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ひきこもりがハライチ司会のNHK番組「フェスアローン!」に出演した話【前編】

「中村さん、テレビに出ませんか?」
と昨年の秋ごろにNHKのディレクターMさんより連絡があった。

「いいですよ」と自分は特に迷わず了承した。

―――

以前よりMさんとはメールやZoomなどでやりとりをしていた。

Mさんは「ひきこもり」に関心があるそうで、これまでひきこもりをテーマにした番組をいくつも手掛ていた。
Mさんと知り合ったキッカケも東京に住むひきこもり当事者からの紹介からであった。

ひきこもり当事者たちが作る『ひきポス』にスポットライトを当てた番組が作られるとき、自分も出演依頼をいただいていたが、なんやかんやで自然消滅した。(その番組を自分も観たが、ひきこもりを新しい視点で見せていて面白かった)


それから1年ほど経って再びMさんから出演依頼が連絡が来たのだった。

自分が特に迷いもせず了承したのには理由が3つある。

ひとつは、自分の日常を撮影したいということで、出演するための特技、コミュニケーション能力や喋りの技術など一切求められないことだ。
日常を撮影されるだけならいつも通り生活するだけなので、ハードルは低く気が楽である。

ふたつめは、Mさんが信頼できるからだ。
リモート通話ではあるがMさんはとても会話をしやすい。
他人との会話が極端に少ないひきこもりの自分は自覚するほど喋りはつたない。
喋り出す前、脳内で意味不明なとっ散らかった思考を長いこと整理して、それを口から発するスローペースなぼそぼそ喋りが自分の特徴だ。

Mさんはそのスローな喋りを画面越しに表情を捉えてこちらが言い終えるまで、じっくりと待ってくれる。

またその散らかったままの言葉の取捨選択し組み立てて明確に再構築してくれるので、自分の言いたかったことを言語化し、それに改めて自分自身が気づかされる。何度か「あー、自分はこういう考えをしてたのか」とハッとしてしまうことがあった。

「ひきこもりを否定しない」が大前提にある方なので、それだけで自分にとっては信頼できる人だった。

今回の出演依頼もMさんが番組を手がけている以上、ひきこもりを茶化したり否定するような番組にはならないだろうと思った。

みっつめは、自分がひきこもりということに罪悪感をあまり持たなくなったからだろう。(全くないというわけではなく、たまに湧き上がることもある)

人間辛いことがあれば誰しもひきこもるようになってるし、そういう生き方もあるだろうと思うようになった。
自分自身の日常生活を他者に批判されて壊されないように、とにかく守ることに必死になっていた過去の自分なら断っていただろう。
今では巡回カードを持った警察官が訪ねてきても「無職です」と言えるようになっていた。(以前の自分なら無職は隠してたし、来訪があっても出なかった)

そういうことで出演の依頼を二つ返事でOKした。

それに出演依頼があったといっても、撮影してそれが本当に放送されるかはわからないものである。
お笑い番組を見るのが好きな自分は「全カット」という発言でお笑い芸人さんが自虐ネタにするのを度々見聞きする。
自分のひきこもり生活がたいして面白いと思わないので全カットされても仕方ない賜物である。どこかで「放送されないだろう」という気持ちがあったのも出演了承を後押ししたのかもしれない。

――――――――――

その後、数日おきにMさんともリモート会議やメールなどをして、番組内容の詳細を知った。それはレギュラーを目指す単発番組であるという。

番組タイトルは「フェス・アローン!」

内容的には「ひとりを楽しむ人の祭典」で、ひとりの時間を楽しんでいる人たちの日常を紹介するものだという。
「ひとりは寂しい」のではなく、「ひとりの生き方も良い」「ひとりも楽しい」のではないか、と投げかける実験的な番組だ。

フェス・アローンのチケット


そこで自分はうっすら抱えていた疑問をMさんに聞いてみた。
「なんで僕に出演依頼をされたんですか? ひとりきりを楽しんでるならもっと別の人がいると思うんですけど…」と。

当たり前な質問である。
ひとりきりを楽しんでる人なら、華やかでオシャレをしたり、黙々とスポーツに打ち込んだりする活発な人もいるだろうし、その人の方がテレビ映えもするはずだ。
部屋の中で閉じこもってるひきこもりと比べても、とても撮れ高があるとは思えなかった。

Mさんは笑みを浮かべ「中村さんは、どこかひきこもりを楽しんでるような感じがするんですよね」と言った。

否定はしなかった。
昔は絶対にひきこもり生活から抜け出さないといけないと自分を否定して焦っていたが、今は違う。
家にいて好きな絵やマンガを描き続ける。そんなひきこもり生活が自分に合ってるような気がしている。

