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ピーナッツ大統領の平和革新党

こんばんは。

ピーナッツ大統領です。

以前、もうそれも2.3年前頃にブログを書いておりましたが長らく更新をせず、いつの間にやら化石になってしまいました。
改めてブログを始めるに至った経緯を少し書きます。

REYは今年5周年を迎え、今日に至るまで沢山の大きな出来事がありました。
それはバンド活動をしていれば至極当然のことであり、ある人にとっては取るに足らないものかもしれない。いや、バンドなどしていなくとも人が人として生きていればそれぞれの人生経験上からみれば大したことではないような。そう、それでもオレにとっては大きなことだった。
ここではそのオレという"個人"の経験上のそれらとの向き合いのことをREYの経験として書きたい。それ以外に書き方がないことと同時にオレにしか書けないことであるから。

文章を読み書きするのが元より好きな為に、こういった形でふらふらと寄り道や稚拙な思想をねじ込む文体であることを先に謝罪します。許してちょんまげ。

まあ上記に記したような出来事を過去に良いことも悪いことも包み隠さず当時の心境を書いてきた。ある人には毒である人には薬であったように思う。

続けられなくなったことに理由という理由がないのである。
何が起きても書いていたオレにとって書く気力が湧かない時期はあったとして、消化さえすれば書いていた。
強いてあげるとしたら、REYの活動がガソリンが切れる前の車のように恐る恐る、亀のような進み具合になったことだ。いやそれが小さく大きな理由かもしれない。

事実その間オレの思想は鈍った。
歌いたいことも無くなってしまったといって過言ではなかったかもしれない。
REYの音楽性の構築として、オレが関わっている大きな点は作詞。
作詞は人形に魂を吹き込む作業である。
タクマの作ってきた人形をどんな性格で、どんな声色で、どんな信念をつけるか。
それがわからなくなってしまった。その理由も具体的あるがそれについては今は触れない。
元来作詞家とは思想家であり、哲学者であるべきと思う。
常識や普通、平凡さに対し疑念を唱える。
そうして幸せとは何かを歌うことがどんな詩においても根底なのだと思う。
年齢を重ねるごとに怒ること。喜ぶこと。悲しいこと。感情の起伏が小さくなり、何かあっても「そうか、まあ仕方ないか」と世間と自分に見切りをつけていたように思う。

それがなぜ今になってブログを書こうと思ったか。
いくつかあるけれど、REYを好きだと言ってくれるあなたがいて。かつてそうだったオレを見限ってしまわないで変わらず愛してくれるあなたがいて。
惰性で続けていたようなオレたちをキラキラとした目で出会ってくれたあなたがいたからです。
これは綺麗事のように見えるが事実そうなのだから仕方がない。
そしてそのあなたに対し、4分と少しの500字そこいらでは届けられなかった言葉や、伝えたいことなんて言ったら烏滸がましいが共感し得ること。それを書きたくなった。そういうことでございます。

さて、これから何を書いていくかは正直なところ明確には決まっていません。
ただ本当に身近な人にしか打ち明けてないもう一つの夢として、小説家になりたいという呆れたものがあります。
誰にも見せてないものだけれど原型のようなものだけいくつかあったり、REYの楽曲のテーマとして短編小説、もしくは長いものは定期掲載のようにして形に残したいが、活字離れが如実な今どれだけ読んで貰えるでしょうか…
既に今日のこのブログでここまで辿り着いていない人ばかりと予想します。笑
まあ。その小説だとかはいいとして、これまでの楽曲の詩における解説めいたものもしようかとも思う。

あまり自分の書いた詩について触れることは、聴いてくれた人の思想を強制するようで、またひけらかしのようで気が進まないけど需要があるなら書いてみたい。
少し、REYは楽しいだけの音楽と思われている節が癪という幼稚なプライドもある。笑

なんだか、平素の振る舞いと今書いているこの文面に違和感を自分でも感じるけれどご愛嬌くださいませ。笑

人を信じるということに恐怖や難解さを感じる性だけど、その理由は裏切られ自分が傷つくことが怖いという本来の"信じる"とかけ離れたエゴイズム的思想で
それに歯向かうべく一つでも信じようと思いオレはオレを生きようとしている。
"信じる"ということは裏切りを恐れることではなく、傷つくことを恐れることではなく、裏切られても差し支えないほどに相手を想うことなんだと思う。
オレはそれをあなたに向けたい。
そしてあなたにもオレを、REYを信じてもらいたい。
その間にはきっと優しさがあってそして幸せがあると思う。

だからあなたとREYで幸せになりましょう。

プロポーズのようで気持ちが悪いですね。

一貫してREYを始めた頃から変わっていないのは
オレはあなたに「ついてこい!」と言えるような力強い人間ではないので
どうか二人三脚のように「隣を一緒に歩いてくれませんか」という気持ちです。
そしてあなたの孤独が重たいときには、隣でその孤独を共に持って歩きたいのです。そういう音楽でありたいのです。

人間的に未熟なもので至らないREYかもしれませんが、一緒に歩いていけたらと思うのです。

ここまで読んでくれてありがとう。

これからも不定期かもしれないけれど書いていきたいと思いますので何卒。

ハッピーピーナッツ。
面白かったらまあいいら。MY LIFE それでもまあ良いLIFE。





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