苦みと粗さと想い

午後5時、ルノアールにて。
本当は仕事をするために入ったが、始めて5分で店内の騒がしさにうんざりしてこちらの執筆作業に切り替えた。沈黙は苦手だがあまりにもうるさいとそれはそれで集中できないようだ。
予想していなかった雨。傘はない。アメッシュを確認すると、しばらくすれば止むような気がしたのでそれまで店にいようと決める。
社会人になってカフェに行くことが増えた。仕事を進めたり今みたいにエッセイを書いたり、あるいはただのんびりしたり。使えるお金が多少増えたことで飲み物一杯に600円近く払うことに抵抗がなくなった。でもそれ以上お金をかけるのはやはり勿体ないと思い、注文するのはいつもスタンダードなコーヒーである。
コーヒーを飲むときは砂糖とミルクを入れないことにしている。市販のコーヒーもブラックを飲む。ブラックを飲み始めた理由は、そっちの方が大人っぽいと思ったから。しょうもない理由だ。しかしこの世に生を受けた以上、大人っぽく見られたい。そのためなら無理しても無糖のコーヒーを飲み続けてやる。
そんなくだらない決意をしてブラックを飲み続けていたら、ある日微糖コーヒーをすごく甘いと感じることがあった。一応、微糖である。それでもなんだか「コーヒー」を飲んでいる感じがしなかった。本来そのコーヒーが持っているはずの味わい深さが失われ、ただ甘みが口の中をめぐっていた。
自分はコーヒー愛好家ではないから人前でこの黒い飲み物は何たるかを語る資格はない。しかしこの時は自分なりに違和感を覚えたのだ、これはコーヒーじゃないぞと。

インスタグラム。色んな人が色んな写真を投稿している。その中で気になるのは一眼レフのような少し値の張るカメラで撮影された写真。昔は綺麗だなあと思い俺も「高い」カメラを買ってあんな写真が撮りたいと思っていた。しかし今は、綺麗だなあとは思いながらも、それらの写真に違和感を覚える自分がスマホの画面の前にいる。これはなんか違うぞと。
SNSにアップされるああいう写真って、特に風景なんかそうなのだが、どうも綺麗すぎる。あらゆる無駄が一切排除され、美しさだけが前面に写し出されている。とにかくキャッチ―で隙が見当たらない。
きっと撮影した人は自分が目にしたものの美しさをみんなに伝えたい一心で写真を撮り、投稿しているに違いない。そしてそれを見た人の大半が称賛のコメントを送っている。しかし自分はそれを見ていつもモヤモヤしてしまうのだ。
これってホントにあなたが撮りました?
美しすぎる写真は、どこか無機質なものに見える。美しさが前に前に出た結果、その人がシャッターを切る瞬間にどんな気持ちを込めたのか、そこにある撮影者の意志を思うように感じとることが出来ない。写真によっては、人を介さず機械が勝手に撮ったモノのような全く血が通っていないと思えるものすらある。撮影者の想いを個性と呼ぶとするなら、個性が作品に表れてこそ写真はより面白いものになるはずなのに。

最近は自分の好きな音楽でもファッションでも、とにかく「整っているもの」が増えている気がする。そういうものを聴いたり見たりするとやはり同じようなモヤモヤに駆られる。それってあなたじゃないと出来ないんですかと。「うるさい!そういうものが作りたいんだ!」と言われてしまえば何も言い返すことが出来ないのだが、整い過ぎていては趣を感じられない。
隙があれば厳しくツッコまれるという心理もあるのだろうか。今は思ったことを匿名で、自由に、全世界へ発することが出来る時代だ。そんな中で自分の作品に雑な部分があれば、顔も名前も分からない輩にすぐ指摘されてしまう。それに対する恐怖心から、誰にでも受け入れられるものを作らなければという気持ちが働く。しかし、そうして作られた完璧なものに人の存在は見えない。しかし、最後に最も受け入れられるのは、完璧なものよりも粗削りだろうと作った人がそこに寄り添っているものではないだろうか。
所詮、一介の会社員である。その道のプロではないからとやかく言える人ではないことは重々承知している。しかし、アートやカルチャーに触れるとき、僕はいつだって作り手の想いを感じたいから、それが伝わってくるものを愛する。そしてそれを伝えてくれるのは、いつだって作品に散りばめられた隙や粗さ、雑味であるのだ。
自分がその立場になっても同じだ。自分の本当の想いを伝えたい。だから僕は誰にでも受け入れられるよう自分に嘘をつくつもりはない。ただ、もし自分の気持ちに変化があれば、たとえ過去と矛盾していても、「今この瞬間の自分」を表現する。その時感じたことを正直に届けたい、それが僕の願いである。
時計の針は午前5時を回ろうとしていた。12時間経ったか?そうではない。ここまで書くのに一週間を要した。さて、最後の推敲。綺麗になりすぎていないか、自分自身と自分の言葉に問いかけてみる。

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