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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 3「話どんどん進んでますよ…」

3「話どんどん進んでますよ…」

 アミューズメントゾーンは面積としてはショッピングゾーンより多少小さいらしい…が、コージ達が今まで見たことのあるこの手の施設とは比較にならないほどのでかさである。最近流行のシネコン、ゲームセンター、カラオケボックス、ボウリング場、それからダーツバーやビリヤード場まである。一つ一つはコージ達もよく見かけるものだが、全部の設備が一つのビルに収まっているというのは初めてである。それに加えてそれぞれのスペースがでかい…最初に入ったゲームセンターでいきなり仰天である。

「ビデオゲームすげぇあるな…あ、あっちはメダルゲーコーナーみたいだな」
「見渡す限りゲームだらけですねぇ…どこになにがあるかわからなくなりそうですよ」
「っていうか、トイレを探すだけで一苦労しそう…」

 こういう巨大施設にありがちなことなのだが、いざトイレを探そうとして、でかすぎてどこにあるのかわからないというパターンである。実際には各フロアーに最低二カ所はあるようなのだが、迷子になりそうなこのゲームコーナーではそれを見つけるだけで大変である。いや、それ以上に元の場所に戻るのはもっと大変かもしれない。

「どうします?何かやりますか?」
「…俺さま遠慮しとく。なんだかこんなにゲームだらけだと、ちょっと萎えてきた」
「なんとなくわかるぞ、その気持ち…」

 基本的にはいつでも勇猛果敢で好奇心抜群のみぎてであるが、これだけゲームばっかりが見渡す限り広がっていると、なんだかそれだけで食傷気味になってしまったらしい。もっとも時間もせいぜい一時間しかないのだから、今日は見るだけにしておくのが妥当かもしれない。
 三人はゲームゾーンからすごすごと退却し、隣のボウリング場に向かった。といっても時間的にボウリングをするわけにはいかないのだが、せっかくだし見物するのは悪くない。

「『スターレーン・バビロンプレミアム店』ですね。チェーンのボウリング場なのかな」
「でけぇなぁここも…俺さまボウリングって一度しかしたこと無いけど、ここいっぱいレーンがあるよな」
「あ、そうか…みぎてはボウリング、あれっきりやってないよなぁ…」
「あれはボウリングじゃないですよ絶対に…」

 今更ながら思い出したことなのだが、実はコージ達三人はボウリング経験がないわけではない。コージやディレルは当然なのだが、実はみぎてだって一度だけボウリングをしたことがあるのである。が…そのときはちょっとした理由があって、ボウリングらしいボウリングにならなかったという暗い思い出がある。(ボールの代わりにみぎてがスピンする羽目になったり、スコアが「全員」G/ーの連続だったり…今思い出しても頭が痛くなる騒ぎである。)

「コージ、せっかくですから今週末の休みの時に、みぎてくんにまともなボウリング体験してもらいません?あのままじゃあんまりですよ…」
「うーん、そうだなぁ…どうせもう一度ここには来る気だったし、ボウリングメインも悪くないか」
「あ、俺さまもやってみたい!今度こそピンを倒すぜ」
「…いやその、普通はちゃんとピン倒れるんですよ…」

 ディレルに「あんまりだ」とまで言われては、コージもその気にならざるを得ない。というかコージ自身も「あんまりだ」という気持ちは同感だからである。魔界に人間界の誤った情報(ボウリングは変なスポーツとかそういう誤情報)がみぎてを通じて伝わっては、マネージャー役のコージの大失態である。
 というわけで週末にもう一度この「スターレーン」に来ると言うことを決めた三人はそのまま出口の方へ向かう。が、そのときみぎては突然足を止めた。

「あ、コージ、あれ…」
「?あの店?」
「あ、あれはプロショップって言うんですよ。ボウリング用の道具とか売ってる店ですね。自分専用のボールとか作って…?どうしたんですか?」

 ボウリング場の出入り口のそばにボウリング用品の店がある、というのはおかしな話ではない。ショッピングゾーンの店と違って、ここのプロショップはボウリング場にあわせて夜遅くまで営業しているようである。ここからでもたくさんのボールやウェア、手袋などが陳列してあるのが見える。とはいえコージもディレルも、ボウリングは滅多にやらないので、プロショップなど入ったことがあるわけもないのだが…
 ところがみぎてが足を止めた理由は、プロショップそのものではなかった。そこにいる人物が問題だったのである。

「あっ!」
「ええっ!シュリさん!」
「奥さんも一緒だぜ…」
「まさか…あのシュリがボウリング…」

 プロショップの中で、結構熱心にボールを見ている細身の男性と、その隣にいる大柄の太ったおばさん…それは夕方に大学で出くわしたばかりのシュリと、その奥さんだったのである。あまりに想定外の光景に、コージもディレルもその場で目を見開いたまましばらくの間凍り付くしかなかった。
 と、そのときシュリもコージ達に気がついた…もちろん驚愕の表情いっぱいになってである。

