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長い夜を歩くということ 21

 流石の彼もボディブローを打ち込まれ続けるような日々に落ち込み酒を煽った。

それと同時に思うのは一人で今の立場を築いた父と前会社社長の偉大さであった。

自分の実力を大いに思い知った。

それでも彼は心の芯までも折れることなかった。立ち直った彼は泥臭く名刺を配り、何度も担当者に会って信頼を築き、与えられたチャンスに全力を注いだ。

我を忘れる程もがいた。

それでも弱気が彼に魔を刺すことはあった。

しかし、彼の体に染み付いた仕事に対する姿勢が習慣として変わらずにいてくれた。

それは朝起きたら必ず行う歯磨きと同じようなもので、常に動き続けるということが、彼が彼でいられる証明のようなものだった。

やがて彼は聞いたことない業界だろうが御構い無しに営業をかけ、仕事を受けた。ハッタリをかけてでも仕事を取り、足りない知識は徹夜してでも覚えた。

彼の仕事ぶりはやがて噂となって広がり、興味を持って相手の方から訪ねてくることも増えてきた。

彼の仕事の幅を聞いた依頼者たちは驚いた。

しかし、それらを全て一人でこなしていたという事実を聞くともう言葉も出なかった。

「君はどんなところで仕事をしていたんだ?」

と聞かれることはほとんどテンプレートのようなものになり、

その度に彼は自信を持って答えた「ただの広告代理店です」と。

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