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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 7「ボウリングの歴史終焉がちらついてきた…」①

7「ボウリングの歴史終焉がちらついてきた…」

 みぎて達の見ている前で、いよいよ注目のプロ、エラ夫人の第一投が始まった。と、どういうわけか場内には実況解説の声が流れる。

「こんにちは。バビロン大学落語研究会の林家ランプアイです。解説はバビロンスターレーン付属プロショップ店主、インストラクターのアデノシンさんです」
「こんにちわ、アデノシンです…」
「誰だよ、勝手に解説者呼んだのは…」
「プロショップの店長さんですねぇ…」

 おそらく今日のにぎにぎしいイベント(プロも参加のボウリング大会)に、ボウリング場が勝手にセットアップしたのだろうが、そんな話など聞いていないコージ達は頭を抱えるしかない。これでネットで世界にストリーミング配信とか言われたらちょっと困るが(参加者にそんな話はしていない)、それはさすがになさそうである。
 しかし一応プロのエラ夫人は、そんな実況解説など慣れていると言ったように平然と自分のボウルを手に取る。赤と紫のマーブル模様の高級そうなボウルである。

「BBSの『ストライクメーカーDX』を選びましたね。ややヘビー目なコンディションに強いボールです」

 レーンの状態で使うボールを変えるところは、さすがにプロである。初のマイボールを買いたてのコージにはできない芸当なのは言うまでもない。
 さて、エラ夫人はアプローチの中央からわずかに左寄りに立つと、ゆっくりと…しかしスムーズにボールを投げた。ボールはレーンを軽やかに転がると奥の方できれいに曲がり、ヘッドピンに吸い込まれ…豪快な音とともにピンが一掃される。見事なストライクである。

「おおっ!」
「さすが!」

 ギャラリーの拍手が響きわたる。全く不安を感じさせないすばらしい投球である。さすがはプロといったところだろうか。
 エラ夫人がベンチに戻るのと同時に、解説は隣のレーンのセルティ先生の投球に移る。

「さてこちらのレーンですが、『バビロン大学教授会のダイナミックボンバー』、セルティ教授です。コスチュームがセクシーですね」
「年齢を聞いちゃいけないんでしょうが、是非知りたいですね」

 コージの私見では、『教授会のダイナミックボンバー』というより『教授会の年齢詐欺師』というのが正しいような気がするセルティ先生である。まあ女性には年齢と体重を聞いてはいけないというのは社会のマナーなので、これ以上深いことを追求するのは禁止だろう。
 セルティ先生は「この大会のために買った」というオレンジ色のマイボールを手に取った。そしてゆっくりとアプローチに立つと、真剣な表情でレーンをにらみつける。かなりマジである。

「これはかなりやりこんでますね。ボールはフィールド社の『タイガーバーム』です。これも評判のいいボールですね」
「果たして『ダイナミックボンバー』という二つ名は本物なのか?注目の一投です…おおっ!ストライクだぁっ!」

 セルティ先生は、解説者が驚くほどバックスウィングを高く取ると、そのまま一気に投球する。特徴的なフォームだが、確かにダイナミックである。ボールはこれまた勢いよくレーンを走り、そのままジャストポケットに突き刺さる。こちらも豪快なストライクである。

「ほお~、これは確かに『ダイナミックボンバー』ですねぇ」
「私は背中空きの服ばかり見てました」

 たしかにダイナミックで特徴的なフォームなのだが、ギャラリーの視線はセルティ先生のセクシーコスチュームの方に釘付けである。黒のアンダースコートとか、背中空きまくりのブラウスとか、投球動作でそれがひらひらするのが非常に目の毒である。実はおばちゃんだとわかっていても妨害効果は最高レベルと言っていい。

