘルメットの場合は安全にかかわる問題である。角のところだけ穴を開ければ済むという問題ではない(穴を開けるとヘルメットは耐久性が落ちるのである)のが厄介なところである。

絵 武器鍛冶帽子

 さて、こんな話をしていると時間はあっという間に過ぎて、そろそろ時刻は夕方である。十一月ともなると日が沈むのも早く、窓の外はすっかり暗くなっている。大学の講座というところは、朝はともかく夕方は結構時間にルーズで、実験が長引くとそのまま徹夜までしてしまうこともある。できれば今日みたいな(教授がいない)ちょっと暇な日は、適当な時刻で閉店したいところである。

「久しぶりにみんなでちょっと飲みに行きますか?」
「あ、いいなそれ。俺さま猛烈に腹減ってきたし…」
「安い居酒屋かラーメン屋じゃないと無理。みぎての食う量半端じゃないし」
「うちのそばのお好み焼き屋さんなら安くつきますよ。あそこおいしいし」

 ディレルの提案にはみぎてもコージも大賛成である。ディレルお勧めのお好み焼き屋「はりせんぼん」はたしかにうまい。晩御飯にお好み焼きというのもなんだか微妙な気もするのだが、うまくて安い店なのでOKなのである。それに実は隣は銭湯「潮の湯」なので、お風呂に入って帰れば後も楽である。(ちなみに「潮の湯」はディレルの自宅でもある。この優等生トリトンは風呂屋の息子なのである。)
 楽しい晩飯計画が出来上がったということで、三人の気持ちは弾む。というより既に心の大半は「何を食べようか」という考えに移行してしまっているのは当然だろう。漫画ならば豚玉、モダン焼き、イカ玉スペシャル(明太子入り)などの妄想が空中に浮かび上がりそうな、そんな状態である。
 ディレルはそんな彼ら(ディレル自身も含む)のほほえましい光景に笑いながら言った。

「じゃあ一応ポリーニにも声かけたほうがいいですね。彼女も帰るなら誘ってもいいですし」
「あ……まあそうだな。お好み焼きならあいつも好きだし」

 コージは内心ちょっと不安になりながらも、ディレルの意見に賛成せざるを得ない。ポリーニというのは(これも既にレギュラーなのでご存知だろうが)、コージやディレルと同じく講座の仲間で、理系の学部では数少ない女性である。その彼女に声もかけずに、勝手に三人でお好み焼きパーティーをするというのはさすがに顰蹙なのは間違いない。「仲間はずれ」にするような話である。
 が、コージの返答にはさまれた「一瞬の間」は、いろいろ微妙な別の事情があるということを意味している。もちろんこの「事情」に関してはディレルもみぎてもわかりすぎるくらいわかっている。というよりみぎてに至っては「一瞬」どころか「十瞬」くらい間をあけてもおかしくないというのが本音なのだが…それでも礼儀正しく「お誘いをする」のが大人の対応である。たとえ目くるめくどたばた騒ぎの予感で胸が不安一杯になっていようが、それが社会人としてのお約束なのである。
 三人の同意が得られたということで、ディレルは席を立ってポリーニのいるはずの、すぐ隣の研究室へと向かう。後に残ったコージとみぎては、カップに残った紅茶をすすりながら、今夜のお好み焼きパーティーの平安を心から祈念していた。
 ところが…

 隣の部屋に行ったはずのディレルだが、なかなかコージたちのところに戻ってくる様子はなかった。早くおいしいお好み焼きが食べたいみぎては(もちろんコージも同感だが)、戸締りの準備をしながらきょろきょろと落ち着きなく何度も扉のほうを見てディレルの帰りを待ちわびている。空腹時のお預け状態がつらいというのは、魔神でも人間でもつらいのは同じなのである。
 十分間我慢をして待っていた二人だが、ディレルは一向に戻ってくる様子がない。魔神は何度も首をかしげてコージにいった。

「コージ、様子見に行こうぜ」
「…そうだな。ちょっと気になるし…」

たった十分ではちょっと気が早いような気もするのだが、逆を言えば隣の部屋にいるポリーニに「晩御飯一緒に食べないか?」と誘うだけの話で、十分も時間がかかるというのもなんだか変である。大学の建物だから薄い壁一枚というほどではないが、大声を出せば充分聞こえる距離である。このもたつきぶりは普通ではない。
 二人はしかたなく席を立ち、隣の部屋『ポリーニのラブラブ☆研究室』へと行ってみることにした。例の「諸事情」を考えると多少不吉な…「どたばたの予感」は伴うのだが、早くお好み焼きを食べるためにはやむをえない賭けである。
 しかしコージたちを待ち受けていた「どたばた」は、今日に限ってはいつもの「笑えるトラブル」ではなかったのである。

(②へつづく)


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