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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 2「あの店、みぎてくんサイズまでよく」

2「あの店、みぎてくんサイズまでよく」

 午後も適当に過ごした(といってもいろいろ面倒な用事はあったのだが)コージたちは、五時になっていそいそと帰り支度を始める。こういう理系の講座であるから、普段ならどんなに早くても七時、下手をすると夜中まで研究とかをやっていることもあることを考えると、今日は破格に早い引き上げになる。 当然ながらさっき相談したとおり、みんなで「プレミアムショッピングゾーン・バビロンタウン」へゆくつもりなのである。
 いくら夜九時まであいているといっても、大学前からバビロン中央バスターミナル経由で現地にゆくとなると、結構時間がかかるはずである。ましてや夕方の渋滞も考慮すると、今からダッシュで向かっても、そんなにたっぷりショッピングゾーンを見ることは出来ない。とはいえもたもたすればもっと時間がなくなってしまうので、こうして大急ぎで帰り支度をしてあがくわけである。

「コージ、こっちはOKですよ」
「俺さまも準備完了だぜっ!」
「食うことになったら、俄然やる気満々じゃん、みぎて」

 みぎては五時どころか四時くらいからもう気もそぞろというか、心はすでにフードコートに飛んでいる状態である。帰り支度もあきれるくらいに素早くあがって、コージやディレルの準備をせかす有様である。まあもっともコージやディレルも似たようなものではあるが…

「じゃあ行きましょう。渋滞がないといいんですけどねぇ…」
「そればかりは祈るしかないよなぁ…」

 そんなことをいいながらコージたちは研究室の扉を閉め、廊下へと出た。ところがそこで運悪く困った相手に出会ってしまう。もしゃもしゃ頭に色白の青びょうたん、お隣の講座のシュリ・ヤーセンである。

「おや、貧乏魔神くんたちじゃないですか。今日は早いですね」
「げげっ!変態発明家っ!」
「シュリさん、今日はセルティ先生もロスマルク先生もいませんよ」

 コージたちはいきなりのシュリの出現に思わず身構えてしまう。この青びょうたん講師(一応お隣の講座の講師先生である)は、コージやみぎてをもっとも悩ませる相手の一人である。とはいっても別に彼らはシュリと仲が悪いというわけではない。…というより結婚式の披露宴に呼ばれたほどなので、端から見れば非常に親しい部類に入る。
 にもかかわらずコージやディレルが頭を抱えてしまう理由は、シュリの講座の研究内容のせいである。そう、みぎてが思わず「変態発明家」と叫んだことでわかるように、シュリの専門は「魔法工学の応用による新規製品の開発」…要するに発明である。それもただの発明品ではない。『高さ五mの巨大マトリョーシカ人形(自走機能・大型花火弾搭載)』とか、『一人カラオケ練習用スピーカー(超音波攻撃機能付き)』とか…明らかにやばい機能満載のとんでもない代物がほとんどである。さらに困ったことには、シュリはそんな発明品をコージたちに見せびらかし、実験させるのをなによりも楽しみにしているらしいのである。当然ながらその度にとんでもないトラブルに巻き込まれることになる。(もっともこれはシュリに限ったことではなく、発明家という連中はみんな似たようなものらしいのだが…)
 そんなせいもあって、コージたちはシュリのことを、れっきとした大学の講師先生であるにも関わらず、「変態発明家」と公言してはばからないわけである。もっともシュリの方も「変態」はともかく「発明家」という称号を喜んでいるようなので、蛙の面に何とやらというやつなのだが…

 ともかく正直な話、こんなタイミングでシュリにばったりというのは、コージとしては非常に都合が悪い。ここで変な発明品とかが出てきて、トラブルに巻き込まれようものなら、せっかくの「プレミアムショッピングゾーン偵察」ができなくなってしまう。あきらめの早いディレルなどは、研究室の扉をもう一度あけようと鍵を取り出す始末である。
 ところが意外なことに、今日はシュリもコージたちを捕まえて発明品を披露するつもりはないようだった。

