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今夜、文学劇場にて―演劇×文学①

第1回 『文豪とアルケミスト7旗手達の協奏』と『善心悪心』


(文責:深川文)
※この記事は、『文豪とアルケミスト7旗手達の協奏』,『善心悪心』のネタバレを含みます。また、劇の中のモチーフとなった作品や文学者の史実に対して言及している箇所がございます。
何かお気づきの点がございましたら、お手数をおかけしてしまい大変恐縮ですが、email: literature.byyour.side@gmail.comまでご連絡ください。


―文学と演劇は深くつながっている。
  文学作品を土台に劇が完成すること、反対に劇を下敷きに文学作品が描かれることがある。文学と演劇、二つの芸術作品が重なり合ったその瞬間、物語の森林は、一層美しく深みある存在へと変わる。文学と演劇の生み出すハーモニーに、人は心を掴まれて、生きた感情を手にする。
 これは、そんな人の心を揺さぶるくらいに大きな力を持った、二つの芸術作品を結びつけて紐解く試み―


本日、読み解いていくのは『文豪とアルケミスト7 旗手達の協奏』と里見弴『善心悪心』。
私は今回、初めて『文豪とアルケミスト』の劇を観劇しました。里見弴先生の作品が好きで、里見弴先生が現代のサブカルチャーにどう組み込まれているか気になっていたことと、志賀直哉と小林多喜二のたった一度の対面エピソードが好きなエピソードだったことが観劇のきっかけです。
『善心悪心』は何度か読んだ経験があります。読む度、当時の里見弴先生の「自分」を生きようとあがいていた苦しさが伝わってくることが印象的な作品です。自分の心に嘘をつくことなく、「自分」であろうと、必死に時には他者とぶつかり傷ついて生きてきた弴先生の姿が印象的なこの物語がどのように劇の中に取り込まれているのか、想像が付かずドキドキしました!時々SNS上で劇のお話を見かけると、「どんな展開なんだろう」ともっとドキドキ…。そんな私の感想はいかに!
さあ、それでは観劇の感想にうつりましょう!

―観劇した感想―
初の観劇。文豪が転生するお話ってどんなお話なんだろうと、未知なる世界にドキドキしつつ、観劇開始。始まるまでに流れている音楽がおしゃれで、物語の世界がこれから始まるんだなと楽しみでそわそわしました。
 見ていて“転生する”物語って、現実では出来なかったことや、あって欲しかった未来を叶えられるところが叶えられるところが素敵だなと感じました。この作品に登場するキャラクターは実在する人物をもとに構成されたキャラクターです。モデルになった作家さんは、作品を読むことは出来ても、実際に会って話をすることは出来ません。
でも、この劇のような形で、キャラクターとしての”転生”を通して、モデルとなった作家さんは、自分が生きていた頃は想像したことのなかった未来・叶えることの出来なかった未来を生きているんだ。この感覚は、今はもう話すことの出来ない作家さんの心を無視した、自分にとっての都合のよい幻想に過ぎない存在かもしれない。でも、劇の物語を通して広がる世界は、優しさと熱さを秘めていた。熱を帯びた優しさある物語の世界は、モデルになった作家さんのことを知っていく中で見ていった、過去の出来事に対する悲しさややるせなさをそっと抱きしめてくれたような気配がしました。
 あって欲しかった未来を物語の中に見い出すことで、人は幸福を見つけ出すことが出来るのだと思います。現実世界から少し離れて、創造された物語に入り込む中で、人の心はエネルギーを得て、今を生きることが出来るようになるのかもしれないなと感じました。
 加えて、今を生きる私たちには、先人から様々なことを託されているんだろうなと体感しました。現代社会では言論の自由が保障されている一方で、自由という言葉の生んだ課題や苦しさが存在しています。そうした課題や違和感が徐々に積み重なっていくことで、もう二度と繰り返さないと誓った出来事へと社会は近づいていくように思えます。普段生活していく中で、自分の感じた違和感や苦しさに気づかない振りをすることなく、丁寧に受け止めてみること、時には受け止めた思いを言葉で表現してみることを通して、先人達から託された願いを大事にしていくことが出来るのかもしれないなと感じました。
 また、終始役者さんが戦っていらっしゃるのを見て、すごいパワー!と感動していました✨
私は今回、お友達と一緒に配信を見ていたのですが、キャラクターが動く度、「頑張れー」や「○○きたー!」、「よし!」のような歓声が上がっていました。日曜日の朝に見ていたヒーローショーを思い出すような、ワクワクとハラハラ感を久しぶりに感じました!
 
