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異様なほど普通にサラリーマンがいるのだ_2021.12.16

家の中はまだ薄暗く、家族の誰もまだ起きていない。

少し前に、iPhoneのアラームが自分のリズムとはまったく無関係に僕を起こして、それによる調子の悪さが身体に広がっている。『自動起床装置』を読んだ時に感じた後味の悪さが蘇る。

まだ眠りが抜けきっていない身体で、よろよろと起き上がると、窓の外が濃い藍色からオレンジ色へのグラデーションになっているのに気付いてしばらく見とれるけれど、美しさよりも、身体を削るような寒さが上回る。
歯を磨き、着替えをして、家を出る。
それだけだ。極力余計なことをしたくない。

6時過ぎ。外へ出ると、道端の雑草に霜が降りていて、地元の函館をふと思い出しながらも、関東でも霜が降りるのかと少し意外に思う。
歩いても少しも温まらず、逆に寒さが身体の芯まで届いて、なんでこんなに早く起きて外へ出なければならないのだろうと思う。駅へ向かう道には、自分以外に、歩いてる人もほとんどいなくて、それはそうだろう、と思う。こんなにしんどいのだから。

駅に着いてホームへあがると、だけど異様なほど普通にサラリーマンがいるのだ。いつもの普通の格好をして。彼らは毎日この時間にこの空間に生きている。寒さにも何にもかかわらず。
電車のなかもさほど寒さは変わらない。迎えのベンチシートには、油ぎって禿げ上がった頭がきれいにいくつかならんで、そのシュールさに「家族ゲーム」が脳裏に浮かぶ。
その中のひとりのサラリーマンは、もういい歳だ。たぶん僕の小さくなってしまった父とそんなにかわらない。ほとんど白髪でおおわれた頭の下には、寒さに身を削られしんどそうな顔があって、そのさらに下では身を縮めて震えている。
そんなに辛そうな表情をするのなら、その生活を変えればいいのではと思うけれど、少し前の自分も毎日、自分の体調や精神の状況とは関係なく、地下鉄で運ばれ続けていたのだ。

そんなことを考えていたら、いつのまにか座席の上で眠りについていて、眼を覚ましたときには、さっきの向かいの席にいたサラリーマンたちはまた別のサラリーマンに入れ替わっていた。

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