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炎の魔神みぎてくんキットバッシュ 4.「ツブヤキッターで話題になってると報告が」

4.「ツブヤキッターで話題になってると報告が」

「コージ、みぎてくん、どうですか?ネタとか思い付きそうですか?」

 翌朝、講座に登校したコージたちは、ディレルの半分困ったような複雑な表情に出迎えられた。一目で昨夜のポリーニのヒートアップで頭がいたかったというのがわかる表情である。

「うーん、昨日は俺さま寝ちまった。けっこう遅くまでファミレスにいたし」
「みきては太平楽だな。といっても俺も疲れてたから…」

 実はコージたちは昨日の予想外の展開で、けっこう疲れてしまったということもあって、あのあと特になにも考えず寝てしまったのである。
 ディレルは苦笑していう。

「まあわかりますよ。僕はちょっとは考えたんですけどね…」
「お?出品する作品とか考えたんだ!すげぇな!」
「みぎてくんお気楽すぎ。違いますよ…」
「…だろうな…ポリーニ対策」

 ディレルにしてみれば、いくら初心者部門とかでも入賞するとかそんなことは今回の問題ではない。コンテストは参加することに意義があるのだし、入賞するとかしないとかはまあ楽しみの一つでしかない。趣味なんてそういうものである。
 むしろ問題はポリーニのヒートアップである。彼女が発明品を振り回して、なにかヤバいものを仕込んだ作品などをだそうものなら、コンテストが台無しになってしまう可能性がある。作品が発火したとかするだけでも十分危険である。

「うーん、いつもの事とはいえ、打つ手が浮かばないんだよなぁ」
「発明品なしで勝負っていうのが一番良いんですけど、彼女にそれ言うの無理ですよねぇ…」

 困り顔のディレルにコージは聞いた。

「ディレル、ああいうコンテストって改造ありなのか?」
「あ、普通ありなんです。コンバージョンとかキットバッシュって言うんですけど、他のフィギュアの部品とかを使って改造するのは普通だし、ジオラマとかは発泡スチロールとかで作るものなんですよ」
「ジオラマはたしかにそうだよなあ…」

 ディレルはコンテスト募集のチラシをポケットから取り出してしげしげと眺める。そこには当然コンテストの参加条件が書いてある。

「…元となったフィギュアがわかる程度であれば改造可。ジオラマはサイズ制限内であれば可…ですね」
「ってことは、内蔵式ビームとかはいけるってことか…」

 完全に殺人兵器をポリーニが仕込むと確信しているようなコージの発言である。まあ実際にはそこまでとんでもないことはないとわかってはいるのだが、今までさんざん失敗作でひどい目に遭ってきた三人にとっては、とても説得力のある仮説である。

「事前チェックとかダメかな?」
「うーん、今までそんなのできた例、ねえよ」
「ですよねぇ…」

 作品の安全性を事前にコージたちが確認できれば良いのだが、ポリーニがそんなことを認めるわけはない。よしんば事前に見ることができたとしても、彼女の事なので絶対隠し機能とかがあるのは間違いないだろう。
 結局のところコージたちには彼女の発明品を止める方法はないということなのである。

「こうなったら被害を最小限にとどめるしかないですよ…」

 ディレルはため息混じりにそう言った。いくらポリーニの発明品が仕込まれたヤバいフィギュアだとしても、暴走するチャンスがなければ面白ギミックにすぎない。そして大抵は彼女が暴走する要因は…隣の講座である。

「わかってるって。黙ってればいいんだよな」
「みぎて頼むぞ」
「箝口令ですからね、箝口令…」

 魔神が箝口令という単語の意味がわかっているのかは別にして、ともかくこの件を隣の講座には知られてはいけないのであるが…
 すでに手遅れだったのである。

「おや、何があったんですか?皆さん」

 コージたちが腹をくくろうとしたその時、研究室のドアを開けて、すっとぼけた声が入ってくる。モシャモシャの髪の毛と、痩せた頬に無精髭という典型的マッドサイエンティスト姿…ヤツである。

「うわっ!へ、変人発明家!」
「シュリ先生、い、いきなり…ビックリしたじゃないですか」

 たった今、シュリの事を念頭に置いて箝口令を敷こうとしていたのである。魔神だろうが誰だろうがしどろもどろになってこの変人を出迎えることになる。

「何慌ててるんですか?まさかこの私の偉大な発明品の噂をしていたとか?」
「…まあ、そんなとこ…」

 最初にショック状態から回復したのはコージである。ここはなんとかごまかして、例の件…フィギュアペイントコンテストのことを悟られないようにしなければならない。さもなければ… 
 もはやヤバすぎる事態になってしまう。

