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炎の魔神みぎてくん おみまいパーティー②「おとうさん理事長だし…」

2 「おとうさん理事長だし…」

 ポリーニ・ファレンスは先ほども少し説明したが、コージたちと同じ講座の同級生で、理系学部である魔法工学部では数少ない女性である。決して魔法工学が女性に向いていないとかそういうことは無いと思うのだが、どうしたことか人気が無いのである。大体コージたちの学部では女性の割合はせいぜい一割か、もっと少ないのが実体だった。ちなみにコージたちの講座の教授であるセルティ先生も女性なのだが、これはもうきわめて少数派である。

 さて、理系女性というのは男性陣の妄想では「顔はまあまあ、でもメガネ娘で三つ編み」とか「あんまりファッションとかそういうのに興味が無いので、服装はいつもTシャツと白衣」とか、そういう妙なアーキタイプがある。実際たいていの理系女性は違うはずなので、この想像図はおそらくかなりゆがんだものだとおもうのだが…困ったことにポリーニに関しては、この想像図がずばりと当てはまるのである。決して不美人だとかそういうわけではないし、大きなメガネと三つ編みヘアーの彼女はむしろかわいいともいえるのだが、あまりにアーキタイプそのものなのもどうかという気も(少なくともコージは)しないこともない…が、別段それは他人に迷惑をかけるとかそういう問題ではない。(化粧だらけの香水だらけのおばさんのほうがずっと困る。)
 性格だって決して悪くは無い。コージやみぎてなど相手にならない強引な押しは、二十五歳とは思えないおばさんパワーなのだが、逆に責任感は強いしバイタリティーは満点である。事実コージとみぎての共通見解は、「あれ」さえなければ「お友達ランキング」でかなりの上位に入れてもいいほど親しい友人である。そう…「発明」さえなければである。

 困ったことに彼女は、その有り余るバイタリティーと魔法工学の知識を、妙な発明品を作ることに注ぐのが趣味なのである。いや、趣味といってはいけない。去年提出した彼女の学位論文は「魔法工学を応用した新規製品の開発」であるから、これは彼女の立派な研究なのである。ただその「新規商品」というのがくせもので、投げればフックが効きすぎて全部ガーターしてしまう「ボーリングがうまくなる手袋」だとか、自動的に雑誌を読んで占いをしてくれる「占星術マシン」だとか、なんだか役に立つのか立たないのかわからないような、変なものばかりである。
 さらに一番困った問題は、この変な発明品の実験台にやたらと研究室の仲間…つまりみぎてやコージを使うということだった。まともな発明品だって最初はトラブルを起こすのに、変すぎる発明品の実験台にされる身としてはたまったものではない。特にみぎてはもともと女性にすこぶる弱いもので(魔神族の男子はどうも女子に弱いことが多い)、「何よ魔神のくせにびびって!」などといわれると、たとえどんなにやばいとわかっていても断ることができないのである。そして…大体十中八か九まで…大失敗作というところが最悪である。魔界唐辛子入りの発汗トレーナーで上半身真っ赤になるほどかぶれたり、ボーリング手袋ではボーリングの玉の代わりにスピンさせられたり、である。せっかく魔界から留学に来ているのに、人間界でこんな災難ばかりの学生生活では、魔界に「人間界は恐ろしいところ」という悪いうわさが流れてしまうような気もする。しかし非常に残念なことに、この四年間の講座生活でコージもみぎてもこの問題だけはなんら解決策を見つけてはいない。

 というわけで、コージにせよみぎてにせよ、本音を言うとポリーニの研究室に行くのはかなりリスキーな話なのである。が、今回の場合ちょっと状況が状況だけに様子を見に行くくらいはしなければならない。コージの予想では「またポリーニが変なものを発明して、最初に不幸にして出くわしたディレルを実験台にしている」確率が七十五%(数字はコージの直感)なのだが…

