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長い夜を歩くということ 25

 「マスターいつものちょうだい!」

隣から元気で強い女の声がした。でも、その声はまだ踏まれることを知らない若草のように澄んでいた。

「はい。ちょうど胸の前に置いたからね」

「いつもありがとう!マスター愛している!」

女は調子の良い返事をした。彼の酔いは少しだけ冷め、首を右に向けるくらいは簡単にできたが、そんなことをする意味もなかったので項垂れるように顔を落としていた。

「ねえ、おじさん。私の歌全然聞いてなかったでしょ?」

また隣から声がした。彼はその声が自分にかけられたものだと分かっていた。

しかし、駄々っ子みたいに彼は無視した。会社の外に来てまで自分の気持ちを殺したくはなかったのだ。

彼はより一層意固地になって無視を続けることを決めた。

「やめてあげな。杏奈ちゃん。この人寝てるんだから」

マスターの少し掠れた低い声が隣の女を諭した。

彼は、また一人になれる、そう思った。

しかし、数秒もしないうちに彼の肩に痛みが走った。それはとどまることを知らず、脇腹に首に、そしてまた肩に。手のはっきりとした感触が皮膚の上で痺れ続けていた。

いい加減耐えられなくなった彼は、今できる最大限の不機嫌を表情に乗せて、女の方にゆっくりと向いた。

彼の視界は段々と鮮明な輪郭のある現実を取り戻し、オレンジの光の正体がカウンターに吊るされた電球であることもようやくわかった。

女はなおも彼を叩こうと左手を振り下ろした。

しかし、その試みは彼の右腕のシャツを引っ掻いて外した。

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