その後もMさんと会話をして、果たして自分でいいのか?という疑問は徐々に消えていった。

「ひとり」という事象や空間をテレビで映し出すには大衆の目を引く活発的な人でも良いが、コロナ禍で「ひとり」での行動やとらえ方も様々に変わってきていて、どこか別な視点で映しても面白いのかもしれない。
ひきこもりがテレビに出ること自体が実験的な番組で攻めている気がする。

ひきこもり当事者がテレビに出るといえば、大抵は報道番組・ドキュメンタリー番組・ハートネットTVくらいではないだろうか。
ひきこもりが情報バラエティ(?)に出演するのはあまりないかもしれない。

そんなこんなで話し合いをしていると、これはもう自分の日常が撮影され全カットもされずに本当に放送されるんだなと実感した。


番組の司会進行はお笑い芸人のハライチのお二人だという。

ハライチといえばM-1決勝戦に出たり、毎週どこかのゴールデン帯・深夜帯問わずテレビ番組に出て続け、芸能界の第一線で活躍されているツッコミ澤部さん、ボケの岩井さんのお笑いコンビである。

Mさんから聞くところによると、ハライチの澤部さんは人見知りで友達が少なく、岩井さんは社交的で友達が多いのだという。
…意外だった。

人懐っこい笑顔を見せては明るく色んな共演者と話す澤部さん、岩井さんの陰な部分が見える腐り芸などを観たことがあるので、性格的にも人付き合いに関してもそのままなイメージがあった。
だか実際は逆なのだという。
人は見かけによらないというものだろうか…。

そんな孤独が嫌いな岩井さんに、番組の中でひとりの日常生活を送る人物のVTRをスタジオで見せて「ひとりも良いよ」とプレゼンする立場でいて欲しいのだという。

そういうことで、番組VTRの撮影のために自分の住んでる家に訪問して取材をさせてもらえないかとMさんは言った。

特に取材について撮られて困るものではないので僕は取材を了承した。
むしろ何も起こらないひきこもりの日常を撮影して、放送に耐えられる面白さになるものなのかと、そっちの方を心配した。

今後の予定としては12月前半に自宅での取材とVTRの撮影、年をまたいで1月に東京でのスタジオ収録(自分はリモート出演)、2月に「フェス・アローン」放送予定ということだった。


 ――――――――――

せわしないといわれる師走入っても、ひきこもりの生活リズムは変わらない。

取材予定日の前日の夜分に、Mさんを含めたNHKの取材スタッフさん方が自宅に訪れた。

東京のNHKスタッフは羽田空港から飛行機で長崎空港へ到着後、車で高速道路を使って2時間以上はかかる長崎県の辺境の地まで来られたのである。

取材スタッフは、Mさん、カメラマンさん、音声さんの3人だった。

3人と初めましての挨拶をしたが、Mさんだけとは何度もリモート会議しているので初対面の気がしなかった。挨拶の際には菓子折りまでいただいた。

自宅に来る前に佐世保の街や海など風景撮りをしたのだという。
中村さんを紹介するVTR内で使うのだという。

取材日前日に来たのは自宅内の間取りを見て撮影位置など確認をしたいという申し出を事前に受けていた。

基本的に撮影は自室で行うとのことで、さっそく家の中にあがってもらった。


自室(撮影写真は別の日)


自室は6畳ほどで、真っ先に目に付くのは作業机と椅子、デスクトップパソコンとモニター2つ(ひとつはテレビを見る用)、180センチの本棚くらいのものである。
押し入れ内には、衣類とマンガを収めたカラーボックスがある。

「あ、綺麗ですねー」とカメラマンさんが言った。

部屋の綺麗さの基準は人それぞれだが、さすがに来客とあればひと通りの整理をして、掃除機をかけていた。
スタッフさんに部屋では自由にしていいと、気になるものがあったりしたら聞いたり手に取っても構わないと伝えた。
ひきこもりの日常を放送するのだ。その人となりがわかるように部屋にあるものを撮るのは当然だろう。

「中村さんはここでいつも漫画を描いてるんですか?」と作業机に置いてある液タブを見てMさんは言った。
「そうですね」と答えた。

自分はマンガを描いているがプロではない。
だが現代では誰しも自分の作品をネット上で公開できる。
自分も液タブでマンガを描いてマンガアプリに投稿していた。

そのまま本棚に並んだ本を眺め「こちらの本とかも撮影して大丈夫ですか?」と言った。
「いいですよ」と答えた。
VTRで部屋の様子を差し込むのだろう。本のタイトルやジャンルは人物像を伝えるのにうってつけだろう。