「あ、今日は私も早いですから。心配無用ですよ」
「…それって発明品が騒ぎを起こすって自覚しているって意味じゃ…」

 「心配無用」といわれてしまうと、それはそれで釈然としないものが残る。ディレルの指摘通り、発明品のトラブルでコージたちが(特にみぎてが)ひどい目に遭うということを十分自覚しているという意味だからである。が、シュリは都合の悪いことは全く聞こえていないようである。
 しかしよく見ると、確かにシュリもすっかり帰り支度のようである。コージたち以上にシュリがこんな時刻に帰るというのは珍しい。大学の先生というものは、授業の時間以外は勤務時間というものが固定されているわけではないので、朝はともかく夜は八時過ぎまでいる(まあこれは理系だけかもしれないが)のが普通だということを考えると、シュリが五時早々に引き上げるのはとても珍しい光景である。

「なあコージ、シュリちょっとおめかししてないか?」
「あ、そういえばそうですね」

 みぎてがコージに耳打ちすると、ディレルも同感らしくうなずく。確かに言われてみればいつものシュリと比べてまともな気がする。いつもはといえばよれよれの白衣とか、なんだかくたびれたジャケットとか、色あせたシャツとか…ともかくファッションには全く無頓着としか言いようが無い人物なのである。ところが今日はグレーのジャケットの内側にはちょっとおしゃれな色合いのポロシャツを着ている。なんだかゴルフに行くかのようないでたちである。

「いやおめかしというほどではないのですがね。今夜は妻と一緒に食事に行くのですよ。」
「なるほどねぇ」

 シュリの奥様であるエラ夫人は、シュリとは好対照なちょっと太目の姐さん女房である。結婚式のときに大柄の奥さんと並んだひょろひょろのシュリという光景は、今なおコージたちにとっては語り草になるほどだった。どうやら今夜は二人でディナーということになっているのだろう。道理で今夜は発明品が出てこないわけである。まあ結婚してまだ二年という、いわばアツアツの時期なのだから、デートくらいしても罪にはならないのはコージだって賛成である。もちろんそれよりも変な発明品が出てこないという事実の方がさらにありがたいことなのだが…

「それなら奥さん待たせたらまずいじゃん…」

 ということでコージは話を切り上げるために、さらりとシュリに出発を促す。ところがここでやはり発明品が飛び出すのがシュリである。

「大丈夫です。新開発の発明品、『渋滞探知レーダー』がありますから」
「…渋滞を探知しても、回避できるんですか?」
「…今後の課題としましょう…」

 どうやらシュリは近くの渋滞をレーダーで探知する、一種のカーナビのようなものを作ったらしい。が、別に迂回ルートを示してくれるわけではないようなので、市販のカーナビのほうが役に立つのは間違いないようである。
 が、ともかくここで発明ショーを始めてしまってはコージ達はもちろん、シュリ自身も困ることになる。ここは冷酷なつっこみで話を強制的に打ち切らざるを得ない。ということで、そそくさと奥様の元へと出発するシュリを見送ってから、ようやくコージ達も学校を出ることができたのである。

*     *     *

 なんとか大学を脱出し、三人はようやく『プレミアムショッピングゾーン・バビロンタウン』へと出発した。五時きっかりに脱出というわけにはいかなかったので、周囲はすっかり夕暮れ時である。
 三人はまずバビロン中央バスターミナルへと向かう。当然ながら気分的にはかなり足早である。もっとも歩く速度は陸上種族であるコージ(人間族)と海洋種族であるディレル(トリトン族)では結構差がある。コージが普通に小走りするスピードだと、ディレルにとってはかなり必死のランニングである。