*     *     *

 この大学にはみぎてやポリーニのようなぶっ飛び学生はそこそこいる。コージの知る限りでは他にも毎朝高級外車で乗り付ける貴婦人学生とか、全員がバビロンで大人気のロックバンドの学生とか、果てはやたら精霊に好かれるせいで周りで怪現象が起きまくるやつとか、名物学生には事欠かない。まあバビロンという街が種族のるつぼなので、いろんなとんでもキャラを受け入れる土壌があるのだろうが、それにしてもバビロン大学は格別である。
 学生のほうがぶっ飛んでいるのだから、当然教員がおとなしいわけはない。コージたちの講座の教授であるセルティ先生は年齢詐称系エルフ美女で、学生たちを振り回すバイタリティーの持ち主だし、他の講座の先生方も程度の差はあれ個性豊かである(見方によれば子供っぽい気もするが…)。
 そんな中でもお隣の講座のシュリ先生は、今年准教授になったのだが、コージたちにとっては別格である。何がヤバいかといって、なんとポリーニ以上に危険な発明家だったからである。
 ポリーニの発明がどちらかと言えば家庭用品や衣類に片寄っているのにたいし、シュリの発明はメカ物…ロボとか、カラオケ超音波兵器とかそういうやつが主である。まあ男の子の憧れをそのまま具現化する発明品と言えばそうなのだが、当然ヤバさも派手になる。全身打ち上げ花火装備の巨大張りぼてロボなど、町中をパレードしたら大変危険なのは当たり前だろう。
 何より困るのは、ポリーニと同じくシュリも、やたらコージたちを実験台にしたがるのである。講座が違うのだから、自分の講座の学生だけにしてほしい気もするのだが…

 そしてこのシュリとポリーニが二人登場すると、最悪の事態が訪れる。お互いライバル意識をむき出しにして、発明品競争が際限なくエスカレートしてしまうのである。そういう理由でコージたちは、今回の企画はシュリに黙っていようとたった今決心したところだったのだが…いきなりそんな考えは無駄だったことが明らかになる。

「あ、ところで聞きましたよ。なんでもプラモデルのコンテストに出るとか…ポリーニくんも考えましたね」
「げげっ!もう聞いてる!」
「…全く手遅れでしたね…」

 いきなり核心を突かれてコージたちは悶絶である。どういうルートで聞き付けたのか、シュリはペイントコンテストのことをもう知っていたのである。

「プラモデルコンテストに発明品を仕込めば、いろいろ見てもらいやすいじゃないですか!素晴らしいアイデアです。さすがポリーニ君は私のライバルを自認しているだけのことはありますね!」
「…もうだめっぽいぜ、コージ…」
「これは私も対抗上参加しないわけにはいかないですね。やはりこういうことは、ライバルがいて盛り上がるものですから!」
「終わったな…」

 真っ正面からコージたちの計画が粉砕されてしまうと、もはや三人とも真っ白になるしかない。しかし今回の話をシュリはどこで気がついたのだろう。ディレルはおずおずと聞いてみた。

「で、シュリ先生はどこでこの話を?」
「あ、うちの講座にもペインターの子がいますからね。そこの食欲魔神くんがお店に行った翌日には…」
「狭いペイント界だから知れわたっているってことか…」
「…ツブヤキッターで話題になってると報告がありましたよ」
「…マジ?」

 魔神が町の有名人で、どうしようもなく目立つのは明らかな事実である…が、ちょっとミニチュアフィギュアに興味を持っただけでネットに拡散されるというのもかなりきつい話である。ツブヤキッターは全世界に拡散されるSNSだから、みぎての失敗談はその日のうちに全世界に広まっているということなのである(それがどれくらい人の興味を引くかは別であるが)。
 魔神がネットでも知られているというのはまあ今さらという気もするので仕方ないとして、問題は目の前のシュリである。発明ライバルのポリーニが出るという時点で、絶対引っ込む気はないだろうし、ましてやネットでも話題だとか(イベントではなくみぎてが、だが)いう話が出てくると、もうどうにもならない。
 ところが今回はシュリは首を横に降る。

「いや、まあ今回は私は直接は出れないです。フィギュアのペイントはやったことないですから。」
「あ、意外…」
「俺さま、すごく救われたって気がする」

 意外な発言に奇跡が起きたような気がしてしまうみぎてとコージである。この手のどたばたにシュリが出てこないということ自体が、もはや神の奇跡というか、うどんげの花というか、ともかくそのレベルでのレアなことといってもいい。これで悩みの種はポリーニ一人に絞ることができる。
 ところがディレルはそこまで楽観していない。一連の会話を思い返して、ある事実に気がついていたのである。

「でも、さっき『私も対抗上参加しないわけにはいかない』って言ってたですよね…」
「あ、もちろんです。ペイントの方には参加できませんが、ちゃんと発明品は出しますよ。皆さんの期待には答えないと…」
「えええっ!?俺さまちょっと安心してたのに!」
「やっぱり甘かったのか…」

 誰が期待しているのかさっぱりわからないのだが、やはりシュリはこのコンテストをみすみす見逃すつもりはないということである。
 一瞬平和を期待しただけに、ショック倍増のコージたちは、にこにこ笑って去ってゆくシュリの姿を、暗転した気分で見送ったのはいうまでもない。

