長い夜を歩くということ 147
言葉に毛が逆立つ。
私は彼女の顔をしっかりと見た。
彼女は宝石のように光る瞳を箱に仕舞うように細め、口角は閉じられたままで頬と一緒に持ち上がる。
小さな笑窪には瞳の奥に吸い込まれた彼女の影が見えた気がした。
私を掴んで揺する言葉とはうらはらに、またすぐに彼女は影に落ちていく。
そして、暗闇の中へ見えなくなっていく。
「私の思い出のために坊主にしてくれませんか。先生?」
彼女の表情は美しく、これがドラマなら、それは美しいBGMが流れるのだろうと思った。
私は彼女から視点を外し、窓の外を見る。
少なくとも私には、このシーンを見るために液晶板一枚は隔てる必要があった。
ましてや、それが役者となれば、私はどの役を演じれば良いのかわからない。
「私は…。女優さんと思い出を作れるのはとても魅力的なことだと思うのですが、それが周りからの冷ややかな視線とセットということには、少し耐え難いものがあるので、お断りします」
「そうですか。先生は私からの誘いを何度も断りますね…なかなか珍しい人ですね」
「私の思い出になることはあっても、麗華さんの思い出になることはないでしょうから」
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