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わたしを顕現、生きて参ろう

私たちは
同じ地球上の、同じ日本にいて
同じひと続きの大地を踏み締め、空に抱かれて生きています

ですが、その同じ大地と空の間にいる私たちが
日々体験する日常は実に様々で

もっというと

同じ時、同じ瞬間にいたとしても

同じ空気を感じ
同じ景色を見ていても

同じ出来事
同じ人を見ていても

そこに何を見て
何を感じ
何を受け取り

そして自分の世界の彩りにしているかは
自分の彩りしかわかりませんし
確かめようがありません。

同じ世界で
今日という日を
ともに生きている私たちは

実は
今日という時間の中
たった一人のわたしの世界の
孤独を生きているのかもしれません。




私たちは孤独を恐れます

でも

きっとずっと実は
孤独なのかもしれません。


わたしの世界は
わたししか、知らないたったひとつ だから。



だからこそ


たった一人のわたしの世界が
寂しさや不安
恐れで彩られていたならば

その表現は
不安やおそれのあらわれとなり

想像しうる
誰かの
外の世界も
寂しさや不安
恐れの彩りとなり

たとえ手を差し伸べ繋ぐことがあっても

恐れの循環なのかも、しれません。


でも。


わたしという
孤独の世界を
美しい彩りの世界に
心の喜びに溢れた世界にすることができたなら

その表現は
よろこびあふるる
美しきカラフルになるでしょうし

そんなわたしが想像しうる
誰かの世界も

美しい彩りと喜びに溢れたものとなり

差し伸べ合う手が触れ合うその場所は

美しいまぐわいの場所に
なるような、気がするのです。


2021年から始めた

「わたしが感じたあなたを切り取り綴るshutter」も

あなたを通して「わたしが感じたあなたの彩り」です。


それが正しいか間違っているかは、わかりません。
正しいも間違いも、そもそも、ないのでしょう。


わたしが感じたあなたの彩り


そして


わたしが予感し、どこかでそっと願う


これからのあなたの彩りでもあります


今日、綴らせていただくのは

北海道の地で

アーティストとしてのわたし・・・・

もとい、

「わたしというアーティスト」の道

その扉をひらき

歩み始めた

中村絵理子さんについて

わたしが感じた彩りと

そして

絵理子さんの話を聞いたわたしの中で
今広がってゆく、これからへの予感を
したためさせていただきます。



昭和初期に生まれ育った人を両親として育った
昭和40年代〜50年代の私たちは
大きな時代の転換そのものを、体験している世代、です。

私たちの両親の生きた時代は

社会とはこういうもので
この社会で幸せになるということは
これを達成するもの、というのが
明確な時代でした

三種の神器
三高
学歴社会が当たり前に
社会のカーストになり

成功、出世と言われるルートは
まるでベルトコンベアーのように
定まっていた時代だったのかもしれず

その時代の流れに従い乗って
そのルートを生きぬくことが
幸せだと信じて

生きて私たちを育ててくれたのが
両親の世代であるかもしれません。

そこで生まれたものは

女なら
男なら
社会に出るなら
成功するなら

◯◯すべき
◯◯であるべき

そういった
社会常識や通説が

当たり前にまかり通っていた時代

 
子どもとして生まれた私たちにも

当然のことながら

私たちの幸せを願って

それらを・・・・

この時代を
この社会を幸せに生きるなら

こうやって生きるべきだ、と

社会の
常識の枠を
その中で従い生きることを

私たちの両親は
教え伝え育ててくれたに違いありません。


幸せを願うから、
愛しているから、こそ。


どうか幸せになってほしい、と。


そして私たちも
自分の親を
信じ、愛し

そして

愛されたかったからこそ

その愛情を
教えを
まるまると受け取り取り入れ
育った。


たとえそれが
自分の本当の意向や欲望と
違っていたとしても。


わたしはこうするべき
こうあるべき
大人になったならこれは守るべき。

幸せになるために
愛される私であるために。

そうして出来上がったのが
今大人として生きているわたしたち。



でも
だけど


なんだか、違和感。
なんだか、苦しい。
なんだか、生きづらい。

誰も不幸にしたくないし
誰にも残念な思いをさせたくないのに


わたしの心は
こうあるべきの対岸

本当は、こうしたいを、のぞみ
そこに立つ自分が美しいと、予感する。

こうしなきゃと
こうしたいのはざまにある

深く大きな溝。

超えちゃダメと思っていた溝。
超えていいなんて思ってもいなかった溝。
越えるには勇気がいる溝。

でも、
対岸の私、を予感してしまったら

超えたい自分に、嘘はつけない


ほんとうは

わたしのこころが欲するままに
こころがのぞむままに

広い大地と空のはざまを

自由に
感じるままに
のぞむままに

歩いて
駆け回って
大地を踏み締めるそのしっとりとした土を感じ
ほおを撫ぜる風を感じ
空いっぱいの青を吸い込んで
太陽のいのちに包まれて

今を生きる、そのすべてを
この身体すべてで感じて

わたしと世界が溶け合うような
その快楽を

味わい表現したい


ほんとうは、
それがわたしにとっての「生きる」なの

もうそれに気づいてしまったから
わたしはわたしを解放したいし
しはじめた

これからも、もっと、もっと、私になる。

感じて
描いて
生きていきたい

わたしは、アートである

アートそのものである

わたしは、アートになりたい

わたしまるのまますべてで。


それが
この約9ヶ月を経て
今わたしが感じている
