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意識の川

読んでいる本の文章を抜き出して書き留める、ということをやっている。いいなと思った表現、痺れた表現をスクラップしているのだ。一連の文章から、一部だけ切り取って書き写してみると、流れで読んでいたときとは違った印象を受けるのが面白い。それは、流れている川から掬いとった水が、もとの川とは別の表情、別の色と輝きと濁りを見せることに近い。

私はそれを一つの手帳に纏めている。本を並行して何冊も読む癖があるから、同じ本からの抜き書きが並ぶことはあまりなく、小説のとなりに旅行記が、エッセイのとなりに専門書からの文章が並ぶという具合である。そうやって、色んな本からの抜き書きを並べていると、そこに別の流れが出来てくる。別々の川から採取した水がぶつかり、しぶきをあげて合流しながら、新しい川がつくられる。それは意識の川である。別々の本から抜き出しているとはいえ、その時期の関心や興味によって惹かれる言葉はどこか似通っているから、言葉と言葉の間に通底する何かが共鳴して、旋律とも言えない微かな響きが立ち現れる。

そうして他の人の言葉を借りてでも、自分の関心を書き留めておくことで、あとから振り返ったときに、自分はこんなにも変わって/変わらないでいるんだなと思うことができる。意識の移ろいは振り返ってみると思いのほか急速に転がっていて、それでいてなおも同じようなことにこだわり続けていることがわかる。
年を重ねると、幼いときのようにわかりやすく成長するということはあまりなくなってくる。後ろを向いて前に歩くようなあべこべな方法で、進んでいるのか戻っているのかもわからないということが起きてくる。

標識のない地平に立ったときに、川の流れは一つの道しるべになる。どこに流れ着くかはわからないし、先は見通せないかもしれないけれども、ただどこかに向かって流れているというその揺るがない事実こそが、歩みを止めた旅人を励ましてくれるに違いない。


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