「あーっ、イリスコール教授、思わず見とれたか?」
「投球のタイミングが完全に遅れましたねぇ…」

 向こうのレーンでは、魔法工学部長のイリスコール教授が、セルティ先生に見とれたらしく見事にガターである。やはりあのコスチュームは明らかに邪悪なのだろう。

絵 武器鍛冶帽子

 さて、熟女の戦いと化しているレーンとは別に、他のレーンでも激しい戦いは始まっているのはもちろんである。特にやばいのは、シュリとポリーニの戦いであろう。

「凡人のみなさん!それではそろそろ本日の発明品行ってみましょう!」

 シュリはボウルを手に取ると、右腕に装着したフルメタルのリスタイをベンチの全員に見せびらかす。どう見ても明らかにそれだけで一キロ以上はありそうな凶悪装備品である。

「なによそれ。普通のボウリング手袋とどこが違うの?」

 ボウリング手袋の開発は先駆者を自認(といってもコージに言わせれば失敗作)しているポリーニである。役立たずの発明品など許さないという気構えがありありと伝わってくる。
 するとシュリはふふっとほくそ笑むと、ポリーニに言った。

「リスタイでフックボールが投げれるのは当然のことです。このリスタイは切り替えスイッチ一つの切り替えでフックボール、ストレート、逆方向を自在に切り替えることが可能です」
「…逆スピンをかけるって…」
「…手首を外側に強制的にひねるしかないよねぇ…」

 フックボールを投げるには、手のひらを内側に向けるように投げればいい(握手をするような形である)というのは、コージ達も一応知っている。リスタイは握手の形を固定して、投げたときにフックボールになるようにするサポーターなのである。しかしストレートボールとなると、逆にリスタイをつけているとじゃまになる。ましてや逆向きの回転…スライス方向となると、当然腕を逆方向にひねらねばならないので、こんな金属性のリスタイで可能なのだろうか?
 シュリはボールを手にアプローチに立つ。いよいよ新兵器「フルメタルリスタイ」の実践投入である。一投目なのでスイッチは当然ながら通常のフックボール方向である。
 シュリはボールを重そうに構えると、ゆっくりと投球動作に入った。

「おっ!」
「ちゃんとフックかかってますね」

 シュリの手からボールが離れると、ボールはごろごろとレーンを転がってゆく。速度はエラ夫人やみぎての投球と比べるとずいぶん遅い。が、ともかくボールはちょうどレーンの真ん中を越えたあたりから、柔らかく曲がりはじめる。

「ああっ、惜しい…」
「さすがに球速が遅すぎですね」

 フックはしっかりかかっているのだが、球速があまりに遅いので、ヘッドピンに当たらず左側に突入してしまう。さすがにこれではストライクは無理で、右端に二本ピンが残ってしまう。
 ところがシュリは平然とリスタイのレバーのようなスイッチを切り替えた。

「ここからが見せ場です。ご覧くださいっ!」

 右端のピンを倒すとなると、さっきのようなフックボールでは不可能である。普通は曲がらないストレートボールで、対角線状に投げるのがいいと言われているのだが…ちゃんと切り替え機能が威力を発揮するのか、これはかなり注目である。
 シュリは再びボールを構えて、ゆっくりと…重そうに投げた。が、なんだかすごい手首が無理なひねり方をしているように見える。ボールの重さと総金属製リスタイの重さに耐えかねて、ボールを外側に落っことしているような感じである。

「…あれって単に重さ負けして落っことしてるだけじゃないの?」
「…俺さまもそう思う…」

フックボールモードの時は、留め金が止まっているのだろうか、ボールの重さがあっても手首が動かないようになっているのだろうが、ストレート・スライスモードの時には手首をひねることができるようにフリーになるわけである。ところがリスタイの重さが余りに重いので、その重さに負けてボールが外側に落っこちてしまう…たしかにスライスはかかるものの、まともに投げているとはとても言いがたい。案の定ボールは右側の溝にあっさりと転落してしまう。

「発明なのかそうじゃないのか、かなり微妙なラインですねぇ…」
「っていうか、それ以前にあのリスタイ…重過ぎないか?」

 たったニ投しただけで、シュリは汗びっしょりのへとへとの様子で、腕をさすって疲れをほぐしている。どうもリスタイだけで軽くニ・三キロはあるのだろう。ボールの重さを考慮すれば、とてもじゃないが実用レベルの手袋ではなさそうである。ところがシュリはまだあきらめた様子はない。

「なんの。まだこのフルメタルリスタイには隠し機能が満載です!たとえばここ…スイッチを入れるとラジオになります!」
「…そんな変な機能つけるから重くなるんだって…」

