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とりかえばや、男と女のトポス・場所(本の旅星④後編)


平安時代の「とりかへばや物語」の内容で躓いて?!しまっている

河合隼雄さんの「とりかへばや、男と女」。↓の続き,

やっと!!!ファイナルです!

男の子を産んだ右大将は、中将との精算を決意、「男を待つのが楽しみだけの生活は耐えられぬ」と子を残して中将から姿を消す。

尚侍(弟)迎えに来たのだった。

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これから、姉と弟の「とりかへばや、作戦!?」が始まります!

右大将だった姉と弟が入れ替わり、右大将は弟が。

尚侍だった弟と姉が入れ替わり、尚侍は姉に。

これで職業柄の、性の不一致は解消された。そっくりな二人なので外見は問題ない。しかしながら、個人的に付き合いのある人達への疑問を解消しなくては、この作戦はバレてしまう!!!!

という事で、

尚侍と関係を持っていた東宮は、時々姉と弟が入れ替わり(バレずにOK🙆‍♂️でも大変😳)

右大将(弟)は、吉野の隠者の娘、姉姫を嫁にもらい、四の姫ともよりを戻す。(この時代、一夫多妻!)(OK🙆‍♂️)

尚侍(姉)は、帝に気に入られ、帝の子、若君を産み、隠者の言った通り、最高と地位を得る。(OK🙆‍♀️)

腑に落ちないのは、色男、中将だった。「息子を置き去りにして、嫁はどこに行った?!?!」と真相を探りに動こうとするが、そこに、事情を知っている隠者の妹姫を嫁にという話で、色男の本領発揮。即座に妹姫を気に入り嫁に。妹姫は、右大将(姉)の息子の母となり、中将も腑に落ちぬとも、妹姫の説得でこれ以上は探ろうとはしなかった。(🤫)

めでたし、めでたし?!か???

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この物語には、固有名詞が一つも出てこない。読む側がどこに立つかで内容の捉え方も変わってくる。誰が主人公というより、全体の流れを重視しているそう。

その流れとして、ユング派心理学者の河合隼雄さんは、

トポス(場の意味)が、キーポイントになっていると言っています。

(①②③の順の深さで3層です。)

①京都(宮中の場)・意識

②宇治(姉の隠れ場)・個人的無意識

③吉野(隠者の場)・普遍的無意識


これらをユングに当てはめると、①は意識、②は個人的無意識、③は普遍的無意識となり、①で姉弟は、具体的に男女入れ替わっていたが、②では中将の存在で本当の自分の存在を知る。

③は普遍的無意識だけに、ユングの言う、男性の中にもいる女性の元型「アニマ」、女性の中にもいる男性の元型「アニムス」を姉弟を通して表現される。

姉は女でありながら、男として生き、最後は女として生きるが、男の部分も共に実感している。弟もそうだ。


中将だけが、隠者の存在を知らず、吉野に行くこともなかった。③を経験している姉弟に対して、②止まりで、③に入れてもらえなかった中将。

トポス(場)は、時として、物語の中の1つの星として表現される。

③の星には行けなかった、中将。

必要な時に中将も、普遍的無意識の星にへ渡ることになるかも知れない。無理かな。。。

平安時代にして、このユングのアニマ、アニムスを表現した「とりかへばや物語」すごいなー!

それにしても!?

人間って時代が変わっても全然変わってないですね!




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