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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 4「あ、説明するの忘れておりましたわ」①

4「あ、説明するの忘れておりましたわ」

 ということで、コージたちは翌日から講座生活の傍ら、ボウリング大会の準備を始めることになってしまった。日程調整とか会場の手配、声をかけるメンバーへの連絡とかはもちろんのこと、彼ら自身の練習も必要である。そもそも今回は大会はおまけであって、「シュリと一緒に健康維持ボウリングトレーニング」がメインである。コージたちは大会準備だけをすればいいというわけにはいかない。
 それに多少はボウリングの経験があるコージやディレルと違って、みぎてはほとんどまともなボウリングの経験がない。さっきも述べたが、「ある理由」でせっかくの唯一のボウリング体験は、とんでもないどたばたに終わってしまったのである。そして非常に残念なことに「ある理由」は今回もコージたちを悩ませることになるのである。

「ちょっとコージ、みぎてくん!聞いたわよ!」

 どたばたとコージたちのいる共同研究室に飛び込んできた女の子の声を聞いて、コージは頭を抱えた。隣にいるみぎては、これはもう覚悟は決めていたといわんばかりに顔をひきつらせながらも、声の方を振り向く。

「よぉ、ポリーニ。あれだろ?ボウリング…」
「そうよっ!昨日あたしを差し置いてショッピングゾーン行ったって、今聞いたわよっ!あたしだって行きたかったのに!」
「でも昨日、ポリーニ出張してたじゃん。量子顕微鏡撮影で…」
「ケータイがあるじゃないの!連絡してくれればあたしだって直接行けたのにっ!」

 携帯電話に連絡したら連絡したで、「そんな暇じゃない」とかなんとか言われていたような気もするのだが、そんなことを女の子に言っても仕方がない。こういうことは常に女性が正義なのである。コージはさっさと話を進めることにした。

「で、ポリーニ、ボウリング大会の話ディレルから聞いたろ?」
「聞いたわよっ!あのシュリがボウリング始めることになったんですって?燃えるわっ!」
「燃えるってなにが…」
「なに言ってるのよっ!あたしのライバル、シュリがボウリングで発明品を披露する考えなのは見え見えだわっ!元々ボウリングアイテムはあたしの方が先に研究始めていたんだから、負けてられないのよっ!」
「…そういう燃える、ね…」

 シュリがボウリングを始めることになった理由をよく知っているコージたちである。完全に勘違いして対抗意識で盛り上がっているポリーニに、肩をすくめてあきれるしかない。

「ポリーニさぁ、俺さま前みたいな発明品やだぜ…」
「あ、ボウリング手袋ね。もっと改良してるから安心して」
「だから発明品は無し。発明品は無しです。大事なことなので二度言いました。」
「せっかくだからウェアも新作を作るわっ!見てらっしゃい」
「…コージ、二度言ってもぜんぜん効果無いみたいだぜ…」

 都合の悪いことは完全にフィルタリングされているのはいつものことである。もはやこの状態ではなにを言っても無駄なのは、昨夜のエラ夫人と全く同様だろう。こうなってしまうとなるようにしかならないのも全く同じである。
 コージとみぎては顔を見合わせて、ため息をつく。もちろんそれは「ボウリング大会が平穏無事に開催されるとはとても思えない」というあきらめのため息なのは言うまでもない。

*     *     *

 ポリーニ・ファレンスはコージたちの同級生で、講座で唯一の女の子である。元々魔法工学部のような理系学部は女性がとても少ない(理由はよくわからないが、とにかく女の子に人気がない)ので、紅一点とは言わないまでも希少価値があることは間違いない。
 理系の女の子というのは、世の中に「メガネっ娘」というイメージが流布しているものだが、彼女の場合困ったことにそのものズバリで当てはまる。まん丸の大きな銀縁メガネに、そばかす・三つ編みというあまりにそれらしい外見なのである。さらに加えて白衣の下に洗い晒しのTシャツとジーンズ、ぜんぜん化粧っ気無しという、一部のコアなファンをのぞけばあきれてしまうような見事な理系少女ぶりである。
 とはいっても別に彼女はコージたちと仲が悪いとか、ムカつく性格だとかそういうわけではない。コージにとっては一番親しい女の子だし、性格もさばさばしていて責任感も強い。「ある理由」さえなければコージやみぎての親友といってもよいすてきな女の子だろう。「ある理由」…そう、困ったことに彼女はシュリのライバル、発明マニアなのである。

