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『アンナチュラル』不条理な死に抵抗する《日常》の食事

2018年1月クールにTBSで放送された『アンナチュラル』は不自然死をテーマに死の真相に迫るテレビドラマである。社会現象を起こしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』を手がけた野木亜紀子が脚本を務め、石原さとみ/井浦新/窪田正孝/市川実日子ら豪華キャストが名を連ねたほか、ギャラクシー賞や放送文化基金賞など賞を総なめするなど名実ともに日本ドラマ界に名を残す名作である。

そして、『アンナチュラル』と、同じく野木亜紀子が脚本を務めた2020年放送『MIU404 』とのシェアード・ユニバース作品である『ラストマイル』の映画公開が今年の8月に控えており、6年前の作品である『アンナチュラル』にもファンの間で再びスポットが当たっている。

こんなムーブもあり、大好きな『アンナチュラル』を見返してみた。やはり完成度が高くどの話も大好きであることに変わりはないのだが、そのなかで個人的に印象的だったのは”石原さとみ演じる三澄ミコトの食に関する描写”である。前述のとおり、不自然死を扱う作品であることから、人間の生死や残酷な現実など重めのテーマが多い。しかし、そんななかでも主人公ミコトが食事をするシーンや食事に関する発言の多さが目立つ。それはタイトルにもつけた通り、普段不条理な死に向き合い続けるミコトのささやかな抵抗なのではないかという仮説を立てた。具体的にどのような食事描写があるか以下紹介していこう。


①作品の始まりと終わり

第1話冒頭は女子ロッカールームで主人公・三澄ミコト(石原さとみ)が天丼を食べるシーンから始まる。同僚の東海林夕子(市川実日子)が合コンについて語るなか、1人黙々と食べ続けるシーンは初見ではさして気にならなかったが、作品を通して気づいたことがある。最終話(第10話)の終盤にもミコトが1人で同じ場所〈ロッカールーム〉で同じもの〈天丼〉を食しているのである。最終話はこの食事のシーンのあと、別のシーン(※)に切り替わり幕を閉じるが、食事のシーンはラスト5分で描かれたのは事実。本作はミコトの食事で始まり、食事で終わる作品であるといっても過言ではないと考える。
※仕事場で再度アルバイトに募集してきた久部六郎(窪田正孝)をUDIラボのメンバーが迎えるシーン

②第1話「名前のない毒」

第1話はMERSコロナウイルスに感染によって亡くなった男性の真相を解明する話であったが、初回である第1話でいきなりミコトの食への哲学が垣間見られる。高野島渡(野村修一)と交際していた馬場路子(山口紗弥加)は、高野島が急死したこともあり憔悴していた。そんななかミコトは馬場にあんぱんを差し出す。

ミコト:(あんぱんを出して)これ食べませんか?一緒に食べましょ
馬場:結構です
ミコト:甘いものは嫌いですか?
馬場:そういうわけじゃないけど
ミコト:ここのこしあん美味しいんですよ
馬場:いりません
ミコト:一口だけでも…
馬場:私そういう気分じゃないんです
ミコト:そんな気分じゃないから食べるんです
(馬場はミコトからあんぱんを受けとる)
馬場:何で、おいしいんだろうこんな時に。嫌になっちゃいますね

恋人が突然亡くなり、落ちこむなか多くを語らず、ただ”あんぱん”という甘くて一口大で食べやすい食べ物を差し出す。
「悲しいからこそ食事をするんだ」というミコトからの静かなエールは感動的で馬場のみならず視聴者の心にも刺さる。

ちなみに第1話の終盤ではミコトは付き合っていた関谷聡史(福士誠治)にフラれることになるのだが、その翌朝に冒頭と同じロッカールームで丼もの(牛丼?)を1人で食べるシーンが描かれている。

③第2話「死にたがりの手紙」

第2話はミコトの”食への哲学”が色濃く描かれた回である。

不自然な凍死をしたミケ(菅野莉央)の真相を探る最中、ミコトと久部六郎(窪田正孝)は冷凍トラックに閉じ込められてしまう。さらにトラックごと池に落とされ絶体絶命のピンチを迎える。首元にまで浸水が迫り、命の危険が差し迫っているなか、ミコトが発した言葉はまたしても”食事”に関することだった。

