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炎の魔神みぎてくんキャットウォーク 1.「発明品だって最新流行のデザインを」①

1.「発明品だって最新流行のデザインを」

 十月も終わりごろにもなると、バビロンの街も朝晩はすっかり冷え込んでくる。昼間こそ日差しのおかげで暖かい(というより汗ばむくらいの)陽気なのだが、夜になると空気がひんやりして肌寒いくらいである。
 こういう季節になると、今までのTシャツやタンクトップ、キャミソールのような露出の多いファッションから、だんだんジャケットやコートのような重ね着主体になってくるのは当然である。街を行く人々もどんどん長袖のシャツやカーディガンのような暖かい装備が目立つようになってくるし、色使いも真夏のような白や原色のような派手なものから、カーキ色やモスグリーン、くすんだ赤やグレーといったアースカラーが主流になる。つまり…すっかり秋から冬の装いになっているというわけである。
 もちろん今日のコージのファッションも真夏のような薄着ではない。一応Tシャツの上にデニムのジャケットを着ているし、パンツのほうも秋らしくこげ茶色の綿パンである。もっともどちらも二年前に買った結構使い込んだもので、すそや袖の一部が少しほつれていたり、多少ひざが色あせていたりするが、この辺はこのくらいのほうが風格があっていい…と勝手に考えている。
 ところが傍らの相棒は、この季節になっても上半身は相変わらず派手なオレンジ色のタンクトップだし、下はといえばさすがにハーフパンツではないものの、だぼだぼのカーゴパンツといういでたちである。晴れた日の昼間はともかく朝晩は絶対寒いと思うのだが、彼は今のところあまりそうは感じていないらしい。
 まあもっともこの相棒の場合、たしかにタンクトップは似合う…というより似合いすぎである。なにせ背丈も体も勇壮としか言いようがない見事なものだったし、腕や足だって丸太のように太くて筋肉質である。よくいる体育会系の学生程度では太刀打ちできるレベルではない…テレビでたまに見るプロレスラーでもどうだろうという次元である。だからタンクトップとかノースリーブとか、露出の多い服のほうが格好良く見えるものなのである…季節の問題を無視すれば、だが。
 コージは改めて彼の相棒の、今日のファッションを観察した。赤銅色の肌に明るいオレンジのタンクトップ、それからアーミー柄のカーゴパンツ、でっかい白のバスケットシューズ、頭に生えた小さな角と輝く炎の髪…春から夏ならまったく問題はない。しかし紅葉も始まろうというこんな時期になると季節はずれ感が否めない。

「うーん、みぎて…ちょっとそのタンクトップ…」
「え?秋だし、秋っぽい色にしてみたんだけどさ…」

 『みぎて』というのはこの相棒の名前である(当然本名ではない)。本名は「フレイムベラリオス」という仰々しいものなので、ちょっと当人も恥ずかしいらしい。もっともその代わりのニックネーム「みぎてだいまじんさま」というのも、コージの感覚ではけっこう恥ずかしいような気がするのだが、当人はとても気に入っているようである。まあこういうものは本人さえ納得していれば問題はないので、コージはこの相棒の魔神のことを「みぎて」と呼んでいる。
 しかしまあともかく、どうやらみぎては今日の服装に関して、多少は「秋」を意識したファッションだったようである。いわれてみれば派手なオレンジ色は紅葉っぽく見えないこともない。いや…紅葉というよりみかんかなにかのかんきつ類色かもしれない。ちょうどくだもの屋さんの店頭には早生のみかんが出回り始めている…この食いしん坊の魔神のことだから、絶対その手の食べ物からインスピレーションを得たに違いない。
 が、ここはそういう問題ではない。

「…毎年言うような気がするんだけど、それ真夏の服だって…」
「…ええっ?みかんとかりんごとかクリとかマツタケとか、秋だろ?」
「…色の問題じゃないって…それ絶対寒々しい」
「えええっ!俺さまショック…」

 せっかくのファッション選択をあっさり否定されて大慌てのみぎてにコージは苦笑するしかない。やっぱりこの魔神は「食べ物」から服装の色を選んだのである。が、この場合色の問題ではなく、選択した服そのものが季節はずれなのだから仕方がない。とにかく上に後一枚は着ないと絶対寒々しくて格好悪い。
 ということで、みぎてはコージに追い立てられるように、もう一度服装を選ぶために玄関口から部屋にUターンすることになってしまったのである。なんとなく毎年この季節になると同じような騒ぎをしているような気もするのだが、この辺は魔神と同居する楽しみと思うしかない。