 昨日登場したシュリもたいがいだが、彼女の発明マニアぶりも全く負けてはいない。「結婚式専用自動お召し替えマシン」とか「防災用空飛ぶテント」とか、役に立つのかたたないのかわからないアイテムを次々と開発するというバイタリティーは、世の草食男子諸君が見習ってもいいすさまじさである。同じ「自称天才発明家」のシュリと多少違うところがあるとすれば、シュリの発明はメカ系が多いことに比べて、ポリーニは被服系が多いことくらいである。
 ただ、コージたちにとってシュリ以上にポリーニが迷惑なのは、彼女が同じ講座だということだった。同じ講座と言うことで、試作途中の発明品をコージたちに…特にみぎてに試用させようとすることなのである。シュリはまがりなりにもお隣の講座と言うことで、ある程度は完成に近い発明品を見せびらかしてくるのだが、ポリーニの場合は未完成だろうがなんだろうがお構いなしである。そのたびごとに実験台となったコージたちは、試作品のトラブルに巻き込まれてひどい目に遭う。特にねらわれやすいのはみぎてで、ポリーニの発明品が一つ登場する度に、まず確実にトラブルに巻き込まれる。「自動お召し替えマシン」では新しい服が供給されずに素っ裸に剥かれたし、「防災テント」では台風の突風で飛ばされたテントを追って大空中救出ショーを演じる羽目になった。
 先ほどから何度かふれている、みぎての「ボウリング事件」というのも、実はポリーニの発明品で起きた騒ぎである。彼女が開発した「絶対フックボールになるボウリング手袋」の実験の大失敗で、ボールの代わりにみぎて本人がフック大回転をするはめになったのである。まああの時は「ボウリングのただ券」という誘惑に引っかかったコージたちが悪いというのも一面の真実なのだが、とにかくみぎてがボウリングをまともにしたことがないというのは、あの騒ぎがトラウマになっているからである。

「あ、コージ、みぎてくん…ポリーニ来たでしょ?どうだった?」
「どうもこうもないよ。いつも通り…ノリノリ」
「発明品間違いなく出てくるぜ。俺さま一度でいいから普通のボウリングやってみたいんだけどさぁ…」
「…なんだかその発言痛々しいですね…」

 興奮したポリーニがみぎてたちにかみつくのをそっと見ていたディレルは、彼女が去ったのを見計らってコージたちに声をかける。彼女の珍奇な発明品にはディレルだって毎度頭を抱えているのである。直接被害に遭うみぎてと比較しても、後始末に頭を悩ますディレルだって同レベルで被害者と言えるのである。
 が、まだボウリング大会は二月も先の話である。ディレルの用件はそれだけではないだろう。コージはディレルの話を先回りして質問した。

「ところでディレル、セルティ先生はどうだった?」
「あ、予想通りですよ…ノリノリ」
「ロスマルク先生も?…だよなぁ…」
「ですよ。あの辺、みんな往年のボウリングブームの世代ですから…」

 実はコージたちがポリーニの相手をしている間、ディレルは教授のセルティ先生と準教授のロスマルク先生に話を持っていったのである。結果は予想通り…乗り気を遙かに通り越してやる気満々状態らしい。
 と、そこへ案の定セルティ先生が現れた。どうやらさっきの騒ぎは隣の教授室に丸聞こえだったようである。

「今ディレル君から話聞いたわよ、コージ君、みぎてくん。ボウリング大会ですって?」
「あ、せんせ」
「シュリが話の発端なんですけどね…まあそういうことになりました」

 セルティ先生はバビロン大学魔法工学部では唯一の女性で、それもかなりの美人である。ただ、美人でも魔法工学のエキスパート…つまり魔女なので、年齢は外見とは違って十分おばちゃんである。外見にだまされるとひどい目に遭うという典型かもしれない。
 ともかくシュリの名がコージの口から出ると、セルティ先生はくすくすと笑う。あの青びょうたんがスポーツをするという姿を想像しただけで、誰だって笑いがこみ上げてくるのは仕方がない。が、セルティ先生に笑われるとそれはそれで結構残酷な話である。

「でもやっぱり先生もボウリング、よくやったんですか?」
「そりゃそうよ。あのころは猫も杓子もボウリングだったわよ…早朝ボウリングに近所でマイクロバス借りて行ったものだわ」
「やっぱり…」

 早速彼女の口から「往年のボウリング大ブーム」の思い出話が飛び出してくる。早朝ボウリングというのが値段が安いというのは何となくわかるが、近所でマイクロバスを借りてみんなで行く、というのはもう想像がつかない世界である。

「すごかったんですねぇ…もしかしてロスマルク先生もはまっていたのかなぁ…」
「そりゃもちろんよ。今、ロスマルク先生、講座倉庫にマイボール出しに行ったわ」
「えっ?」
「…持ってたんだ」
「そりゃ当然よ!当時ボウリングにはまった人はみんな持ってるんじゃないかしら。まあ捨てちゃった人も多いと思うけど…」
「…そういうものなんだ…」

