長い夜を歩くということ 104
「私が君くらいの歳の時は…ちょうど杏奈に泣きついていた歳くらいじゃないか?私も君ほどの落ち着きと強さがあれば、変わっていたのかもしれないね」
「私は強くなんて…いや、そうですね。でも、それだと僕たちが会うこともなかったかもしれませんね」
「確かにね。それは…きっと困ることになる。杏奈と一緒だったとしても、また私は別のことで泣き言を言っていたかもしれないからね」
「その時は満月に聞いてもらうしかないですね」
「きっと嫌がって雲に隠れてしまうだろう」
穏やかな空気の流れが夏が去ることを拒むように停滞している。
「何度も言ってしまうが、本当に君に会えてよかったよ。もしよかったら、君の名刺をいただけないだろうか?」
神山さんは人生の荷を下ろしていた。緩んだ穏やかな表情がそれを物語っている。
私は突然の提案に驚くも、仕事ではないのだから名刺など持ってくるはずがなかった。
「申し訳ありません。今手持ちが…」
そう言いかけた時に、視界の端の携帯が強く私に主張をしていた。手に取り携帯のカバーを外す。
プラスチックの簡素なカバーには、張り付くように二枚の名刺が挟まっていた。
私は落書きされた一枚をそのまましまい、角が少し丸まったもう一枚の名刺を差し出した。
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