*     *     *

 さっきから「相棒の魔神」と言っていたが、これは比喩でもなんでもない。コージの同居人であるみぎて…フレイムベラリオスは正真正銘の炎の魔神族、それもどうやら「大魔神」級の魔神なのである。実際さっきも説明したが、みぎての姿といえば背丈は二mはあろうかという筋肉たっぷりの巨体だし、ちょっと人間族では考えにくい鮮やかな赤銅色の肌だし、それからなにより髪の毛は真っ赤な炎である。額のところに小さな角があって、一応申し訳程度に牙(八重歯のほうが近いかもしれないが)もあるのだから、われわれが想像する魔神族の最低限度の条件は満たしている。が、残念なことに顔のほうは結構童顔だし、純粋そうな真ん丸い目などはどうにも魔神らしい迫力に欠けているのだが…(もちろんこれで本当にこわもてだったら、人間界の街では多少困るのでよいのである。)
 コージは普通の駆け出し魔法使い、バビロン大学の魔法工学部在籍の学生なのだから、これはきわめて稀有な例である。魔神というのは伝説の魔道師とか、どこかの大神官とか、そういうすごい人だけが支配下におけるというのが一般常識である。実際コージの大学の学生はもちろん先生方ですら、みぎてのような立派な魔神族と同居している話は聞いたことがない。第一、精霊とか魔神とかは魔法使いの同盟精霊になるという話はあっても、同居して一緒に飯を食ったり、洗濯したり、遊んだりするいうのは前代未聞の話である。
 ところがこの魔神の場合は、実はひょんな事件でコージと知り合って、いきなりコージの下宿に転がり込んできて、そのままコージと一緒に大学に通い始めたという相手なのである。いわば同盟精霊ではなく本当に相棒、同居人という間柄だった。あえて契約といえるものがあるとすれば、魔神が人間の学校に通うというのは、いろいろ細かいところで問題点があるので、コージがいろいろ世話をするという程度のことである。

 しかし実際魔神との同居生活というのは、これは毎日がお祭りというか、どたばたと笑いの連続だった。魔神と人間の生活習慣の違いはもちろんある。たとえば炎の魔神はアイスクリームは食べられないとか、魔神も風邪を引くらしいとか、魔神にもファッションの流行があって、人間界のものとはちょっと違うとか…そういう小さな驚きでいっぱいなのである。そういうどたばたが毎日のように発生して、そのたびごとに新鮮な驚きや感動があるのだから楽しくないわけがない。
 それにこの魔神は、もう奇跡的才能といってもいいくらい人懐っこくて陽気だった。たしかに外見はちょっと…ではなくかなり大柄で迫力がある。しかしそんなことが問題にならないほど素敵な笑顔と、それからあきれるくらいの純粋さを持っている。一緒にいるコージがちょっと赤面してしまうほどといってもいい。実際最初は少し怖がっていた大学や近所の人も、あっという間に「コージさんところの魔神さん」ということでなじんでしまったのである。それどころか去年はバビロン大学で一二を争う名物学生としてテレビに出たり、大学祭で魔界の音楽を披露したりと、完全に街の人気者状態である。街に買い物に行くときだって、もうちょっと勘弁してほしいほど、近所のおばちゃんとかお店の店員が声をかけてくるのだからどうしようもない。
 とにかくコージにとってこの炎の魔神みぎてとの日常は、ほかの誰も決して体験できないほどのエキサイトで楽しいものだった。これは口に出すのはとても恥ずかしくてできないことだったが、みぎて無しの生活なんてとても考えられない、それくらいコージにとってこの魔神は大切な相棒なのである。そしてなによりうれしいことに、みぎてのほうも彼のことをかけがえのない相棒と思ってくれている…コージにはいつだってそれだけは確信できるのである。

*     *     *

 さて、ようやく服が決まった二人は家を出ていつものように学校に向かう。今度はさすがにみぎてもタンクトップ一枚の寒々しい格好ではない。ちゃんと上に薄手のパーカーを羽織っている。もっとも前の部分は全開状態なので、やっぱり寒そうなタンクトップは丸見えであるが、さっきよりはずいぶんましである。
 しかしさすがに十月も終わりとなると、朝のひんやりとした空気が頬に当たってちょっと寒い。よく見ると街路樹のイチョウも黄緑色を通り越して、すっかり黄色になっている。街行く人はといえば、秋もののジャケットとか、カーディガンとか、(学生街なので)ジャージとか、とにかくこの季節らしい暖かそうな服装である。これでタンクトップ一枚姿ではいくらなんでも格好悪かっただろう。いまさらながら胸をなでおろすコージである。
 もっともみぎてのほうは、周囲のファッションを見るよりも着慣れないパーカーがどうも息苦しいらしく、袖のところを引っ張ったり、肩を回したりとなんだか落ち着きがない。確かに今日着ているパーカーは、昨年某量販店のバーゲンで買ったものなので、いくら4XLサイズ(この魔神の場合体が大きいので当然服のサイズは4XLである)といってもちょっとスリムタイプである。最近の流行はどうやらスリムでぴっちりしたタイプの服らしいので、なかなかこの魔神に合うサイズというのは少ないのである。
 とはいえ体のでかいみぎてにベストフィットの服を探すとなると、これはまた大変で…いくつかのスポーツブランド商品がある程度で、さらに値段のほうも高い。いまだに六畳1Kのアパート住まいの二人(当然ながらどうしようもなく狭い)には、なかなか買えるものではない。まあ人間界の服というものは、やっぱり人間サイズが一番売れるものなので(獣人族のように大きなサイズの人もいないわけではないのだが、やはりやや人口は少ない)、どうしてもこういう問題が起きやすいわけである。この辺は貧乏学生の宿命だろう。

