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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 2.「面白いアイデアを考えたのよ」

2.「面白いアイデアを考えたのよ」

 登場したときにも説明したが、ポリーニとの付き合いはみぎてで六年以上、コージにいたっては既に十数年もの付き合いになる。大きな銀縁の丸いめがねと、それから左右に編んだ三つ網、ちょっとそばかすという外見は、よくある典型的な眼鏡っ娘のアーキタイプにばっちりと当てはまる。といっても別にそれが悪いというわけではない…実際理系であるバビロン大学という場所を割り引いても外見的には悪くないほうである(すくなくともコージはそう思う)。それに彼女は責任感も強いし行動力もある。コージにとって長年の付き合いという点を無視しても、とてもいい友人といってもいいのである。ただひとつの厄介な問題…発明…を除けばだが。
 実は彼女の最大の趣味は「発明」なのである。魔法工学部の院生ということで習得したさまざまな魔法技術を応用して、いろんな発明をするのである。いや、これを趣味といっては問題だろう。なにせ彼女の研究テーマは「魔法技術を応用したさまざまな製品の開発」、つまり発明なのだから何の問題もない。

 それにもかかわらずコージ達が彼女の発明に頭を抱える理由は単純である。彼女は毎日のようにコージたちを捕まえて、未完成の試作品の実験台にするのである。「かならずフックボールになるはずのボウリング手袋」(ボールではなく投球者が回転してしまう)とか、「省エネルギーな鬼火照明」(鬼火を集めて発光させるので、かなり不気味)など、役に立つのかたたないのかまったくわからない変な発明試作品を振り回して、コージたちに使わせるのである。いや、役に立たないならまだよいほうで、失敗作でトラブル多発というのが日常茶飯事である。「結婚式用自動おめしかえマシン」は服の補給がうまくいかずすっぽんぽんの裸に剥かれる人がでたり、「非常災害用箱舟」は勝手に空を飛んだりと、とんでもない騒ぎは毎度恒例である。もちろん彼女に言わせれば「発明には失敗がつきものよ」なのだろうが、実験台にされるほうとしてはたまったものではない。そんなにいやなら断ればいいというかもしれないが…魔法工学部という「女性のめったにいない」大学では、女性の要求は常に正義なのである。たとえ理不尽だろうがなんだろうが我慢するのが、社会人としてのルールなのである。
 特に実験台として狙われやすいのはみぎてである。とにかくこの魔神は女性にとても甘い(コージの見る限り、どうも魔神族はみぎてに限らずみんな女性に甘いような気もする)ので、ポリーニに頼まれるといやといえないのである。まあ実際のところ「なによ!魔神のくせにおびえないでよ!」などといわれてしまうと、さすがに断れるものではない。今まで何度となく発明品大失敗でひどい目にあった(おめしかえマシンやボウリング手袋の犠牲者はみぎてである)にもかかわらず、いまだにこの問題を回避する方法が見つからないのは、この「魔神族はフェミニスト」ということが最大の理由だというのは明白である。
 いずれにせよみぎてにとっては、このポリーニの発明品というのは、人間界最大の災厄…回避手段がないからまさに最悪の災いなのである。もちろん魔神族でないコージやディレルだって、実験台にされることは(頻度の差はあれど)同様なので、災害だという認識は完全に一致しているのは言うまでもない。

