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やっぱり「守破離」が大事だったという話

再び先週末の話なのですが、マジック界の世界的名手、高重翔(たかしげ・しょう)さんとお会いする機会がありました。マジックに興味がない方にとっては聞いたことない方かと思いますが、3年に1度開かれるマジックの世界大会、FISM(フィズム、と読む)にて、2018年に日本人初となるパーラー部門世界第3位となった方です。(マジックには色々な種類があって、それが部門別に分かれています。例えばイリュージョン部門とか。)とりあえず、すげぇ人。で、その高重さんは普段は山口県で主に活動しているのですが、東京で技を披露するワークショップを開かれる、とのことで、超少人数の中ですが、参加してきました。(高重さんが左、僕が謎のポーズで右)

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こ、こいつ、、、巧すぎる....!!

結果、打ちのめされました。もう、とにかく巧い。私自身マジックを10年以上やっていることもあり、やり方、要はタネを知っているはずなのですが、騙される。で、自分の知らない革新的な手法なんだろうな!と期待して解説を聞くと、自分が既知かつ想像した通りのことしかやっていなくてまた驚くのです。ただ、その「既知の手法」のレベルが恐ろしく高い。冗談抜きに、世界の中でも最高峰と言っていいでしょう。僕のテクニックがスライムナイトくらいとしたら(一応、スライムよりはちょっとは巧いと信じたい)、高重さんはゾーマ。もうそれくらいちゃいますわ。実演してもらって、巧すぎてわろてまうくらいや。う、興奮しすぎて関西弁になってしまいました。もう、そんくらいヤバイ。

おまけに、その「既知の手法」というのが、もう、教科書の5ページ目くらいに載っている基礎の話なんですよ。マジックに真摯に向き合い練習した人なら誰でも通る道。だから、知ってるし、手法もめちゃくちゃにシンプルなんです。ただその研ぎ澄まされ方が尋常じゃないし、高重さんのスタイルや雰囲気に完全にマッチしていて、マジシャンすら騙されてしまうのです。

「フン!どうせ手がでかいんだろ!だから色々隠せたりしちゃうんじゃねーの!?」と思った私は、失礼ながら高重さんの手と自分の手を重ねさせていただきました。するとなんということでしょう…「た、高重さんの手、俺よりも一回りも小さい!?」 そう、高重さんの手はかなりマジシャンの中でも小さい方なのです。

おかしいなー。私も同じ本読んでるはずだし同じ映像見て練習してるはずなんだよなー。手も大きいんだけどなーと絶望にひたりながら、「どうやって練習してきたんですか?」と尋ねると、「もうとにかくひたすらずっと練習していました」「鏡を見ながらずっと練習」という、至極当たり前なのだが「あー自分はできていないよな」という手痛いド正論を突きつけられました(笑)

とりあえず、この動画を見てみてください。

守破離の体現者がこれか…!

高重さんの技術を見て振り返っていたのですが、要は「守破離」がとんでもねぇレベルで貫かれているのだと気づきました。作動、芸能や武術、武道の世界でよく言われているアレです。千利休が唱え始めたと言われています。(世阿弥と思ってたんですが、どうやら調べたら違うっぽい)自分の理解のためにも改めて紹介すると(こちらより引用)

「守」とは、無知の者が師匠の教えを忠実に守り、再現してみることです。指導者の行動を見習い、基本の型にのっとり、技を確実に身につける段階を指します。教えられたことをそのまま実行するということは、学習者に求められる最低限のことと言えます。
「破」とは、師匠から教わった基礎の上に、自分なりの改良を加えることです。他の指導者や別のやり方も参考にしつつ、良いものを取り入れながら、自分のスタイルを確立していく段階を指します。
「離」とは、師匠の教えから離れ独自の方法を編み出すことを言います。学んだことを、自分で発展させる段階です。普通の人がこの段階に到達することは難しく、名人の域であるとも言われます。

師弟関係に基づいた理論でもあるので、そこをベースに言及されていますが、きっと師匠を本や映像と解釈すれば、マジックの世界でも同じことが言えると思います。(独学の場合、ですが。)

