見出し画像

長い夜を歩くということ 133

 次の日の朝一番に、院長に昨夜の件を報告すると口を結んで考え込んでいた。

そして、「対策を考える」という一言だけを私は聞き、院長室を後にした。

その足で彼女の病室に行き、問診を終えてから同じ話をした。彼女は腹を抱えて大笑いしていた。

その表情はまた初めて見る彼女の笑顔だった。

「随分上手くかわせたものですね。それともこうやってはぐらかすのは慣れていらっしゃるのですか?」

「まさか。はぐらかされるようなことはあっても、はぐらかさなきゃいけないようなことなんて今までの人生でしていませんよ」

私はきっぱりと答えた。

彼女の雪のように白い手が彼女の胸の前で舞うように動いている。

「なるほど。自分が記者側に回るようなことはあったんですね」

「そういうことではないです。強いて言うなら、相手が勝手に自白してくるだけですよ」

「先生はお薬に自白剤でも混ぜているのですか?」

「そんなわけないでしょう。ただ前の妻にも不倫をされた挙句、あなたの気持ちがわからないと何故か逆ギレされてしまいました。もしかしたら、私の顔には相手を精神的に追い込む何かがあるのかもしれませんね」

「では私は毎日先生に尋問されているということなのですね。明日からはより注意してお話をしなくてはいけませんね」

「麗華さんは尋問をしなきゃいけないほど、不真面目な患者さんではありませんよ。会話では注意をしなくてはいけませんが」

彼女は手を口につけて笑い、窓の外を眺めた。

葉が完全に落ちた木の枝は、もう使われない線路のように虚しく錆び付いて、なんとか宙に揺れていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?