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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 5.「ダイエットは無駄にしないわよ!」①

5.「ダイエットは無駄にしないわよ!」

 大学祭の朝は、これは毎年のようにちゃんと良く晴れた素敵な秋晴れとなった。実はこの日は気象上の特異日で、毎年晴れる確率がとても高いという、イベントには最適の日なのである。もちろんそういう情報があって、この日を大学祭の日に選んだというわけではないだろうが、いずれにせよ今日も予定通りの快晴というわけだった。
 といいながらも、当然ながら参加者全員がこの雲ひとつ無い高い空のような澄み切ったいい気持ち、というわけではないのは当然である。特に大の苦手の雪攻撃にさらされてランウェイをキャットウォークしなければならないことが確定した炎の魔神にとっては、今日の澄み渡った空はまさに皮肉でしかない。

「あー、コージ熱出てきた、頭いたい…って無理だよなぁ…」
「無理。お前が病気ってありえないの誰でもわかる」
「自棄で昨日の晩、飯もっと食えばよかった…」
「ポリーニの目の前でか?それもっと無理…」

 炎の魔神が病気になるのかという問題には諸説があるものの、みぎてが風邪を引くということがありえないことだけは(あくまで経験的にだが)ほぼ間違いない話である。しかしダイエットの目的である、大学祭の直前にドカ食いするなどあのポリーニが許すはずは無い。後で半年はぶちぶち文句を言われると思うだけで、(それも実験台付きで)身がすくんでしまうのはこの魔神だけではないだろう。
 コージたちは素敵な秋晴れの下、「足取りも重く」大学へと向かった。今まで大学にコージが八年、みぎてでも丸六年通っているが、ここまでブラックな登校は本当に珍しい。というか、道行くほかの学生達が驚いて振り向くほど二人ともブラックである。
 と、そこにこれまた今日もディレルが声をかけてくる。といっても今日はディレルが遅いのではない。今朝はコージたちがいつもよりずいぶん早く登校しているだけのことである。ポリーニの発明品の着付けとか、段取りの最終打ち合わせとか、あともう一度歩き方の練習とか、まあそういう準備がいっぱいあるのでどうしても早起き登校するはめになったのである。

「おはよ、コージ、みぎてくん早い…って、やばいくらいにブラックだねぇ二人とも…」
「ディレルぅ、他人事じゃないって…」
「俺さまほんとに頭痛くなってきた。今日のこと考えただけで…」

 ディレルは二人のブラック過ぎる様子に苦笑する。実は今回の騒ぎ…ダイエットだのなんだのは、このトリトンだって十分巻き込まれているのだが、意外なほど平気なようである。まあもっとも炎の魔神族のみぎてと違い、雪が会場で降ったところでダメージを受けるというわけではないのだが…いや、この風呂屋の息子は、日ごろから講座の世話役で苦労しすぎて、この程度のストレスではぜんぜん動揺しなくなってしまった可能性も高い。もちろん本番になればディレルだって確実に大慌てになるのだろうが、この段階では冷静な分だけえらいのである。

「みぎてくん、キャットウォークなんとかなりそうですか?」
「うーん…それがさぁ…」

 実は今回の最終練習、というのはこの魔神がキャットウォークがどうにもうまくできないという問題から発生したのである。「キャットウォーク」というのはご存知のとおり、ファッションショーでモデルがやる、あの独特の歩き方である。猫が塀の上を歩いているように見えるということで「キャットウォーク」というらしいのだが、ともかくあの歩き方はとてもモデルらしくて格好いい。せっかくだしみんなでやろうと言う話になるのは自然である。
 ところがいざやってみると、これが意外と難しい。左右の足をクロスさせるようにステップを踏む、というだけの話なのだが、慣れていないと足がもつれそうになる。さらにみぎての場合の最大の問題は…足が太すぎるのである。いくら多少はダイエットしたといってもこの魔神は格闘家らしく筋肉でパンパンの立派な身体である。当然太もももごっついわけで…キャットウォークなどしようものなら太ももが擦り剥けてしまうのである。たしかにラグビーとかアメフトなどの激しいスポーツをやっている人の場合は、太もも擦り剥けの対策にスパッツをはいているほどである。が…今回の場合はそんなことが出来るはずは無い。

