見出し画像

歴史と物語、「真実の濃度」について。 『香港歴史博物館』

香港歴史博物館へ行く。
この博物館は、先史時代から香港返還までをかなりのボリュームで展示しており、縄文土器やパナリ焼の原型みたいな器、水上人や客家の民俗についての展示も充実している。

その中でも、イギリス植民地と日本占領の記述についてが印象に残った。

画像3

イギリスが仕掛けたアヘン戦争は、世界史の授業で感じる理不尽ランキング10位圏内に入るトピックだけれど、ここでの紹介の仕方はなんというか、愛憎入り混じった、という表現がしっくりくるような、そんな展示だった。

アヘン戦争許すまじ!とイギリスを断罪しつつ、香港の近代化と経済的成功に多大な貢献した恩人でもあるという側面も同時に紹介している。イギリスと香港の複雑な関係性がそのまま展示に表れているように感じた。

そう、156年という長い統治期間と一方向的な近代化は、暴力と贈与の関係を曖昧にしてしまう。これは日本含め、世界中色んなところで見られるパターンだ。

ちなみに、香港返還のコーナーについては、鄧小平とサッチャーとの、あの緊張感ある交渉の話は殆ど描かれず、円満解決無事返還これからもよろしくね、みたいな雰囲気で締めくくられており、あれ?こんなんだったっけ、という印象。

1984年に香港返還の道筋が決まった時、中国の支配を恐れる一部の香港人の中で、イギリス連邦内のカナダやオーストラリアへの移民ブームが起こったのだけど、その展示も特になかった。


画像1

一方、日本占領期については、まあ散々な書かれ方だ。
占領日を『ブラック・クリスマス』と呼び、統治時期を『三年零八個月』と表現される。ざっくり3年半とか4年と言わず、3年8ヶ月と記すあたり、あの悲惨さを1ヶ月たりともごまかしなくない!という気持ちが伝わってくる。

この統治期間に、香港の経済はボロボロ、飢餓者もでて、治安も悪化し、 当時の香港には160万人の市民がいたが、70万人は日本軍によって中国へ送り返され、さらに自ら逃げていった人も多数、結果60万人まで減少したとの記述。戦後イギリス軍が戻ってきたときには、香港市民による大掛かりな歓迎パレードがあり、その映像資料まで展示していた。

居心地悪そうな僕の隣で、 観光客風の白人夫婦が『Japanese occupation』項の展示をまじまじ見ていた。香港占領も奇襲だったのねえと奥さんが言うと、旦那さんがしたり顔で「 This is the Japanese way. (これが日本人のやり方よ)」と返していて、僕は思わずうつむいてしまった。


日本の香港占領は、マレー作戦や真珠湾攻撃の同日、宣戦布告もしていない(翻訳手間取って遅れたという説があるけど、それでもまあ奇襲といっていいのでは)。イギリス軍もあっという間に日本軍に香港を明け渡してしまった。
もちろん、当時の日本では、彼ら英米のアジア侵略を阻止するという大義名分というか建前があったのだが、その説明や意義についての展示はもちろんない。そんなこと知るかという感じだ。

画像2



…というわけで、今回も様々なことを考えさせられた博物館だった。そして、自国以外の歴史博物館が改めて好きだなと思った。それは、歴史は人が作る〈物語〉だということが端的に体感できるからだ。


史跡、公文書、写真や映像、物的資料、当事者証言などのエビデンスをベースにしながらも、そこから歴史をどう記述するかによって、その国の態度や思想が見えてくる気がする。司馬遷先生の時代からそれは変わっていない。

そのエビデンスもまた確固たるファクトたりえず、真実の濃度、つまり「どちらがより真実に近いかというグラデーション」を測っているに過ぎない。僕もまた、意識無意識関わらずエビデンスを取捨選択して歴史を知った気になっている。歴史は今も生きて変化しているのだ。それは、マイノリティや敗者が搾取されてきた歴史を取り戻す武器にもなれば、権力者がさらなる権威や正当性を担保する道具にもなる。

もちろん、歴史は修正し放題というわけではない。真実の濃度は、第三者と時間による試練に耐えてこそ、その濃さを維持できる。歴史は全部嘘だ!という極論は14歳で卒業すべき案件だ。

自国の過ちを自ら記録することが出来るというのは、国の成熟度の指標でもあると思うのだけど、しかし、今はそんな綺麗事など通用しない時代にもなっている。それは、ニュースやSNSを覗けばイヤというほど思い知らされるし、一向に解決する気配はない。むしろ問題は拡大しているように感じている。この問題に、どう向き合ったらよいのだろう。

答えはまだ出てないのだけれど、やはり、もう一度〈物語〉の側から考えるべきじゃないかと、ぼんやりと思っている。小説や神話といったものの、その否定だけではなく、役割や可能性について。

画像9


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?