「はぁっ、はぁっ!コージちょっと…息が切れちゃいますよ。トリトン族にランニングってきついんです…」
「ごめんごめん、でも予定外に出遅れたんだよなぁ」

 中央バスターミナルにたどり着いた三人だが、ディレルはもうへとへとという感じである。まあこれが水泳になったら全く立場は逆転してしまうので、種族の差というやつは仕方ない話だろう。
 しかしディレルの必死のランニングにも関わらず、バビロン外港行きバスはさっき出たばかりである。この時刻は通勤時間帯なので、一〇分か一五分もすれば次のバスが来るのだろうが、やっぱり気分的にがっかりである。変態発明家の相手で時間をロスしたことが痛い。

「今からだと現地到着は…七時くらいか」
「どうでしょうねぇ…渋滞状況次第ってやつだと思いますけど」
「普段バスに乗らないし、交通事情はちょっとわからないからなぁ」

 コージもディレルも普段車を運転しないもので、「夕方のバビロン外港(国道三四号線)」方面の混雑状況はさっぱりわからない。交通情報でもラジオで聴けばいいのだろうが、当然誰も今日はラジオを持っていない。ディレルの鞄の中から出てくるのは、最近流行のポータブル音楽プレーヤー(『eプレイ』という商品)だけである。

「ポータブル音楽プレーヤーじゃ、こういう時だめですねぇ」
「ディレル、『eプレイ』持ってるんだ」
「へぇ~っ、俺さまも興味ある!ちっさいんだな」
「みぎてくんにはちょっと小さいかもしれませんね。でも音はいいですよ」

 バスを待つ間、コージとみぎては興味津々でディレルのポータブル音楽プレーヤーを見せてもらう。名刺サイズの薄い板からイヤホンが延びていて、液晶画面がタッチパネルになっていて操作するものである。確かに音はいい。イヤホンから流れてくるアンビエント系ミュージックがとてもクリアーである。

「この選曲ってところがディレルだよな。アンビエント系…」
「あはは、まあやっぱり聞いてて落ち着きますし。毎日いろいろストレス多いじゃないですか」
「ディレルが言うとなんだか耳に痛い…」

 講座でいろいろ幹事役のようなことをさせられて苦労しているディレルである。「ストレスが」発言はなかなかコージ達にとって耳に痛い。たまにはおいしいものでもごちそうしないといけないような気がしてくる。(といってもたぶん大学前のラーメン屋さん程度が限界だが。)
 そうこうしているうちにようやくバスがやってきた。「国道三四号線・プレミアムショッピングゾーン経由バビロン外港行」という方向幕が掲げられた乗り合いバスである。早速三人はお金を払い、バスに乗り込む。

「やっぱり結構混んでるよな、コージ。帰宅時間なのかな」
「そりゃそうだろ?もう六時だし…」

 バスの乗客はコージ達のような学生もいるが、ほとんどは仕事帰りのおっさんかおばさんという感じである。心なしか背広を着たビジネスマンより、作業服の似合う工場の人が多いような気がする。

「外港行きの路線ですから、住宅地よりも工場とか倉庫地帯の方が多いはずですよ。本当に帰宅なのかなぁ」
「え?じゃあ今からこの人達、出勤なのか?」

 ディレルの意見にさすがにコージもみぎても首を傾げる。が、バスはバビロンの旧市街をすぐに抜けて、町工場のような建物が続く地帯へと入る。

「あ、ここで結構降りるんだ…『スター製菓前』?」
「食品メーカーの工場ですよ、ここって…」

 窓から見える三角屋根の工場は明々と明かりがついている。どうやら降りる人たちはこれから夜勤に入る労働者らしい。世の中には「交代勤務」というものもあるのである。

「この時刻からパンとかを焼いて、明け方に出荷するんでしょうねぇ…」
「大変だなぁ…」
「食い物って夜中に作るんだ…俺さま尊敬する!」

 食い物に関しては誰よりも関心があるみぎてである。真夜中にパンやお菓子が工場で作られているという事実を目の当たりにして、とても感動があるらしい。これなら一度この魔神をつれて、食品メーカーの工場見学をしてみてもおもしろいかもしれないが…今回は目的が違うので、このまま彼らはスルーである。
 バスはそのまま国道三四号線を走り、一路外港地区へと向かう。幸い道路の方は意外と空いている。考えてみればこの時刻になれば工場から帰宅する人が普通だろう。つまり反対側の車線が渋滞して、こちらはそれほど混まないのである。

