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【小説】一星欠けた 第2話

「あ、起きた」

頭上より男の声がした。
目の前は、土埃の薄く積った床と履き古した革靴だった。

「山紫水明学園中等部一年C組、十条タンゴ君」

のんびりとした声だった。
タンゴは口許に受ける圧迫感を訝しんでいた。
男の声が突然険しくなる。

「ほら、名前呼ばれたら返事ッ」

古靴が床から浮いた。次の瞬間、靴は左目の上に落ちていた。

「返事しろっつってんだろ!」

口を動かそうとしても動かなかった。猿轡を噛まされていた。三度蹴られ、三度目で壁に突き当たった。手は後ろ手に縛られ、そのロープの先は何処かに繋がっていた。
「お口がそれじゃあお返事出来ないよね」
生ぬるい口調にまた戻った。かと思うと急に激高し、
「そんな格好じゃ逃げられねえだろ!」
と蹴り続けられる。咳で猿轡が喰い込む。男の緩急自在に口調を変える所も、突如暴力を振るう所も、何処かで見た気がしてならない。
でも誰だ?
頭をつかまれ床に叩きつけられる。力は充分大人だった。先刻当たった石の所為で、頭は痛みながら朦朧としていた。それが一層酷くなる。こんなんじゃ逃げられない、どうなる?殺される?まさか。まさか、だよな?
男の手がシャツのボタンに掛った。脱がされていた。肌を切られるのか、火を点けられるのか。タンゴの眼球に男の荒い息が掛かる。
生臭い。精液の臭いだ。
タンゴは悟る、始まるのはレイプだ、下まで丸出しにされてしまう。
脚を懸命に動かす。宙を蹴る。
「脚、うるさい」
鈍い音が二度。たちまち脚の力が何かに吸い取られる。男が底抜けに明るい声で笑っている。
「痛いか、痛いか」
膝をはたかれる度に痛みの激震が走る。金属塊らしい物が床に落ちる音がする。自分の半月板を割った金属塊を、タンゴは見ないように目をつむった。

「眼ぇ閉じるなよ」

目蓋を無理やり摘まみ上げられると、男はシャツもパンツも脱いでいた。タンゴの眼は釘付けになる、左の鎖骨下から始まる七つの黒子の北斗七星、いや最後の星のあるべき場処には赤黒い痣が直径数センチ、爆破した星の死骸のように滲んでいる。
北斗七星北斗七星……北……北……北……、男は呟きながら鞄を手繰り寄せる。

「お星様七つ、お空に浮かべなくちゃ」

まるでタンゴの顔が透明で、顔のずっと先に誰かがいるような、遠くで焦点の結ばれた眼で笑い掛けてくる。男の笑顔とタンゴの間に突き出されたのはマイナスドライバー、遅れて木槌。タンゴはおのれの身体もまた、全裸であることに気づく。

「ひのふの、ひぃっと!」

星を一つ目から穿ち始める。笑い声に色があるなら、定めて毒茸どくたけの鮮烈さだろう。それがタンゴの悲鳴と代わる代わる繰り返される。

ひぃ、ふぅ、みい、よう、いつ……、さいごの一つはどこに打とう、かなっ?

男が粗らしく揉みしだけば死ぬの生きるのと泣き喚くタンゴを裏切ってそこは勝手に膨張する、ほら七つ目のお星さま欲しがっておっきくなってるよ、まさかここにドライバーを刺すのかとゾッとして股の間に眼を凝らせば男は意を汲んだのかキャラキャラと笑い、違うよぉ何焦ってんの?ここはネここ用のアクセサリーを飾ってあげるんだヨ、ちゃーんと用意してるんだから、扇のように広げて見せびらかすのは、十数本もの尿道プラグ、使ったことある?ないよね。オマエ自分が痛いのは絶対に嫌なんだもん、でも細いのから馴らせばちゃんとキモチイイから安心しなよって勿論オマエなんかには真っ先に極太ぶっ刺すけどなキャハハ。

「その前にぃ」

男は両手でタンゴの茎を包みこみ包皮を剥き下ろそうとする、無理だってことはタンゴが充分知っている、どう引っ繰り返っても無理だった。男の声が怒気を帯びる。

「何で剥けねえんだよ、すげえ臭えし」

タンゴの眼から涙がハタハタと出る。悔しさが今頃になってこみ上げた。

「おい、聞いてんのかよ」
男の声は聞こえなかった。自分の涙に驚いていた。

「聞いてねえならそんな耳、要らねえじゃん」

次の瞬間、左の耳に何か棒状の異物が入ってくるのを感じた。火を点けられたような痛み。
更に右の耳も同様に。
尿道プラグは鼓膜を二枚とも突き破っていた。




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