 やっぱりこの発明品は失敗作なのは確定のようである。あきれ返ったコージ達は肩をすくめて自分達のベンチへと戻ったのは言うまでもない。

*     *     *

 ところが…シュリの駄作を見て一人だけヒートアップしている人物がいた。ポリーニである。

「ふふふ、今日はシュリの鼻をあかせるわ。見てらっしゃい」

 不吉なせりふを放って、彼女は大きな紙袋から何か布のようなものを取り出す。つるつるの素材でできた、見た感じ水着に近い。いや、大きさから言うとウェットスーツという感じかもしれない。

「なんだよそれ…」
「見てわからない?『筋肉加圧トレーナー』よ」
「加圧?加圧って?」

 今一つ意味が判らないといった様子のコージ達に、ポリーニはさも得意げな表情になる。

「あんた達スポーツ界にほんとに疎いのね。今、プロスポーツ選手のトレーニングと言えば、加圧式スーツを使ってるのは常識よ!」
「あ、それね…」

 たしかに最近流行のトレーニング法の一つに、コンプレッションタイプのスーツを着て、筋肉を鍛えるという方法があるのはコージ達も聞いたことがある。といってもコージやディレルは筋トレなんて無縁だし、みぎてだってわざわざ加圧式スーツなど着て筋トレはしていない。

「去年の夏の水泳界なんて、こういうコンプレッションタイプの水着で世界記録を書き換えまくったって、知ってるでしょ?」
「あ、あれね…」

 たしかに水泳の世界選手権で、どこかの会社の全身を覆うタイプの水着…「レーザーなんとか」とかいうやつを着た選手が、次々と世界記録を塗り変えたという話はコージだって知っている。が、それをボウリングで着用したからといって、スコアがあがるとはさすがに思えない。
 しかしポリーニはそんなコージ達の疑問を一蹴に伏した。

「なに言ってるのよ。水着をそのままあたしが持ってくるわけじゃないじゃない!」
「まあ…そうだよなぁ」
「あたしの開発したこの加圧式ボウリングトレーナー『スウィートフックメイカー』は、投球フォームを理想の形にするため、全身の筋肉にテンションをかけるのよ。これを着たら誰でも理想の投球フォームになるはずだわっ!」

 発明品の紹介に酔いしれるポリーニに、コージ達はいつものごとく厳戒態勢である。

「…なんだか無理矢理投球フォーム矯正系ですよ、コージ」
「俺さま絶対やばい。あの実験つきあったら一〇〇%赤っ恥かきそう…」
「っていうか今日はだめ。俺たち幹事だから、実験につきあったら不公平になるし」

 だいたい今までの経験上、みぎてがポリーニの被服系発明品の実験に巻き込まれると、最後はびりっとやぶけてお尻丸だしとかそういう結末が待っている。研究室でならまだあきらめもつくが、ショッピングセンターのボウリング場でそんな大恥は絶対にかきたくないのも当然である。それに今回はコージ達が幹事なので、一参加者の実験につきあうというのも公正ではない。
 「不公平になるからだめ」と言われてしまうと、さしものポリーニもあきらめざるを得ない。となると、当然ながら犠牲者は別に出ることになる。

「もうっ!いいわよっ!あんた達には期待してなかったから!蒼雷く~ん!」
「えっ?えええっ!俺っ?俺なの?」

 ポリーニのご指名は全員の予想通り蒼雷である。さすがにポリーニの彼氏という立場上、彼女のご指名を断ることはできない。みぎて以上に立場の弱い魔神かもしれない。もちろんみぎてほどではないが、蒼雷も何度も彼女の実験につきあわされているので、「発明品」がリスクいっぱいということくらいは十分すぎるほど判っている。

「蒼雷、幸運を祈る。」
「幸運が相当必要ですよねぇ…」
「ほっ、俺さまじゃなくてよかった。マジに…」
「おまえら~っ!おぼえてろ~っ」

 恨みのこもった蒼雷の声を聞かなかったことにして、コージ達は再び自分達の投球を続けることにしたのである。

(7「ボウリングの歴史終焉がちらついてきた…」②へつづく)



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