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長い夜を歩くということ 78

「月が綺麗ですね」

彼女は得意げに笑い、一歩だけ彼に近づき、試すように見上げた。

「私にとって月はいつでも美しく魅力的ですよ」

彼の言葉に彼女の笑みがほんの少し恥じらいに変わり、瞼の奥の瞳が揺れた。

「In other words?」

彼女は言った。彼は今も昔もこれからも、彼女の全てをこぼさないように指一本一本を絡ませて握った。

彼女の手が火照っているのは初めて飲んだ日本酒のせいだけではないはずだ。

「In other words?」

彼女は彼に顔を伏せてまた言った。

少し震える肩に一度触れると、彼女の震えはピタリと止まる。彼女は彼へと顔を上げる。

肩に置いた左手を彼女の頬に当てると、星が当たったかのように驚いていた。

みるみるうちに紅潮する彼女の顔を見て、まるで魔法でも使えるようになったみたいだと彼は思った。

でも、きっと魔法を覚えたのは私ではなく彼女なのだと彼は思い、この期に及んであたふたする姿を見て笑った。

頬に触れた左手に少し力を入れると彼女は覚悟したように顔を強張らせてさらに強く目を閉じた。

彼は彼女の唇にキスをした。

唇から離れると蕾が開いていくように彼女の緊張は崩れて表情が晴れた。

彼の右手には繋がれた柔らかい彼女の指はより強く貼り付いていた。

「In other words?」

「私はずっと君に本気だよ。今までも。これからも」

彼女はキスの感触を確かめるように唇に手を当てて彼に問い、そして、彼の答えに無言で頷いた。

「In other words?」

最後の問いは彼からした。

彼女は離れた右手で彼の左手を握り、下向いて照れ隠しに揺れ動いていた。

そして、パッと顔を上げると彼に向けて言った。

「私もあなたを愛しています」

彼女は彼に身を預けるように背伸びして飛び込み、そして見えるはずのない唇にキスをした。

奇跡的な一瞬の出来事を彼は連続写真で撮ったかのように覚えた。

その景色に満月など入る余地はなく、そんなものがなくても十分に黄色く塗りつぶされていた。

嫉妬した満月は雲に隠れて、私たちの前から姿を消していた。

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