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【小説】一星欠けた 第1話

十条タンゴはいじめのプロであった。
いじめに最も必要なコツを掴んでいた。

ターゲットの身体につける傷は、精神に負わせる傷の表徴に過ぎない。長く楽しむ為にも、大人の目に触れる箇所を綺麗に保つのは必須である。精神を深く支配してしまえば身体の傷は最小限で構わないが、ターゲットに自らを奴隷に過ぎないと忘れさせない為にも、そしてこいつを支配する我々側の愉快な結束を維持する為にも、やはり程よい暴力は不可欠だ。我々側――忘れてはならないもう一つの要素は、いじめを遂行する集団にある。こいつ等のコントルールも、いじめのプロなら難なくこなす必要がある。そのコツは……まあいい、手の内を見せ過ぎる必要はあるまい。
ともあれ十条タンゴは幼少期より、彼一流の方法論で十指に余る玩具を入れ替えてきた。

だが近頃は物足りない。
十三歳を迎えたタンゴが手に入れたいのは、壊れていく過程のターゲットの精神でもなければ、低能なお仲間連中の語彙に乏しい称賛でもなかった。目の前に転がる玩具、それを踏みつける玩具、その両方にタンゴは今、冷ややかな眼を向けている。

山紫水明学園中等部一年C組の里神楽さとかぐらシュロは、河原で伸びていた。疼痛の後に来る鈍麻、恥辱の後を襲う無力感の為に、顔を踏みつける靴底もうっすらとしか感じ取れなかった。カナヅチは足先に精妙な匙加減を加える。タンゴの顔色を盗み見すると、雨上がりの花園のように輝いていた。
寸止め。潮時を輝く表情に読み取ると、シュロの頬から足を外す。
爪先で鼻を小突く。

「帰る時はちゃんと服着て行けよ。裸でそこら辺歩いたら許さねえからな」
ターゲットのシャツの前ははだけ、下半身は剥き出しだ。
びしょ濡れの身体に鳥肌が立ち始めていた。

「返事がねえぞ」
シュロの頭が微かに動くのを確かめると、カナヅチは頬へ唾を垂らし靴底で擦った。
「行こうぜ」
自らの言葉で、一瞬自身がリーダーであるかのような甘美な錯覚に襲われる。

「お前ら、先帰れ」
タンゴが顎で促す。「おれはちょっと残る」

カナヅチと三人の取り巻きは、少しく狼狽えた。
こんな気まぐれな命令を、タンゴは稀に出した。
「何でだよ」
カナヅチは不服だった。

「すぐに追いつくって」

シュロには何処か常に、人を撥ねのける剣呑さがあった。
深入りしない方が賢明か。わだかまりを覚えながらも、カナヅチは三人を連れ河原を去った。

タンゴはターゲットに近寄っていく。こいつが起き上がって俺に抵抗したら。その思いつきに一瞬足がすくんだが、鼻で嗤う。
これはゴミだ、動くものか。
タンゴの顔から表情が完全に消え、眼の部分だけ切り抜いたボール紙のように無機質になる。生きているという実感が、背骨の髄からひしひしと染み出している。そんな時必ず、タンゴの表情は死んだ。
はだけた身体を見下ろす。
右の鎖骨の下に色の濃い黒子が一つあった。
そこから数センチ離れた鎖骨の上にまた一つ。
左の乳首の脇、みぞおち、さらに右乳首の下から右のへその横まで黒子は点々と連なっている。
全部で六つの黒子を線で繋ぎ合わせれば、柄杓型になった。