本棚にはマンガ(ドラゴンボール、スラムダンク、ヴィンランドサガ、ゴールデンカムイ、手塚治虫作品など)と小説の他に、イラストレーターや漫画家の画集、風景デッサン人体の描き方、アニメムック本やコンテ集(ふしぎの海のナディア、電脳コイル、エヴァ、攻殻機動隊など)や、歴史本(中国史や日本史)などがあり、大まかにジャンル分けをしていた。

「わ、すごい本がありますね」Mさんはとあるジャンルのコーナーを指さして言った。

危なげな本のコーナー

そこには【人の殺され方】【ザ・殺人術】【ザ・必殺術】【殺すテクニック】【殺人評論】【銃器使用マニュアル】といった物騒なタイトルが並んでいた。

一時期ミステリーものを描きたいと、殺人トリックのネタ作りのためにそういった系の本を読んでいたのだ。

「…あー、なんか興味があったんです」と答えた。

なんとなしに興味がある本を読んでは棚に並べていたが、これらが普通の本ではないことを言われて気づいた。テレビ放送で流すにはとてもショッキングな本たちである。

いや、むしろこの場にいるスタッフさん達は(この人、本当にテレビに出して大丈夫なのか? 何か起こすのではないか?)と思ったかもしれない。

興味がある、と答えた自分の言葉もなんだか別の意味にも聞こえる。

「これはさすがに流せないですよね」と自分は取り繕うように言って、それらの本を棚からごっそり抜き取って作業机の下に置いてクロースを被せた。

スタッフさんは6畳の中で様々な位置を取って撮影のシミュレーションしていた。こういった段取りが重要であり撮影もスムーズにいくのだろう。

Mさんからこの後は中村さんはどうするのかと、予定を聞かれた。
すでに夕食をすませたので、この後マンガを少し描いて就寝する予定だと
伝えた。

それならと、部屋に定点カメラ設置して中村さんが就寝するまでの様子を撮影してもよいかと申し出があった。
「いいですよ」と答えた。基本的にNGはない。

部屋内には壁の木のへり、長押(なげし)と呼ばれる部分がある。
ここにS字フックやハンガーをひっかけたりできる。

カメラマンさんは作業机の奥の上部の長押に小型カメラを取り付けた。GoPro(ゴープロ)という性能の良いカメラだという。
ブルートゥースで繋がってるらしくカメラマンさんはスマホを手に取って操作すると画面を見せてくれた。
そこには4人の姿と部屋全体の映像がスマホに映し出されていた。
音声さんが椅子に座って位置撮りを確認している。

面白い。よくテレビで見る密着型ドキュメンタリーやドッキリ番組みたいだ。それが自分の部屋で行われている。

「すごいですね」と自分は言った。
「面白いでしょ」とカメラマンさん。
「漫勉みたいー」とMさんは言った。

たしかに。
どこかで見た画角と思っていたが、漫画家に密着する漫勉っぽい。
自室にあるカメラ映像が憧れの番組に例えられるなんて光栄なことだ。
自分はプロではないが、これからマンガの作業を撮ってもらえるのだ。
出演するのは同じNHKなので、実質これも漫勉かもしれない。

Mさんは明日の大まかなスケジュールを伝えた。
そしてこれから自分たちは隣町に車で向かい宿泊施設に泊まるという。
あいにく自分が住んでいる地域は宿泊施設は少なく、部屋も空いてないことが多い。

「それでは中村さん、明日はよろしくお願いします」
「おやすみなさい」と互いに挨拶を交わしスタッフさん方は去っていった。


とりあえず風呂に入り自室で作業をした。

小型カメラの存在は意識がするが、邪魔には感じずにしばしの間マンガを描いた。
今描いているのは鄭成功を主人公にした作品で、液タブで描くのは海の上での戦闘シーンだ。船同士の作画は模型を見ながら描いた。

なんとなくスマホでゴープロ本体をパシャリと撮影した。

明日が取材本番なので夜更かしはせずに布団を敷き電気を消した。
布団に横になる。

だが撮影されているという意識は離れず、なかなか寝付けなかった。

―――――続


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描いてるマンガはここから読めます。

国姓爺合戦 鄭成功【テイセイコウ】 - ジャンプルーキー! https://rookie.shonenjump.com/series/pGBIkZk_su8

国姓爺合戦 鄭成功【テイセイコウ】 / しゅう https://seiga.nicovideo.jp/comic/59118 #ニコニコ漫画

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