*     *     *

「ふっふっふ…ジャーン!」

 コージたちの恐怖に満ちた顔などお構いなく、ポリーニはそばにあった紙袋を机の上に置く。やっぱり今朝彼女が家から持ってきた紙袋である。

「…なんだよこれ…」
「なんだよって、当然発明品よ。今回はファッショナブルよ!」
「…ファッショナブルな、発明品…」

 「ファッショナブル」という単語と「発明品」という単語がコージやディレルの脳内では完全に遊離して、ふわふわと空中を漂っているような感じである。というか正直ポリーニのファッショナブルは、絶対「さくらんぼの柄がいっぱい」とか「無駄にフリルがついている」とか、そういうデザインを意味しているし、「発明品」というだけでそれ以前にやばすぎる。その二つが融合した目の前の紙袋(の中身)は、開封しただけでコージたちの心臓が止まるんじゃないかというくらい危険な物体に間違いない。
 しかしコージたちのそんな恐怖をまったく無視して、ポリーニはバリバリと紙袋をやぶいて開封し始めた(紙袋を破いてということは、まったく持って帰る気はないという意思表示である)。中からは赤や黄色のカラフルな布製品が現れる。シャツやらパンツやら靴下やら、まるでバーゲンセールで買ってきた衣料品といった感じである。

「男の子向けということは、わしは当然除外じゃな」
「…だといいですけどねぇ…」
「…俺さま除外してほしい…」
「…それだけはありえない」

 助教授のロスマルク先生は登場する「若い男の子向け衣料品」らしい服を見て、祈るようにつぶやくが、隣のディレルは「そんなこと絶対ありえない」という表情である。ちなみにみぎては心から「除外」してほしいと思っているのだが、天地がひっくり返ってもそれだけはなさそうである。
 しかし今回のポリーニの発明品は意外と格好いい感じである。これで変な機能がついていないのならば、ちょっとほしいかなとおもうようなデザインばかりなのである。バックプリントででっかい宝箱の描いてあるシャツとか、ジーンズに大きくて結構リアルなカニとか海蛇とかが刺繍してあるものなどは、明らかにイケているといってもいい。伊達に「バビロン・ストリート通信」を買って研究したわけではなさそうである。

「…あれ、ずいぶんいけてるじゃん」
「ですねぇ…ポリーニのいつものデザインからは考えられないほどイケてますよ」
「俺さまもこれだったら結構好きだぜ」
「あんた達失礼ねぇ~、でも今回はちょっとがんばったのよ」

 そういって彼女はうれしそうに笑う。実際やはりああいった男性向けファッション雑誌を買ってまで研究するというところを見ても、今回はデザインに相当力を入れたのであろう。狙い通りの反応が得られたことで、満面の笑み状態である。まあもっともコージたちの心配は「これが発明品で、絶対変な機能がついている」ということなのだが…
 さて、ポリーニは上機嫌のまま、発明品の山からひとつの袋を選ぶ。そこにはくすんだ青紫色の布が入っている。

「じゃ、みぎてくん、これ着て」
「…いきなり俺さまかよ!」
「やっぱり恒例の実験台ですね…」

 まあ当然なのだが、やっぱりここで発明品の実験大会である。うっかりコージたちがデザインをほめたものだから彼女はもう乗り乗りである。当然これでは断れるはずもない。

「…これって、なんだろコージ…」
「うーん、えらく伸びそうな生地だよな…」
「もう~、今話していたばかりじゃないの。レギンスよレギンス。これくらい伸びる生地ならみぎてくんだってはけるでしょ?」

 なんとなく予想はついていた話だが、やっぱりこれはついさっき話題になっていた「男性用レギンス」のようである。広げてみるとよく青紫色の伸びる生地に、黒のラインの入った結構スポーティーなデザインである。

「スポーツ用のロングスパッツみたいですねぇ」
「スパッツとは違うわよ。もっと暖かい生地でできてるわ。このまま街を歩くんだから」
「雑誌を見ると確かにそうだよなぁ…」

 雑誌の着こなしを見る限り、どうやら男性用レギンスはその上からハーフパンツのようなものをはいて、レイヤー状態にするのが定番らしい。なんだかそれならレギンスではなく、長いソックスでもいいような気もするのだが…

「とにかくみぎてくん、ちょっと着てみてよ」
「あ、えっと…ポリーニ、これって普通のスパッツなのか?」
「…ふふふ」
「…まあポリーニの発明品ですから、普通のわけはないですよねぇ…」

 明らかに怪しいポリーニの笑みである。着用してとんでもない(ポリーニの考えでは役に立つ…例:ダイエット)効果が出る服なのだから、見方を変えればのろわれた装備とまったく変わりがない気がするのだが、もうここまで来てしまうとあきらめるしかない。