「なっ、なぜっコージ君達っ!」
「…」
「い、いやこれはその、妻に勧められてっ!」

 お互い非常に慌てうろたえる様は、なにも知らない人が見たらいったい何の漫才だろうと思うだろうが、当人達は全員そろって大まじめだったのは言うまでもない。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 しかし考えてみると、別にボウリング場でシュリとばったりというのは、普段のシュリがスポーツなどに無縁という点を除けば、なにもびっくりするような話でも何でもない。コージ達にせよシュリにせよ悪いことをしているわけではないし、スポーツをすることは健康によいことなので、慌てふためく必要などかけらもないのである。まあ強いて言えば、「プロショップでばったり」というのがなんだか…ボウリングが上手とかそういうわけではないコージにとって、気恥ずかしいというだけのことである。おそらくシュリにとっても同様であろう。

「あらまあ、お久しぶりですわ。みなさんお元気そうで…」
「あ、その…元気にしてます。ほんとにお久しぶりです」

 大いにうろたえ、目を白黒させているシュリに比べて、奥様の方は動揺のかけらもなく、にこにこ笑って彼らに挨拶した。というかコージ達の方も結構びっくりしているわけであるから、ひときわ奥様の落ち着きぶりが際だってくる。
 実はコージ達はシュリの奥さんエラと話すのは、これで三度目である。結婚式の時と、それから一度高級レストランに(取材で)行ったときだった。旦那の方が青びょうたんの発明マニアであるのに対して、奥様は見ての通りちょっと太った度胸満点姐さん女房である。一応大学で知り合ったのがなれそめ(つまり学生時代からのつきあい)らしいのだが、シュリのどこにひかれたのかコージ達には未だにさっぱりわからない。が、ともかく変なところに凝り性で暴走しがちの旦那を上手に操縦する特技は尊敬に値する。
 ようやく初期のショックから立ち直ったディレルは、礼儀正しく(奥様の手前なので)会話を続けた。

「でもシュリさん、ボウリング始めたんですか?今までそんな素振りぜんぜん無かったからびっくりしましたよ」
「あ、うん。俺さまも驚いた。でも運動は体にいいぜ。すっきりするしさ」
「ホホホ、そうなのよ。あたくしも主人に勧めて、今日来たのよ」
「なるほど、いいですね~」

 どうやら旦那の健康を気にした奥さんが、ボウリングを誘ったようである。いや、シュリのことだから何か発明とか大学の関連のことが絡んでいるのかもしれないが、いずれにせよ表向きは(現段階では)「健康ボウリング」ということになっているようである。
 しかし、コージが驚いたのは単にシュリが健康を気にしてボウリング、ということではない。たしかにボウリングは手軽なスポーツだし、深夜営業をしているところも多いので、大学を引けた後でも(交通手段さえあれば)できるという利点もある。が、普通ならボールなんてボウリング場で貸してくれるボールだし、靴とかその辺だってレンタルするものである。プロショップにわざわざ来て、自分専用のボールを物色するということ自体、「ちょっと始めました」レベルではない行動という気がする。ひょっとするとかなりまじめにやる気なのではないかという可能性もないではない。が、普段のシュリの挙動不審ぶりを知っているコージには、にわかにそれも信じがたいわけである。
 と、そのときみぎてがコージにささやいた。

「なあコージ、たぶん奥さんすげぇうまいと思う」
「えっ?そうなのか?」
「あの腕とか足、あれ単に太ってるんじゃないぜ。結構筋肉あるから…」
「…そういえば…」

 みぎてに指摘されて、コージは改めてエラ夫人の腕をチェックした…ぱっと見た感じは太めのおばちゃんの腕という気がするのだが、たしかに力はありそうである。というかひょろひょろのシュリなんか抱きしめただけで折れてしまいそうな気もしてくる。これはあながちみぎての仮説「奥さんボウリングうまい」は嘘ではないかもしれない。
 するとそのときだった。コージたちとシュリ夫妻が話しているのに気がついたらしく、店の奥からショップの店長らしい人がやってきた。背はコージよりも少し高いくらいで、薄いピンクのポロシャツを着た男性である。ポロシャツにはショップのロゴらしいものがプリントされているのだから、店長に間違いないだろう。
 店長はコージたちのところにやってくると、にこにこ笑って挨拶した。が…その内容はコージの度肝を抜くものだった。