「これなら意外と早くつきそうですね。」
「渋滞も大したことなさそうだしな」
「よかった!俺さまもうけっこう腹減っててさぁ…」

 さっきの食品工場のせいかは知らないが、一気にみぎては腹が減ってきたらしい。まあ時刻は既に六時半を回っているのだから、晩御飯を食べてしかるべき時刻である。現地に着いたらちょっと何か軽いものでも食べた方がいいかもしれない。
 そうこうしているうちに、バスの車窓からはきらびやかな青や黄色のライトに照らされた、四角い建物が見えてくる。高さの方はせいぜい四階建てだろうが、敷地の方はすごい広さである。なんだか自動車工場かなにかといった感じだが、それにしてはライトアップが派手すぎる気がする。

「…まもなく、『プレミアムショッピングゾーン前』…」
「あ、やっぱりあれですよ!大きいですねぇ…」
「ええっ!想像していたよりでかいぜっ!すげぇ」
「これじゃ今から二時間で見るの無理だ…」

 やはり雑誌で特集されるほどのショッピングモールは、コージ達の予想を遙かに上回るサイズだったのである。閉店までたったの二時間しかないこんな状況で、どれだけショップを見ることができるのか…三人とも見込みが完全に甘かったことを、車窓に映る巨大な建物を見ながら痛感したのは言うまでもない。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 バスを降りた三人は、改めてショッピングゾーンの建物を見上げて、そのでかさに驚嘆した。高さの方は四階立てで、それも三階と四階は全部駐車場らしい。しかし敷地面積の方は、これはもうバビロン大学が全部はいってしまうのではないかと思うほどの広さである。これだけ広いといったいどこが何の店で、どこにゆけばご飯が食べれるのかさっぱりわからない可能性が高い。というか、地図がないと絶対迷子になりそうである。

「みぎてくん、さっきの雑誌出してくださいよ。あれ見ないとどこに何の店があるかさっぱりですよ」
「あ、俺さまそれ思いつかなかった」

 せっかくのガイドブックである。こういうときに使わないと意味がない。ディレルに言われてみぎてはあわてて鞄の中からさっきの雑誌を取り出す。確かに最初のページに全体の地図がついている。

「ここTの字みたいになってるんですね。右側がシネコンとボーリング場、本屋さんとかですよ。左側がファッションタウンですね。」
「食い物は奥側だぜっ。スーパーが一階でレストランが二階…あ、でもフードコートは一階だ」
「ちょうどここはTの字の付け根だな。まあちょうどいいか…」

 どうやら彼らがいるところはちょうどモールの中央部、ここからならファッションタウンだろうがレストランだろうがどこでもゆけるというポジションである。ともかく時間もあまりないので、回れる限り回ってみるしかないだろう。ということで、早速コージ達は左側の建物、ファッションタウン側へゆこうとした。ところが…

「じゃあ早速ファッションタウン側を見て…みぎてくん?」
「えええっ!何かちょっと食べようぜ。俺さま腹減った…」
「やっぱりそれか…」

 バス待ちの段階で既に腹が減ったと言い出しているみぎてである。フードコートが目の前(正面奥である)にあるのにお預けというのは、たしかに魔神族でなくても拷問に等しい。ここはせめてハンバーガーの一つでも食べさせて、とりあえず空腹(魔神だけでなく、コージ達も確かに空腹である)をごまかすしかなさそうである。

