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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 3.「…あ、この表情は絶対まずいって顔…」②

「今までいろいろあたしも考えてきたけれど、みぎてくんをダイエットさせる方法は一つしかないわ」

 ポリーニは自信たっぷりにコージたちにそう宣告した。「今までいろいろ」というのは確かに事実である。運動効果百倍のはずの「魔界カプサイシン入りシェイプアップトレーナー」とか、「戦隊ヒーロー御用達アクションスーツ」とか、いろいろな失敗作の目的のなかには往々にして「みぎてをやせさせる」という一項が掲げられていることが多いのである。まあ実際この魔神がデブ…魔神らしい筋肉デブであるということは間違いないので、実験台にされることは仕方がないのだが…

「みぎてくんの場合、運動不足っていうわけじゃないのよね結局」
「だろ?俺さまよく食うけどその分運動してるぜ」
「…それ以上に食い過ぎって気もするけど…」

 みぎての場合、実は魔界では格闘技をやっていたらしく、おかげで運動神経はすごくよい。それに今でも毎日(大雨の日を除く)学校に行く前に必ず早朝の公園で朝練のようなことをしている。実は今まで何度もコージも誘われているのだが、とても人間ではついてゆけないほど激しい朝練(とにかく動き回るだけでなく、魔神らしく火を吐いたり、空を飛んだりする)なので、さすがに遠慮しているのだが…ともかくみぎてはそんじょそこらの体育会系学生など足元にも及ばないほどのパワーを維持しているのは、そういう陰の努力があるのである。まあもっともいくら運動してもそれ以上に食いすぎては意味が無いのも事実なのだが…
 するとポリーニは得たりとばかりに笑みを浮かべると、とうとうと語り始める。

「そうよ!そうなのよ!結局みぎてくんをやせさせるには食事制限しかないわ!だいたい今は食べすぎなのよ。」
「えええっ!食事制限!飯を我慢するって?無理っ!絶対俺さま無理!」

 ポリーニの残酷な宣言にみぎては真っ青になって抵抗する。三度の飯が人生で一番幸せと公言してはばからないこの魔神からそれを取り上げたら、もう人生が終わるようなものである。というか、別にこの魔神でなくても食事の楽しみがなくなるのはきつい。糖尿病とかその手の病気で食事制限をするはめになるという話(さすがにコージたちの年齢ではあまりないが)を聞くが、やはりかなりつらいというのだから、病気でもなんでもないコージたちとなると、とてもじゃないがよほどの覚悟を決めないと食事制限などできるはずはない。
 しかしポリーニはそんなみぎての悲鳴をあっさりと受け流した。

「もう~魔神のくせになさけない悲鳴上げないでよ!だからあたしの持ってきたこれがあるんでしょ?」

 ポリーニはかばんから出した紙袋を指差す。どうやら中にはレトルトパックのようなものとか、ビニールに包まれたお菓子のようなものが入っているようである。

絵 烏丸毛虫

「これって発明品?ポリーニの?」

 正直な話を言うと、今日はもう発明品は勘弁してほしいコージたちである。と、ポリーニは意外なことに首を横に振った。

「残念だけど今回は発明品じゃないわ。食品の発明はちょっといろいろ問題が多いし…」
「衛生上の問題も多いですからねぇ。不純物で毒性のあるものとか入るとまずいですから…」
「とにかく、だからいくつか探して持ってきたのよ。うふふ」
「…ってことはずいぶん前からこの企画、準備していたんだ…」

 どうやらポリーニは今回の「みぎてダイエット計画」を結構前から準備していたに違いない。というよりファッションショー企画を思いついた段階で、みぎてをダイエットさせることを決めていたのだろう。そうでなければいきなりこんなにダイエット食品が並ぶなんてことはありえない。
 目の前に並んだサプリメントの山を見て、魔神はさすがに観念したらしい。

「じゃあ…俺さまこれ、あけてみるけど…」

 みぎては恐る恐る目の前のレトルトの袋を手にする。が、袋に触れたとたんちょっと痛そうな表情になる。

「ポリーニ、これだめ。冷やしてあるだろ?」
「もちろんよ、それ通販番組でも見たことあるでしょ?ヨルズダイエット…」
「…ヨルズダイエット?俺さま知らない…」
「あ…それ見たことありますよ。たしか一食を抜いて、代わりにそれを食べてやせるってやつですよねぇ…おいしいんですか?」

 「ヨルズダイエット」というのは、夜の通販番組などで時々見かけるダイエット食品である。レトルト食品の袋の中に果物味のゼリーが入っていて、カロリーはほとんどなし、ビタミンミネラルはしっかり配合というのが売りなのである。もっとも番組に出てくる人は、どう見てもこんなダイエット食品など必要のない美人俳優かファッションモデルなのだが…
 しかし炎の魔神族であるみぎての場合、アイスクリームやシャーベットのような冷やして食べる食品は、食べることが難しい(凍傷になってしまうらしい)。これは残念ながら最初から失格である。みぎてからレトルトの袋を受け取ったディレルは、早速それをコップにあけて食べてみる。中から出てくるのはオレンジ色のゼリーのようなもので、見た目はそれほど悪くない。が、これで一食分といわれるとかなり少ないような気もしてくる。
 一口食べてみたディレルだが、その表情は明らかにいまひとつという感じである。