「困りましたねぇ…みぎてくんってやっぱりごっついんですねぇ…」
「…うーん、それほめてないってのは、俺さまだってわかる…」

 筋肉があるのは男にとっては悪くない話なのだが、今回に限り残念賞である。まあ普通はファッションモデルの真似事などする羽目になるなんてことは、まずありえないので、特例中の特例だろうが…

*     *     *

 さて、彼らはそんな話をしながらバビロン大学の校門に到着した。校門のところには結構大きなアーチが立派に出来上がっている。金色に輝く「秋霊祭」の文字が朝日にきらめいてまぶしい…
 ところが、そんなありふれた大学祭の光景はたったそれだけだったのである。

「コージ!これいったい…」
「なんだかすごい高級車がいっぱい来てる…」

 意外なことに校門前には、黒塗りの外車や真っ赤なスポーツカーやら、大学では一度も見たことの無いすごいグレードの車が列を成していたのである。まるで高級ホテルでタレントの結婚式か映画祭の授賞式が行われるようなありさまである。そして車から出てくるのは、どこかのファッション雑誌から出てきたようなモデルや、大金持ちの社長や、それからテレビで見たことのあるタレントだった。

「あれってアドリアーノ・ガルシアじゃないですか?映画俳優の!」
「えっ?確かマフィアのボス役の人だろ?俺さまもテレビで見たぜ!」

 どうやら車から降りたのは、数年前に大ヒットしたマフィア映画の主役の俳優である。高級そうなタキシードに身を包んで、指に明らかに豪華なリングまでしているのを見ると、なんだかリアルにマフィアのボスっぽいのが微妙なセンスという気もするのだが、これもそれだけ映画のインパクトが強いということだろう。

絵 武器鍛冶帽子

「あ、あっちはドロシー・グリックマンだぞ」
「えっ?あ、ほんとだ!僕、去年やってた『十九時のオーロラ』全話見たんですよ!妹といっしょに…」
「ええっ、さてはディレル、録画して見てたんだ、あれ…」

 『十九時のオーロラ』というのは、これまた毎週木曜日夜十時にやっていたトレンディードラマである。大学院生となると、毎週木曜夜十時というのは、確実に帰宅できるという保証は無い時刻である。(理系の場合実験で徹夜とかもないわけではない。)ということは絶対録画してまとめて見ていたに違いない。ドロシー・グリックマンはそのドラマに出演した女優で、若くて演技もいいと近年評価が高い。
 ともかく突然のセレブな芸能人たちの登場で、大学の前は大騒ぎ状態である。というか普通こんなセレブな人たちが大学祭になんて現れることなどありえない。これはまさかと思うが、今回の企画…「バビロン大学ファッションショー」が意外なほど注目を集めたということしか考えられないことだった。
 と、そのときである。コージたちの背中側から聞いたことのある声が飛んできた。

「やあ!すごいイベントになったね!」

 驚いたコージたちは声のほうを振り向いた。と、そこにはスリムで背が高い、さわやかな笑顔を浮かべた青年が立っていた。短く刈り込んだ金髪がとても格好いい。

「あっ!シンさん!」
「シンさんも来たんだ!」

 そう、そこにいたのはシン=アル=カイトス…みぎてやコージたちの知り合いの芸能人だった。夜のスポーツニュースとかグルメ番組で活躍中の、元スポーツ選手のニュースキャスターである。一度グルメ番組関係でみぎて達を取材することになった縁で、それから結構ちょくちょく連絡をやり取りしたり、晩御飯を食べに行ったりする仲になっていた。とにかく素敵な笑顔とスポーツマンらしい引き締まった体格が惚れ惚れしてしまう好青年である。
 今日のシンはダブルの背広に、胸のところに白いバラの花を挿してというややフォーマルな服装である。音楽のコンテストの司会者といった感じに近い。ファッションショーを見に来るセレブは男性・女性ともみんな普段着ではなく、かなり豪華な服を着てくるものなので、シンの服装もそれに違いない。もっともさっき有名俳優とかの派手な服を間近で見たばかりなので、それに比べると意外と地味に見えてくるのだが…

「あはは、仕事なんだよ。テレビ番組の取材なんだよね。でもバビロン大学でブランドとタイアップしてのファッションショーっていうのは驚いたね。業界で結構話題になったんだよ…雑誌とかも来ているみたいだよ」
「道理でこんなに人が来るわけだ…」