「じゃあちょっと俺さま…着替えてくるけど…」

 みぎてのどこか頼りない声は、「万一何かあったら助けに来てくれよな」という意味も含んでいる。というわけで魔神はポリーニ新開発の「男性用レギンス」を着用するために、隣の小部屋(顕微鏡写真を現像する暗室である)に向かった。
 さて、コージたちはみぎての帰りを待ちながら、しばらくお茶を飲んで雑談を続けていた。が、十分ほどしても一向に戻る様子もない。別にレギンスをはくだけのことなのだから、いくら今着ている服を多少脱ぐ必要があってもそんなに時間がかかるわけはない。

「みぎてくん遅いですねぇ…」
「サイズが小さすぎて、みぎてはけなくて困ってるんじゃ…」
「そんなはずないわよ。あたしの採寸は完璧だわ。あんたたちのスリーサイズだって完全にあたしのデータベースに入ってるわよ」
「…それって一応、個人情報ですよねぇ…」

 実はポリーニは彼女の発明品試作のために、講座の男性陣(みぎてだけでなくコージやディレルまで)のスリーサイズやら何やらを何度も測定しているのである。「今月あんた太ったでしょ」とかそんなところまで完璧なリサーチをしているのだから、こういうときに寸法ミスなどするはずがない。もっともいくら男だといってもスリーサイズは一応個人情報なのではないかという気もするので、あまり勝手に使われるというのはどうかと思うのだが、こういうことに対する配慮を彼女に求めても無駄である。
 しかしいつまでたっても戻ってこないみぎてに、さすがにコージは心配になってきた。あの魔神はたいていのことでは怪我をしたりぶっ倒れてしまうということはないはずなのだが、ほかの面で身動きが取れないトラブルに見舞われるということは十分にありえる。たとえばスパッツがきつすぎて歩こうとすると破けそうだ、とか…そのへんだろう。とにかく一度様子を見に行ったほうがよさそうである。
 ということで、コージは席を立って暗室に向かった。

「みぎて、大丈夫か?」
「…あ、コージ、助かった…ちょっとこれ…」

 暗室(といっても今は明かりがついている)の中にはみぎてが、上半身裸で下には紫のスパッツをはいてという、なんとも中途半端な格好で途方にくれていた。魔神らしいたくましい体に、カラフルでぴちぴちのロングスパッツをはいている姿を見ると、似合うというか…なんだかプロレスラーみたいである。が…なんだか動きがぎこちない。

「みぎて、それきつすぎるんだろ」
「うーん、きついというより、これ…すげぇ締め付けるんだけど…」
「締め付ける?」

 驚いたコージはみぎての太い足に触ってみた(こういうことが許されるのは、やはり同居している特権である)。ぴちぴちのスパッツが太ももに張り付いているので、なんだかつるっとした変な感じである…というよりプラスチックみたいな感触に近い。それにずいぶん足がスリムに見える。いつものみぎて(同居しているのだから、裸だって当然見慣れている)の足に比べて妙に引き締まっている。これがスパッツのせいだったら、どうやってはいたのかわからないほどきついに違いない。

「…これやっぱりすごくきついんじゃ…よくはけたな」
「それがさぁ、はくのはすぐだったんだけど…どんどんきつくなってくる感じなんだよな…」

 首をかしげてみぎては対処に困っているようである。どんどんきつくなるというのはさすがに厄介に違いない。もし布地がどんどん縮んでいるとすれば、こんな薄っぺらいスパッツである。確実にもうすぐ破けてしまうに違いない。
 と、そのときコージの後ろからポリーニ達が現れた。

