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長い夜を歩くということ 24

 彼の震える怒りは酒に向かった。

彼は一人、バーのカウンターでウィスキーを飲み干し、またマスターに要求した。

「同じものを」と波打つように言った彼の目は、人形のように何も映してはいなかった。

 彼の行きつけのバーは毎週水曜日になると小さなライブを行っていた。

学生時代から音楽に疎い彼には、クラシックもジャズもロックもポップスも関係なく、音楽はただ心地よくなれてさえくれればなんでも良かった。

 彼は目の前に出されたウィスキーを口に運んだ。前でグラスを拭くマスターも、後ろに並んだボトルも、視界に映る何もかもが嘘か誠かわからなくなっていた。

そして、これは夢なんだと彼は思った。

酔いで体が揺れ続け、首は電極でもつけたように強く脈を打っていた。

もう一度グラスを口に運んだ。苦く、喉が焼けた。今は現実だった。

 我を失った彼の頭の中でも、音楽はリズムよく隙間を縫うようにするりと流れ、心の中にまで響いていた。

恨めしくなるほどに楽しげで、時に堪え切れないほどの悲しみで、彼はいつの間にか泣いていた。

誰が演奏しているのか。誰が歌っているのか。

体をその方向に顔を向ける冷静さも気力もなく、彼はぼんやりと同じものを見続けていた。

彼の視界にあったのはグラスの中で光る琥珀色の液体と硬い木目だけだった。

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