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「詩歌のある生活」を始めたら詩歌がわかるようになった…のか

今から二年前、「詩歌のある生活」に憧れたことがきっかけで短歌を一日一首取り上げるブログを書き始めた。

もともと私の読書体験はミステリーから始まっており、その後も基本的には起承転結がしっかりした話が好きである。今でこそ純文学や抽象度の高い物語にも触れているが、なんだかんだで今でもストーリーがあるものを評価する傾向にある。反面、一番縁遠くなっていたのが詩歌であった。

ようやっと詩歌に興味を持ちだしたのは音楽からである。詩歌に興味のなかった私だが、もともと音楽は好きだった。ポップスを聴いてもコードやメロディにしか興味がなかったため、まともに覚えた歌詞はひとつもない。ずいぶんと偏った聴き方をしていたものだが、そんな私を変えたのがさだまさしと中島みゆき。さだまさしの『極光』は大傑作だと思っているし、中島みゆきの『キツネ狩りの歌』を生で聴いたときの衝撃は今でも忘れられない。言葉で聴かせる音楽があることを知った私は、ようやく言葉そのものの力に関心を向けたのである。(さだまさしと中島みゆきの話をすると長くなるので、そこは追々。)

友人からの影響もある。社会人になることへの不安を口にしたときに友人から教えてもらった茨木のり子の『自分の感受性くらい』は、やや卑屈になりかけていた当時の自分には痛すぎるほど響いた。小説・詩を書く友人もいた。「ストーリーのある小説とそうでない詩」という理解をしていた私にとって、両者を分け隔てなく生み出していることに新鮮さを感じたものだ。その友人の書く小説は純文学であり、詩はいかにも現代詩であったが、おそらく「ジャンル」なんてものはどうでも良かったのだろう。できたものがたまたま小説であり、詩なのだ。

小説家・丸谷才一の『文学のレッスン』という本に「詩歌」の章があって、そこに載っていたエピソードに感心したことがある。萩原朔太郎の『天景』という詩があって、丸谷はこの詩が好きだったらしく、万年筆の試し書きをする際はいつもこの詩を書いて回っていたそうだ。

しづかにきしれ四輪馬車、
ほのかに海はあかるみて、
麦は遠きにながれたり、
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を、
また窓青き建築を、
しづかにきしれ四輪馬車。

このエピソードを知ったとき、ああもっと早くから詩歌に親しんでおくべきだったと悔やんだものである。町中でさらさらっと詩のひとつやふたつそらんじてみせるくらい、言葉と戯れている人生はかっこいいではないか。

もうひとつ、詩歌のある生活でいいなと思ったのが、永田和宏『近代秀歌』のまえがきを読んだとき。

友人と一緒に酒を飲む。「〈酒はしづかに飲むべかりけり〉なんて牧水は言ったけれど、こうしてわいわい飲むのもいいよなあ」と誰かが言う。「そう、彼はほんとに酒が好きだったから一合が二合になって、どんどん進むって歌もあったよね」と応じる奴がいる。「だから、彼が亡くなった時、遺体はアルコール漬けみたいになって、しばらく腐らなかったそうだよ」と言う奴もいる。こんな会話がさりげなく交わされる飲み会の場は、魅力的ではないだろうか。

とある名歌をみんなが共有していて、その作者のこともある程度知識があって、そこから雑談へとつなげていく世界。なんて文化的な楽しみ方だろう。

ざっとこんな感じで詩歌の世界に足を踏み入れた私だが、冒頭で述べたとおり今は短歌一本に絞っている。理由は単純で、関心が広がりすぎて収拾がつかなくなるのを防ぐためである。思い切って短歌に集中したが、短歌は短歌で底知れず、読んでも読んでも読み切れない。結果的に私の判断は間違っていなかった。

でも結局詩歌ってよくわからないしという方のために、変わり種をひとつご紹介。

実印をごみ箱に捨て実印の袋にティッシュ仕舞った右手/岡野大嗣

気鋭の現代歌人の作品から。いやこれ、おもしろくないですか。ただぼーっとしていたからなのだろうが、私たちはしばしばこういうことをしてしまうものだ。だからどうという話ではないのだろうが、言うまでもないことにこそ真実や本質があり、おもしろさがあったり光るものがあったりする。ビジネスの視点ではとっくに切り捨てられている「役に立たないもの」や「どうでも良い部分」を、わざわざゴミ箱から回収して作品に仕立て上げるのが詩歌の役割なのだと思う。

ちなみに、普段の私は馬車馬のように働いている。効率やら成果やら「役に立つこと」で成り立っている世界だけで暮らしていたら、その脱人間的な極端さにいつか心は壊れてしまうだろう。だからこそ、その対極にある詩歌の世界が私には必要なのだ。なぜそれを歌おうと思ったのか、なぜそんなことを作品にしたのか、わからないほどおもしろいし、わからないからおもしろい。

そもそも詩歌はわかるような代物ではなかった、というのが今の私の結論である。

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