「…みぎてくん向けじゃないですね…これほんとにゼリーみたいなものだし、僕が食べても満足できないですよ。なんだか甘さも変だし…」
「あ、それ人工甘味料じゃないのか?…でもこれじゃあ満足って無理だろ。ゼリーばっかりじゃ飽きるし、量もたいしたことないし…」
「もう~っ、あんた達みぎてくんの影響で食べ過ぎになってるのよ。女の子はこれくらいで十分よ」
「…女の子の食事量って…ポリーニだっていつももっと食べてるって…」

 そもそも男女で体の大きさが違うのだから、食事量も当然違うのが当たり前なのである。ダイエット食品だって男性用と女性用が違ってもおかしくないのだが、こういう通販商品はなぜか女性用しかないものである。まあもっともスタイルを気にしてダイエットに励むのは、女性のほうが多いということを考えると当然なのだが…
 コージの鋭い指摘にポリーニはじろりとすごい視線で答えるが、ともかくこのゼリーダイエットは没だろう。が、彼女が次に取り出したのは…これも明らかにおいしくなさそうなサプリメントだった。粉末の入った銀色の小さな袋である。おそらく水かお湯に溶かして飲むタイプのものだろう。

「じゃ~ん、これはどうよ?『マイクロ寒天カルニチンコラーゲン』よ!」
「…αリボ酸とかコエンザイムなんかも入ってるって言うのがすぐわかるぞ…」
「あとヒアルロン酸とDHAも入ってるでしょうね、確実に…」

 商品名を聞いただけで明らかに「体によいとうわさの成分をかき集めました」というのがよくわかる。まあ確かにこれも通販番組で見かける商品ではあるが、見るからにおいしくなさそうである。

「水に溶かして飲むんですよねぇ…みぎてくんの場合はお湯じゃないとだめか…」

 ディレルはそういってポットからお湯を汲んでくる。そして袋から粉末を出してさっとコップに注ぎ込んだ。黄色い風邪薬のような粉末が、お湯に溶けて毒々しい黄色の液体に変わる。

「…どうみても風邪薬みたいですよ…これ絶対まずいですって!」
「…風邪薬って俺さま飲んだことないけど、やばいくらいまずそうな気がする…」

 どうやら風邪薬に含まれている成分(ビタミンBかなにか)も入っているのだろう。においも色もそのものである。とはいえ、一度開封した以上我慢して飲んでみるしかない。みぎては意を決してコップを手にとると、一口含んでみる…

「どう?イケる?」
「…どうです?みぎてくん…」
「…あ、この表情は絶対まずいって顔…」

 返事を聞くまでもなく、みぎての顔は明らかに渋いものを口に含んだという表情になっている。当然かもしれないが、風邪薬は水で飲み下してしまうからまだ我慢できるのであって、わざわざ水に溶いて飲もうものなら口中がしぼんでしまうほど渋い味なのである。もちろんこれは風邪薬そのものではないが、どうやら味は似たようなものらしい…
 声も出ないくらいまずい味に悶絶しているみぎてを見て、コージはあわててディレルに聞いた。

「…ディレル、これ本当に水に溶いて飲むのか?」
「そうだと思いますけど…あっ!」

ディレルはびっくりして包装の箱の説明文を読む。と…

「『そのまま水で飲み下してください』…粉薬と同じですよこれ…」
「道理でまずいわけだ…」

 やはり案の定、このまずいサプリメントは粉薬と同じようにそのまま飲むものだったのである。

*     *     *

 ということであまりにもまずいサプリメント『マイクロ寒天カルニチンコラーゲン』は(たとえ飲み方が間違っていたという点を数えても)全会一致で却下となった。もっともあんな悲惨なみぎての顔を見ては、さすがのポリーニも無理してこれ以上飲めとは言えないのであろう。発明女王といっても道義心のようなものがあるという証拠である。

「しかたないわ、これが最後の切り札よ!」

 彼女は紙袋の中から最後のひとつのパッケージを取り出した。

「なんだよこれ?クッキーみたいだけどさ…これも通販?」
「これは通販じゃないわ。ママがつくったのよ」
「ポリーニのおふくろさん?ってことは…」
「マダム・ファレンスお手製ですか!それならなんだかいけそうですね!」

