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中学受験で父親のできる事 娘の受験を振り返り(1/3) 上編 受験勉強開始〜受験前

概要

本Noteは、2022年に娘の中学受験を終えた父親(42歳)の振り返りを通じて、次女のためになる学びを整理しつつ、他の中学受験の子供を持つパパ・父親たちの少しでも参考になればと書き記すものです。

受験ママのブログや情報発信は多いもの、一方で、受験パパはかなりガチな人の情報発信が多かったりして、自身のように、母親がメインで、父親はサブ的な家庭の情報は少ないので、多少なりとも親しい環境の方の参考になればと思います。

大きく3部構成とし、受験前日までの受験前までの経緯を記した【上編】(本note)、受験当日・直後を記録した【中編】、受験全般を通した学びや自身の考えをまとめた【下編】の3部作としたいと思います。

経緯と結果

まずは事実関係の整理。
父親(著者):42歳|外資系コンサル企業勤務|中学受験未経験|東京出身
母親:42歳|専業主婦|中学受験経験あり|地方出身
長女:小6|S○PIXに4年から通塾、基本的には下位クラス|小学校の8割は私立受験する学校|中堅校に無事合格
次女:小3

中学受験の始まり 小3の終わり

一般的な中学受験のスタートと同様に、小3の終わり頃の塾選びから。基本的には母親任せ。この時点では、自身は公立でも良いと思ってた段階。日能研、早稲田アカデミー、SAPIX等有名どころの説明会や入塾テストを受験。SAPIXの入塾テストにギリギリの点数で通過し、SAPIXに通う事に。近所でも評判が良かったため、少し離れた校舎(電車で2駅、自転車で15分−20分)に通う事に。

中学受験へ足を一歩踏み入れる 小4 塾通い開始・学校見学

通塾生活が始まる。塾の送り迎えに始まり、長女の夕食の時間がズレるなど、家族全体の生活リズムにも変化が生じる。また、SAPIXでは、家庭学習の負担が非常に大きく、親が日頃の勉強スケジュールや教材などを管理・把握し、出来ない所があればフォローしてあげる必要がある。

ただ、まだそこまで勉強も本格化しておらず、週2回の塾に加えて、それまでも通っていたスイミングスクールに、ピアノに、習字も継続していた。

秋口くらいからは、学校見学は早い段階から行った方が良いというアドバイスを元に、いろいろな学校の学園祭などに顔を出して学校の雰囲気などを見て回った。

自身は当時のプロジェクトがほぼ客先常駐のため、ほとんど勉強を見てあげることも、送迎しあげることなども出来なかったし、模試の結果なども特に興味がなかった。

母親が日夜、家庭教師のように長女の勉強を見るため、その間、勉強の邪魔をしないよう次女の面倒を見るくらいだった。

勉強・学習の本格化 小5 クラスの上下・席での順位が明らかに。新型コロナによる受験への価値観の変化

受験勉強も本格化してきたこの時期。塾でも競争原理を元に成績に基づいて、席替え・クラスの上下が盛んになってきた。4年生の終わり頃には、中位クラスまで上がっていた長女の成績も、少しずつ下降し、下位クラスに。母親も、少しずつ危機感などを持っていたように思う。

自身はこの段階でも、最悪公立でも良いと思っていたので、成績などは気にしていなかった。また、当時は関西方面のプロジェクトで頻繁に出張していたため、そもそも、あまり見てあげることも出来なかった。

ただ、この年(2021年)の始めより新型コロナウィルスの感染が広まってきた時期。第一波の緊急事態宣言で、小5の一学期はほとんど学校に行かず。SAPIXもオンライン授業に切り替えて継続はされていた。

感染が落ち着いてきてからは分散登校なども始まり、塾も分散での授業などが行われていた。

この新型コロナでのリモート対応などの状況を見て、自身の中でも中学受験に対する価値観が変わってきた。

きっかけの1つは公立小学校のリモート対応の遅れである。私立の学校などでもその対応には差があったように思うが、公立学校では、機会の公平性の観点かわからないが、リモート授業などへの対応が非常に遅かった。

今回の新型コロナを経て、結果的に公教育においても加速化されたものの、公立学校では、今後もこうした対応の遅れにより、私立と比較して、学習の機会の損失を受ける可能性があるのではないかと思うようになった。