*       *       *

 さて、二人は「ポリーニのラブラブ☆研究室」の扉をそっと開ける。別に悪いことをしているわけではないのだが、なんとなく忍び足になってしまうのは身についた防衛本能というやつである。
 扉を開けると、これは良くある研究室風景である。雑然とした部屋にやたらめったら書類やら工具やら実験道具やらが散らかっている。女性の研究室だからといってきちんと整理整頓されているというわけではない(女性だから部屋がきれいだとかいうのは、男性陣の勝手な妄想である)。実はこの部屋は決してポリーニの私室というわけではない。あくまで彼女はコージたちと同じ院生なのだから、院生共同研究室が本来の部屋である…が、彼女は持ち前の圧倒的な押しで、この研究室倉庫(実はここは本来は実験室ではない)を占拠して、「ポリーニのラブラブ☆研究室」を既成事実化しているのである。
 もちろん二人はこの部屋に来たのは初めてではないので、この惨状は予想通りである。それほど広い部屋というわけではないので(まあ物置なのだから当然だが)ちょっと見回せば目的の人物は見つかる。ディレルとポリーニである。

「どうしたんだよディレル?」
「あ、助かった。二人とも来てくれたんだ」

 コージがディレルに声をかけると、ディレルは振り向いてほっとしたような表情になる。どうやら相当途方にくれていたらしい。理由は明らかにポリーニである。

「ポリーニがなんだか調子悪いみたいなんですよ…」
「調子悪い?あ…」
「…大丈夫よ。ちょっと…頭痛がするだけだし…」

 たしかにコージが見ても、彼女の顔色が良くないということはわかる。それにいつものような(暴虐とも言える)元気が無い。普段だったら「何言ってるのよ!あたしが風邪なんか引くわけ無いでしょ!」とかなんとか、打てば響くような返事が返ってくるはずである。これは明らかにかなり調子が悪い。

「熱あるんじゃないのか?ポリーニ…」

 コージは椅子にもたれているポリーニに近寄って、額に触ってみる。…が、結構熱い。間違いなく発熱している。それにこれまたいつもの彼女なら「もう!失礼ねっ!突然触らないでよ!」とかいいそうなものだが、今日はそんな元気も無いのだから間違いなく風邪である。体温を手で判定するのは、同じ種族同士でないと意味が無いので(ディレルはトリトン族なので平熱がコージやポリーニと若干違うし、炎の魔神族であるみぎてにいたっては論外である)ここまではすぐにはわからなかったのだろう。
 コージは振り返ってみぎてに言った。

「みぎて、さっき買った風邪薬持ってきてくれ。あと水」
「あ、わかったぜ。あと氷嚢とかいるのか?」
「…どうやって持ってくるつもりだ…」
「手袋する」

 炎の魔神に冷蔵庫から氷嚢をもってこいというのは、ちょっと過酷な要求という気もするのだが、コージもみぎても大まじめである。熱があるときは風邪薬飲んで、氷で頭を冷やして、あとさっさと帰って寝るのが一番なのである。当然氷などを素手で触ってはこの魔神は凍傷になってしまうので、安全のために耐熱手袋装備である。
 コージはディレルと二人がかりでポリーニをそばのソファーに寝かせることにした。よく考えるとディレルに薬を持ってきてもらって、力持ちのみぎてにポリーニを運んでもらったほうが楽だったのだが、人間あわてると多少の間違いはつきものである。それにポリーニは気絶しているとかそういうわけではないので、肩を貸すくらいで多少の移動は可能である。

「ほら、薬と薬箱、それから保冷剤」
「うわ、ほんとに耐熱手袋装備ですね」
「そりゃ俺さま炎の魔神だし…」

 隣の部屋から戻ってきた魔神は、両手に銀色の大きな耐熱手袋(グローブみたいに分厚い長手袋で、表面は熱を反射するように銀色の金属板が編みこんである。本来は熱いものを扱うときに使うのである)を装備した完全防御である。ディレルはみぎてから保冷剤を受け取ると、タオルを巻いてポリーニの枕にする。コージのほうは薬箱(みぎてが気を利かせて薬箱も持ってきたのである)から体温計を取り出してポリーニに渡す。

「…大丈夫よ…今夜帰って寝れば治るわ…」
「風邪はやってるんだから無理したら俺達が困る。さっさと測る」

絵 武器鍛冶帽子

 こういうときにコージは「親切」とか「好意」を表に出さず、「こっちの都合」と主張する癖がある。変に遠慮してもたもたされるよりもいいという考えなのである。ポリーニは押し切られた格好で体温計を手に取り、わきの下に挟む。
 彼女がおとなしく(いつもの彼女を知っている三人からみると驚愕ものだが)体温を測っている間に、三人は今後の対策を相談することにした。

「とにかくポリーニを送って帰るしかないな…」
「でもちょっとバスとかきつそうですね、この様子じゃ。タクシーかな…」
「うーん、俺さま抱えて飛んでってもいいけど…」
「空は運んでもらうほうも結構体力要りますよ、みぎてくん」