「いらっしゃい!ヤーセン・プロのお知り合いみたいですね。」
「えっ?」
「ヤーセン・プロって…」

 全く考えてもいなかった「プロ」という単語にコージたちは目を白黒させた。確かに店長がレッスンプロで、三〇分三〇〇〇円でレッスンをしてくれるだとかいうのは全く驚かない。が、今店長は明らかに「ヤーセン・プロ」と言った。

「コージ、ヤーセンって…シュリ夫妻の名字ですよね」
「…俺の頭が壊れたんじゃないなら、そう…」

 店長と、それからシュリ夫妻を交互に見て、コージはこの驚くべき事実をようやく理解した。みぎての直感はすごいレベルで的中していたのだ。そう、まさかと思うような話だが、シュリの奥様エラはプロライセンスを持っている立派なプロボウラーなのである。あの腕や足、そして肩がムチムチなのも当然だろう。
 コージたちは予想もしていなかった展開に、しばらくの間口を開けたまま、にこにこ笑うエラ夫人と、隣で「秘密を知られた」とばかりに顔をひきつらせているシュリを見比べているしかなかったのである。

*     *     *

 結局最終バスに乗り遅れたコージたちは、シュリ夫妻と一緒にタクシーで帰ると言うことになった。というのも元々あまり時間がなかった上に、エラ夫人と店長のボウリング談義をおとなしく聞く羽目になったからである。

「いやぁ、コージ君たちすまなかったねぇ。まさかこんなところであうとは…」

 発明品の大失敗では絶対に悪びれないシュリだが、なぜか今日はずいぶん腰が低い。どうも「妻がボウリングプロで、自分も始めることになった」という事実を知られたことが相当気恥ずかしいらしい。コージの感覚では非常に健康的でいいことなので、ぜんぜん恥ずかしがる必要など無いとは思うのだが…もっともまだ始めたばかりなので、スコアがぜんぜん低いとか、そういう理由なのだろう。みんな最初はそんなものなので(コージだって数えるほどしかやったことがないので、スコアは一〇〇ちょっと越える程度である)、そんなことは気にせずどんどんやってゆくのがいいと思うのだが…

「で、もしかしてシュリさん、マイボールとか買うの?」
「妻はその気です…ボールと、シューズ…」
「ほっほっほ、ボールはやっぱり手の大きさとか、投げ方の癖とかあるから是非買うべきよ。自分にあったボールなら、ハウスボールより一回り重い玉でも楽に投げれるし…」
「そういうものなんですか。」
「あとシューズは必携ね。ボウリング場で貸してくれるシューズと違って、利き足にあわせて裏面が違うのよ。ほら、これ…」

 コージはエラ夫人の説明に感心する。確かに彼女のボウリング靴の裏を見ると、片方はフェルトの丸いシートが張ってあって滑るようになっているが、もう片方はゴムである。ちなみにいつもなら「シュリ」と呼び捨てにしているのだが、今日は奥さんの手前「シュリさん」と丁寧である。(それでも「シュリ先生」とは呼んでいないところが味噌である。)しかしこうして聞いてみると、やはりボウリングはれっきとしたスポーツなのである。野球のバットやグローブ、スパイクをそろえるのと同じだろう。

「こんな話を聞いていると、僕たちもマイボールとかほしくなってきますね、コージ」
「まあでも高いからなぁ…頻繁にやるならともかく」

 たしかにプロの説明を聞いていると、ディレルでなくてもマイボールとかを買ってみたいなという気がしてくるのは無理もない。が、実際に買うとなると、いくらやすくても二万円くらいはしそうだし、それに滅多にボウリングなど行かないコージたちにはもったいない話である。せっかく買って、そのまま講座の倉庫でお蔵入りというのでは、さすがにあほらしすぎる。
 ところがエラ夫人はにっこりほほえむとポシェットから折り畳んだチラシのようなものを取り出し、コージに渡した。

「えっ?さっきの店のチラシだ。…マイボールゲット・キャンペーン?」
「…あなただけのマイボールがシューズとセットで四九〇〇円…これなら買えないこともないですねコージ」
「ほっほっほ、まあこれスペアボールだから、あんまり曲がらないんだけど、最初に買うならこれもありなのよ。こっちにはまともな球セットもありますわ」

 ちらしの片隅には「曲がりならこれっ!一三〇〇〇円」というセットも掲載されている。さすがにこっちは多少買うのに勇気がいるような気がするが、それでも普通は二万円以上でボールだけしか買えないということを考えると、かなり安い。

「あそこの店ならわたくしの顔も利くから、もう少しやすくしてもらえると思いますわ。せっかくだからお始めなさいよ」
「…悩むところ…」

 熱心に勧めるエラ夫人にコージは悩む。正直興味がないといったら嘘である。月に一度くらいボウリングで汗を流すくらいのことは、運動不足になりがちの講座生活を考えると非常に望ましい。それにエラ夫人のこの様子なら、ちょっとくらいは彼女のプロレッスンをしてもらえることだって期待できる。が、それにしてもずいぶん熱心な勧誘という気がする。
 コージはエラ夫人と、それから隣に小さくなって座っているシュリを見て、はたと思い当たった。