もう1つのきっかけ・理由としては、中学受験に対する情報を収集する上で、私立中学に対する理解や市場環境について正しい理解を持つようになった所からである。

例えば、「サピ偏差」という言葉についても認識し出したのもこの時期である。模試の結果などで40台の偏差値などが出ていたものの、自身の大学受験当時の基準で考えると、「偏差値40台の学校にこれだけお金をかけて行く意味があるのか?」という疑問がうっすらあった。だが、中学受験について学ぶ中で、この偏差値の考えについて正しい認識を持つようになった。

中学時代の偏差値というのは、中学受験を行う特定層の中で偏差であり、高校・大学受験時の偏差値とは別で、低く出る(周りのレベルが高い)傾向にあること。また特にSAPIXの模試の偏差値は、中でもレベルが高い層が受験しているため、他の模試の偏差値より5〜10程の差が出るという。

Youtubeなどでも中学受験について語られている動画なども見たりして、様々な情報を得て、正しい事実認識を持つことが出来た。漫画の「2月の勝者」も読み始めたりもした。また、妻からもSAPIXの保護者会などには参加するよう促されて、正しい中学受験に関する知識・情報を少しずつ理解し始めてきた。

新型コロナで大きな学園祭などは少なかったものの、学校説明会などへ参加、動画での視聴などを行い、新型コロナへの対応、リモート授業やテクノロジーを活用した学習機会など、私立の良さというのも少しずつ理解してきた。

受験勉強本格化 小6 4−8月 4−5年生でやってきたことの総決算

この時期になると、平日週2回の講義に加えて、週末土曜日授業なども始まり、週末の弁当の準備なども発生してきた。また模試なども増えて、家族揃って遊びにいく機会などはほとんどなくなってきた。

長女にも受験生としての自覚が徐々に芽生えてきたのか、勉強が面白くなってきたのか、小学校行くよりSAPIXに行くことを楽しみにするようになってきていたし、ルーティンの勉強も特に反抗することなく、机に向かって勉強するようになってきた。

一方、勉強内容自体は難しくなってきて、家庭でのサポートもかなり限界を迎えつつあった。

親も賢明に教えるものの、親が内容を理解し、分かりやすく伝えるのに時間を要する。分かりにくい解説のせいで、長女もイライラする。勉強を教えながら喧嘩をするようなことも多く、家に少しギスギスした空気が流れるようなことも多くなってきた。

自身のプロジェクトも少し落ち着き、リモート作業もしやすいフェーズになってたので、在宅しているタイミングで、ここに来て自身も算数や理科などの勉強を見るようになる。ただ、自身は中学受験未経験なのもあり、中学受験特有の「○○算」みたいなものを自身も学んできていないので教えるのには苦労する。

Youtubeにはそれらを分かりやすく教えてくれる動画もたくさんあり感謝しながら、自らも勉強をするための時間を確保する事が求められた。

ちなみに、SAPIXでは授業後の質問教室の時間が設けられている。ただ、長女は自身が「分からない所が分からない」という状況で、うまく質問が出来ない事もあり、親が質問を用意して聞いてきてもらうような流れが出来た。

質問教室は授業後ということもあり、終わるのは21時半とか22時近くになることもあり、自身も近くのカフェで仕事しながら待機して、自転車で送迎することが多くなった。

クラスは依然下位クラスだったものの、成績自体は少しずつはあがっていた。夏くらいには志望校を決め始める。基本、ここでも母親任せで、個人的にはどこも聞いたこのないような名前の学校(単に自身が無知なだけだが)だったが、説明会の動画やサイトなどを見る限り、教育方針や環境など、良い学校であると思ったし、上述の通り、公立に行くくらいなら、一定レベルの私立に行くのが望ましいとも思っていた。

自身の方はと言うと、新型コロナも第4波、第5波とある中、仕事上も感染するわけにもいかないが、子供にうつさないように気をつけるため、感染が収まってた時でも会食・飲み会などにもほとんど行かなかったし、母親からもキツく言われていた。

志望校向け勉強期間 小6 9−12月 

過去問への取り組みが始まる時期。自身は「声の教育社」の過去問題集を買って、解きやすいように、拡大印刷などを行ったり、過去の問題集から解けない問題をキャプチャして、独自の問題集を作るなどの後方支援を実施。