「どう?みぎてくん…????」
「あ、ポリーニ…これ変だぜ」

 みぎての困った顔を見て、さしものポリーニも事態を悟ったらしい。見るみる縮んで破けそうになっているスパッツ…というか一応レギンスに困惑しきりという表情になる。

「なによそれっ!みぎてくん何かしたんじゃないの?」
「するわけねぇって!っていうかこのスパッツなんなんだよ?」
「もちろん脚線補正効果があるのよ!着ている人の魔力を使ってたるんだ足の部分にテンションをかけて、ヒップラインを引き締めるのよ!」
「…着ている人の魔力???じゃあみぎてみたいな魔神がきるとどうなるんだよ」
「そりゃ当然すごく引き締め効果があるはずよ…デブの魔神だって理想的なヒップラインになるわ!」
「…それ拷問だって…」

 どうやらこのスパッツは、ヒップラインに魔力で力をかけて引き締めるという、いわゆる補正下着だったらしいのである。もちろん魔神族のような桁違いの魔力を前提として設計していないのはいつものことなので、今回もまた予想外の効果がでてしまったのである。といっても今回は幸い命にかかわるようなトラブルではない(こんな薄い布ではすぐ破けてしまう)し、この程度の失敗は日常茶飯事である…が…

「みぎて…それ脱げるか?」
「…だめ。もう張り付いちゃって指入んねぇよ…あっ!」
「…おしりのところ、もう完全に破れてますねぇ…」
「もう~っ!しかたがないから破いていいわよ…」

 非常に残念なことだが、ここまで縮んでしまった状態ではもはや普通に脱ぐことなど不可能なことである。というかもう勝手に裂けてしまうのは目前だろう。と…ついにスパッツはずたずたに千切れて、コージやポリーニの目の前でみぎてはパンツいっちょの情けない姿になってしまったのである。

絵 竜門寺ユカラ

*     *     *

「もう~っ、せっかくみぎてくんにシェイプアップしてもらおうと思ったのに~っ!」
「ううっ、俺さま一応犠牲者なんだよな…」
「我慢しろ。これが人間界のつらいところなんだって…」
「うーん、今回の場合は失敗作と断定するのは無理でしょうねぇ、さすがに…」

 せっかくの新作が無残に破れてしまい、ブリブリ怒りまくるポリーニを前にして、みぎては途方にくれてコージにぼやく。たしかに確かに今回はみぎてが犠牲者なのだが、あのヒップアップ機能付きレギンスはみぎてほどの巨大な魔力を持った人物でない場合、ちょうどよかった可能性も高い。そう考えると一概に「ポリーニの失敗作」とまでは言い切れない。あえていうとこういう(魔力に比例するという)アイテムを魔神に着用させるという行為が問題なのだが…
 ディレルはさすがにポリーニがかわいそうに思ったのか、ちょっと話題を変えてみる。

「ところでポリーニ、ちょっと思ったんですけれど今回のこれって、いつものデザインと路線が違いますよね。結構イケてるとおもいますよ」
「…そう?気が付いた?うふふ」
「ディレル、俺さまそれにだまされた…」

 魔神のぼやきはこの場合雑音として無視されることになるのは仕方ないとして、たしかに今回のポリーニのデザインは、いつもの乙女チックラブラブ系(?)なデザインとはまったく違っている。本当にストリート系のファッション雑誌に載っているような、イケてるデザインの作品ばかりである。コージも一瞬これなら着てみてもいいかなという気になったのは事実なのだからたいしたものである。
 ディレルの温情発言にちょっと気を良くしたのか、ポリーニの表情は一変する。まあいつもの場合ならこんな温情発言は墓穴と等しい(即発言者が実験台にされる)ので、コージもディレルも絶対にしないのだが、今回はちょっとそういう気にはなれないくらい格好いいデザインなのである。
 するとポリーニはニコニコ笑って種明かしをした。

「今回は実は知り合いのショップの人と相談したのよ。いろいろ貴重な意見も聞けたわ」
「雑誌を参考にしただけじゃないんですね。それはすごいなぁ…」
「へぇ~っ、俺さまその店行ってみたいぜ」
「高そうだけどなぁ…でもまあ今度行ってみてもいいな」