 さて、二人は大学前の通りを少し急ぎ足で校門に向かって歩いてゆく。服選びでちょっと時間がかかってしまったということもあって、いつもの登校時刻より遅めだからである。もちろん遅刻というわけでは決してないのだが、あまりぎりぎりというのも格好のよいものではない。
 校門に近づいたところで、二人は聞きなれた仲間の声に呼び止められた。

「あ、コージ、みぎてくん、おはよう」
「ディレル、珍しく遅いじゃん」

絵 武器鍛冶帽子

 講座仲間のディレルである。肩までかかる金髪と、優しそうな目が印象的なトリトン族の青年で、コージが大学に入ったときからの親友だった。当然みぎてとも仲がよく、コージの次にこの魔神の世話をしているのは間違いなく彼である。いや…正確には「魔神の世話を」ではなく、「講座全員の世話を」しているのが彼だというべきかも知れない。とにかく細かいところまで気が回る上に、不思議なくらいお人よしというのだから、これはもう生まれながらの世話女房(?)としかいいようがないのである。決してマスクも悪くないし、体格も海洋種族であるトリトン族らしく結構たくましいのに、彼女がぜんぜんできないのは間違いなくこのお人よし病が原因である。まあもっともみぎてだけでなくコージも、そんなディレルの性格に相当な恩恵を受けているので…難しいところである。
 ディレルはコージの挨拶…「珍しく遅い」を聞いて、ちょっと困ったように笑う。たしかにこの几帳面なトリトンは毎朝講座に一番についているのが普通なのである。今日みたいにコージたちと一緒に登校というのは、本当に年に一、二度ある程度なのだから、珍しいというのは正しい。

「妹の服選びで大騒ぎしたんですよ。急に寒くなったし…」
「あ、ディレルのとこもかぁ…みぎても今朝どたばた」
「ええっ、コージそれちょっと大げさだって」

 大慌てでみぎてはコージの言葉を否定するが、仲のよいディレルに実像はお見通しであろう(どたばたといえば大げさだが、それなりに騒いだ…が的確である)。しかしディレルのほうは…これは彼がいつもより三〇分以上遅いというという事実から見て、結構大騒ぎしたのかもしれない。なにせディレルの妹さん(セレーニアという名前である)は、この春女子大に進学したばかりなのだが、イマドキの元気な女の子そのものだからである。当然ファッションとかそういうものも大好きなので、一度服装選びを始めたら大変なことになるのは自明である。このお人よしのアニキが巻き込まれて頭を抱えたというのは容易に想像がつく。

「女子大生だから大変なんですよ。高校のときよりエスカレートしちゃって…」
「だろうなぁ…想像がつく」
「っていうか俺さま想像したくない」

 みぎてのつぶやきに全員大爆笑である。実際みぎてもコージもディレルの妹さんのことはよく知っているのだが、毎度確実にみぎてたちを振り回す元気振りを発揮するのだから困ったものである。もっとも彼女くらい明るくて元気なほうが商売をするには向いているので、ディレルの実家(なんと銭湯である)では看板娘である。この辺は痛し痒しでなかなか難しい。
 が、ともかく今日のディレルの疲れた顔を見れば、「女子大生の服選び」というものがどんな騒ぎなのか容易に想像がつく。それがみぎての「想像したくない」という一言なのである。

「まあとにかく講座に急ぎましょうよ。ポリーニとか来てると大変じゃないですか」
「あ、それいえてる。コージ急ごうぜ」

 いつも早いディレルがまだ来ていないということで、講座のほうでいろいろ変な騒ぎになっていると困るわけである(部屋の鍵を持ってきていないとかで、廊下で文句を言いまくっている人がいる可能性がある)。特に(後ほど登場するが)ポリーニが騒ぎ始めると、なんでもないことが天下の一大事になりかねない。とにかくさっさと登校して日常ペースに戻したほうがいいにちがいない。
 というわけで三人は大慌てで校門をくぐり、魔法工学部棟のコージたちの講座へと向かったのである。

( 1.「発明品だって最新流行のデザインを」②へつづく)


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