長い夜を歩くということ 106
四角形ばかりが目につくようになると、東京に帰ってきたと実感する。
緑色から灰色の世界に移ろう中で私はそのどちらにもいない。
まるで宇宙空間に放り出されたような、身動きのできない浮雲の心がなんとか体に引っかかってくっついている。
新幹線の乗客はまばらで、気を使うことなく、流れる景色を見ることができた。
私は昨日の神山さんの涙を思い出していた。溢れるような彼の後悔の言葉が何度も頭の中で繰り返された。
自分という存在と向き合い、感情と向き合い、醜さを晒すことを気づきもせず、私という外部に”神山真司”という役ですら破り捨てていた姿を見て、私は考え続けた。
結果、ただひたすら憧れを抱いたのかもしれないと結論づけた。
そして、東京を離れても、私は”塩尻尚樹”にすらなれず”医師”になったことが虚しかったのかもしれない。
私は弱くなるという強さを、まだ、持つことができないでいる。