 たしかにこういう格好いいストリートファッションのショップの場合、さすがに結構いい値段のアイテムばかりの可能性が高い。コージたち貧乏学生ではちょっと手が出ないかもしれないが…見るだけでも行ってみる価値はありそうである。
 するとポリーニは得意げな表情になって…こんなことを言ったのである。

「コージたちにしちゃ珍しく素直じゃないの。でもまあいいわ、今度講座につれてくるつもりだし…」
「えっ…」
「講座に、ですか?」
「お店の人が来るのかよ?」

 コージたちはまったく予想もしていなかったポリー二の発言に一瞬呆然とする。ブランドショップの人が、服飾文化専門学校ならともかく、こんな理系の大学のごみごみした研究室にやってくるというのは…コージの理解の範疇を三百メートルくらい飛び越えている話である。乳酸飲料や生協の斡旋販売とは話がまったく違うような気がする。いや、ひょっとするとポリーニの知り合いだから、実は同じく発明マニアで、彼女に匹敵する妙な性格なのかもしれないが…そう考えるとこれは何かコージたちの予想を超えた、とんでもないことを彼女がたくらんでいるような気がしてくる。

「コージ…俺さますっげーいやな予感がするんだけど…」
「…」

 魔神が顔を引きつらせてコージに耳打ちする。もちろんコージもまったく同感である。と、そのときである…

*     *     *

「ただいまぁ!あ、ポリーニくんあれでOKって決まったわよ!」
「あ、先生、決まりね。うふふ…」
「えっ?えっ?」

 当たり前の話なのだが、セルティ先生が教授会から戻ってきたのである。ということはあのどたばたで一時間半以上も経過しているということになるのだが…
 問題はセルティ先生とポリーニの間で何かとんでもないたくらみが進行しているらしいということだった。どうやら今日の教授会にその議題を載せたらしい。

「先生?何の話?」
「あ、え?あら、ロスマルク先生まだ話してないの?」
「いやその…ちょっといろいろありましてな…ははは…」

 どうやら(当然かもしれないが)ロスマルク先生は先に話を聞いていたらしい。とはいえ朝からあんなどたばたがあれば、コージたちにそういう事務連絡をすることができなかったのは仕方ない。が、ポリーニが絡んでいるとなると少なくともコージたちにとってはそれでは済まない可能性が高い。思わず三人(コージとみぎてとディレル)は顔を見合わせて困惑する。
 セルティ先生はそんな三人の様子にくすくす笑いながら、説明を始めた。

「えっと、知ってると思うけど、今度の大学祭に…今年から各講座もオープンキャンパスを開くってことになってるのよね」
「あ、その話ですか…どうしようかって思ってたんですけど…」

 最近の大学ではよくある話なのだが、学祭にあわせて大学での研究などを市民にわかりやすく紹介する、いわゆる「オープンキャンパス」をこのバビロン大学でも開くという話らしい。もっともこの話はコージやディレルだって初耳ではない。数ヶ月前から話題に上っていたし、実際コージたちの講座でも何か出し物をしなければならないのだから、多少は準備が必要なのである。とはいえコージたちの学部…魔法工学部というのは、魔法技術素材の開発とかそういったことをしている、もろに理系の学部である。市民の人にわかりやすく面白い出し物というのは、なかなか思いつくものではない。

「講座紹介のポスターセッションとか見学とかっていうのが普通じゃないですか?やっぱり…」
「ディレルの研究とかならともかく、俺の研究ってみぎてだぞ…」
「…俺さまを展示するって…なんだかすっげー恥ずかしいんだけど」

 ディレルの研究は「高温高圧下の魔法材料の挙動解析」とかそういうものなので、まあポスターセッションをするのが無難だろう。しかしコージの場合は「魔神族の魔法学的社会論」であるから、一番の展示物は相棒のみぎてそのものになってしまう。なんだかさらしものにするみたいでちょっと具合が悪い。
 するとセルティ先生はくすくす笑いながら話を続けた。