絵理子さん。



生まれ育った北海道帯広地域は
大自然に囲まれたゆったりとした地域


カッコウの鳴き声が響き渡り
風に舞うニセアカシアの葉と花、その甘い香り。

雪が降る夜の青明るい静けさと
朝、遠くから聞こえる除雪車の音で
積もった雪の深さを想像する。

夕暮れ道の、ごはんの香り
お料理の匂いと音、誰かの声。


そのすべてを
耳と心をひらいて
感受性めいっぱいに受け取って

「わたしの世界にある誰かの息遣いと物語」を
想像しては生きていただろう、絵理子さん。


私しか感じることができない
内なる彩りのその世界には

さまざまな
「この世界の誰かや何か」の息遣いが生きていて

だから、彼女の世界は
さまざまな
音と、香りと、声と、匂い
いのちの彩りと躍動感に
溢れている

だけど、それは
長い人生の前半戦では
こうあるべき私
こう生きるべき人生の前に
きっとぎゅっと
閉じ込められてきた、感性。

だけど、不思議なものですよね

絵理子さんの話を聞くに

「こうあるべき」を与えたであろうお父様が

ありたい絵理子さんになるための布石を
体現してくださっていたのだろうなと

公務員として勤め上げたお父様は
絵がお好きで
日常的に、絵を描いてらして
年賀状も手の込んだお手製の絵画で
ずっと送られていて

そんな姿を
絵理子さんはずっと見ながら育ち
それこそ、心に、魂に
染み込ませていたのでは、ないかと。

20代は、パニック障害になり
期せずして、ご両親を早くに見送り、
結婚後も再発したパニック障害と共に生きた絵理子さん

そんな中で出会った
アルコールインクアートから

彼女のアートは、開花する。



うちなる自分の、許しであり、解放であり、癒しであり、
創造、そして顕現。

ずっと、感じてきたもの
伝えたかったもの
出したかったこと

そして

表現したかったこと。


一滴のインクが織りなす
自由で予測不能なその広がりこそが

きっと

絵理子さんの本来の
自由な心の広がりとその表現を
代弁するかのように
イキイキと生まれ描かれ

生まれ動き出したの一滴の余波は
止まることを知らず

彼女の表現とアートは
二次元のアルコールインクアートの世界を超えて
今、三次元のテクスチャーアートの世界へ







アートの世界に正解はない
アートの世界にあるのは、ただただ、顕現

この身の
この心の

あるがままの顕現

それは

嘘偽りなき

私のあるがままであればあるほどに

エネルギーをもって
命となり
躍動をもたらすもの


私を

誰かや何かの中に
押し込めることなく


私は私で
これこそが私であると

いのちののぞみのそのままを

表現すればするほどに

いのちとなって

見る人の心をふるわすものに、なる

そしてまた

新たなる、創造の循環が始まり伝わっていく


私も私のままで
このいのちのままで

生きて、表現してゆきたいと。


アートとは、きっとそう言うものではないかと
思うのです。


非常に、抽象的な、表現ではありますが。


小さな小さな四方の紙に
インク一滴を落とすところから始まった
彼女のアートは

今、どんどん
広がり大きくなり
立体となって
世界に羽ばたき出しています

絵理子さんの
いのちの躍動そのままに。


「本当は壁一面に
 全身で、描いてみたい」


そう教えてくれた、絵理子さん。


いいじゃ、ないですか。

この身
この心

すべてを自由に解き放ち
溢れるもののままに表現する
私の世界

そこにあるのは

恐れや不安ではなく
あるべきでもやるべきでもなく


ただただ

そうしたい私が
そうできる
表現といのちのよろこび
そのもの、に、違いない、と。


あるべきも
やるべきも
しなきゃも

いいも悪いも

この世界に、ない

あるとしたら

我が心の内側にだけ


それを許し解放できるのは

わたしだけ


ならば
ならば


わたしの心にGOサインを

あなたはあなたで
わたしはわたしであれと

さぁゆけと
言ってあげるだけ

その背中を
誰よりも自分が支え

その手を
誰よりも自分が離さず引いてあげるだけ

のぞむ対岸へ
行きたい場所へ

表現したいままに
そのままに。


自分を止めるものは
どこにもあるわけないのだから


その心ののぞみのすべてを
許し笑って
生きていけたら、いいですね。

そう、どんなことでも。

変態的な、ことだとしても。

常識から、外れていたと、しても。


常識なんて、
幻でしか、ないのだから。


幻に溺れることなく

わたしの心のリアルを抱きしめて

進んで、参りましょう。

どんなことだって

それがあなたの心が望むなら
あなたの、こたえ。

それが、すべて。



変態と書いてアートです。
アートと書いて、中村絵理子です。

変態=アート=中村絵理子。

いいじゃないですか。


わたしはそんな絵理子さんの
生身そのままの
心の声を
話を
聞けることが、楽しみです。笑


心のままに書いて良いと
伝えてくださった
絵理子さんのお心に

どっぷりと甘えさせていただき

わたしの中の
伝えたいことそのままを
顕現、いたしました。

文法も文脈も
どこにも正当性のないこの文章こそが

今わたしの心から生まれる
絵理子さんへ

いちばん送りたい、言葉です。


他の誰にも響かないかもしれないけれど
でもきっと
絵理子さんには、届く言葉と
信じて。


わたしはわたしであり続けるから
絵理子さんも絵理子さんであり続けて

そして互いのいのちを
まるごと生かし味わいきって、行きましょう。

表現しきって、参りましょう。


わたしというアートを
思うままに。




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