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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 4「あ、説明するの忘れておりましたわ」②

 さて、その週の土曜日午前中に、コージたちは早速初めてのボウリング練習会を開催することになった。場所は当然先日の「バビロン・スターレーン」である。今回はシュリ夫妻の相手をするということもあるし、それからマイボールをどうするか、という問題もあったからである。

「でもポリーニ、なんでおまえまで練習会にくるんだよ」
「そんなの当たり前でしょ?あたしだって『ショッピングゾーン』興味があるのは同じなんだから。ショッピングモールって女の子のためにあるっていうのは、社会常識じゃないの」
「…それって人間界じゃ社会常識なのか?コージ…」
「…うーん、ポリーニの説ではそうなる」

 前回都合が悪くてこれなかったポリーニだが、今回は無理矢理の参加である。練習の段階で発明品が出てきそうなので、コージとしては内心不安なところもあるのだが、かといって講座仲間を一人だけ仲間外れにすると言うのはさすがに気分が悪い。が、「ショッピングモールは女性のために存在する」というポリーニ仮説に関しては、あまり賛同する気はない。(もっとも先日の偵察結果では、一階だけは女性のために存在するのも事実であるが…)

「ポリーニ、さては…ボウリングが初めてのシュリさんが苦戦する様をみて楽しむつもりなんですね?人が悪いですよ…」
「そ、そんなことないわよ!あのシュリがボウリングがうまかろうが下手だろうが発明には関係ないじゃない!でもちょっと見ものじゃない?」
「やっぱり…」
「あんたたちみたいにあたしは偽善者じゃないわ。うまかったら素直にほめるわよ」

 ディレルの指摘に図星を指されたポリーニは一瞬焦るが、あっさり開き直りを見せる。まあ実際ポリーニは相手をほめるときには(下心がある場合もあるが)、きっちりとほめちぎるし、謝るときは本気で謝る。竹を割ったようないい性格なのである。だからコージたちもなんだかんだ言っても彼女のことをいい仲間と思っているのだが…
 四人は朝のバスターミナルから再びバビロン外港行きバスに乗って、「ショッピングゾーン」へと向かった。前回と違って今日は休日なので、通勤客もぐっと少ない。が、代わりに午前中からショッピングを楽しもうという家族連れやアベックでバスは結構混んでいる。

「やっぱり休日だと『ショッピングゾーン』は人気なんですね」
「そりゃ、俺さまだってあそこなら一日遊んで食って幸せになれそうだしさ。お金があればだけどさ…」
「そう、お金があれば」

 家族向けの店が多いと言っても、やっぱり一日買い物をして飯を食えば、結構金がかかるのは間違いない。貧乏学生のコージとみぎてにとっては、なかなかつらいところである。
 そうこうしているうちに、一行の乗ったバスは「バビロン・ショッピングゾーン前」に到着する。この間は夜に来たもので、きらきらした照明がいっぱいというイメージだけだったが、今日は朝なので四角い建物の全景がよくわかる。

「この間来たときより大きく見えますね…」
「夜だと全体はよく見えなかったものな。やっぱりでかいや…」
「でも、駐車場への車の列、すごいですねぇ…」

 休日の午前中だというのに、ショッピングゾーン専用駐車場への進入口は、郊外からやってきた車で大行列ができている。バス停は駐車場入り口とは別のルートなので無事にたどり着くことができたが、車だと駐車場に入るだけで一時間くらい待たされそうな気がする。

「シュリさんたちちゃんと来てますかねぇ…車だとやばいですよ」
「遅刻したらおごってもらえばいいじゃない。ボウリング練習につきあってあげるんだから」
「って、僕たちも奥さんに習うんですけどね…」
「ともかく待ち合わせ場所に行ってみよう。レーンの予約とかも要るかもしれないし…」

 これだけお客がうじゃうじゃ来るようなところである。いくら午前中だからといって、ボウリング場だって結構混んでいるかもしれない。となると少しでも早めに行って、時間のロスを少なくした方がいいだろう。
 ということで、コージたちはアミューズメントゾーン「スターレーン」へと直行することにしたのである。が…

*     *     *

「やあ、みなさんお待たせしました。渋滞がひどくて参りました」
「ほんとにごめんなさいね。駐車場待ちですごいことになってたのよ」

 シュリ夫妻がレーンに到着したのは、コージたちがボウリング場についてから、なんと三〇分後であった。コージが不安に思ったとおり、あの地獄の駐車場待ちにしっかりと引っかかっていたのである。どうやら今回は車で来たらしい。といっても今までコージは、シュリが車で大学に来たのを一度も見たことがない。