 大急ぎで一階にあったハンバーガー屋(フードコートの隣である)に飛び込んで、コーヒーとハンバーガーを平らげた一同は、早速ショッピングゾーンの探検を開始した。といっても時刻は既に七時を回っている。閉店が九時とすると結構急いで回らないとまずいわけである。当然ながら一つ一つのショップを丹念に見るなど不可能だし、女性ものの服ばかりを扱っているショップなどは用がない。

「うーん、一階はだいたい女性向けって感じですね」
「ランジェリーショップじゃあ男子禁制もいいところだしなぁ…」

 ランジェリーのブランドショップ「トランプ」のショップの前で、コージは苦笑しながら言った。サーモンピンクを基調とした内装が、いかにも「ランジェリーショップです」という感じで、遠目で見てもなんだか近づきがたい雰囲気がある。ブラジャーとか、レースのガードルとか、なんだかもう勘弁してくれといわんばかりの品数が展示してある上に、意外と女性客はいっぱいである。

「女性ってランジェリーショップ好きなんですねぇ…」
「俺さまに聞かれてもわからねぇって。でも下着って結構こだわるやつはこだわるぜ、男でも…」
「勝負下着とかあるからなぁ…」

 確かに男子でも最近はいろいろな下着のブランドが人気で、やれ立体縫製だの、やれコミック系プリントだのと結構種類が多いのは事実である。とはいえそういうブランドもの下着は、買えばそれなりに高い…パンツ一枚で三〇〇〇円以上というのも普通である。コージやみぎてのような貧乏学生では、なかなかそんなところにお金をかけるわけにはいかない。せいぜい旅行の時用に一・二枚用意するのが関の山である。(みんなでお風呂とかいうときに、あんまり古い下着ではさすがに恥ずかしい。もっと重要なシーンだとなおさらである。そういうシチュエーションはそうそう無いのだが。)
 さて、結局一階には用がない三人は今度は二階にエスカレーターで上る。レディースオンリーだった一階とは違ってこちらは男性向けのファッションもたくさんある。早くも秋冬向けのアウターなどがずらりと並んで、まるでファッション雑誌が飛び出してきたような光景である。

「あ、あのショップは気になるなぁ。格好いいじゃないですか」
「サーフブランドの店だな。ディレルそういうの結構好きなんだ」
「まあね。あんまり学校には着てゆかないんですけどね」

 学校では結構トラッド風のジャケットとかが多いディレルであるが、実はサーフィン系のファッションも好きらしい。まあサーフィンは海洋種族のトリトン族に人気のあるスポーツなので、ディレルが好きでも全く違和感がないはずなのだが…いつもの優等生というイメージから考えるとちょっと意外感がある。

「あ、でも俺さまだめだ。ここの服すげぇスリム体型」
「っていうかみぎては太すぎ」
「でしょうねぇ…まあ僕も結構探すの大変ですよ」

 マネキンが着ている服を見て、みぎてはあきらめたように首を振る。がっちりレスラー体型のみぎてがこういうサーフブランドの服を着ることは、似合うかどうか以前に物理的に不可能である。というか、サーフィンをやっている人はスリムで筋肉質…今はやりの痩せマッチョになるものなので、みぎてとは正反対なのである。もっともディレルだってそれなりに身体はがっちりしているので(トリトン族は元々は海に住んでいるので結構筋肉がある)、超スリム型が似合うこういうブランドだとなかなか着れるアイテムを探すのは大変らしい。要するに着る人を選ぶブランドということなのだろう。

「みぎて、こっちは魔界らしいじゃん」
「えーっ!エスニック系…」
「まあそうなんだけどさぁ…うーん」

 コージが見つけたのは向かい側のエスニック系ファッションショップである。色とりどりの布とかビーズとか、果てはお香や真鍮製の器まで、ごちゃごちゃとレイアウトされている。たしかにコージやディレルのイメージにある「魔界のファッション」というのには結構近い…が、こんなのを着て街を歩くと、あまりに目立ってしまうような気がする。それに残念ながらエスニックファッションは男性より女性向けの方が圧倒的に多い。
 しかしさすがに雑誌で特集されるショッピングモールである。既に時刻は八時半だというのに、まだ半分も見ていない。これでも超絶駆け足である。

