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臭い飯

こういう物と出会えるから食堂巡りはやめらんねぇなぁ。

たべたい

ちょうど画面が羽生君から切り替わった

 冬。連日のテレビは北京五輪の話題ばかりだ。「氷都」と自称し、市民のおよそ7割がスケートを楽しめる(個人調べ)東北の中核市で育った僕。とはいえ僕自身ウィンタースポーツに理解がないので、さほど興味が無いながらも同じ日本人として、連日の日本人選手の活躍には誇らしさを覚えていた。

 今日の午後!羽生結弦選手がフリープログラムで4回転アクセルを成功させるんじゃないか!という日の昼。カーナビの画面で繰り広げられているスケートリンクでの戦いを傍目に、僕は腹が減ったので食堂を探していた。岩手県北部。この辺りで昼飯というと、巨大なおにぎりが名物の蕎麦屋を思い付いたが、蕎麦は昨日に食べている。それに進行方向とは真逆だし、引き返してまで食べたい気分じゃない。という訳で、ちょうど道中にあった古い食堂に車を停めた。ボロい食堂が、好きなんです。以前から目にしていたが、昼メシ時に通りかかることが無かったので入れず終いだった店。Google検索ではラーメンが独特らしい。なんだ独特なラーメンって。恐いねぇ。注文しよ。決定〜。

さむい

唯一の暖房

 自動ドアは壊れていて、自(分で)動(かして下さい)ドアになっていた。重いガラスを引いて中に入る。先客はおらず、どこからか聞こえるラジオ以外は何の音も聞こえない。というか先客どころか店の人もいない。大丈夫か。

 店内を見渡していると、奥の厨房から暖簾をかき分けてオバちゃんが出てきた。「やってますか?」との問いに笑顔で答えてくれる。他の従業員の気配はしないから、きっとこのオバちゃんが1人で営んでいるお店なんだろう。手前と左手に円筒型と反射式ストーブの2つが置いてあったが、円筒型には火が入っていなかった。じゃあこのデカいヤカンは何を沸かそうとしているんだ。そして寒いぞ、オバちゃん。この部屋でそのサイズの反射式ストーブだけじゃ力不足でしょ。だって室内なのに息が白いぜ。円筒型にも火を入れてくれ。

 反射式に一番近い席を選んで座るが、相変わらず寒い。壁に掛けられたお品書きを見る。ラーメン、カレーライス、カツ丼、親子丼。ごく普通の食堂メニューだ。好物の焼きそばもあったけど、決めていたラーメンを注文する。「はぁい」とオバちゃん。お茶を出してくれた後、厨房に戻っていった。やっぱりオバちゃんが切り盛りしてるんだなココ。そしてお茶をなみなみ入れてくれたなオバちゃん。飲みづらいぜ。

美味い。

くさい

 オバちゃんに断りを入れてテレビの電源を入れた。ちょうど先程まで見ていた男子フィギュアスケート。羽生選手が念入りにアップをしていた。その顔はとても冷静に見える。すごい。国民のプレッシャーを意に介せず黙々と集中できるのも凄いが、いやぁそもそもスケート靴を履いて氷の上をジャンプできるのが凄い。ましてや飛んでから4回も回るとか意味が分からない。こちとら地上ジャンプですら4回も回れないのに。どうなってんだ羽生結弦。

可愛いドンブリ。

 ボケっとテレビを見ているとオバちゃんがラーメンを運んできた。室温が低いから湯気の量が凄い。お盆ごと僕の前に置き、「はぁいどうぞ〜」と言って厨房に下がっていった。箸を割ってラーメンを見る。何の変哲もないラーメンだ。薄茶色のスープ。麺が白っぽい気がする。地元の食堂では見ない色。投げた?って具合に散らばるメンマ。雑に乗せられたほうれん草。麺の白さに緑が映える。あるのと無いのじゃ雲泥の差だ。チャーシューは無いが海苔は2枚。贅沢。味付け卵じゃなくゆで卵というのもニクいな。いいじゃないか、いいじゃないか。素晴らしい。これぞ食堂のラーメンだ。これを求めて、僕は今を生きている。

 レンゲを持ち上げてスープを啜った。は?くせぇぞ。

きつい

 なんの臭みかはよく分からない。かすかに動物臭いような気がする。例えが浮かばないが、無理やり形容するなら「中古屋で古い冷蔵庫を開けた時の匂い」に近い気がする。鼻の奥をグッと押し込むような重い匂い。酸っぱい匂いではないから、何かが悪くなっている訳ではないんだろう。一体何が匂うんだ。ちょっと信じられない。豚骨とか煮干しラーメンは臭けりゃ臭いほど美味いなんて聞くが、ただの食堂ラーメンに恐らくそれは適応されない。うっえぇ。Googleに書いてあった「独特なラーメン」ってこういう事か。この臭さを「独特」で片付けるなよ。「ラーメンが臭いです」って書けよ。まだ受け止められていない。麺を啜る。柔らかめに茹で上げられたちぢれ麺にスープが良く絡む。くせぇスープが。メンマが匂うのか?2、3本口に入れる。普通のメンマだ。スーパーとかで売っている味付けメンマの味。じゃあなんだ。ネギか?なるとか?ほうれん草か?どれも違う。海苔とゆで卵でもない。何だ?何が臭いんだ。というかゆで卵の黄身がヌルつくんだけど。これはこれで何?

 味蕾と嗅神経と大脳辺縁系を混乱させながら食べ進めていると、オバちゃんが「ごめんなさいね、忘れてました」と小皿を運んできた。

さぁでかけよう ひときれのチャーシュー

 チャーシューだ。乗せるのを忘れたらしい。冷えて脂身が白く固まっている。くせぇスープに沈めて温めようかと思ったが、如何せんスープが臭いのだ。せっかくのメイン具材を汚したくない。そのまま食べた。くさっ。おいチャーシュー。犯人はお前か。

 薄くて冷たくて臭い肉をお茶で流し込む。なるほど。つまりアレだ。ラーメンスープは主に出汁、タレ、油の3つで構成されるらしいけども、このお店はタレに恐らくチャーシューの煮汁、もとい臭汁を使っているんだろう。だからスープが臭い。いやそもそも何でチャーシューが臭いんだ。肉が古いのか。古い肉を使うな。もしくは煮てから古くなったのか。どっちにしてもそんな物を使うな。オバちゃんの衛生観念おかしくなってるぞ。やべぇ店だな。最高じゃん。

でもたぶんこない

 お茶を駆使して食べ進める。幸いお茶は美味しい。そしておかわり用にとオバちゃんが急須を置いていってくれた。助かった、なんとかなりそうだ。くせぇ麺を啜ってからお品書きを見る。カレー、焼きそば、親子丼。次に来たときはラーメン以外を頼んでみようか。それらの匂いが気になるから。臭いんだろうか、いや、臭くあってくれ。期待を裏切らないでくれ、オバちゃん。臭い飯を作り続けてくれ。

 テレビでは羽生選手のアップが続いていた。海の向こうの大陸で、羽生選手は念入りにアップをしている。僕はここでくせぇラーメンを食べている。会ったこともない、生まれも育ちも違う二人が、同じ世界、同じ今を生きている。不思議だな。同じ世界に生きている以上、羽生選手がこのお店に訪れる可能性もゼロではないよな。きっとラーメンを頼んで驚くだろう。悪い意味で。具と麺を食べきった器。くせぇスープに浮かぶネギを眺めながら、そんな事を考えていた。

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