「シュリ、車持ってたの?」
「妻が運転するんですよ。私は目が悪いので無理です」
「…でも今日はどう考えても絶対渋滞すると思いますよ。お買い物日和じゃないですか。」

 今日みたいなよく晴れた暑くも寒くもない日は、言ってしまえば最高の行楽日和、お買い物日和である。どう考えてもここみたいな「一日遊べるショッピングモール」が大人気の大渋滞になることくらい容易に想像がつく。そこであえて車で来るというのは、明らかに自爆としか言いようがない。
 ところがシュリは首を横に振った。

「いや、妻の荷物が多いんです。ボウリングですから」
「え?」
「あ…すごいカート…」

 見るとエラ夫人の横には、まるでゴルフバッグかなにかのような大きさのカートが、デンと鎮座している。車輪がついているのでがらがらと引っ張れば、移動にはさほど苦労はしないだろうが、自宅からこれを持ってくるとなるとさすがに車なしでは不可能である。

「それって…ボウリングの用意ですよね…」
「ボールが四つ入るバッグなのよ。あとシューズと、メンテナンス関係のいろいろが全部収まるので、いつもこれを使ってるのよ」
「ボール…四つ?」
「さすがはプロ…」

 一つ七キロはあるボウリングの球を四つとなると、それだけで二八キロである。さらに靴やらなにやらを全部集めると、確かにカートがなければ持ち運びなど不可能だろう。これはいくら渋滞があるといっても、車でなければ話にならないのも当然である。

絵 武器鍛冶帽子

 さて、コージたちは早速フロントで申し込みをする。幸いまだ午前中ということで、待ち時間なしでOKである。といっても人数は六人なので、二レーンは必要になる。

「とりあえず今回はハウスボールで、基本の基本について説明しますわ。まずはシューズを借りて来てね」
「えっと、確か俺さま…ここにもサイズないんだよな」
「三三センチじゃなぁ…フロントに出してもらうしか」

 前回のボウリング(大回転事件)のときも同様だったのだが、みぎてのような魔神サイズのボウリングシューズというのは、ボウリング場の無人シューズ貸しコーナーでは置いていない。フロントに言えば出してくれるので問題はないのだが、何となく気恥ずかしいものである。いや、さらに問題はボールの方である。

「ちゃんと俺さまの指はいるボールあるかなぁ…」
「前回も結構苦労したよな…これなんかでかいけど」
「うーん、ぜんぜんだめ」

 みぎての手を見るごとにコージはいつも思うのだが、やっぱり体のでかさに応じて手のひらも指もでかい。さらに魔神族らしく爪が太くて大きいので、ボウリング球の穴のサイズがとても難しいのである。

「みぎてくんの場合、優先的にマイボールとシューズ買った方がよろしいですわ…特にマイボール」
「まあ今回はそのつもりなんだけど…すぐにはできねぇだろ?」
「超特急でも一時間以上はかかりそうだな」

 今日のように結構混んでいる状況では、さすがに一時間ぼーっとしているというわけにはいかない。今回はなんとかハウスボールでごまかすしかないだろう。
 というわけで、それこそボウリング場中のボールを探し回って、なんとか見つけた球は当然のことながら一番重い一六ポンドである。といっても魔神の腕力であるから、この程度の重さなど大したことはない。問題はスムーズに指が抜けるかのほうだが、これはもうやってみるしかない。

「まずボウリングの基本は、こんな感じですわ。振り子の原理で投げればいいの。あ、みぎてくん、それじゃだめですわ」
「え?そうなのか?」
「もっと力抜いて。重さでスウィングするんですわよ…だめだめ」
「うーん、なんかすげぇ難しい…」

 コージたちの腕力だと、「ボールの重さで振り子のように振る」というのはさほど難しい話ではない…というか、ボウリングの球は六、七キロはあるので、いやでもそうなってしまう。ところがみぎての場合人間とは比較にならないくらいのすごい腕力なので、「ボールの重さで振る」といわれても、ピンポン球かせいぜい野球のボールを振るようなものらしい。ついつい振り子じゃなくて腕力で振り回すような状態になってしまう。当然よほど正確な体の動きができない限り、振り方が毎回変わってしまってうまく狙ったところに転がせないことになるらしい。
 助走の方も、これはこれで結構難しい。