「でしょ?だからポリーニくんが面白いアイデアを考えたのよ。ショーをするっていうの」
「ショー?発明品の紹介みたいなショーですか?」

 ポリーニの研究…つまり発明ならショーをするというのも悪くない。それにこの大学にはほかの講座でもいろいろな魔法素材を開発したり、発明をしたりしている人もいる。そういう講座と共同で行えば、かなり立派なショーになるのではないかというアイデアに違いない。もっともそれなりに準備は大変かもしれないが、その辺も共同ならば楽にはなるだろう。
 ところがポリーニのアイデアはもうちょっとひねっていた…というよりひねりすぎていたのである。

「そんな安直なショーじゃないわ!ファッションショーよ!」
「ファッションショー?」

 コージもディレルもあまりにとっぴなポリーニの発想にさすがに絶句である。服飾専門学校ならともかく、バビロン大学で発明品のファッションショーを開くというのは、とてもじゃないが可能とは思えない。なにしろ発明品が衣類とは限らないし、それ以前に製品という形になっているとも限らない。さらに何より問題は、ファッションショーにはモデルさんが絶対必要なのである。たとえ専門のモデルを雇わず学生がモデルになるとしても、ショーのプロデュースとかはどうするのかという問題もある。とてもじゃないが可能とは思えない。

「ファッションショーって…バビロン・コレクションとかそういうやつですか?モデルさんがランウェイを歩く、あれですよねぇ?」
「もちろんよ。プロデュースはさっき言った知り合いに頼んだわ。各講座の発明品を使っていろんな商品を試作してくれるって。あたしは自分で作るけどね」
「…」

 どうやらポリーニは知り合いのブランドショップの人を担ぎ出して、各講座のいろいろな発明品を製品化して紹介するという形式を考えているらしい。たしかにそういうプロの人が絡めば、プロデュースなども可能かもしれないが…しかし一番の問題は残っている。…モデルである。

「モデルはどうするんだよ?雇ったらすごい金かかるんじゃ…」
「もちろんモデルはみんながやるのよ。あ、みぎてくんは絶対参加よ。コージの研究テーマなんだから」
「ええっ!俺さまモデル?ううっ…」
「そうそう、あんまりスタイルが悪いと格好悪いからがんばってダイエットしてね!目標ウエストマイナス五cm」
「…ダイエットって!お、俺さまダイエット?…気が遠くなってきた…」
「…考えただけで絶対コミックショーになるのが見えてきた…」

 どうもポリーニの頭の中では完全に段取りが決まっているらしい。ここまで完全に話を決めてこられてはどうしようもない。というよりこの手のことは先にインパクトのある企画を出したものが勝ちなのである。おそらく教授会でも誰も反対できなかったに違いない。(代案を出してみろ、といわれてしまえばぐうの音も出ないからである。)
 コージとディレルは困惑いっぱいの視線をポリーニと、それからセルティ先生に向けた。が、セルティ先生はくすくす笑いながら二人に言う。

「いいじゃないの、ファッションショー形式は斬新だわ。この手のプレゼンテーションは斬新さが大事よ。やってみましょうよ、きっとウケるわよ」
「…せんせぇ…」
「…もしかしてかなり面白半分で乗ってるでしょ…」

 「ウケを狙う」といわれた時点で、もうセルティ先生が完全に面白半分で乗っているということが丸わかりである。というかはじめからこの企画はセルティ先生とポリーニが悪乗りではじめたのかもしれない。こうなってしまうとこの講座では誰も止めることは不可能である。
 しかしみぎてやコージが妙なポリーニの発明品を着てランウェイを歩くという光景を考えただけで、どう考えてもとんでもないショーになるのは明らかである。特にさっきのような予想外のトラブル(舞台の上でみぎての服が破けるとか)がおきたらと考えると、それだけで頭が痛くなってくる。
 そう…どうしてもコージには優雅なファッションショーではなく、どたばた喜劇になるとしか思えなかったのは言うまでもない。

(3.「…あ、この表情は絶対まずいって顔…」へつづく)


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