(過去問に関して)
コピー等したあとに気付いた事だが、過去問に関しては、四谷大塚が無料でかなりの学校のオリジナルの過去問が公開されているし、学校側でも公開してたりするので、問題用紙という観点では、これからのDLして使用するのが良い。「声の教育社」の過去問題集は、四谷大塚とか学校のサイトにないものの補完として及び解説として使用するものとするのが良いと思われる。自宅のコピー機やコンビニコピーやキンコーズなども頻繁に使用するようになるので、自宅プリンターの環境整備や各種会員登録などしておくと便利です。

新型コロナへの感染拡大を受け、仕事上でもリモート対応でほぼ在宅ワークとなった結果、長女の勉強の合間に、次女の面倒を見る。在宅での仕事と次女の面倒の両立が主なタスクとなった。

かなり遅いと思うが、この頃になってようやく父親として自身も受験に本腰を入れるようなる。とは言え引き続き母親がメインで勉強見るも、親子共々ストレスも貯まり、次女は次女で相手にしてもらえないので、長女の勉強を邪魔したりするので、自身は次女をしっかり見てあげるように意識していた。

また、10月以降のSAPIXの直前模試では、いくつかの中学校の校舎で受験することが出来る(抽選)。受験本番当日は、方向音痴の妻ではなく、自身が送迎を行うため、このSAPIX模試の送迎を行うため、事前の予行演習も兼ねて自身が行う。ほぼ週末はこうした模試やコロナを避けて自転車での送迎とカフェで仕事しながら待つ日々を過ごす。

長女は受験を間近にしつつも、外から見る限り、特に焦りや緊張を感じる事もなくマイペースに勉強を進めていた。模試での成績はあがっていたものの、第一志望のチャレンジ校の合格可能性は最後まで20%を超えることはなかった。ただ、第一志望校の入試問題は記述式で途中式も評価する形式のため、模試では正しい見込みが出ないこともあり、過去問の点数を主に見て評価すべきだが、過去問でも合格平均点に届くことはなかった。

この時期は子供を追い込むようなことはせずに、メンタル面でのサポートが重要であると、いろいろな所で言われている事もあり、自信をもたせるようなコミュニケーションを意識していた。実際に、過去問の点数もチャレンジ校は難しいものの、他の学校については過去の合格平均点はなんとかクリア出来るようになっていた。ただ、ギリギリな所もあり、本番では何があるか分からない、となると、より余裕のある学校を選んでおくべきだったのではないかと、少しブレそうになる。この時期、親はブレないように、と言うようなことももいろいろな所で言われていた。

正直「全落ち」の可能性も考えると、安心出来る学校を受けておきたい気持ちもあるものの、今更、他に学校説明会なども行っていないし、過去問対策もしていない中、選びようもない、というのが正直なところだった。

受験終盤になると、塾も危機感を煽るようなことは言わず、新しい単元を学ぶわけでもなく、淡々と苦手領域などの潰しこみを行ったりしつつ、過去問の見直しを行っていた。ただ、やはり個人個人に対する深いアドバイスはいただけない中、親としては不安にもなってきた。

個別の受験校に対する合格可能性の見極めなどもあったのと、やはり親が勉強を見る限界と不安もあり、母親が家庭教師や個別指導塾などを探し、オンラインでの家庭教師(個別指導)を数コマだが頼むことにした。正直、かなり高額ではあるが、子供の学力はもちろんだが、母親のストレス、プレッシャー、悩みを低減する上では、一定効果のある投資だと考えた。(85分:20,000円程度。このオンライン家庭教師の学校でもランクの高い方の先生)

主に過去問の見直しなどをしてもらうようにして、受験直前だが、週1回程度、オンライン家庭教師をお願いすることにした。

オンラインの先生からはチャレンジ校以外の学校についてはまぁ問題ないのではないか、とのコメントはいただいていたが、それでも不安は拭えず、ギリギリまで悩んでいた。

受験直前の追い込み期 小6 1月

毎年帰省していた義母の実家への帰省もコロナや受験もあったので控えて、元旦以外はSAPIXへの通塾。中学受験の厳しさを再認識する。

受験準備も本格化し、受験申込み方法についても具体的に整理し始める。ここも受験ビジネスの面白い所。1校あたり2万円−3万円の受験料だが、昨今複数回受験機会を設けている学校も多く、複数回受験すると割引になったり、繰り上げ合格の際に優位になったりするような学校もあり、受験料も学校にとっては大きな収益源であることが分かる。