ミコト:明日の夜空いてる?
六郎:明日?
ミコト:美味しいもの食べに行こう。なんでも奢る。
六郎:明日
ミコト:明日。明日何食べよっかな~
六郎:あったかいのがいいな
ミコト:あったか~い味噌汁飲みたいな
六郎:いいっすね
ミコト:何食べたい?
六郎:チゲ
ミコト:ああ~

その後、救助がきて2人は一命を取りとめる。
後日、「絶望しないのか?」という東海林と六郎に問われたミコトは
「絶望してる暇あったら美味しいもの食べて寝るかな」と回答。
ミコトにとって食べることは生きることであり、希望である。そんなことがひしひしと伝わる印象的な話だった。

※このほか、彼氏と別れたことをミコトは母である三澄夏代(薬師丸ひろ子)に伝える描写があるが、これもしゃぶしゃぶ屋で食事しているシーンだった。

④第3話以降、”ミコトと食”はどう描かれたか?

第1・2話でのミコトの食に関する描写は直接的なものであったが、第3話以降も度々食事のシーンが描写される。
第3話「予定外の証人」では同業の仲間たちと肉を食べるシーンがあり、第7話「殺人遊戯」ではデスクで1人おにぎりを頬張るシーン、第5話「死の報復」・第8話「遥かなる我が家」・第9話「敵の姿」ではミコト/東海林/久部の3人で昼食をとるシーンもみられる。

その一方で他の主要キャストが食事をするシーンはあまり描かれていない。前述のとおり、ミコト/東海林/久部の3人で食事をするシーンは何度か出てくるものの他はほとんどない。かりんとうなどのお菓子をデスクで食べるシーンやバーのカウンター席で飲み物を口にするシーンはあるものの、”ご飯を食べる”という描写は本作においてほとんどない(とくに第3話でUDIラボのメンバーでBBQを、第6話で中堂系(井浦新)と神倉保夫(松重豊)がデスクでおでんをそれぞれ準備しているシーンがあるがどちらも口に運ぶ描写がないのがとくに印象的であった)。
食事することは本作においてはミコトの特徴的な動きの1つであり、同時にミコトが食に対して並々ならぬ想いをもっている象徴であるともいえる。

⑤ミコトが食にこめたメッセージ

7K(汚い、きつい、危険、くさい、給料安い、気持ち悪い、そして嫌いじゃない)であり、人の(ときに不条理な)死と格闘し続ける法医学者である主人公のミコトは何を伝えたかったのか。それはタイトルにつけたとおり「不条理な死(モノ・コト)に対して《日常》で抵抗していこう」というエールではないかと思う。

ドラマ『カルテット』や映画『花束みたいな恋をした』の脚本家として知られる坂元裕二は自身の著書『それでも、生きてゆく』でこんなことを綴っている。

「ご飯を食べて寝て誰かとおしゃべりする。そんな小さな生活が大きな物語から人を守ってくれる。逆に言えば、人はいつどん底に突き落とされるかわからないから、日頃から生活習慣だけは身につけておくのかもなということです。」

坂元裕二のこの言葉はミコトの言動と重なってみえる。
ミコトは法医学者として日々奮闘しているが、我々だって同じだ。
仕事、恋愛、家族、人間関係。
身近な人とうまくいかないこともあるし、街中で見ず知らずの人にぶつかったり舌打ちされたりすることもある。
不条理に満ちた世界。だが、そんな世界から守ってくるのは自身の日常だ。

ミコトは中堂系が恨みを果たすべく殺人をしようとした際、こんな言葉も発している。

「私が嫌なんです。見たくないんです。
不条理な事件に巻き込まれた人間が、自分の人生を手放して同じように不条理なことをしてしまったら負けなんじゃないんですか?
中堂さんが負けるところなんか見たくないんです」

三澄ミコトは、食事という日常を通じて不条理に抵抗する大切さと生きる希望を私たちに提示してくれたのかもしれない。








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