 どうやらここにある妙な袋の中身は通販商品でもポリーニ自身の発明品ではなく、ポリーニの母親マダム・ファレンスの開発したものらしい。さっきも触れたがマダム・ファレンスはテレビでも時々登場する有名な料理研究家である。一度コージたちも料理を食べさせてもらったことがあるが、家庭で作ったとは思えないほどすばらしいおいしい料理の数々に感動したものである。もっともポリーニに言わせれば、「新作料理」の試食の時には時々とんでもないものが出てくるというのだが、ポリーニの発明やわけのわからない通販商品と比較するとはるかにこっちのほうがましである。
 みぎては早速目の前にあるビニール袋を開封する。中からはきれいな黄金色のクッキーのようなものが登場する。コーヒーの粉でくるくる渦巻きが描いてあるとてもかわいらしいものである。
 みぎては恐る恐るクッキーを手に取ると、思い切って一口かじってみた。

「…食ってみるぜ…あ、これ旨めぇ!」
「え?あ、僕も食べてみますよ…これイケますね!」

 怪訝そうなみぎての顔が一変するのを見て、ディレルも早速クッキーを食べる。クッキーにしてはかなり堅い部類に入るが、きめが細かくてとてもおいしい。それにみぎて好みなことに、甘さも控えめである。種類も八種類(コーヒー味だけでなく、ナッツや干しぶどう、ちょっとザラメ糖がかかったやつ)と多彩で飽きが来ない。しかし…これではおいしすぎてまったく食事制限にならないような気もする。

「…ポリーニ…これおいしすぎないか?」

 コージはナッツ入りのクッキーをおいしくいただきながらも、素朴な疑問を投げかける。するとポリーニは笑いながら否定する。

「大丈夫よこれ。ママの特製『おからクッキー』だし」
「え?おから?」
「『おから』って…コージ、たしか豆腐コーナーで売ってるあれだよな。たまに惣菜で食ったことあるけど、和え物みたいなやつが旨いし…」
「おからでクッキーってできるんだ…」

 人間界のことでも食品に関してはやたら詳しい魔神である。おからの和え物が旨いというのは、言われてみればコージも納得するが…この場合それ以上におからでクッキーができるということが驚きである。
 するとポリーニはしたり顔で解説を始める。

「おからって言うのはみぎてくんの言うとおり豆腐を作るときにできる、豆乳の搾りかすよ。カロリーが低くておなかの中で膨れるから満腹感があるし、ダイエットには最適なのよ!」
「へえぇぇっ!これだけ旨いなら、俺さまちょっとうれしいや。もう一枚…」
「なるほどねぇ…これでおなかを膨らせば、晩御飯の量が減るって言う作戦ですね」
「…ちゃんと減るかなぁ…ちゃんと減らせよ」

 コージはちょっと苦笑しながら、もう一枚クッキーを食べるみぎてに突っ込みを入れるが、まあ作戦としては悪くない。なにしろ我慢するだのなんだのストレスが少ない上に、無理のない食事制限ができるのである。これなら多少は効果があるかもしれない。

 ともかくどれか一つを選べといわれれば、みぎてでなくても最後の一つ…クッキーを選ぶしかない。もちろんこれで本当にダイエットができるのかといわれると、正直まったく自信がない。いくらおからクッキーを食べても本当に食事量が減るのかとか、そもそもポリーニがコージやみぎてたちに合わせて服を作れば済む話だとか、だからといってデブで格好の悪いモデルというのもさまにならないとか、それ以前にコージたちがここまで協力しなければならないのか、などとどんどん考えは広がってしまう。
 よく考えれば考えるほどいろいろ問題点が浮かんでしまうのだが…この講座ではこの程度の矛盾点は毎度のことである。ここから先は今の段階で考えてもどうしようもない。
 するとまったく同じことを考えていたのか、相棒の魔神はニコニコ笑ってこう宣言した。

「ともかくみんな、そろそろ飯食いに行こうぜ!」
「あ、そうですね。作戦も決まったことですし…」
「じゃあ今日はラーメンにするか。そろそろ寒くなってきたことだし…」

 ファッションショーのビデオやらダイエット食品の試食会やらで既に結構時間は遅くなっている。さすがに晩御飯を食べないと、みぎてでなくても倒れてしまいかねない。
 ところがそんなコージたちに、ポリーニは突然無常にも強烈な宣告をしたのである。

「あ、大事なこと言っとかなきゃ。みぎてくんの食べる量、今日から半分よ!」
「えっ?マジ?」
「…みぎて、クッキー食ったろ?あきらめろ」
「たった二枚だけだぜっ!せめて三分の二くらい…」
「そういう軟弱な心がダイエットの敵なのよ!あと夜九時以降は食事は厳禁!コージもディレルもよ!」
「えっ?俺たちも?」

 びしりと三人に指を突きつけるポリーニの顔は、今日の彼らにとっては鬼か夜叉のようにしか見えなかったのは、空腹のなせるわざだったのだろう。

(4.「…トレビアンって…あれっ」①へつづく)

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