 ―『善心悪心』と重ねてみる―
 今回、観劇した際に、tn先生の「負の感情だって僕達にとっては大切な感情なんだ」という言葉が特に印象的でした。里i見i弴先生の自分の心に嘘をつかない、自分に対してひたむきな作品像が濃縮された言葉のように思えたからです。
多分、志i賀とtnはお互いが、大切な“友達”(友達や親友という言葉だけではおさまることのない、深い関係かなと想像)だったからこそ、お互い、自分の心に嘘をつくことなく向き合い、ぶつかり、和解を繰り返してきたんだと思います。本音で衝突しながらも、生涯にわたる友情を築いた仲だからこそ、他人には見せたくない、負の感情もたくさん存在しているはずです。でも、醜くて嫌な感情だから要らないわけではない。どの感情も自分が心から大切だと感じたかけがえのない存在で、自分達の生きてきた軌跡だからこそ、愛おしくて手放したくない存在なのかもしれない。
 劇中に登場する言葉で、小i林i多i喜i二の書簡にも残されている言葉「闇があるから光がある」、劇では、この言葉は『善心悪心』を描いた頃、必死で足搔き、生きようとしたtn先生にも向けられた言葉なのかなとも感じました。
 胸の中にずっと持っていた苦しみをすべて曝け出す行為って、自分を傷つける行為でもあると思います。思いだしたくもない黒々とした想いや苦しかった過去は、見つめ直しているうちに、自分の心を傷つける刃へと変化する瞬間があります。思い出す過程で、消えかけていた心の傷のかさぶたが剥がれて、野ざらしになることもあります。負の感情を吐き出して、自分の心に素直に生きようとしている際に感じた痛みは、もう二度と経験したくないほどの激しい苦痛であるのかもしれない。
 でも、そうした暗い感情から目を逸らすことなく生きることで、見えてくるものは確かに存在する。負の感情と共に乗り越えた過去の存在を大切にすることで、自分の心にあるものすべてがかけがえのなく、愛おしい存在だと実感できるのかなと思います。したがって、劇中の「闇があるから光がある」という言葉は、「苦しさと一緒に生きてきたからこそ、自分の持つ心すべてが大切な存在になる」とも受け取ることの出来るのかなと考えました。

―『文豪とアルケミスト7旗手達の協奏』ブックリスト―
■今回は、『文豪とアルケミスト7旗手達の協奏』に実装されていた作家さんに関連する作品で、私が特に好きなものを厳選して、まとめてみました♪
◇里見弴(著)『君と私 志賀直哉をめぐる作品集』
里見弴と志賀直哉の交友を描いた作品がまとめられたもの。今回、作中で重要なキーワードとなった作品「善心悪心」も収録されています。個人的には二人は互いを大切な友達だと思っていたからこそ、本音でぶつかり合っては仲直りをして、共に生きてきたんだろうなという印象を受けました。そして、里見弴にとって、思い悩み足搔いて出来た傷跡は自分の生きてきた軌跡であって、失いたくない大事な思いなんだろうなと思いました。
 
◇志賀直哉『流行感冒』
スペイン風邪の流行する頃、感染を恐れて疑心暗鬼になった人が、徐々に日常に帰っていくお話。人間は今も昔も変わっていないことの方が多いけれど、何とか乗り切ることの出来る存在なんだろうなと感じて、温かな気持ちになりました。人の心の中には醜い感情もあるけれど、誰かをそっと受け入れることの出来る優しさもちゃんと存在しているんだと改めて感じました。

◇高村光太郎『智恵子抄』
高村光太郎が智恵子を知ってから智恵子が亡くなるまでを描いた詩集。
個人的な話にはなりますが、私が初めて古書店で購入した本です。初めて『レモン哀歌』を読んだ際の感情は今も鮮明に覚えています。目には見えないけど確かに自分の中にいる、でも手の届かないずっと遠くにいるあの人、そんな感じを胸いっぱいに感じさせられる詩集です。

◇武者小路実篤『愛と死』
 夏子と純粋な恋に落ちた野宮。彼は洋交後、夏子と結婚することを誓うが、夏子はインフルエンザを疾患し……。
 ちょうどこの作品を読んだ際、どうにもならない死と直面し、生きている人の姿を目の当たりにしていました。人の命には限りがあって、いつか必ず終わりが訪れる。でもそのいつかは時にあっという間にやってくることもある。死に対して人は無力だからこそ、自分の想いを大切にしてもいいのかもしれないなと感じました。
 
◇三浦綾子『母』
 小林多喜二を母セキの視点から描いた作品。
小林多喜二のまっすぐで一途な人柄を見ることの出来る作品です。セキさんの多喜二に対する深い愛とやりきれない想いを想像すると、胸が痛くなります。過去に起きてしまった事件の結末を変えることは出来ない。でも、過去に起きた過ちから学び、繰り返さないことは出来る。小林多喜二の人柄に惹きつけられるのと同時に、今を生きる私たちに出来ることは何か、考えさせられます。

◇有島武郎『小さき者へ』
 有島が母を失った三人の子どもたちに向けて書いた作品。言葉の一つ一つに、子ども達へ向ける愛情が込められていて、読むたび、妻に先立たれた有島の心境や残された子ども達を想像して、胸が熱くなります。人は悲しみを抱えながらでも強く生きていくことの出来る存在なのかもしれないなと、自分までも励まされる気持ちになる一冊です。

◇広津和郎『同年代の作家達』
芥川龍之介や宇野浩二、菊池寛など……様々な作家さんと広津和郎の交流を描いたお話。いろんな作家さんとのエピソードがたくさん載っていて楽しい一冊です。個人的には、志賀直哉とのエピソードが、しっかりしているようで不思議なところで抜けている広津和郎の人柄を探ることが出来て、お気に入りです。

◇石川啄木『一握の砂』
啄木の詠む歌の豊富さに驚かされた一冊。私は「かなしきはかの白玉のごとくなる腕に残せしキスの跡かな」のような、艶やかさのある恋の歌がお気に入りです。啄木の恋の歌って、中高時代には見ることの出来なかった啄木の一面をチラリと覗くことが出来たような感覚があって、ドキッとさせられます。

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