「助走の仕方はこれが基本スタイル。一、二、三、四歩目で投げる!はい、みんなもやって」
「いち、にっ…」
「あなたっ!それだめっ!ボールを前に突き出すのが遅れてるのよ」
「あ、そうか、こんな感じですか?」
「そうそう、それをスムーズに。はいっ、一、二っ…」

 エラ夫人は旦那のシュリだろうが、みぎてやコージだろうが全く関係なくびしびしと指導する。「四歩助走」というのはボウリングでは基本的な助走らしいのだが、やってみるとなかなか難しい。腕の動作と足の動作がついついバラバラになってしまうのである。

「なんだかダンスのステップみたいだよな」
「あたしももう汗びっしょりよ…シュリを笑うどころじゃないわ」

 運動音痴の青びょうたんであるシュリの苦戦するさまをちょっと楽しみにしていたらしいポリーニだったが、この状況ではみんな似たようなものである。重たいボールを手に持って、助走とスウィングの練習であるから、きつくない方がおかしい。ボウリングがれっきとしたスポーツで、コージたちがいかに今まで運動不足だったかというのが、猛烈に体感できる。体力自慢のみぎてだって、わき見もしないで一生懸命である。
 たった十分の基本練習でコージたちは結構へとへとである。

「はい、じゃあそろそろ実際のレーンで投げてみましょう…ってその前にちょっと休憩したほうがいいですわね…」
「す、すまん…ちょっと、息がきれて…」

 息も絶え絶えになって、シュリはベンチに座り込む。シュリだけではない、コージやディレルだって程度の差はあれ似たようなものである。唯一まだ楽勝そうなのはみぎて一人だが、魔神族がこれくらいでへばってはさすがに格好悪い。
 とはいえあんまり休憩していても時間がもったいないし、せっかくの練習したことを忘れてしまいそうな気もする。それにレーン二つで人数は六人なので、一ゲームあたりの時間はけっこうかかる。元気な人から順番に投げはじめたほうがいいだろう。
 当然ながら一番元気なのはみぎてなので、彼から投球開始である。

「まずはあんまりコースを気にせず、まっすぐ投げてみて。」
「よーっし!」

 みぎてはわくわくしながらといった感じでアプローチに立つ。ボールを手に構えている格好は、さすがに今しがた習ったばかりということで、結構キマっている。ただ、体が人間より一回り大きいので、ボールが相対的に小さく見えるのはしかたない話だろう。
 みぎては習ったとおりに第一歩を踏み出すと同時に、ボールを前に突き出し、そのまま真下に振り降ろす。そしてそのまま前進して勢いよくボールを投げた…ところが…

「ぎゃあああっ!」
「えっ?」
「みぎてどうした?」
「今、ビリッときたっ!」

 みぎては投球した瞬間、まるで感電したように飛び上がって悲鳴を上げた。ボールの方はみぎての悲鳴などお構いなしに、結構すごいスピードでまっすぐレーンを転がってゆき、激しい物音ともにピンを何本か倒す。が、聞きなれない「ビーッ」というブザーの音が鳴り響く。
 と、エラ夫人は笑いながらとんでもないことを平然と言ったのである。

「あ、説明するの忘れておりましたわ。今日は夫に頼んで『ファウル防止用お仕置きショック装置』が仕掛けてありますのよ」
「『ファウル防止用お仕置きショック装置』?」
「ボールを投げるときにレーンに足がはみ出ちゃだめ。ファウルだからその投球は0本ってことになっちゃいますわ」
「それはいいけど、『お仕置き』って…」
「特訓のために開発してもらいましたのよ。電気ショックでビリッときますわ。こう言うのは体で覚えるのが一番ですし…」
「それ結構危ないですって…」

 平然と夫の発明品を紹介するエラ夫人に、コージもディレルも呆然状態である。恒例の発明コーナーなのだが、今回はシュリ自身が苦手ジャンルであるスポーツで、さらに特訓でへとへとになっているということで、こんなところで飛び出してくるとは誰も予想していなかったのである。いや、それはともかく実用上は危ない(投球時にビリッと来て、玉を落としたり転んだりしかねない)発明品のような気もする。
 もっともただ一人ポリーニだけは、くやしそうにライバルの発明品をにらみつけてこんなことを言ったのである。

「今日は発明品が出ないとおもったら、こんなところでこっそりちゃんとあるじゃないの!やるわねっ!」
「…そういう問題じゃないって…」

 全く無駄だとわかっていながらも、コージはポリーニの間違った感想につっこみを入れるしかなかったのである。

(5「…どうやってこれ倒すんだよ」①へつづく)

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