 シンの説明にようやくコージたちはこの人出の理由を理解する。たかだかポスターくらいで有名人が来るなんていう怪現象はありえないのだから、間違いなくそういう情報を誰か…というか例のケリー店長がばら撒いたのであろう。とはいえ予想外は予想外である。
 とはいえ、まだこんな朝の時刻から芸能人が集まるというのは、少し妙な気もする。シンのようなテレビ取材の仕事で、というならともかく、ファッションショーは昼からなのだから、いささかお客が来るには早すぎる。
 するとシンは笑って答えた。

「いやあ、もう開場の三時間前だから気の早い人は来るよ。それにさっき来たアドリアーノ・ガルシアなんかはたしかバビロン大学出身じゃないのかな?聞いたことあるよ」
「あ…そういえば…」
「有名な卒業生紹介に乗ってる人ですね、たしかに…」

 アドリアーノ・ガルシアが気が早いのかどうかはちょっとわからないのだが、バビロン大学出身だというのは事実なので、おそらく自分の恩師に挨拶をするとか、参加していたサークルのブースに顔を出すとかそういうことも考えているのかもしれない。ともかく歴史だけはそれなりにあるこの大学なので、有名人の卒業生も結構多いのである。
 さて、シンは左右を見回すと、コージにこっそり聞いてきた。

「ところで…多分間違いないと思うんだけど…」
「?」
「また彼女の発明品も出るんだよね………」
「……残念ですが、出ます…」

 コージの返事を聞いて、シンはわずかに顔を引きつらせて笑う。「彼女」…つまりポリーニのことなのは言うまでも無い。コージたちにとっては痛恨の極みなのだが、シンだってポリーニの恐怖の発明品のことは良く知っている。「残念ですが」という一言に含まれる万感の思いは、シンも含めたこの場の全員が共有しているのである。

*     *     *

 さて、校門のところの騒ぎを何とか切り抜けたコージたちは、いつものように魔法工学部棟の自分達の研究室へと到着する。いつもよりもずいぶん早く出たはずなのだが、意外と到着時刻は遅い。校門を突破するのにてこずったのである。(あれだけ人が来ていると、いくら学内の人だといってもそう簡単に通してもらえないのは当たり前である。)

「もぉ~っ!みんな遅いわよ!」
「ポリーニやっぱり泊まってるし…」

 ポリーニはどうやら前日研究室に泊まったらしい。発表する発明品の最終準備とかで、寝る間も惜しいというのはよくわかる。というかほかの講座ならみんなの研究テーマをそれなりに組み合わせて出すというのが普通なので、一人にそれほど負担がかかるわけではないのだが、コージたちの研究室はそれがポリーニ一人…せいぜいあとみんなのダイエットくらいなものである(それはそれで大変なのだが)。しかしポリーニの徹夜はそれほど珍しいことではないので、驚くにはあたらない。
 が、ともかく彼女にしてみれば、こんな修羅場にみんなが遅くやってくるというのはいらいらするのも当然である。もちろんコージたちも努力はしたのだが、結果が伴っていないわけである。

「校門のところで引っかかったんだよ。すごいことになってる」
「校門のところ?何があったっていうのよ」
「…窓からでもわかると思いますよ。すごいから…」

 コージたちの返事にポリーニは半信半疑で窓を開け、校門のほうを見てみた。大学祭のアーチがここからだととてもよく見える。が…その周りで行列をなしている入場待ちの人や高級車の群れに、さすがのポリーニも目を剥いた。

「なによあれっ!コンサート会場みたいなことになってるじゃないの!」
「だろ?あの中を掻き分けてくるの大変だったし……ポリーニ?」
「すごいわっ!こんなに観客が来てるなんて信じられないっ!あたしの発明品が世界に認められる瞬間だわっ!」
「…ダメですよコージ、もう完全に酔いしれちゃってますね…」

 別にポリーニの発明品だけを見に来たわけではないとおもうのだが、少なくとも彼女は完全に興奮のきわみへと上り詰めているようである。この状態では何を言ってもまったく無駄だろう。あきらめて三人はポリーニが落ち着くまで朝のお茶タイムに入るしかなかったのはいつものことである。

(5.「ダイエットは無駄にしないわよ!」②へつづく)

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