「やっぱり今度休みの日に来ましょうよ…ものすごく見逃しまくっている気がしますし」
「そうだなぁ。ほしいものだらけで困りそうな気もするけど…あっ!」
「コージ、何か見つけたのか?…あっ、ほんとだ」
「二階にもあったんですね…ブランドパンツの店」

 コージが指さす先にはさっき一階で見かけたブランド下着の、今度は男性版のショップが堂々開店していたのである。やはり今季の流行「格好いいパンツ」は絶対にはずしてはいけないマストアイテムなのかもしれない。

*     *     *

 結局三人は九時ぎりぎりまでショッピングゾーンを巡って、ウィンドウショッピングを楽しんだ。といっても実際にした買い物は、例の格好いいパンツの店「カーマ」で、試しに買ってみたブランド下着が一枚づつだけである。まあこういう買うのにちょっと勇気のいるアイテムは、一人でゆくより三人でワイワイ言いながら買う方がよいのかもしれないが…

「それにしてもあの店、みぎてくんサイズまでよくありましたね」
「俺さまも驚いたぜ。でも二人が買って俺さまだけ無しっていうの、ちょっと悔しいしさ。それでなくてもフードコート半分しまっててがっかりなのに」

 三人はようやくたどり着いたフードコートで、遅い晩ご飯である。といっても夜九時になってしまったので、フードコートも全店舗がやっているわけではなく、うどんとかカレーのような比較的簡単な料理の店しかやってない。これは飯を楽しみにしていたみぎてにとってはかなりがっかりなのだが、閉店時刻までショッピングを楽しんだのだから仕方のない話である。

「今度ディレルんちにお風呂にゆくとき、はいてゆくか」
「あ、それいいですね。せっかく買ったんですから」

 最初にも少しふれたが、ディレルの家はなんと銭湯である。「潮の湯」という昔ながらの下町銭湯で、ディレルも休みの日は交代で番台をするわけである。みんなで買ったおしゃれパンツ発表会には非常に都合がいい。もっともパンツ見せびらかしというのもなんだか変態な気もしないこともないのだが、一枚二千五百円となると、それくらいしないともったいない気がしてくる。
 さて、うどんなどをあっと言う間に平らげた三人であるが、時計を見ると既に九時半である。そろそろ今日はこの辺で引き上げ時かもしれない。ショップの方はまだ半分も見ていないのだが、閉まってしまったのではどうしようもないし、明日も学校はちゃんとある。
 ところがディレルが困ったことに気がついた。

「困りましたよコージ。帰りのバス、一〇時五〇分までないですよ」
「ええっ?それって最終バス…」
「九時一五分が出ちゃいましたから、あとは最終バスだけなんですよ」
「やられた…」

 どうやらちょっと街からはずれているということで、バスの本数も夜間には極端に減るようである。かといってとてもじゃないが歩いて帰れる距離ではない。これはとにかく時間をつぶして、最終バスに乗るしかないようである。というか時間をつぶすにはこのフードコートでコーヒーでも飲むか、それとも併設のアミューズメント施設か映画館にゆくしかないのである。うまくできているというか、見事な策略というか…完全にやられたとしか言いようがない。

「…アミューズメントコーナーゆくしかないじゃん」
「少しでもお金を落としていってくれっていうのが露骨ですよねぇ、このバスダイヤ…」

 ということで、三人はあきらめの表情を浮かべてフードコートを出ると、そのままショッピングゾーンの反対側…アミューズメントゾーンへと向かうしかなかったのである。

(3「話どんどん進んでますよ…」へつづく)

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