 残念ながらお好み焼きパーティーは延期という点では三人の意見は一致している。とにかく今日はポリーニを家か…もしくは病院へ送ってゆくしかない。が、こんな高熱ではバスや徒歩で家までというのはちょっときつそうである。タクシーで送るしかないのだが…

「でも彼女の家ってどこなんです?コージしってます?」
「あ、うん…ウェストメサ地区。ちょっと歩きでは無理」
「え…ウェストメサ?高級住宅街ですねぇ」

 なんとなく口ごもったようなコージの返事だが、ディレルはあまりそっちは気にしていないようである。ウェストメサ地区というのは、バビロンの旧市街(旧城壁の内側)ではなく、その外側にできた新市街の一部で、ちょっと高台にある高級住宅地だった。会社の社長とか芸能人とか、かなりのお金持ちが一杯住んでいるというセレブな街なのである。が、旧市街にあるバビロン大学から行くとなると、バスを二つ乗り継いでなので結構時間がかかる。(バビロン大前→バビロン中央バスターミナルで乗り換え→ウェストメサ地区というコースである。)とてもこんな病人を連れてゆけるコースではない。

「三十八度六分…しっかり風邪じゃん。帰るならタクシー呼ぶけど」
「…そうするわ。ごめんね…」
「だからそれはこっちの都合。早く治せば許す。マスクを供与するから感謝するように」

 相変わらずのコージ節にディレルもみぎても笑いそうになる。が、先ほど買った風邪薬と使い捨てマスクがいきなり役に立ったというのも皮肉としかいいようがない。コージたちも気をつけないと学級閉鎖ならぬ講座閉鎖になってしまう。
 ということで、少し薬が効いてきて楽になったらしいポリーニは、ソファーから立ち上がると帰宅の準備である。といってもふらふらなので半分以上はコージやみぎてがやっている。ディレルのほうは携帯電話でタクシーの手配である。

「十分くらいで来るって。準備できたら下で待ってればすぐだよ」
「大丈夫か?階段。俺さま抱えて運んでもいいぜ」
「…もう~それは勘弁してよ…薬効いてきたから」

 あんまり元気そうではないが、ポリーニは真っ赤になってみぎての申し出を断る。大学の古い建物という奴は、こういうときに非常に都合が悪い。体調が悪かったり骨折とかでギブスをしていたりすると、エレベーターがないので大変苦労することになってしまう。
 とはいえ、いくら体調が悪いといっても「お姫様抱っこ」で一階まで運んでもらうのは、さすがに彼女も恥ずかしいのである。みぎては魔神族なので、ポリーニどころかコージだって軽々と抱えることができるのはよくわかる…が、逆に抱えられる側としてはたまったものではない。実際のところコージは今まで二・三度この魔神に「お姫様抱っこ」をされたことがあるのだが、もうこれは恥ずかしいを通り越して罰ゲームに近い気分である。
 ということで一同はかなりゆっくりペースで一階まで降りて、タクシーがやってくるのを待った。ものの数分もしないうちに、オレンジ色と白の縞模様のタクシー(バビロン個人タクシー協会のタクシーである)がやってくる。ちょうどいいタイミングである。
 コージはポリーニをタクシーに押し込みながら聞いた。

「ポリーニ、家まで送ったほうがいいか?」
「大丈夫。帰れるわ…ほんとにありがと」
「じゃ、明日無理しないで。先生には言っとくから。えっと…『セント・レジオネラ記念病院』前までだよな」

 行き先を運転手に告げて、コージはポリーニを送り出した。いつもこれくらい殊勝なら、とてもかわいい女性なんだが…などという感想がよぎるのはここだけの話である。多分明日か明後日、風邪が治ったら今までどおり凶悪な発明女王に戻るのは間違いないので、この殊勝さは確実に今日だけの話だろう。どうやらこの感想はコージだけではないらしい。

「コージ、ポリーニって風邪引いたほうがかわいいよな…」

 どうにも隠し事が苦手な炎の魔神が、ぼそりと本音をつぶやくと、三人は一斉に(ちょっとポリーニには悪いのだが)笑ってしまったのは仕方ないだろう。

*       *       *

 ポリーニを送り出したあと、三人はさっさと講座の店じまいを済ますとようやく待望の晩御飯ということになった。といっても最初の予定のお好み焼きパーティーは中止である。結構ごたごたとしている間にいつの間にかすっかり夜になってしまったからである。今から「はりせんぼん」に直行しても閉店時刻である。
 ということで三人はしかたなく牛丼屋さんでわびしい晩御飯ということになってしまった。コージとディレルは牛丼大盛り、みぎてだけはいつものように牛皿大とご飯二杯という、経済的な(栄養バランスは多少問題だが)コースである。