また、「前受校」「お試し受験」と呼ばれるような、1月受験校がある。東京の私立の試験日は主に2/1-4に固まっており、いわゆる御三家と呼ばれるような名門校は2/1に固まっているため、2/1からが本番と言われる。

一方、関東近郊の学校や地方の首都圏受験というものが1月に実施される。もちろん、本当に生徒を募集しているものもあるものの、多くの受験生にとって、1月は塾の模試などがないため、2月受験本番前の力試しの場となっている。

学校側もそれを意識して、試験結果だけでなく点数や順位を出すような学校もあり、募集人数数十人なのに、数百人が受験するので、受験料だけでもかなりの収益になるのだろう。

長女も地方の学校の首都圏入試を受験した。目的としては本番慣れと合格獲得を通じた自信をつける、ということ。普段行かない場所にある学校だったので、当然送迎は自身が行う。

長女は人生初の受験だったが、特に緊張する様子もなく、普通に受験。試験結果は数日後だったが、オンラインで確認し、無事合格を獲得。点数と分布を確認しつつ、長女は長女で自信をつけることに繋がったかと思う。

この時期は、自身も仕事のプロジェクトが最終報告を迎えるなど山場を迎えつつも、当然この時期は受験の送迎・伴走のため、動けなくなることがわかっていたので、早め早めにメンバーに仕事の引き継ぎを計画して、2/1-4は休めるよう段取りをしておいた。おかげで、プロジェクト側は僕がいなくても回るような体制に出来ていたので、受験本番を迎えることが出来るよう準備は整えていた。

一方で、新型コロナウィルスもオミクロン株が猛威をふるっていた。長女もコロナ感染を危惧して小学校は休ませていたものの、子供メンタル面での安定性を考えて、SAPIXへは通いたがっていたので、最後の授業まで通わせていた。感染への懸念もあり、通塾もバスなどの交通機関は使わずに、可能な限り自転車で送迎していた。

しかしながら、1月最終週の最後のSAPIX授業を終えて帰ってきた長女の体調に異変が起きる。

いつも疲れて帰ってくるものの、いつも以上に疲れていたので、手で熱を計るととても熱い。簡易の体温計でも38.5度近く。水銀体温計で計っても38度以上となっており、いよいよもって罹ってしまったかと。

一晩明けて朝、改めて計るも、やはり38度以上。

受験校を調べると、コロナ罹患者はもちろん、濃厚接触者になっているだけでも受験出来ないような学校もあった。コロナ感染の拡大状況に合わせて、学校側も日々対応の更新がなされており、濃厚接触者判定でも熱がなければ別室受験を行えたり、追試を用意している学校もあった。

正直、最悪の事態も想定した。

3年間頑張ってきたのに受験さえも出来ない。母親は狼狽えて、通塾させてしまっていたことや、スーパーなどの買い物などの際の手指消毒などを怠りがちになってしまったことなど、自身の判断ミスを悔いていた。

自身も不安で仕方なかったものの、なるようにしかならないし、それでも、コロナで受験出来ない受験生を対象に、急遽追試を用意する学校も出てきており、そうした学校を探して、願書を提出すべきか、いつまで申し込めるかを確認したりしていた。

受験直前は最後まで伸びる、と言われるほど、直前は重要な期間だが、丸々2日間ほど寝かせて休ませた。受験が出来ない事にはどうしようもない。とにかく治る事を祈りつつ、看病に徹する。

インフルエンザでも1日で治してしまう丈夫な長女、結局病院に行く前に熱は下がり体調も回復。とは言え、無理をさせるわけにもいかないので、ならし運転的に簡単な勉強だけで過ごす。

週明け1/31。

娘の体調も改善。自身は、翌日からの受験対応に向けて最後の仕事を片付けつつ、受験の送迎のための旅のしおりではないけれど、経路や時間、現地の地図、午後受験の場合は、ゆったりと落ち着いて食べられる立地上も便利なランチの場所を整理し資料にまとめる。受験校は遠い場所もあり、集合時間8時に余裕をもって7:30に到着するには、6:30に家を出る必要があるので5:30起き。前もって、少しずつ早起きの生活リズムにはしていたものの、親の方が緊張で眠れなかった。

受験当日の体験談については以下より

中学受験で父親のできる事 娘の受験を振り返り(2/3) 中編 受験当日
https://note.com/shutaro_t/n/n4b4cb8d1ae48


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