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長い夜を歩くということ 108

「君には今日から入院する樺澤麗華さんの担当をしてほしい」

院長は背もたれに体を預けるとそう言った。予想外の言葉に私は事態が飲み込めないままであったが、院長は話を続けた。

「実は以前から極秘に検査を受けてもらっていてね、今日から正式に入院することになっていたんだ。しかし、相手が相手だからね。他の患者さんと一緒にはできない上に、常に駆けつけられるようにしていなくちゃいけないから」

「はあ」と私は息を漏らした。理由の理解はできた。しかし、最悪の想定を超えた安心と、どこをどうしたら繋がるのかわからない人の名前が突如として頭の中に殴り込んできたのだ。私には話の整理が必要だった。

「はあって君。まさか樺澤麗華を知らないわけではないだろう?」

院長は笑いながら言った。

「いや、さすがの私も名前くらいは知っています。確か、女優さんでしたよね」

「そうだ」

事務仕事のような単調な言葉を溢すだけで、少しだけ整理ができる状態になった気がした。

得体の知れない化け物のように浮かんだ女優の名は、急に「樺澤麗華」という単語だけに変わった。

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