*     *     *

 ポリーニだけでなく、シュリまで参加することが確定してしまったということで、もはやコージたちはこの大会がまともな普通のフィギュアペイント大会にはなりえないことを覚悟せざるを得ない。かといってまさか今更バックレる(コージの高校のころよく言った不良風表現、つまり逃げ出す)わけにはいかないだろう。コージはともかくみぎてのほうは、誰がつぶやいたのかわからないものの「ツブヤキッター」でペイントコンテストに出るということが全世界に広まっているのである。これは逃げたくても逃げられない。

「ディレル、すごく気になるんだけどさ…あの店、そんなにミニチュアフィギュア界で有名なの?」
「うーん、どうなんでしょうね…模型屋さんって昔からあるんだし、ランブルフェスティバルにお店を出しているような、大手って話もないですけど…」

 ランブルフェスティバルというのは、コージはうわさでしか聞いたことがないのだが、模型とかガレージキットとかの祭典で、バビロンを含むこの中部世界のモデラーとかが自分で型から作ったオリジナルプラモデルを即売するイベントらしい。大手メーカーは市販品の先行販売とかをするし、個人でもオリジナルのレジンキットなどを売りに出すこともできるそうだ。当然アダルト向けフィギュアとか、市場ではとても売れそうにないマイナーなキャラのフィギュアとかそういうのもある。といってもコージは一度もいったことがないので、実際のことはよくわからない。
 それにどうもあのお店は、フィギュアショップというとちょっと違うような気がする。普通のフィギュアショップや模型屋さんは、ロボットや美少女のフィギュアはあるのだが、あんな小さなやつではない。だいたい美少女フィギュアは大きいもので二〇センチ、小さいものでも一〇センチくらいである。スケールでいうと八分の一から一六分の一というところだろう。メカものとか戦艦とか、鉄道の模型となると百分の一とか百四十四分の一とか、そういうことになるはずだが、それは近いとはいえジャンルが違う。
 ところがホビーショップ・工業惑星においてあるプラモは、美少女フィギュアよりはずっと小さい。せいぜい人間キャラで二五mm程度である。ざっくり考えて七十二分の一という感じだろう。メカものと美少女フィギュアの中間といったところだろうか。どうもこうしてみると、あそこは一般的な模型屋さんではない可能性が高い。

「うーん、ということは、あのお店はフィギュアやプラモ業界で有名というより、ミニチュアフィギュアゲームで有名な店ってことかもしれない」
「あー、そうかもしれませんね。どっちかといえばボードゲームの店って感じですし…」

 コージの意見にディレルは納得顔である。が、魔神のほうはちょっと首をかしげている。

「でもさ、俺さまがあの店に顔を出したってことがネットで広がっているってどういうことなんだ?」
「そうなんですよね…さすがに気になりますよね」

 ディレルはそういうと、ポケットからスマートホンを取り出す。どうやら「魔神がネットで噂になっている」件の真相というか実態を確認しようということらしい。

「…うーん、これがもとのつぶやきですね…あ、ほんとだ」
「え?どんなの?」

 ディレルはすぐにツブヤキッターで魔神の話題を見つける。

「あ、この人知ってる。ちょっと有名なペインターさんですね、先日雑誌のコンテストで入賞していますよ。…こっちは店の常連さんだ。この人もすごいです」
「ディレルその辺の人知ってるのか?」
「あ、うん…ツブヤキッターでは相互フォローしているし…お店でもあったことありますよ」
「…ってことはやっぱりその辺の有名人が集まる店なのか」

絵 武器鍛冶帽子

 コージも念のためスマートホンでツブヤキッターの動向を見てみる。たしかにディレルの言う「有名ペインターさん」とかが魔神がお店に来たとか、結構器用だったとか、そういう話をしているのは間違いないのだが…

「…ミニチュアフィギュアゲームって、結構狭いジャンルかも…」
「えっ?あ、そうかも…」

 どうもタイムラインで出現する有名どころのペインターさんたちが、結構あの店で集まっていて、魔神の動向をよく知っているということ自体、実はあの界隈が狭いということを暗示している。ビデオゲームのコミュニティーとか、ボードゲームやプラモデル界隈全体から見ると相当狭い。もちろんゲームをやっている人がみんなツブヤキッターでつぶやきまくっているというわけではないだろうが、少なくとも雑誌コンテストで入賞するレベルの人が、すごく身近であるというのは間違いなさそうである。

「じゃあ今回のコンテストって、そういう人も出てくるってことか?」
「そういうことになりますね、予想外にハイレベルかも…」
「それってやばいんじゃ…」

 魔神の困惑した発言にコージもディレルも顔を引きつらせる。プロ級のペインターも参加するコンテスト(いくら初心者部門といっても)だということも大きな問題だが(ハードルが高いということである)、何より問題なのは…
 そんな本格的なコンテストに、発明女王と変人発明家がやばい発明品を引っ提げて参加することなのである。

「…俺さまほんとに不安になってきた。ネットでつるし上げ喰らいそう…」
「まあさすがにつるし上げられるのはみぎてくんじゃないと思いますが…」

 ディレルの慰めるようなセリフを聞いても、魔神は全く安心できないというように頭を抱えてしまったのは言うまでもない。

(5.「みなさん一応…コンバージョンの範囲で」へつづく)

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