「…もしかして、シュリの練習仲間にってことじゃ…」
「あ、それかも…」

 コージがこっそりディレルに言うと、ディレルも納得したようにうなづく。たしかにそれは大いにあり得る話である。プロのエラ夫人と、この手のことはほとんど経験のないシュリでは、シュリの方が精神的にきついというのはよくわかる。こういうものはライバルがいてこそ楽しいものなのである。それもレベルが違いすぎない相手が一番である。コージ自身ももともと興味はある話なので、そういう理由なら悪くないと言う気がしてくる。
 するとエラ夫人はあっさり肯定した。

「実はそうなのよ…主人、本当に運動しないでしょ?糖尿とか高血圧とか、その辺の成人病が心配なのよねぇ」
「うーん、それは…」
「血圧はむしろ低そうだけど、糖尿病とかは心配ですねぇ…」

 本当に心配そうな表情なエラ夫人に、コージたちはさすがにちょっと同情する。大学の研究…つまり発明ばかりに熱中しているシュリである。絶対と言っていいほど運動量は不足する。まだ年齢が三〇歳ちょいの今はいいが、このままあと一〇年もすれば絶対になにか病気がでてきそうな気がする。姐さん女房であるエラ夫人にしてみれば本当に心配なのも無理はない。

「シュリさん、いい奥さんでよかったですねぇ」
「ははは…はは…」

 ディレルのつっこみに赤面しながらシュリは笑うしかない。なんと答えてものろけにしかならないからである。まあ正直なところ、今までさんざん発明品実験に巻き込まれているコージたちだが、結婚式に呼ばれた仲である。奥さんの折り入っての頼みを断る気はさらさらない。それにプロボウラーのエラ夫人の無料レッスン付きとなれば、大喜びで協力する気にもなる。

 ところがここで、こういうお祭り騒ぎが大好きなみぎてがにこにこ笑って言い出した。

「じゃあさ、いっそ二ヶ月くらい先にボウリング大会でもやったらどうだ?みんなに声かけてさ」
「みぎてくんっ!」
「あ、またみぎて、墓穴やった…」

 何気ない発言だが、これは恒例の大墓穴である。コージとディレルはたちまちのうちに蒼白な表情へと急変する。が、エラ夫人は得たりとばかり満面の笑みを浮かべてみぎてを絶賛し始めた。そのあまりの対比は端で見ていると笑えてくるだろうが、当人たちは大まじめである。

「すばらしいアイデアですわ!主人も励みになるでしょうし…わたくしもショップの店長に後援してもらえないか聞いてみましてよ。ね、あなた」
「いや、その、たった二ヶ月で…」
「レーンの予約は早めにした方がいいわ。そうね、十一月終わりあたりがいいかしら…」
「…コージ、話どんどん進んでますよ…」
「…俺さま大墓穴掘ったの、今痛いくらいわかった…」
「…幹事誰がやるんだよ…」

 シュリと一緒にボウリングを練習するというのと、ボウリング大会の幹事をやるというのはぜんぜん意味が違う。会場の予約やら日程調整やら参加者募集、果ては賞品の買い出しまで大変な苦労をする羽目になってしまう。
 もちろん今なら反対意見多数でボウリング大会なんて開催しないという選択肢もあるのだが、猛烈に熱の入っているエラ夫人を前にして、そんな恐ろしいことをする勇気がコージたちにあろうはずがない。それにせっかくみんなで練習をするのだから、目標がある方がいいのも間違いない話だろう…ただ、本音を言うと主催は誰か他の人にやってもらいたい。だからコージもディレルも渋い顔をするのである。墓穴を掘った当のみぎてに至っては、ノリノリのエラ夫人に今頃になって真っ青になっている。
 しかしエラ夫人はそんなコージたちの困惑など、全く気がついていないようである。というか、もう彼女の脳内では大会の開催は決定になってしまっている。ここまで来てしまっては、誰だって急ブレーキなどかけれるはずはない。
 ディレルは首を横に振って、完全に観念したようにコージたちに言った。

「どーせ幹事は僕たち三人でやるんですって。言い出しっぺのみぎてくんと、保護者のコージは絶対に逃げちゃだめです」
「ってことは、三人目はディレルってことだよな」
「しかたないでしょ…いつものことなんですから」

 「だから毎日ストレスがたまるんです」と言いたいように、ディレルはエラ夫人と、それから墓穴を掘ったみぎてを交互に見て、軽くため息をついたのである。

(4「あ、説明するの忘れておりましたわ」①へつづく)

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