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【日記】「空車」この不思議な熟語

駐車場の「空車」

朝、通勤路で駐車場を見つける。その駐車場には電光掲示板で「空車」の二文字が書いてあった。

電光掲示板の電灯の配置からして「満車」と「空車」を切り替えられる仕様らしい。つまり、これは現在駐車場には「空き」があり、新たに駐車することが可能であるということを示している。そして駐車する車が増え、駐車するところがなくなれば「満車」に切り替える。運転手はこれを見て駐車が可能か否か判断をする。

このように説明してみたが、そんな説明を見るまでもない。これは、極めて常識的なことだろう。

しかし、その日は疑問に思った。

【ここで【空車】を使うのは変ではないか?】


変な理由①訓読が出来ない

最初に思ったのは、これ訓読出来なくね?、であった。

この熟語、訓読が難しいのである。

こんなことを書くと、普段から熟語を見つけては訓読している変態のように思われるかもしれないが、この点については否定できない。熟語の意味や由来を考える時は訓読を考えるのが手っ取り早いのだ。

閑話休題、まず「車がない」状態を表すのだから、主語は「車」である。そこで返るのであれば「車が【空】」ということになり、【空】は動詞的な意味を持つことになる。

主語が動詞よりも前にくるのは、存現文そんげんぶんとみなすことが出来るので問題はない。存現文とは存在も現象を表す文で、「有人」「無料」「降雨」「降雪」などがそれに当たる。(あれ?文?熟語?まぁいいや。)

それならば【空】に動詞的な訓を当てればいい訳だが、【空】について考えてみてもそんな訓は思いつかない。となると訓読が出来ないのである。

※あとで漢和辞典を引くと、動詞としては「かく=不足する」というものがあるのだけど、「車が不足する」というのも変な話である。あとは「からにする」という訓もある。これも変な話である。

訓読が出来ないのなら漢字の熟語としては変だという気がしてならない。

変な理由②類似の熟語とズレがある

でも似たような単語は沢山ある。こういう時は似たような構成の熟語を並べて考えてみるのがよい。類似の熟語があれば、「なんか変ではないか」もただのいちゃもんとなり、駐車場の「空車」は自然な表現だと言えるのかもしれなからだ。

【空】を使った類似の意味の熟語としては、例えば「空室」「空席」「空砲」などが思いつく。

しかし、空車と決定的に異なることがある。駐車場の「空車」は【車】がないことを指している。しかし「空席」は座【席】がないのではなく、むしろ座【席】があって、無いのは座る人である。「空室」も無いのは客【室】ではなく使う人だし、「空砲」も無いのは鉄【砲】ではなく【弾】である。

しかも、この場合「からの席」のように訓読が出来てしまう。空に形容詞的な訓があるからである。そうであれば【空】の後ろは入れ物を表す文字が来ないといけないのではないか。この場合は「空場」とかだろうか。(見たことはないけど…。)

タクシーの「空車」

そんなことを考えていると、一台のタクシーが前からやってきた。【空車】と表示されている。見た瞬間に、思った。

「これだ!」

そう、これこそが自然な「空車」である。

【車】はある。その中にいるはずの【客】がいない。「からの車」である。そして、駐車場の「空車」とは明らかに意味が異なる。

ここまで来ると、やはり駐車場の「空車」は変だと言えるだろう。

対義語から原因を考える

さて、変なことは分かったが駐車場の「空車」はどこからきたのだろうか。これについて対義語から考えてみたい。

ややこしいことに駐車場で対義語的に使われている「満車」は、自然な熟語としていけそうな気がするのである。なぜなら【満】には「満つ」という動詞的な訓があり、「車が満つ」と訓読が出来てしまうからだ。

また、類似の熟語で言うと、「満席」「満室」などは「空席」「空室」と同じ熟語構造で、後ろに入れ物が来る。しかし、駐車場の「満車」と同じように後ろに中身が来る熟語としては、「満員」「満水」がある。「満」という漢字は、直後に中身を表す字が入っても問題ないと言えそうだ。

ところで「満員」の対義語はなんだろうか。「空員」という熟語はあまり見ることはない。というか無いと言っていいのではないか。

ならば「満車」の対義語も適当な熟語は無いと考えていいのではないか。それにも関わらず、「満車」の対となる、語感の良い熟語を入れようとして出来た誤用が駐車場の「空車」ではないか。

とはいえ一般的には、自然な用語として定着しているようで、『大辞林4.0』(アプリ版)には次のようにある。

くうしゃ【空車】
①営業用の車で、人や貨物をのせていないもの。特に、タクシーにいう。からぐるま。⇔実車じっしゃ。
②駐車場に空きがあること。→満車

『大辞林4.0』

まぁ辞書に載っているのなら、一般的な表現だということでいいのだろう。熟語としては変だけれども。

おまけ

この話、その日のうちに国語の授業でしてみたら、ある生徒に「ミステリという勿れ」の主人公みたいだと言われた。「菅田将暉ってこと?」と聞くと「それは違う」と否定された。

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