〝北斗七星にしてやるよ〟

六つ目の黒子の数センチ下、鼠径部に近い辺りに開けられた孔は、無論タンゴの命令によって穿たれたものであり、穿った孔が塞がっては孔の意味がないのだからという理由により、何度も繰り返し瘡蓋をめくられた孔であった。孔には早くも凝固し始めた血が詰まり、その肉の周囲は、幾度も受ける傷の為に爛れた色になっている。
タンゴは常日頃からこいねがっている。
俺がこの玩具に飽き、見向きをしなくなっても、この傷が痣になって残れば良い。永遠に支配する、それも俺の知らない内に。圧倒的な力ってそういう事だ、と。
だが今日やりたいのはそれではなかった。
里神楽シュロの手は性器を握っていた。
とうに力は抜け、手は半ば開いている。手の下には焼け焦げた陰毛がある。初めてこいつの服を剥いた時、薄っすらと生えていた陰毛に嫉妬した。嫉妬を押し殺しカナヅチ達を見れば、すでに連中も発毛の兆しのある素振りだった。嫉妬で頭はグラグラと揺れ、だから薄々とした陰毛にライターで火を点けた。
火の着いた陰毛に脅かされ、皺だらけになるまで萎縮したペニスを見ていると、圧倒的な力が戻ってきた。
だから当然、勃起していた。
それなら選ぶべき遊びは限られるというものだ。

その翌日、肛門へ太字のマジックペンを差し込んだ。数日後には束ねた数本のシャープペンシルが挿入され、更にモップの柄、コーラ瓶などへと入れ替えられた。
今日は隣の組のクラス委員のリコーダーを用意させた。
シュロが河原の石の間にリコーダーを挿したのを見届けると、その上に裸にしたシュロを股がらせた。リコーダーの太さが肛門の口径に合わない、その先端部分に唾液を追加でまぶす許可を願い出る、その言葉に思わず頬がゆるむ、ニッタリ哂って聞き返す、唾?次の瞬間シュロは烈しく突き飛ばされる、お前のザーメンにしろ!!拳で躾ける、シュロの肩を押し身体を沈め、或いはリコーダーを靴の先端で揺すり、何通りもの悲鳴の変化を楽しんだ、リコーダーはたった数センチばかり進んだところで直腸の動きによって押し返され、今は喪神しているシュロの横に転がっていた。

初めてシュロの陰毛を燃やした日、タンゴには秘密が出来た。
夜、下着を脱ぐと酷い臭気がこみ上げた。
尿道の先から夥しい量の澱が分泌されていた。
タンゴは、浮浪者の掘っ立て小屋からくすねた靴下のような臭気に、陶然としてしまった。
自らが臭いという事実に、性器は屹立していた。
昼間シュロを虐めた時より尚いっそう硬度を増し、茎の先端が包皮を圧迫する所為で、痛みが突き刺さった。包皮が茎をグイグイ締め上げるような痛みだった。
澱を指先で拭い鼻に近づけると、舌の上に幻の味覚を呼び起こした。辛み、塩味、苦みといったあらゆる味覚が唾液と共に溢れ出た。中でも一番の気に入りは甘味だった。まろやかな甘い臭いは他の臭いに遅れてやって来る。バタースコッチを口に含んだ時の懐かしさが口中に広がった。
包皮を剥き下ろそうとすると、いつも決まって激痛に阻まれた。包皮と茎の癒着は絶望的なまでに頑固だった。こんな奴はクラスで俺だけだ。だが憎たらしい筈の恥部の隙間で、こんな甘美な化合物が生まれていたとは。おのれ身体の健気さに打たれた。おのれの身体に不思議を見つけた。以来シュロを痛めつける遊びは、その夜に死人と変わりない表情でおのれの臭気に埋没する為の、準備段階に変わった。

その変化を、シュロは元よりカナヅチ達にも知られてはならない。恥垢を心待ちにしているなんて、弱さだ。俺は圧倒的な力を持っていて、その自明の理を知らしめる為に、ターゲットの陰毛に着火し肛門を弄んでいるのだ。

