長い夜を歩くということ 19
二十八歳になった彼は仕事の余裕も生まれていた。
そして、空白の時間は彼の中で沈殿して見えなくなっていたある思いを気泡に包んで押し上げてくれた。
それは「名家の看板を背負っていない劣等感」だった。
彼はそのことに気づいてしまうと、もう自分が家族と絶縁でもしてしまったかのような虚しさを感じた。
それは同時にどんなにつらくとも、どんなに快楽に塗れても、彼の中で核となり揺らぐことのなかった父の言葉が脆く崩れて消えかかっていることを意味していた。
まるで一生懸命に作り上げた砂の城が、何度も吹かれる風に削り取られていくように。
彼は今、自分がただの人間であることを強く意識させられることとなった。
しかし、彼には名家の誇りを失っても残っているものがあった。
それは【ただの人】であった時、つまり、彼の大学時代から今までの積み上げてきた経験だった。
それは大学時代の「勉学」であり、「友情」と「遊び」であり、そして、就職してから仲間たちと過ごした「仕事」と「実績」だった。
彼は一つの決意を固めた。それは彼自身が「名家になる」ことだった。
彼はその誓いを立てると上司に強い決意を持って退職願を提出した。
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