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《絶滅危惧職》保存館にようこそ【1/3】(短編小説;2200文字)

「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい。今日もあちら? このところ、ずっとね」
「ああ、劇場の方は最近、ほとんどお呼びがないからなあ……ま、だからあっちから声がかかるわけだけど……」
「いつまでも仕事があればいいけど……完全に《絶滅》したら、もう呼ばれないんでしょ?」
「そうなるね……そもそも世間のほとんどはこの仕事、《危惧職》どころか、とっくに《絶滅》してると思ってるだろうけどね……」

「さあて(ペペン、ペン!)、そこに現れたのは、いとしいいとしいメリーさん。
『まあ、あなた、どうしてこんなところで働いてるの! さあ、こんな仕事なんかやめてしまって、わたしと一緒に故郷に帰りましょうよ』
『うん……でも……そうしようかな』
メリーさんに手を取られ、逃げ出そうとしたところに……」
 私が声を張り上げるその横に、古いモノクロ無声映画が映し出されている。
 30席ほどしかない部屋の後方にはわずか4人の客、ママ友だろうかふたりの女性が、小学生らしい男女ひとりずつと腰をおろしている。
「ねえねえママ、このヒト誰? なんだか大げさに話しているけど、ピン芸人?」
 遠慮を知らない男の子の声が私 ── 弁士の耳にまで届く。
「芸人じゃないわよ。あれはね……えーと……サイレント映画の弁士なんですって! 昔は《活弁》って言われてたらしいわねえ」
「カツ弁って、トンカツ弁当でしょ?」
「……うーん、ちょっとだけ、違うかな」
(ちょっとだけ、── じゃないだろ!)

 無声映画の全盛時代、明治の終わりから昭和初期にかけてはセリフや背景を説明する活動映画弁士が大活躍した。徳川無声などのスターも現れたが、音声がはいる『トーキー』の普及と共に無用の存在と化し、弁士は廃業に追い込まれていった。
 けれど、無声映画を上映する劇場も少数ながら細々と存在し続け、弁士も ── 専業で暮らしは立たないが ── 完全なる《絶滅》には至っていない。
 とはいえ、私の収入は自身の小遣いにも満たず、生活は自宅でAI用アプリを開発する妻の稼ぎに依存している。

「でも、なんだか面白い! テレビや映画のアニメの声より迫力あるみたい!」
 女のコにはウケているようだ。
(そうだろ、そうだろ……)
 最近はアニメはもちろん、テレビドラマも映画も、声は全て合成音声になった。映像もほとんどはCGだし……声優も俳優も、この《保存館》入りの日が近いと聞いている。
 合成動画と合成音声しか知らない小学生には、『生の声』は新鮮なはずだ。

 ── 15分ほどの無声映画が終わると、4人の観客は別のブースへと去って行った。
(疲れたな……気晴らしにひと回りするか)

 ご存じの方も多いだろうが、ここ『絶滅危惧職保存館』では、AIやロボットの普及で仕事が減り、離職者が急増して危機に瀕した職業従事者を主に《展示》している。
 そのついでに、私のようにレトロな《絶滅危惧職》も併設展示しているというわけだった。

 当時の政府は、滅びゆく仕事に就いている有権者からの突き上げに、補助金を散々ばらまいて延命した。そのあげく、それでも《絶滅》が避けられない職種について、当時の政治リーダーが次のようなロジックを振りかざし、この《保存館》を設立したのだ。
「従事者が一旦いなくなった職業は、二度と復活できない。《絶滅》に瀕した職業が一体どんな形態なのか、若い世代で知らない者も増えている。職業形態を保存しておけば、この先、その職が再度必要になった場合、復活させることもできるじゃないか!」

 そもそも、それらの職種は必要がなくなったから《絶滅》に瀕しているわけで、この先、再び必要になる可能性はきわめて小さく、万が一必要になれば、新時代に適合した、よりよい形態で復活するに決まっている。
 この国には、このような、
『枯れ木にも水をやり、再び花が咲くまで待とう』
 の類の馬鹿げたプロジェクトに、きわめて多額の税金が投入されてきた。

「あ、ねえねえ、こんな仕事、ホントにあったの?」
 隣のブースをのぞき込んでいた先ほどの小学生が母親に尋ねていた。ブースの中には白髪の老人がひとり、床の間を横に正座している。
「あったのよ。一時期はこの国に100人以上もいたんですって! お母さんが子供の頃はもう、30人ぐらいに減っていたかしらね……」
「信じられない! 何か字が書いてある木の切れ端を、大きな木の切り株のようなものにパチンパチンと打ち付けているだけじゃん!」
「ショーギっていうのよ。……あれで、勝った負けたを決めて、たくさん勝つと、たくさんお金をもらえたのよ」
「変な仕事だね! でも、どうして無くなったの?」
「ずいぶん前にね、ショーギがすごく強ーい若い人が現れたの。それから、その人には誰も ── ニンゲンは誰も ── 勝てなくなっちゃったの。……それで、生活できなくなった他の人はどんどん辞めちゃって……その人は仕方なく、AIと対戦するようになったんだけど……やっぱりねえ……」
「じゃ、あのおじいさん……?」
「……たぶん……その人ね。今ではほら……」

 老人が将棋盤をはさんで対戦しているのは、生産現場で見られるような小型のロボットアームだった。ロボットが大げさにアームを振りかざして次の手を指し、老人が白髪頭を抱え込んだ。


【2/3】に続く。

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