 講座倉庫にこっそりとマイボールが保管されているのもどうかと思うが、どうもボウリングにはまった人はみんなマイボールを持っているものらしい。昨夜のエラ夫人の説明でも「マイボールとマイシューズは必携」といっていたところを思い出しても、コージたちも今回はさすがに買うしかないかもしれない。まあもっとも予算的には一番安い「ボールとシューズセット四九〇〇円」が妥当だろうが…
 と、ロスマルク先生が講座倉庫から何か荷物を持って戻ってくる。

「あ、ロスマルク先生…それですか?マイボール…」
「おお、そうじゃよ!二〇年ぶりじゃな」
「…骨董品じゃないかしら、そんな真っ黒の球…」

 ロスマルク先生の抱えているボールは、真っ黒で全く模様のない、本当に昔ながらのボールである。ボーリング場においてあるボールはもちろんのこと、昨夜初めて行ったプロショップでも、ここまで真っ黒の球は一つもなかった。どうも今時はこんな真っ黒の球は売っていないものらしい。
 しかしロスマルク先生はそんなことは全く気にしていないようで、ボールを布でゴシゴシ磨きながら講釈を始める。

「ワシの若い頃はみんな男はこんなボールじゃったよ。赤とか青とかの柄物は女性用なんじゃ」
「どれくらいの重さなんですか?」
「これは男性用じゃから一六ポンドじゃな。男は一五か一六、女性はもっと軽いがな」
「…そ、そうなんですか?」

 男性は普通一五ポンド以上といわれて、コージはさすがにびっくりである。自分の記憶ではボウリング場のボールを選ぶときも、せいぜい一二か一三ポンドで、一五なんて体育会系の学生が力任せに投げるものというイメージがあったからである。

「ちょっと俺さまも持ってみる」
「おお、みぎてくんだとこれでも軽いかもしれんな」

 みぎてはロスマルク先生から真っ黒の球を受け取ろうとした。と、そのとき突然魔神の真っ赤な炎の髪がぼわっと広がる。同時に結構派手なパチッという音が指先で起きる。

絵 武器鍛冶帽子

「わっ!」
「だいじょぶか?みぎてっ!」
「何だろこれっ、今ぱちっときたぜ。静電気みたいなやつ」
「静電気でみぎての炎の髪って広がるんだ…」

 どうやらさっきからロスマルク先生が布でボールを磨いていたせいで、静電気がボールにたまっていたのだろう。しかしこんなに簡単に静電気がたまるとは、いったいどんな材料でできているのだろう。

「ポリエステルとかウレタンでしたっけ?ボウリングの球って…」
「昨日そんなこと言っていたよな、たしか…」
「ほう、最近はポリエステルなのか。確かワシらの時代はエボナイトが普通じゃったよ」
「エボナイト?」
「ゴムに硫黄をいっぱい入れたやつですよねそれって…」

 天然ゴムに硫黄をたくさん添加した天然樹脂がエボナイトである。堅くてとても丈夫なので、昔は機械の部品などによく使われたそうだが、今ではほとんど使われていない。天然樹脂らしく、静電気が起きやすいのだろう。ともかくセルティ先生がさっき言ったとおり、これはもう明らかに骨董品の域に達している。

「でもさ、俺さまちょっと心配なんだけどさ…」
「どうしたんだ?みぎて…」
「せんせ、腰大丈夫かよ…」
「…わかっておる。準備運動じっくりとするつもりじゃから…」

 みぎてほどのバカ力ならともかく、六〇前のおっさんがいくら昔使っていたと言っても、こんな重い球を投げるというのは、ちょっと不安が残る。万が一ボウリング場でぎっくり腰になどなろうものなら、ボウリング大会どころの騒ぎではない。というか、これまでもロスマルク先生は何度かぎっくり腰をやって、そのたびにみぎてに担がれる羽目になっているのである。魔神が心配するのも無理はない。
 とはいえ、いずれにしてもコージたちの講座は結局教授から全員がボウリング大会に参加である。この調子なら結構にぎにぎしいイベントになりそうなので、主催としては少しほっとするのだが…

「でもコージ、これなら結構参加者も多そうですし、ちょっと一安心ですね」
「一安心…なのかなぁ…」
「俺さまかえってますます不安なんだけど…」

 安心したようなディレルの発言に、コージは今一つ釈然としないような表情でうなづく。たしかにいくつか大きな不安は残るものの、とりあえず順調な滑り出しといってもよいだろう。が、コージもみぎても、このままトラブルなしで大会までゆけるとは、今までの経験上どうしても信じられなかったのである。

(4「あ、説明するの忘れておりましたわ」②へつづく)

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