シュロの脚を持ち上げ、臀部が丸出しになる姿勢を取らせても、反応はなかった。ポケットから電池式のバイブレーターを取りだした。冗談が解らない人間の冗談のように、巨大なバイブレーターだった。肛門は紅く爛れている。肛門筋の襞は花びらのように盛り上がっている上に、この色だ、三月三日の桃の花ではないか。それはリコーダーをねじ込んだ所為なのだが、タンゴは最前まで夢中で楽しんだ遊びをすでに忘れていた。バイブレーターを肛門に宛がった。聞こえるのは荒々しい鼻息だけだった。タンゴ自身の鼻息だった。
ガガガガ!
いや、
ダダダダ!かもしれない。
聞きなれない音がした。
ターゲットが身を捩っていた。機械音だと耳が捉えたのは、人間の悲鳴だった。

「あああああ!」

うるせえ!と叱りつけるのも業腹だった。矢尻のように尖った石を掴む。六つ目の黒子の下、北斗七星の最後の点として穿った傷に石の角を打ちつけた。
ターゲットが派手にのけぞったのと、タンゴの先端に締め上げるような傷みが走ったのは同時だった。一人前に勃起しやがる陰茎に忌々しい愛着を覚えながら、同情引きてえのか?とシュロを眺めていた。高く伸びあがった所から頭部が落ちる。石の上で音を立てたのを呆れて見ていた。頭の下から赤黒い液体がなめらかに広がっていく。膨張した陰部から、ようやく熱が引いていった。
おい!
声を掛けようとし、止めた。王位の正当性を動揺なんかで捨てるのは卑怯ではないか。半ば押し込まれたバイブレーターが、ゆっくり逆戻りしていた。肛門が巨大なナメクジを産んでいる。だからこいつは人間じゃない、別の生き物だ。
剥き出しの上体を踏んでみる。反応はない。タンゴはむしろほっとした。シャツの前を掻き合わせ、六つの黒子と一つの孔を覆い隠す。パンツを穿かせる。ファスナーが途中で引っ掛かったが、裸にした痕跡は概ね消した。

河は数日前の台風で増水していた。
脚を持って水際まで引き摺った。

河水は岸から離れた中央辺りが盛り上がっていた。
水はターゲットの身体を軽々と舐め取り、盛り上がった中央部へと運んでいった。
山紫水明学園中等部一年C組の名もなき十三歳は見る見る離れていく。
これは自然の大いなる力が為したこと。カナヅチ達はこの事を知らない、俺が知らないと言えば奴らも知らない、頭の中をスッキリとしたタンゴ自身の声が通っていく。
せんせい朝のにゅーすは本当ですかしゅろ君が死んだなんて信じられないです日頃から悩みを相談してくれれば自殺しないで済んだでしょうに彼は明るく優しい友達思いの同級生でした。

タンゴは河に背を向け、歩き出す。一抹の不安はあったが、それより早く帰って恥垢の臭いに耽りたかった。警察沙汰になったらカナヅチに濡れ衣を着せる。今日一番殴ったのはアイツだ。
土手の上に人影があった。
見られていたのか。いや、見ていないかも。
男は短い脚で土手を降りてくる。タンゴに見向きもせず、足早に水際へ行く。実用一点張りの黒鞄を肩から斜め掛けに、ワイシャツの袖を肘までまくっている。草臥れたサラリーマン以外の何者でもない後姿は、中肉中背、あるいはもう少し背が低い。タンゴの横を過った時に見た顔には、眼鏡以外印象に残るものは何もなかった。
男は独り言を呟きながら石を拾っていた。アンズほどの大きさだ。重さを計るように手の上でバウンドしている。得体が知れない。さりげなく逃げるべきか。そう思うのと同時に石が飛んできた。鈍い音が頭の内側から聞こえた。景色が一旦視界から剥離し、その後で空だけになった。河原に倒れていた。男が顔を覗き込む。

「何だよ、眼ぇ動いてるじゃん」

片手に何かの機材を持っていた。

「気絶って中々しないんだな。持ってきて良かったよ」

男が覆いかぶさり、機材が手ごと見えなくなる。身体に衝撃が走る。四肢が他人の持ち物のように勝手に震え……、と感知するや否や気絶した。






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