ただ、この「守」ができねぇ。マジックをやりはじめると、テレビなどからプロがやる魅力的なマジック作品も情報が洪水のように入ってくる。となると、基礎をおろそかにして、ファンシーなテクニックに飛びついたり、派手なマジックに手を出したり、と目移りしちゃう状態になってしまうわけ。というより、それ以前にどの本や教材を使えばよいかわからないし、自分の「守」の結果が正しいのかどうか、自分では判断できない。ゆえにマジックサークルに入って先輩や友人と切磋琢磨したわけですが、まぁ周囲も「守」ができているとも限らない。

この目移りする欲求をコントロールするストイックさを持ち合わせ、よき教えを得た者こそが、ほんものの「守」のレベルに到達できるのでしょう。自分の場合には、わけもわからぬままに情報を摂取して、がむしゃらな練習をしたので、ちょっと現在困っています(笑)高重さんは、先程のコメントからもある通り、基礎にストイックに取り組み、自身のレベルを高めていったのでしょう。勿論、説明不可能な「センス」の部分もあるのでしょうが…。

多くの人は、「守」を極める前に「破」ってしまうので、当然ながら「離」のレベルには達することはできないし、「破」も十分なレベルにはならないのでしょう。いやー、それが難しいんでしょうけども。

ただこの「守」だけできても世界大会で上位なんかには入れないわけですよ。高重さんは自分のキャラクターやスタイルに合わせて「破」に自身のテクニックやマジックをチューニングしていき、マジシャンをも騙すテクニックや自ら考案した誰も見破ることのできない仕掛けを組み合わせて「離」の状態に達したのだと思います。高重さんのFISMでの演技は本当に目を疑いましたし、素晴らしすぎた。

「教育」分野における「守破離」を考えてみた

高重さんのWSが終わり、帰り際に考えていたことで、「守破離」は師弟関係をベースにしているだけあって、「教育」の文脈(特に成人の発達の部分ですが)でもアナロジー的に考えられるな、と気づきました。自分が新卒だったときのことを考えたり、最近のHLABのインターン生や学生チームとのやりとりを思い出したりすると、ぴたっとハマる。こんな感じ:

:うまくいく仕事のやり方や解決方法を「教授される」という行為を通じて、受け手はそれに従いその通りに行動する(そして、成功する)
:過去の事例見たり、先輩との「対話を通じ」て既存の手法を進化させ、自分がうまくいく方法を導き出し、実践する(そして、成功する)
:先輩や上司の教えから離れ、次世代と共に自らの手法をさらにイノベーティブなものに進化させ、価値を生み出していく

「守」、「破」それぞれの過程で「成功」を重ねていき、次の段階に達するのでは?と考えました。成功体験の積み重ね、というやつです。となると、ある程度やっぱり「守」をしっかりとやって最低限の実力(受験勉強でいうと、基礎問題を解けるようになるくらい)をちゃんとつけることが大事だし、指導者の立場としてはその力をつけてもらうことにちゃんとコミットすることが重要。

「離」に関してはいろんな解釈がありそうなので、ぜひご意見がほしいところではありますが、自らの成功体験から離れ新しい、斬新な方法で価値を生み出していくことに加えて、次世代と共に取り組むことが大事ということなんでしょうね。自分が教える側に立つ中で、自分も相当な進化が求められ、進化することができれば、「離」に達する、と。ちなみに、マジックでいうと「教える」という観点からは自身のテクニックやトリックのコツを言語化することに長ける必要(あるいは誰かにしてもらう)が出てきますね。発案者や演技者と解説/執筆者が異なる場合があるのもそういうことなのでしょう。

と、こんなことを考えていると、うまくまとまっている記事がネットに落ちていました。簡単なフレームワークなので同じことを考える方はいますね(笑)そこでは...

【守】上司がティーチングで教え込む
【破】上司がコーチングで引出す
【離】上司がメンターとして支援する

うん、わかりやすい。ティーチングをしっかりして最低限の安定した力をつけてもらい、コーチングしないと意味がないということか。コーチングやメンタリングが流行っていますが、ちゃんとティーチングできる/されていて本人が学んでいることを前提とした技術なのかもしれません。

今日はここまで。毎回話題が重めなので、そろそろもう少しカジュアルにします(笑)


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