「もぐもぐ、あー、ほっとした」
「いつ見ても幸せそうにご飯を食べますよねぇ、みぎてくんは」
「あはは、ちょっと心配だったんだ俺さま。人間族の病気ってよくわかんねぇのが困るんだよな。でも放っておけないし。」
「うーん、それはなんとなくわかりますよ。何したらいいのかわからないのは不安ですよねぇ」

 病気しらずのこの魔神にとって、他人の病気というのは実はかなり不安になるものらしい。自分が経験していないだけに、どう対処したらいいのかさっぱりわからないのである。今回だってコージがいなければ「体温を測る」とか「発熱しているから氷嚢がいる」とか、そんなことを思いつくのは、炎の魔神族の彼には絶対無理である。相手が病気でうんうん言っているのを目の当たりにして何もできないというのはつらいというのはコージだって判る。

「そういえばコージ、みぎてくんが来てから風邪とかやってないんですか?」
「あ、そういえば無いな。たまに古くなった食べ物で腹壊すくらい」
「…コージらしいですねぇ…」

 たしかにここ四・五年コージは寝込むような風邪をひいたことが無い。みぎてとの同居ライフが格別健康的というわけではないと思うのだが、一人暮らしのときよりはいろいろ食べるのでよいのかもしれない。まあコージが寝込んだらみぎてが大いにうろたえそうな気がするので、少々の風邪くらいでは寝込んでいられないというのもあるのだが…
 さて、牛丼をたらふく食って一息ついたところで、ディレルはふと思い出したようにコージに質問した。

「あ、そうだ。ポリーニの家ってどこなんですか?えっと…」

 そういいながらディレルはかばんから分厚いシステム手帳を取り出す。この几帳面なトリトンは、予定表やら住所録やらをちゃんとシステム手帳で管理しているのである。システム手帳もピンからキリまであるが、彼が使っているのはこげ茶色の革表紙ものである。もっともかなり使い込んでいるせいで、一部革がぼろぼろになっているが、ここまで使えば立派なものである。
 ディレルはシステム手帳から小さなバビロン市街図を取り出す。システム手帳にはバス路線図や時刻表などが印刷された中紙がついているのである。

「ここら辺ですよねぇ…ウェストメサ地区の…」
「あ、ここ。『セント・レジオネラ記念病院』」
「ここ?…ってこの辺って民家からちょっと離れてたような…」

 セント・レジオネラ記念病院といえば、バビロンでもかなり大きいほうの病院である。高級住宅街から少し離れた高台に建っている総合病院で、バビロン医科大付属病院の次ぐらいに有名な病院だった。しかし病院の敷地のまわりは緑地や駐車場になっていて、民家までは多少離れている。
 するとコージは笑いながら二人に言った。

「だからあいつ、『セント・レジオネラ記念病院』に住んでるの。おとうさん理事長だし…」
「え?理事長って…」
「ポリーニの親父さん…お医者さんなのかよ!」

 ちょっと想定していなかったシチュエーションに、ディレルもみぎても目を丸くして悶絶するしかなかった。あのとんでもない極悪発明女王が、実は大病院の理事長の娘で、(かなりの確率で)大金持ちというのである。
 まあちょっと冷静に考えてみれば、毎度恒例の謎の発明やら、時々登場するちょっととっぴ過ぎる自作コスプレファッションやら、そんなことが可能になるにはある程度の資金が必要である。どう考えても講座の予算だけではあそこまでいろんな発明品をつくることはできない。ということは、彼女はそれなりにお金持ちで、自分のお金もつぎ込んで発明をしているという結論が自然と導き出されてくるのだが…
 普段のあの「洗いざらしのTシャツと白衣、お化粧って何?」「毒舌で男性陣をばっさりとやっつける」姿を思い出すと、彼女のそんなセレブな家庭環境など(魔神族でなくても)想像などできようはずはない。実際この期に及んでも、みぎてとディレルは「ポリーニお嬢様」という姿をどうしても思い浮かべることができなかったのである。

(③へつづく)

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