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長い夜を歩くということ 148

「それはどうしてですか?」

「麗華さんにはこれからまた、私のような一般人には体験できない多くの出会いが待っているはずです。それと比べたら、医者と一緒に坊主になるなんてたいしたことではないでしょう。きっと、麗華さんは忘れてしまうはずです。それを私だけが覚え続けるなんてことは不平等です」

「先生は残酷なことを言うのね」

彼女の瞳が潤んでいるような気がした。

壁に向けた視線の端で、彼女の隠そうとした宝石が一瞬だけ輝き、擦り減った。

私の口は動いていた。

「医者は残酷な仕事です。人の体を切って、悪いところを切除して、また体を結び直して、ほらまた頑張って生きろ、と言う。そんな仕事ですから」

彼女は少女のように屈託なく笑った。

その表情が嬉しそうであまりにも不自然に見えてしまった。

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