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長い夜を歩くということ 26

「あ、起きた」

女が拍子抜けといった声を出した。彼はもう少しだけ視界の中心に女を入れた。

女の目はまぶたで閉じられ、口は表現できない目の代わりに大きく綺麗に口角を上げていた。まだ社会を経験しているような年齢には見えなかった。

「おはよ。私の歌はそんなに退屈だった?」

少女は彼の表情など意にも関せず、というよりも確認することもできず、飄々と訪ねてきた。

そして、指先でテーブルに触れてゆっくりと動かし、マスターの置いたであろうグラスに触れ、手に取った。

細く、柳のようにしなやかな指だった。

「いや…すごく良い歌だったよ。」

予想外すぎた彼女の姿に彼は驚き、先ほどまでの怒りはハンマーで叩かれどこかに飛んでいってしまった。

彼は、どうやら感情というものは思うほど複雑ではないらしい、とその時学んだ。

マスターは何も言わずに彼にチェイサーを出した。彼は会釈をしてそれを受け取った。口に運ぶ前からまた少し、彼の酔いは覚めていた。

「何適当なこと言ってんの。おじさん一人で飲みすぎておかしくなってんじゃないの?」

少女の言葉は彼の驚きなど見えていないかのように、いや本当に見えていないのだろうが、とにかくお構い無しに強かった。

気を遣うという考えはないのだろうか、と彼は考えてしまうほどだった。

頭に響く鈍痛はアルコールのせいか、彼女の言葉の暴力の強さなのかわからなくなるほどだ。

しかし、彼は少女の態度に嫌悪を感じることはなく、むしろ、雨上がりの青空のような清々しさすら感じて、彼は少しだけ口が軽くなった。

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